「イベントをつくる仕事に関わるとは思っていなかった」
川原崎晋裕氏(以下、川原崎):奥田さんは登壇者としてもいろいろなイベントに参加されていますが、その舞台裏の仕掛け人としても有名で、Googleやマイクロソフトなどの大型カンファレンス開催の初期のころにも関わっていらっしゃったとか。
そもそも、奥田さんがイベントに関わるようになったきっかけはなんだったのでしょうか?
奥田浩美氏(以下、奥田):それでいうと、私、イベントをつくる仕事に関わるとは人生で一度も思ったことがなかったんですよね。
もともと私はインドのムンバイ大学でマザー・テレサのフィールド研究などをし、社会福祉の修士課程に進んでいました。修士を出てから帰国して考えていたのは「国際的な仕事に関わっていくんだろうな」でしたし、国際機関に入ろうともしていました。そこで入社したのが、国際会議を運営する会社だったんです。なので、当初はイベントとはぜんぜん関係なかったんですよ(笑)。
川原崎:関係ないですね(笑)。
奥田:だから、この業界に長くいるつもりはなかったんですね。でも、国際会議の世界には「技術で世界の在り方を変える」と言っている人たちがたくさんいたわけです。そうしたら突然、その分野がおもしろくなったんですよ。
私がその仕事を始めて最初に出会ったのが、サン・マイクロシステムズのプライベートショーでした。SunWorldです。でも、日本にはまだそういったものはなかったんですよね。当時の日本にはトレードショーはありましたが、1つの会社が世界を席巻するためのカンファレンスをやるという概念はなかったんですね。
例えば、家電のショーや見本市といった、品物のトレードショーをやることはあったんです。でも、当時のアメリカですでに行われていた、CEOが自分のビジョンを語って世界に届けるみたいなカンファレンスはどこにもなかった。
私がアメリカでその風景を見たとき「これは日本のどこにもないイベントだし、それをつくる会社もない」「だったらITに特化したカンファレンスを事業にしよう」と思って、1991年に起業したんです。
川原崎:なるほど、そこで今の事業につながるわけですね。
日本のイベントは30年遅れている
川原崎:当時と今で、ビジネスカンファレンスやイベントを行う目的ややり方などで「変わったな」と思うところはありますか?
奥田:すごく変わったと思いますね。
というのも国内外関係なく、これまでは顧客を囲い込む意味でのイベントが中心でした。でも今はそれを超えて、お客さんになる・ならない関係なく、街全体を舞台にしたり、NPO的な社会起業家を巻き込んだり、アートを巻き込んだりしつつ企業としてのビジョンを語るスタイルが登場しています。やり方などすごく研究されていて、イベントを利用して自分たちの目指す姿をうまく発信しているなと感じています。
川原崎:直接的なマーケティングではなく、ブランディングを意識したやり方に変わってきているということでしょうか?
奥田:そうですね。逆にマーケティングはイベント以外の仕組みでもできる。イベント自体にどんな可能性があるのかをものすごく深く考えて、うまくマーケティングに繋ぐデザインをしている人たちが海外にいるようにも思いますね。
私は、イベントデザインに関しては残念ながら日本は……おそらく30年は遅れていると思います。
川原崎:30年!
奥田:今、90年代にやりたかったことが日本で少しずつ浸透してきている気がしていますね。でも、コンテンツにお金を払わないことを含め、これに関しては自分の中に悔しさがあるというか。時間をかけてその文化をつくってきたつもりなのに、ぜんぜん成功していない気がします。
「リアルイベントはいらなくなる」と言われた時代
川原崎:今、企業が実施するイベントの規模や実施回数などがすごく増えているじゃないですか? それにともなって、投下する予算も増えている。それはなぜでしょうか?
