アイディアを相手に伝える難しさ

(3)不完全なコミュニケーション

アダム・グラント氏:もし、まったく新しいワクワクするアイディアで、あなたがチャンピオンになりたいと思うなら、次の課題は不完全なコミュニケーションです。これからお話しするのは、どうしてこれがうまくいかないか、そしていいアイディアを他人に伝えるはなぜ難しいのかということです。

これから簡単なエクササイズをしたいと思います。頭の中で1つ曲を思い浮かべてください。どんな曲でもけっこうです。みなさんには、そのリズムを手拍子で表現していただきます。隣の席の人はそれがなにか推測してください。

さて、曲を頭に浮かべて、このように手拍子をします。隣の席の人はそれがなにか推測します。終わったら役割を入れ替え、今度はあなたが推測します。みなさんの幸運を祈ります。必要でしょうからね! 

さぁ、どうぞ!

(会場拍手)

オッケー! 止めてください! なぜこのエクササイズをしたか。それは、観客にあらかじめ拍手させる一番いい方法だからです! 

冗談です。

(会場笑)

お子さんをお持ちの方、姪や甥、孫をお持ちの方、子供たちに「サイス・バイ・サウス・ウェストでなにしたの?」と聞かれたらこれが答えですね。

(会場笑)

少なくとも7分は夕食の席でのエンターテイメントになることを保証します。

しかし、本当に私がしたいことは、正しく曲を推測できたという方立ち上がってください。みなさん、拍手をどうぞ。

(会場拍手)

いやいや、待ってください! 立ち上がったみなさん、まだ終わっていませんよ。正しく推測できたというなら、私が曲名を言うまで立ったままでいてください。その後座ってもいいです。

『ハッピー・バースディ』の方、お座りください。『ボートを漕ごう』『きらきらぼし』『ABCの歌』の方、お座りください。『メリーさんのひつじ』『ジングルベル』『ウィ・ウィル・ロック・ユー』。すばらしい選曲ですね!

ごくたまに、気づく方がいらっしゃいますね。「わかってるかい? 拍手だけでなくてもいいじゃないか! こうすればいいんだ!」。

(膝を2回打って手を1回叩く)

この場合、このエクササイズはすごく簡単になりますね。

ベートーベン交響曲第5番『運命』を選んだみなさん。一体どうやったのか私には見当もつきません。私は第3番ですら無理です。

アイディアを他人に伝えるのが難しいのはなぜか?

さて、私がこのようなエクササイズをした理由ですが、数年前に実施された実際の実験では、手拍子をする前に、別の人がその曲を知っている確率を答えるというものでした。

実は以前、これを大声で言わせるという失敗を犯しました。ある時、誰かがこう叫びました。「100パーセント!」。

こいつは最悪だ、と思いました。「あなたは確率理論というものをまったく理解していない、100パーセントのものなど存在しないのです」と言って、そちらに目を向けました。そこにいたのは、JPモルガンのCEOジェームズ・ダイモンでした。

(会場笑)

幸いなことに、その男性は隣の席でした。私が言えるのはこれだけです。

通常、確率を高く見積もる人は大きくかけ離れています。平均的には50パーセントと予測します。つまり、2人に1人は曲を認識できるだろうと考えるのです。しかし、実際の正しい予測確率は、2.5パーセントに過ぎません。

さて、いま、40人の人々が手拍子された曲を認識できたと言いました。

不思議なのは、「なぜここまで自信過剰になるのか? 私たち誰もが自信過剰になるのか?」ということです。おそらくみなさん答えを知っているでしょう。

手拍子をするためには旋律を頭に浮かべる必要があります。そうでなければ、絶対できません。少なくとも私はできません。これが自信過剰を招きます。手拍子のリズムを台無しにすることもできません。なぜなら他人の頭の中の旋律を聞くことができないのですから。

ではこれを試してみましょう。私の曲はこれです。

(タンタンタン、タンタタン、タンタタンと手拍子を打つ)

わかった方、叫んでください。

そう、『スター・ウォーズ』です! ダースベーダーの『帝国のマーチ』ですね。大部分のみなさんと違って、私の頭に流れたのは「ダーダーダー、ダッダダーダッダダー」です。簡単ですね! 

一方でここにいるみなさんが聞いたのは、単なる手拍子です。「なんだこりゃ!」。

これは、とてもすばらしい隠喩です。私たちが独創的なアイディアを他人に説明する時も、同じことが起きています。新しいアイディアが浮かんだ時、旋律を頭のなかで聞くだけではなく、あなたは曲を作り出しています。何日も、何週間も、何年もこのアイディアを考え続け、頭のなかでは完璧な理論となります。これでは、初めてアイディアを聞く人がどう捉えるのか、考えることはとても難しいでしょう。

これが、10個も20個もアイディアを出して初めて、他人から評価される理由なのです。

なので、もし次になにかアイディアを思いつき、他人に酷評されたとしたら、心の中でカウントダウンしましょう。6分経ったらこう言います。

「ほら、次はこれだよ!」。

止めたほうがいいでしょう。

ハムレットがライオンキングに

おそらく、みなさんはプロセスを短くしたいと思うでしょう。何度も何度もアイディアを繰り返すのではなく、最初の段階で、他人からの親近感を得たいはずです。どうすればいいでしょうか? 

