出口氏の残しちゃいけない癖

司会者:ただいまより「『未来食堂』の秘密を語る 未来食堂店主 小林せかいさんとライフネット生命 出口治明さん 対談トーク」を開始いたします。ライフネット生命、代表取締役会長の出口治明さんは、未来食堂に通ってくださるお客さまの1人です。「おいしいものがすぐに食べられる効率性がいい」と、いつもニコニコ顔で帰られます。

先日、ライフネットのマガジン『ライフネットジャーナル』で、出口さんが未来食堂を取材しました。そんな出口さんをお招きしての新刊記念トークイベントでございます。未来食堂の「まかない」「あつらえ」「ただめし」といったユニークなシステムがどう効率化に結びつくのか、出口さんと種明かしをしていきます。

同時に、ライフネット立ち上げの時のお話や、出口さんの新刊『仕事に効く教養としての「世界史」II』についてもお話をおうかがいしたいと思います。

では、お待たせいたしました。出口さん、小林さんが入場いたします。みなさま、拍手でお出迎えをお願いいたします。

(会場拍手)

小林せかい氏(以下、小林):改めまして、未来食堂の小林せかいと申します。本日はお集まりいただいて、ありがとうございました。

出口治明氏(以下、出口):ライフネット生命の出口と申します。よろしくお願いします。

(会場拍手)

小林:出口さんはすごく気さくな方です。私はさっき控え室で、温かいものがほしいといっていました。そうすると、出口さんが「持っていってあげよう」と、紅茶を持って来てくださって(笑)。ありがとうございます。

出口:紅茶が来た瞬間に、係の方が入ってきて「お時間です」と言われたので(笑)。

小林:(笑)。

出口:頼んだのにもったいないじゃないですか、飲まないと。

小林:出口さん、お店に来られるときも本当にこんな感じですよね。もったいないから全部食べちゃうというか(笑)。気さくな方です。

出口:僕は田舎に生まれたので、子供の頃、食べ物を残したら叱られたんですよ。「お百姓さんが一所懸命作ったものを残すなんて許さへんぞ」と言われていたので、とにかく残しちゃいけないんだという癖があるんです。

だから特技があって。僕は、割り箸を使って、ごま粒まですべて食べられるんです。

小林:(笑)。

出口:残しちゃいけないという癖で。結婚してパートナーにみせたら、えらい不興を買ったんですよ(笑)。

(会場笑)

小林:なかなかみんなができることじゃないですよね。

未来食堂は「仕事に効く食堂」

未来食堂も「残す」じゃないですけれども、1日が終わって残った食材をそのまま捨てるのはすごくもったいないと思っているので、先ほどのお話と似ていますね。

そこで、なるべく次の日に使ったり、お漬物にして日持ちさせたりすると無駄がなくなるんじゃないかと思っています。そういった考えでやっていきたいんです。

出口:いや本当に、初めて未来食堂に行ったときに、(自著『仕事に効く教養としての「世界史」II』を見せて)僕はこんな本を書いているんですけれど、「仕事に効く食堂」だと思いましたよねぇ。

(会場笑)

なぜかというと、座ったらすぐに温かい食事が出てくるんですよ。ものすごく早く食べられるので、無駄がないんですね。だから、たぶん東京で一番「仕事に効く食堂」じゃないかなと思っているんです。

小林:すごいコピーが出ましたね(笑)。ありがとうございます。初めて来ていただいたのはいつくらいでしたっけ?

