日本には「フューチャリスト」が足りない

尾原和啓氏(以下、尾原):ちょっとだけ話がズレちゃうんですけど、僕は今、日本のアントレプレナー、起業、スタートアップに一番足りないのが、フューチャリストだと思っているんですよ。

――それはトップで踊る人ということですか?

尾原:要は起業家という「自分が見えているものをかたちにする人」はたくさん増えたんですよ。次にキャピタリストとしてエンジェル投資家含めて、その「未来を作りたいと言っている人にお金を提供する人」も増えてきたんですよ。

なんだけど、アメリカには自分ではやらないけど「未来ってこうなんだよ!」ということだけを徹底して発信するという職業があって。それをフューチャリストというんです。

日本だと、どうしても時代の先を行くような未来を発信するっていろいろ難しいので。そのテクニックも足りないから、日本でフューチャリストというと伊藤穣一さんみたいな方とかいらっしゃるけど。そういう方の活躍って、日本ベースじゃないんですよね。

――そうですね。

尾原:それが足りないのがもったいないということで、さっきの『アフターデジタル』の藤井さんを皮切りに、『ダブルハーベスト』の堀田(創)さんだったり、さっきの東芝のデジタル最高統括の島田さんみたいな方だったり。フューチャリストが1人目として踊りやすくなるかたちに、日本をしていきたいなと思ってずっとやっていて。

「1人目がすべてやらなきゃいけない」のは不幸な状態

尾原:今回は「プロセスエコノミー」という言葉をけんすうさんが付けてくださって。これを社会ムーブメントにすることで、いろんな小さき方が1人目で踊っても2人目がすぐに踊ってくれやすい社会になるといいなと。未来の当たり前に対して、いかに早くみなさんに「踊っても大丈夫なんや!」と思ってもらえるようにするか、というのでやっているんですよね。

プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる

――1人目不足の解消と、1人目が踊った時に2人目が踊りやすい環境を作るということでしょうか。

尾原:そうです。今までの日本の不幸は、1人目が踊ったら、その踊った奴自身が経営者として起業から全部やらなきゃいけなかったんです。でもアメリカでは、踊って「未来はこっちやで!」ということがわかって、みんながワーッと動き出したら「俺は次の未来を解説する。バイバイ!」みたいなフューチャリストがいっぱいいるわけですよ。

――なるほど。

尾原:そういうフューチャリストが増えると、必ずしも起業家にならなくても未来を語れるという選択肢があるし。逆にいうと起業家も、別に未来を語る必要性ないでしょ。「フューチャリストが言うたことを、俺が一番ちゃんとやれるねん!」みたいな人もいっぱいいるわけですよね。

そういう役割分担も進んでいくといいなと思っていて。ここ最近は、そういう1人目に踊る人で、踊ったあとヒュッと次に行くフューチャリストも増えればいいなということも含めて活動してます。

BTSが体現したエンタメ界のプロセスエコノミー

――ありがとうございます。ここまではどちらかというと個人の話でしたが、プロセスエコノミーを実際に実現している企業の実例があれば教えていただけますでしょうか。

尾原:そういう意味では、プロセスエコノミーを一番体現している業界ってどこかというと、やはりデジタルエンターテイメントなんですよね。

完成品ではなくプロセスに軸足を置く場合、プロセスそのもので稼ぐためには、サブスクだったりとか、投げ銭だったり。あと、広告を打ってのPVインプレッション課金。この3つなので、相性ピッタリなのがエンターテイメントなんですよね。

そういう意味では、世界の中で一番プロセスエコノミーとして成功し、かつ、ベンチマークになるのは韓国のBTSです。

――著書でもかなり熱く書いてらっしゃいましたもんね。

尾原:いやぁ。BTS、マジLOVEだし!

――(笑)。

尾原:BTSを見出したBig Hit Entertainment(現「BIGHIT MUSIC」)が、今、ENHYPENという新しいグループを打ち出し中で。BTSは偶然の結果、いくつかこのプロセスエコノミー的なところにたどり着いて、めちゃめちゃみんな巻き込まれたんですけど。

ENHYPENは最初から確信犯でやっているんで、めちゃくちゃ勉強になるんですよ。「ああ、やはりここを軸にすべきなんやな」みたいなところとかを、意図的に仕掛けていて。そういう意味でENHYPENはより着目です。

なぜappleは高くても売れるのか?