非常に古典的なディズニーの例を見てみましょう。時は少し遡ります。ディズニーはおとぎ話を元に数多くのアニメーションを制作してきました。ある時、「そのうち借りてくるおとぎ話がなくなるぞ。新作の脚本を書くべきだ」と考えました。そうして、初のオリジナル・アニメーションの脚本を作りました。これは大変ひどいものでした。ジェフリー・カッツェンバーグは笑って、こう言いました。「これはB級映画だ。5万ドルも稼げたら御の字だな」。

脚本家たちは戻って脚本を書き直しました。白紙に戻してゼロから練り直しました。大規模な戦略会議を行いました。

しかし、誰も参加できませんでした。なぜならマイケル・アレンが誰にも発言の機会を与えず、「『リア王』に作り替えよう!」と叫んだからです。

偶然にもある脚本家の1人が3週間前に『リア王』を元に脚本を書いていました。なぜならシェークスピアを読むのは、ディズニーの採用条件の1つだからです。彼は理解できませんでした。『リア王』をどのように子供向けのアニメーションに作り替えるのか。

この瞬間、プロデューサーのモリアン・ダイモリンがひらめきました。「いいえ! 『リア王』でなく、『ハムレット』にすべきよ!」と彼女は叫びました。この瞬間に青信号が灯り、映画が動き出しました。そして、1994年でもっとも成功した映画となりました。みなさんもご覧になりましたね? 『ライオンキング』です。

私は『ライオンキング』と『ハムレット』の関係には気が付きませんでした。しかし、実に意外なことに、オリジナルアイディアは「アフリカのバンビとライオン」というものでした!

(会場笑)

最初に説明を受けて、このアイディアがどんな内容か想像できますか? 少なくとも私はまったく想像もできません! バンビを脅かすのでしょうか?

しかし、構成し直すと、ハムレットがライオンとなりました。なるほど!

『ハムレット』はご存じですね? 叔父が父を殺したため、息子は復讐を誓います。こうすれば、脚本やキャラクターを理解できますね。

独創的なアイディアを思いつくための鍵は交差することだと思います。親しみのないものを親しみのあるものに変えてしまう。他人が把握できるように、未知の分野に橋をかけるのです。

だからこそ、その産業から少し外れたリーダーが有益なのです。あなたの専門知識や分野の外側でなにが起こっているか把握しています。このような外の人材からすばらしいアイディアを得ることに加えて、アイディアをうまくコミュニケーションするために、使うこともできます。

身の回りにあることに関連付ける

以前、教員としてこれを実際に体験することになりました。初期のクラスで、みなさんもご存じかもしれませんが、ある生徒がやってきて、こう言いました。「インターネットで眼鏡を販売する会社を立ち上げたいと思っています。投資しませんか?」。

私は「なんて馬鹿げたアイディアだろう。視力をチェックしないといけないし、実際に試着してみないといけない。誰がインターネットで眼鏡を注文するのだ?」と思いました。そして、私は投資を断り、いまやWarby Parker(アメリカのアイウェアブランド)の企業価値は10億ドルを超えました。妻はいまだに怒っています。

(会場笑)

Warby Parkerが初期に経験した興味深い変化を、私は目にすることはできました。投資はできませんでしたが。最初のアイディアの説明として、Zapposが靴の通販で行っていることを、眼鏡ですると言いました。問題は、2009年当時、靴をインターネットで購入する人はまだ多くなかったことです。想像することすら困難でした。「ああ、それはいい!」と他人がすぐにピンとくるようなつながりを見つける必要がありました。

これに雑誌『GQ』が手を貸しました。2010年に彼らを「眼鏡のNetflix」と紹介しました。

これなら、他人でもすぐピンときます。人々は「ああ、当時のことは覚えている! ビデオを借りたい時は、車に乗ってBlockbuster(アメリカのレンタルビデオショップ)に行かなければいけなかったし、レンタル費用を払いたくなければ、ビデオそのものを買うしかなかった!」と考えます。

しかし、いまやそうではありませんね。もしかして、眼鏡でもうまくいくかもしれない、と人々は思い始めます。

最近のスタートアップ企業は、これを多用し過ぎている傾向もありますね。

(以下、スライドの文字)

起業家「私たちのスタートアップアイディアは、Uberのようなものです。それだけでなく、Warby Parker、Birchbox、Snapchat、Estyにも合い、これまで誰も考えもつかなかったサービスにも合致します!」

投資家「Uberで配車するように、(気安く)呼んだのですね」

(スライドここまで)

Uberを使った売込はあまりうまくいかなかったようですね。

しかし、すでに身の回りにあることに関連付けてアイディアを伝えれば、他人にとっても理解しやすく、共感を得ることができるでしょう。