16年間金利トレーダーをしていた田内学氏

廣瀬聡氏(以下、廣瀬):田内さん、まずは「読者が選ぶビジネス書グランプリ」の総合グランプリと、リベラルアーツ部門の受賞、本当におめでとうございます。

田内学氏(以下、田内):ありがとうございます。

廣瀬:おそらくみなさん、私よりも田内さんの話を聞きたいと思いますので、いくつかだけ質問をさせていただいて。それをベースに時々私が追加の質問をする流れで進めさせていただければと思います。

今回の『きみのお金は誰のため ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』(東洋経済新報社、2023年)という本なのですが。今も300人を大きく超える方々が参加くださっているんですけれども、おそらくみなさん読んでくれていると思います。

非常にわかりやすく、とても大切なことを書いてくださっています。こういうものを書かれた田内さんはどういう方なのかなというところから、入らせていただきたいと思っています。田内さんのキャリアとしては、金利トレーダーを16年間されていらっしゃる。

世の中的にはかなり変わった職業をずっとされていらっしゃっていますが、おそらくその仕事に就くこと自体難しく、かなり限られた人にしかできない仕事ですよね。大学以前、就職する前からの成り行きを教えてください。

田内:わかりました。本の中にとんかつ屋さんが出てくるんですけれども、もともと僕の実家はそば屋をしておりまして。

廣瀬:(主人公の)優斗さんは、実は田内さんなんですね。

田内:そうなんですよ。うちは一人っ子だったんですけども、茨城県で蕎麦屋をやっていて、店の2階が自宅でした。その時に、「なんで客のほうが偉いのかな」とか、父親を見ていろいろ感じていた疑問があるわけですよ。でも商売ってなかなか大変で、僕が小学校の時に、蕎麦屋を閉じなきゃいけなくなりました。

学歴で困っていた父親からの「お前は東大にいけ」という言葉

田内:父親は中学までしかいっていなくて、学歴で困ったこともあったので。「お前は東大にいけ」というのは、物心ついた頃からけっこう言われていました。それでいよいよ店を閉めることになったので、「東大にいくんだったら、灘中にいくのがよさそうだから、灘中を目指せ」と言って、茨城県から兵庫県に引っ越したんですよ。

廣瀬:えっ、家族が神戸に引っ越した?

田内:そう。やばいですよね。

廣瀬:子どもを東大にいかせるために、蕎麦屋さんを閉じたということですか?

田内:蕎麦屋を閉じるのが先だったんですよ。それで、「人生一発逆転するために、お前は東大にいけ」「灘中を受けろ」と。灘中を受けるために引っ越したんです。

廣瀬:それは小学校何年生の時ですか?

田内:4年生です。

廣瀬:(中学受験までの)3年間で勝負をかけたんですね。

田内:最近だと、中学受験ってみんなお金を払っていろんな塾に行かせたりしますけど、当時もそういう受験熱は強かったんですよ。だから周りの子たちは、けっこうお金のあるおうちが多かった。なので負けたくないなという気持ちはあり、そんな感じで灘にはうまく入れたので良かったんですけど。

僕は数学を含めて理系の科目が好きだったんですよね。それで東大の理科一類に入ったんですよ。ただ、数学の学者になっても稼げない。家もお金がないので、お金を稼がなきゃいけないから、何になろうかなと思っている時に、たまたまプログラミング、情報工学に出会いました。

ITベンチャーの開発者から、金利のデリバティブのトレーダーに

田内:僕は情報工学で検索エンジンを研究していたんですけど、その数年前ぐらいに、Googleが実用化されたんですよ。ただその当時、僕がゴールドマン・サックスに入る前は、日本でもITバブルの頃だったんですよね。それでITベンチャーに開発者として入ったんですよ。

廣瀬:おぉ、なるほど。

田内:それは大学院の修士課程に通いながらだったんですけど。結局ITバブルがはじけたタイミングで、数学を活かせる仕事ということで、金利のデリバティブのトレーダーがあると知ったんですよ。

廣瀬:そこのジャンプがすごいですよね(笑)。

田内:たまたまなんですよ。たまたま灘中の先輩でビジネス界隈に詳しい人がいて、「お前さ、数学が得意なんだったら、外資系証券の金利のデリバティブの仕事がある」と。「それを受けたらいいじゃん」と言われて受けたんです。

廣瀬:なるほど。

田内:でも実は、僕が申し込んだ時はすでに募集が終わっていました。そうしたらその人が「直接GS(ゴールドマン・サックス)のトレーダーを知っているから、紹介してやる」という話になりました。それで直接会って、数学の問題をいろいろ出されたりしながら、無事気に入ってもらえて。

金利のデリバティブはわかりづらいんですが、わかりやすいもので言うと、日本国債という政府が借金して発行しているものや、外国為替の長期為替を取引したり。2003年から、そういうトレーディングデスクで働き始めました。

金利のデリバティブはマネーゲームに近い

廣瀬:実を言うと、私自身もほとんど同じ仕事に長年携わったことがあります。この仕事は、ある意味で世の中の理論価格を出して、実際の価格との違いを見ながら細かくトレーディングして、儲けていったり、いろんな手法がありますけど。

そもそもプログラミングをやっていた方は、例えばシステム部門にいくとか、いろんな選択肢がある中で、金利のデリバティブ部門にいくこと自体が珍しいことですよね。そこで何をやっていたのか、ご説明いただけますか?