――ありがとうございます。プロセスエコノミーと相性がいいのがエンタメ業界だということでしたが、逆に「プロセスエコノミーではなく、アウトプットエコノミーを突き進むべき業界」というのはあるんでしょうか。

尾原:そういう意味でいうと、ちゃんと見たほうがいいのが2つの軸で。

まず、付加価値がどこから生まれるんですか、と。「ユーザーがなんで選んでくれるの?」という、選んでくれる理由が完成品の価値なのか。それとも完成品に至るプロセスが好きだから、よりそこの完成品を選びますということもあるわけですよ。

――なるほど。

尾原:「付加価値が完成品から生まれているのか、プロセスから生まれているのか?」という軸と「どこでお金にしているんですか?」という軸を見た時に。例えばBTSは、プロセスそのものがYouTubeやサブスクというかたちに移行している。完全にプロセスでユーザーに付加価値を感じていただいて、お金にするのもプロセスというのが、今、ギューッと新しく生まれていっているんですけど。

一方でプロセスに付加価値を感じていただいているんだけど、アウトプットでお金にしているというプレーヤーはいっぱいいるわけですよ。これの最たるプレーヤーが誰ですかというと、スティーブ・ジョブズになるわけですね。

もうこの人なんて、スタンフォードの卒業スピーチが、そのまんまプロセスエコノミーじゃないですか。「Connecting the dots」って。自分が歩んできた道も振り返ってみればすべてがつながっていて、付加価値に通じるんだと。

生みの親が彼を養子に出したときの「養親への条件」というのが「子どもを大学に行かせて欲しい」というもので。養親の側も「わかった。絶対に大学に連れていくから」と。

だけど、親にお金をかけてもらって大学に行ったけど「意味を感じられない」と大学を辞めてしまって。そこで彼はカリグラフ、文字を装飾するという素晴らしい事業に出会って。

文字の美しさに魅入られる中で、Appleに出会った時に「ああ、そうだ。間隔とかすべてがきれいな文字を作るんだ」と言って、Appleが最初にタイプフォントというものを作って。そうして最後に行き着いたのが「Think Different」なんですよね。

Think Differentって何かというと、これは「違う考えをしてもいいんだ」。みんなそれぞれ文字のフォントがある。みんなそれぞれ絵の表現がある。自分らしさというものが人と違ってもいいから表現を続ける。そうすると、みんなはAppleの商品を買っているようで、じつはこのBelieveを買っているんですよ、と。

We Believe People with Passion can change the world for the betterという、「情熱を持って人と違ってもいいんだと思っている連中が、世界をほんの少しでも変えることができる。それをAppleは手伝うよ」という“意味”を買っているんですよね。

それがさっきの卒業スピーチのConnecting the dotsとか、Stay Hungry, Stay Foolish.みたいな言葉にも表れていて。例えばiPhoneって、同じ性能のAndroidなら3分の2ぐらいの金額で買えちゃうわけですよ。

でも現実はAppleの収益計算表とかを見ると、他のスマホメーカーよりもずっと利益率が高いということは、お客さまが他よりも高い値段を喜んで払っているということなんですよね。

――はい。

尾原:それはなんでかというと、さっきの話でAppleのプロセスの中に「人と違った考えを持ってええんやで」という“意味”を感じるから。Appleを指名して買うから、マネタイズとしてはアウトプットでお金にしているけど、実質的にはお客さんは意味を買っている。プロセスの中に練り込まれた意味を、自分の中に装着するために買っているということなんですよね。

大事なことは、これに自覚的であるか? ということなんですよ。本当に自分が信じている「why」とか信念があって、それがプロセスの中で自然とユーザーが指名買いをしてくれる理由になる。2人目に踊ってくれる存在、3番目に踊ってくれる存在になるよというところで、指名される存在になっていくという話と。

一方で、商売としてお金に換える時は、自分たちは投げ銭やサブスクやPVでお金をいただくみたいなことを含めて、そのプロセスの中でマネタイズができるのか? それとも、アウトプットの中でお金に換えるのか? ということなんですよね。

日本の経済成長がもたらした「完璧じゃなきゃ」という呪縛

――よくわかりました。ありがとうございます。一方で、日本人はもともとコミュニティ意識が強いと思うんです。そういう旧日本型企業・終身雇用みたいなものは、プロセスエコノミーと相性が良いのでしょうか?