奥田:今はいろんな告知方法が増えすぎていて、まずは大勢の人へ一斉にアプローチするスタイルになっていますよね。その中で「大勢の人にアプローチするだけではダメだ」と思う人たちも増えてきた。つまり、「自分たちに興味がある人だけを巻き込もう」という手法への関心が高まってきています。
2000年より前くらい、周囲で「これからリアルなイベントはダメになる」と言われていたことがあります。なぜなら、わざわざ足を運ばなくても、ネット上ですべての情報を得られるようになるから。特に私はインターネットに関するイベントをやっていたので、なおさら周りにはそういう声が多かったんですね。
でも、私はなにか違う気がしていました。ネットで先に情報を得ることになっても、その最先端に立っている人たち、情報を発信している人たちの空気を感じるためにイベントに行きたいと思う人が多いんじゃないかと考えていたんです。以前に比べて、今はすごい人たちに会いやすい状況ができていますよね。そういう意味でも、「リアルなイベントはダメになる」どころか、どんどん増えると思っています。
あとは単純に、イベント運営のハードルが下がっているからというのもありますよね。それこそ申込みしやすくなっていたり、告知しやすくなっていたり、登壇者などのプレイヤーも増えて繋がりやすくなってきたりしていますよね。
川原崎:確かに、業界ごとの有名スピーカーみたいな人たちが出てきていますよね。
奥田:自分が子どもの頃だと「会ってみたい人=テレビの中の人」がほとんどだったと思うんです。でも、今は分散しているじゃないですか。会ってみたい人が、場合によっては地下アイドルだったりする。その理由が「まだほかの人が知らないからいい!」とかでね。
そういう意味では、ビジネス自体もすごく細かく分散されてきている。カンファレンスだからこそニッチなところを狙っていけるんじゃないかと思います。
年間50本のイベントに登壇してわかった、参加者の本当の目的
川原崎:先ほど「空気を感じるためにイベントに行く」と言われていましたが、私の周りのイベント好きな人たちもよくこの表現を使います。この「空気」ってなんなんでしょうか?
奥田:それでいうと、私は今までイベントをサポートすることが多かったんですけれど、今は自分が講演者やモデレーター、パネルディスカッションの登壇者として、この5年で年間50本くらいずつ登壇しているんです。
川原崎:そんなにですか! 週1回は出ていることになりますね。
奥田:そこでわかったことがあるんです。私、イベント参加者は初めて見聞きする新しい情報を持って帰りたいんだろうと思っていたんですが、違ったんですね。というのも、どうも私の講演を聞きに来る人たちの中には、3回も10回も20回もリピートしている人がいるんです。
それはなぜだろうと考えたんですけれど、結局は歌のサビと同じなんですよね。
例えば私から「社会課題がビジネスの大元になります」「そういう時代がきましたよね」といったフレーズが出てきた時、来ていた人たちがすごく頷くんですよ。それも、すごく知っているかのように。
実はその人たちは、私の以前の講演にも来ていたり、あるいはログミーを前もって読んでいるから内容を知っている。「だからこそ、その部分をいっしょになぞりたいんだ」ということが、ここ2年くらいでわかってきたんです。
イベントへ行く=自分が欲しい言葉をもらいにいく
奥田:川原崎さんは、アーティストや歌手だと誰が好きですか?
川原崎:尾崎豊が好きでしたね。
奥田:尾崎豊の歌のサビが流れてきたら、うれしいわけじゃないですか?
川原崎:そうかもしれません(笑)。
奥田:「前に尾崎豊を聴いたから、今日はもういいや」とはならないでしょう? それと同じようなことが、講演でも起こっていることに気づいたんです。ログミーを立てるわけじゃないけれど(笑)。ログミーではいろんな人のイベントスピーチが読める。そして実際にイベントに訪れて、生でそれを聞いた時に「うわー!」となる(笑)。
川原崎:それはつまり、好きな芸能人をナマで見たときのような感覚なんでしょうか?
奥田:芸能人とは違うと思う。自分が欲しかった言葉をもらいにいく感覚です。
私の場合だと、何百回も話している内容なわけじゃないですか。何回も来ている人たちは、その中の欲しかった言葉を抜き出している。だから、私が「欲しかった言葉」以外を話すことには興味がないんじゃないかと思うんです。
例えば、私が『会社を辞めないという選択』を出版した時のイベントでログミーがログ化したものにもありますが、あの中で私が「夢なんて持つ必要はない!」と話すところがあるんですよね。それを実際に講演で同じように言うと、聞いていた人たちがみんな「うわー!」となるみたいな(笑)。
共感しながら話を聞きたい
川原崎:それって、生じゃないとダメなんでしょうか? 本など、テキストじゃダメなんですか?