田内:何をやっていたかと言うと、金利の先物とかを実際に取引をするわけですよね。あと金利のスワップ。これは難しくて、「固定金利と変動金利を交換する」って言われてもピンとこないと思うんですけど。

実は日本で取引されている金融商品の中では、いわゆる現物でいうと日本国債が多いんです。でも日本国債よりも取引量が多いのが金利スワップで、例えば僕1人で1日に数百から数千億円取引する。

マーケット市場次第では、下手するともう1桁多いこともあるんですよ。いわゆる残高が、世界で何京円とか言われたりしているんですけれども。最近は外国人が日本売り(日本経済が破綻した時に儲けられるポジションを仕込むこと)するような、金利市場で空売りしたという時には、金利スワップで取引する。

そういうのも含めて、投資の世界って言われがちなんですが。実際に取引していて感じるのは、投資と言っても、ほぼマネーゲームに近いところが多い。だから本当に、一部は実際の(投資の)需要があるから、取引をしているわけですよね。

例えば、為替レートを固めたいという輸入業者や輸出業者の人たちがいたりもするんだけれど。実際は、ドルが上がったり下がったりするのに賭けたいという人たちの取引がすごく多かったりする。

「次は日本が破綻するんじゃないか」と言われた、ギリシャ危機

廣瀬:まさに今おっしゃったような世界でいくと、本当に「1日いくらぐらい儲かったね」「プレゼントバリュー(将来のタイミングにおける現金や売上の価値を、現在における価値で評価した金額)でいくら儲かりました」とか。できてしまったポジションの歪みをどうコントロールしようかみたいなことを毎日考える。

画面と格闘しながら、リスクとリターンをコントロールしていくお仕事だと思うんですけど。おそらくこれを十何年も続けたわけですよね。

田内:そうですね。

廣瀬:今日一番のテーマになってくることをやっていた方が、いきなりものすごく深いところに入っちゃうわけじゃないですか。何がきっかけだったんでしょう?

田内:いろいろありましたよね。金融不祥事的なリーマン・ショックとか、金利の不正操作の問題があったり。2010年にギリシャ危機が起きたんですよ。

ギリシャはユーロの通貨を使っている国の1つで、国の借金がすごく大きくて財政破綻しそうになった。その当時言われたのが、「次は日本が破綻するんじゃないか」と。というのも、日本の国債発行残高、要は日本の政府の借金がすごく多いんです。

その時、テレビの中では、いろんな話が出るわけですよ。「いや、(日本は)大丈夫だ」とか「何年以内に破綻する」とか。今でも「1ドル1,000円の時代になる」とか。

そういうのって、いわゆるエコノミストみたいな人たちがちゃんと調べて言っているように見えるんですけど、彼らは別に当てなくてもよくて、お客さんが聞いてくれればいい。ところが、トレーダーはそうはいかないんですよね。本当に1パーセントでも0.1パーセントでも破綻する可能性があるんだとしたら、何千億円も取引しちゃいけないわけですよ。

廣瀬:そのとおりですね。

金融のことをわかっていない経済学者が、議員に政策の助言をすることも

田内:そういうリスク管理の観点からも、社内で「これ、本当はどうなの」って議論になったんですよ。一方で、テレビの中で経済学者の方が話しているのを見ていて、僕はすごく疑問に思ったんですよね。実はそういう人と直接お話ししてわかったのが、いわゆる学者という人でも、実はぜんぜん金融のことをわかっていない人もいる。

廣瀬:なるほど。

田内:「ギリシャ危機が日本で起きたら、3年以内に破綻する」って言っていたんですよ。だけど、金融の世界にいる僕らからしたら、起こり得ないことがわかっている。そういう人たちが議員さんとかに政策の助言をしていたりすると知って、僕はかなり驚愕したんですよね。

別に、「どんどん借金をしても、日本は破綻しないですよ」と言いたいわけじゃないんですよ。その時にけっこうGSの中でも議論になったんですけど、日本の通貨はユーロではないですが、ユーロという通貨を使っている国はたくさんあるわけです。ギリシャ以外にも、信用力が高い国債ってたくさんあるから、要はそっちの国債をみんなが買うことによって、ギリシャがすごく安売りされる。

廣瀬:そうですね。

田内:ところが日本においては、国債を売ったところで他に買うものがないわけですよ。いわゆる現金化したところで、日本銀行にとっての日銀券は負債なわけですよね。じゃあ何がその価値を担保しているかというと、ほぼ日本国債。

だとしても、別に日銀券のほうが安全というわけでもないです。本当にそういうことが起きた時には、通貨安になることが問題なんですよね。

あんまり詳しい話をしてもあれなんですけど、そこで感じたのが、テレビで一見正しそうなことを言っている人がそうではなく、表面的な議論になっていると感じたんですよ。最近でもMMT(現代貨幣理論)の話もありますけど、当時はまずそういう話がなかったと思うんですよ。