尾原:それってめちゃくちゃ大事なクエスチョンで。日本もモノづくり大国、職人芸の国だから「職人の思い」みたいなものが、商品の中に練り込まれているわけです。

例えばソニーの有名な逸話で。ウォークマンを作った時に試作品を持っていったら、水にドバーンと放り込まれて。「ほら! 持ち上げて水が垂れてるということは、まだ隙間があるということ。ということは世界最小とちゃうやろ!」みたいな(笑)。そんなクレイジーな逸話があったりとか。

そういう「世界で最小を作る」みたいな“クレイジーさ”みたいなものが、ソニーが愛される理由になってたりもするわけじゃないですか。

ではなぜ日本って終身雇用制にしたの? という話をすると。日本って1回焼け野原になってから、東洋の奇跡と呼ばれるくらいの復活劇をしてきたわけですよね。

そうすると、復活するためには「将来、一生お前らを会社で面倒見たるから。みんなが勝てる状況になるまでは、途中、我慢しようぜ」となっちゃったんですよ。

日本人って、やはりどこよりも安心・安全・高品質で、安いものを提供するというふうになっちゃって、そこが価値で選ばれたから。やはり「いい完成品じゃなきゃ世の中に出しちゃいけない」という呪縛を、自分たちにかけちゃったんですよね。

昭和の成功体験だと、失敗をなくしていくということが、より高品質だけど安くするということじゃないですか。失敗品が出れば出るほど、失敗のコストって製品の中に反映されちゃうし。

だから失敗しないことというのは、日本人が高品質で安いものを届ける時の成功のルールだったから。その「完成品をピカピカにして出さねばならない」という呪いを、いつの間にか自分たちにかけているところがあって。

せっかく職人気質で、プロセスの中で愛される理由があるのにも関わらず、そっちに目が行きにくくなっちゃったとことってあると思うんですよね。

日本人の中に眠っている、プロセスエコノミーのポテンシャル

尾原:でもやはり今、ソニーがもう1回復活しているみたいに、本来職人というのは「やってるだけで楽しい」わけですよ。なんでそんな世界最小を追い求めたの? といったら「やっているのが楽しいからじゃん」と。

――(笑)。

尾原:だから、モノづくり大国としての昭和の成功体験を、終身雇用制という中で「将来、ええ目を見せたるから、今は我慢せえ」いうふうにやってしまったから、勝つまでは我慢しますみたいな国になっちゃったんだけど。

もともと職人芸な日本というのは、プロセスやっているだけで楽しいし、他人からしたらありえないぐらいのこだわりを見ることが、周りも好きだし。

だから昭和の成功体験をちょっと離れて「もともと持っていた職人としてのこだわりをみんなで楽しみ合おうよ」という日本に戻ったら、実は日本ってプロセスエコノミーがめっちゃ得意やん! って話になるわけですよね。

一時期、アウトプットエコノミーの機能の安さ・良さで、むちゃくちゃ日本は勝負できたから、アウトプットエコノミーに過剰に寄っちゃったんだけど。今はいいモノでも稼げなくなってしまった中で、アウトプットエコノミーでは正直、中国とかタイとか、これからくるインド、アフリカみたいなところにかなわないわけですよ。

という時に、昭和の成功体験の呪縛から1回ステップバックすれば、僕らの中にプロセスエコノミーってめっちゃ眠ってますよ、という話なんですよね。

「結果目的的」と「プロセス目的的」

――でもフューチャリスト的な、機能以外のビジョンを描ける人が日本に少ないから、なかなかそういう企業がたくさん生まれてこないということでしょうか。

尾原:大きい考えでいうとそうですね。やはり「結果目的的」な「ゴールに向かってみんなで走ろうぜ」のほうが、事業計画は作りやすいわけですよ。

――そうですね。

尾原:「プロセス目的的」って「楽しいニオイのする方向に行こう」みたいな話だから、一見すると事業計画が作りにくい。すると上場企業とかには難しいわけですよね。

でもやはり、Appleが突然「ヘッドフォン出すんですよ」みたいな話とか「車出すんですよ」みたいな話とか、そこのクレイジーさに株主もちゃんとついてくれば、問題ないわけですよね。