奥田:ダメみたい。
川原崎:やはり生身の本人に会いたい?
奥田:「生身に会いたい」「その場の空気をともに吸いたい」は、ある程度はありますね。イベントは新しい技術を発表する場として必要。同時に、みんなが同じ気持ちなのかを確認する場としても必要なんです。
その観点から話すと、イベントとして一番長く続いているのは「日曜日のミサ」みたいなものなんですよね。ほとんどみんなが知っていることを確認しに行っている。イベントという発想から少し離れてみると、お祭りなどがそうですよね。人が集まって、そこにお金を出しているからこそ気持ちがいい習慣ができる。自分が1万円奉納していることが場内の貼り出しなどに書かれているからうれしい。
川原崎:なるほど。たしかに、単にトークセッションの内容を情報として欲しいだけであれば、イベントに行かずにログミーを読めばそれで足りますもんね。
奥田:ログミーで掲載されているログを読んで、初めてどんな人が話しているのかを知る。そして読み続けていくうちに、その人の背景やコンテクストを理解していく。最終的に「イベントでこの人の話が聞きたい!」となったときには、目の前で同じ言葉を言ってほしいという状態になっていると思っているんです。だから、会わなきゃダメってことですね。
CTOが集まっているイベントで例えると、技術に関しての内容は書き起こしを読めばいいじゃないですか。でも、イベントをやってみるとすごく人が集まる。
川原崎:集まりますよね。
奥田:その人たちは技術云々よりも、CTOたちがどんな苦労をしているのか、その気持ちに共感しながら技術について聞きたいんですよね(笑)。
川原崎:それは、空間的に同じところにいないと伝わらないから?
奥田:それこそ今いろんな技術が出てきていますよね。なので、そこはARやVRみたいなものが組み合わさっていく可能性は出てくると思います。
ロボホンに同じ講演原稿を読み上げさせてみたら?
奥田:私、イベントについてはひたすら実験をくり返しているんです。
今年一番おもしろかったのが、私が講演を50分行い、最後の10分で同じ内容をコンパクトにしたものでロボホン(モバイル型ロボット電話)に講演させたんです(笑)。ロボホンは、私が書いた原稿をそのまま読めるんですね。
川原崎:読み上げ機能があるんですね。
奥田:そうなんです。それをやるとどうなるのかなと思って。
なぜやったかというと、私が話しているからみんなが一生懸命聞いてくれるのか、それとも別の理由があるのかがわからなかったからです。そこで、私のキーワードみたいなものを込めてロボホンに講演させてみたんですけれど、みんなずっと聞いているの。
川原崎:へぇー! 奥田さんじゃなくてもよかったということですか……?
奥田:そう、私じゃなくてもよかった(笑)。
でも、だからといってただのロボホンに同じ文章を読み上げさせてもダメなんですよね。ロボホンに、私の背景というか、なにかしらが憑依している状態じゃないといけない(笑)。そうすると、たとえロボホンが代わりに話していても、みんな一生懸命に話を聞くんだということがわかってきました。
ロボホンでの実験では、結果的にはロボットの講演でもよかったということになった。けれど、私が連れて行って、私の講演の後で私の横で読み上げさせたからよかったんだと思っています。
川原崎:では、思い込みで成り立っている部分もきっとあるんですよね。ロボホンがどうというよりも、講演にきていた人たちにバイアスがかかっていたから「奥田さんの代わり」ができた。
奥田:そうそう。本を買うときでも「誰が書いた本なのか」を考えるじゃないですか?
川原崎:そうですね。
奥田:みんな同じ内容を書いているけれど、売れる本は「この人が書いているから響く」部分があると思っているんです。イベントなど、ビジョンを語る系のものは特にそちら側じゃないかなと。
川原崎:確かに。