出口:8月か9月くらい。もともとのきっかけはものすごく単純なことだったんです。大学のゼミの先生が傘寿80歳で、「もうゼミ会もできへんな」「最後やな」ということで、先生ご夫妻をお招きしたゼミの会合があったんですよ。

その幹事が大阪にいる弁護士の方で、ものすごくいい人なんです。ゼミ会の幹事なんてめんどくさいだけじゃないですか? それから、うるさいことを言う先輩がいたりして。

小林:(笑)。

出口:それを20年くらいずっとやってくれているんですよ。そのゼミ会もやってくれたんです。

ふだんはあまりしゃべらないのに、「ちょっとひと言、言っていいですか?」と、マイクを持って立たれて、「僕の娘が東京で食堂を始めました。東京のみなさま、行ってやってください」と言われたんです。これはもう、行くしかないじゃないですか(笑)。

(会場笑)

だって20年もゼミ会の幹事をずっとやってくれている。もう僕はその場で「すぐ行きます」と言って「忘れないうちに」と、大至急行ったんです。だから、初めて来たのは7月かもしれないね。ゼミ会が7月なので。

小林:出口さんのお話を聞いていつも驚かされるのが、実際にするというか、実際に来るというか。おそらく、その話を聞いても、「ふーん、あるんだ」が大半ですよね。出口さんご本人にそう言うと、いつも不思議な顔をして「なんで行かないんですかね?」と(笑)。

出口:忘れますよねぇ。すぐに行かないと。

小林:(笑)。

出口氏「気づくと、2週間に1回くらい来ている」

出口:それから、僕は思うんですけれど、何事もダメ元でまずYESだと思っているんです。誘ってくれたのもきっかけであり、ご縁じゃないですか。そこに行けば、ものすごくおいしいものが食べられるかもしれない。まあまあ普通だったとしても、ダメ元じゃないですか。どうせどこかで食べるんだから。

昔からそうですけれど、誘われたらだいたい行きますよね。つまらなかったら帰ればいいだけなので。すごく単純なことです。

小林:その頃から足繁く来ていただいて、本当にありがとうございます。

出口:仕事に効くからです(笑)。

小林:仕事に効くから。出口さんが来られるときはおもしろくって。いつも女性と一緒なんですよね(笑)。

(会場笑)

しかも、毎回違う、けっこうきれいな女性と一緒なんです。あれは、なんなのですか?(笑)。

出口:実は、秘書の第1号、第2号、第3号を連れていってるんです。

まだ8年しか経営していない会社で、秘書3人目なんて、なんだかものすごくうるさい会長みたいで嫌じゃないですか。でも実は3人とも会社にいるんですよ。なぜ1、2、3と変わったかといえば、最初の秘書は非常によくできて、すごく満足していたんです。でも、取られてしまったんですよ、ほかの部門に。

(会場笑)

「彼女はよくできるからください」「出口さん、誰でもなんとかなるでしょ?」と言われて、取られてしまって。

(会場笑)

そして、2人目が来て。2人目も非常によくできて、がんばってくれたていたのに、また取られてしまって。仕方がないので、今3人目の秘書がいるんですけれど、全員会社にいるので、順番に連れていったというだけなんですよ。

小林:けっこう未来食堂のことをお話ししてくださっていて。取材もそうなんですけれども、一度来てくださる方はものすごく多い。だいたい「一度来てくださった方」が、未来食堂をほめてくださったりするんですけど。

出口さんは本当に何度も、自分だけじゃなくていろんな方と来てくださります。おもしろいのが、いつもニコニコした顔で帰っていくので(笑)。

出口:「早くて、おいしくて、安い」は、コスパがめちゃくちゃいいじゃないですか。だから、暇があれば行きたいんです。でも、考えてみたら2週間に1回くらいですよね。

小林:ありがたい限りです。本当にお近くだったら、きっとまた違ってくると思うんです。でも、出口さんはわざわざ電車に乗って来てくださっていて。

出口:僕は半蔵門なんですよ。半蔵門から2〜3分で、神保町でしょう。2駅なんですよ。会社の近くのところに行っても、出てくるまで10分くらいかかるからね。考えたら同じなんですよ。昼休みの1時間で未来食堂に行くほうが、早くご飯が食べられるんですよ。行かれたらわかると思います。

小林:プレッシャーですね。これは(笑)。

(会場笑)

出口:すぐに出てくるんですよ、本当に。温かいものが。

なんとなく来て、なんとなくいいものが食べられる

小林:出口さんみたいなお客さん目線から見て、「あ、こうだから早く出るんだな」など、いくつか思うことはあるんですか?