実際テスラって、彼らのミッションの中には「EVやる」と1行も書いていないんですね。テスラのミッションって、あくまで「世界をサスティナブルなものにしていく」と言って、本来の彼らのミッションってエネルギー事業なんですよ。

なんだけど、テスラはエネルギーを持続的にするためには、バッテリーをみんなが買えるものにしなきゃいけなくて。バッテリーをみんなが買えるくらい安くするためには、高いバッテリーでも買ってくれる製品が必要で。じゃあ高いバッテリーでも買ってくれるのは、EVのスーパーカーですよね! と言って始めているんですよね。

でも、そのプロセスのクレイジーさに株主も共感しているから、株として売れて。結果的に今や、車メーカー6社の時価総額を超える存在になれたわけですよ。

だから、今まではどうしても「事業計画をしっかり作って、その事業計画をしっかり守り続けていますよ」という会社に力が宿っていたから、どうしてもその事業計画を作って、それを守るんだという「結果目的的」な会社が、昭和は時価総額も集めたし勝っていたけど。

変化の時代というのは、そもそも変化の時に事業計画なんか作れないんだから。むしろ「俺はこんな世界を作りたいんだ」と言ってウロウロする。でもそのウロウロしている人のエネルギーがめちゃくちゃ強いから、その人に仲間が集まってきて。本当に未来を作れてしまうような「プロセス目的的」な会社のほうが、株価も付く時代になったわけですよね。

日本はあまりにも「結果目的的」な事業計画をしっかり作って、勝つまでは我慢しましょうというところでの勝ちパターンを作りすぎたので。ちょっとこっちの「プロセス目的的」にいくのに時間がかかっている、というだけの話だと思うんですよね。

プロセスエコノミーの未来

――ありがとうございます。では最後に、いまから5年後10年後、プロセスエコノミーが世の中に浸透した世界では、社会はどのようになっているかお聞きできたらと思います。

尾原:先ほど言ったように「物の価値はどこに生まれるか?」というのが、プロセスの中に生まれるのか、それともアウトプットに生まれるのか。つまり、プロセスでお金に換えるのか、アウトプットでお金に換えるのかというのを、自覚的に選べるということが大事だと思っているんですね。

だから「いや、俺は結果だけで人を惹きつけたいから、絶対にプロセスは開示したくないんだ」と。結果を見た時に「なぜこれに心を惹きつけられてしまうんだ!」みたいな作家もいるべきだと思うし。ただ、それが自覚的にどのマス目の中で、自分が一番輝くんだ? ということを選べる社会になっていけばと良いと思うし。

例えば僕なんか、月額5,800円のサロンをやっていて、こんなクレイジーな未来ばかりしゃべっているわけですよ。それでも300人の「お前の未来、なんかわからんぐらいおもしろいから!」と言って僕の冒険を応援してくれている人がいるから、世界中フラフラしながら……最近はコロナで動きにくいですけど、こうやって未来を発信し続けることができる。

今はみんな量を取ろうとしているから「ユニコーンにならなきゃいけない」とか「登録者数100万人を目指さなきゃいけない」というふうになっているけれども、プロセスエコノミーの中で自分の冒険を応援してくれる人がいれば「量を追っかける時代」から「深さの時代」に変わるので。例えば僕に月1,000円で100人がサポートしてくれれば、10万円入ってきて夢を追いかけるための副業にしたりできるわけじゃないですか。

それが僕みたいに「月5,800円で300人が払ってくれる」みたいなことになってくると、それだけで夢を追いかけられるようになってくるし。

そういうふうに、その人の夢の深さに合わせて、それを応援してやろうという人と一緒に歩いていけると、誰もの物語がかたちになる時代に変わってくるんじゃないかなと。5年後にそうなったらいいなと思うし。

逆に、みんなでそうしたいから一緒に踊りましょう、ということなんです。究極、こんな『プロセスエコノミー』みたいな本を読まなくても、みんながプロセスエコノミーで踊れば、もうそれでそういう未来になるんだから、みんなで踊ろうぜという話ですね。