出口:すごく考えられていると思っています。あとから知ったんですけれど、せかいさんが数学を勉強されたり、IBMでお仕事をされたりしたからだと思うんですけれど、無駄がないんですよね。

ご飯は温かいおひつに入っていて、いくらでもよそえるんですよ。お茶ももちろんいくらでも入れ放題。座ったらポンと出る、動線に無駄がない。

実際のオペレーションについてはあまりよくわからないですけれど、「無駄をせずに一番おいしいものを最短距離で出そうとしたらこうなるんだろうな」が、本当によく考えられていると思っています。

初めてうかがったときに、仕事に効くと思ったので、また来ようと思うじゃないですか。だから、「すみませんが、お名刺いただけませんか?」と言ったんですよ。そうしたら、「そんなものないです」と言うんですよね。

(会場笑)

小林:ないですもん。

出口:ないんですよ。でも、変じゃないですか。その代わりにいただいたのが、割引券なんですよ。ランチが900円なんですけれど、これを持っていくと100円引かれます。「小さいから、コイン入れに入れておいてください」と言われて。

小林:場所まで指定しましたね(笑)。

出口:「はい」とか言って。でも、帰りの電車のなかで読んだら、電話番号も全部書いてあるし、名刺の代わりをしているんですよ。これ、いつもここに入れています。これがなければ、100円引きにならないので。

小林:(笑)。

出口:人間は、わりと「同じやったら引いてもろうたほうがええな」と思うじゃないですか。そうするといつも入れておきますよね。名刺や変なパンフレットよりも、はるかに効率がいい。だから、システムとして考え抜かれているなと思ったんです。そのあとでGoogle検索をしてみて、またのけぞったんですけれど、売上とか原価も全部オープンにされているんですよ。そこもびっくりしてしまって。

ライフネットも、生命保険の製造原価と会社の経費をオープンにしています。8年前にオープンにして以来、まだどの会社もオープンにしていないので、ずっと孤軍奮闘なんです。そういう情報公開の徹底さに、すっかり感心をしてしまって。そして、ファンになってしまった。

小林:ファンになってしまった(笑)。でも、本当に難しいことを知らなくても、なんとなく来て、なんとなくいいものが食べられて、気分がいいというのが、自分のなかでは理想的なゴールなんです。

中を知るといろんなからくりがあっておもしろい。例えば、在庫をなくすための工夫があるだとか。もちろん、秘密はあります。でも、それを本当に知らないで、「まあ、行ってみて」というひと言で来てしまった出口さんでも「なんかよかったな」と帰っていけるのは、ライフネットもそうだと思うんですけれども、わかりやすさや使いやすさのところを、とても意識してやっているからです。

ごはんが入っているのがおひつだという話がありました。「おひつ」とはいえ、日本人は意外と、かたちを見て初めてわかるんですよね。なかになにが入っているか。たぶんもう、DNAに刷り込まれているんじゃないかというレベルで。

あと、しゃもじも「これはごはんをすくうものです」と言わなくても、絶対にわかっているじゃないですか。「これはいったいなんだろう?」「スプーンかな?」と言う人は、日本人ではまずいないですよね。そうすると、その2点が置いてあるだけで、「これですくって、空いている器に入れれば、ごはんを食べられるんだ」となります。

だから、出口さんが初めて来られたときも、自分が「これがしゃもじです」とは、たぶん言わなかったと思うんですよね。お昼のちょっと忙しい時間帯に来られていましたし。1から10まで説明してわかるのではない。1の説明がなくても、「これは、このかたちだったらしゃもじだろう」という、当たり前を外さないという感じですね。

無駄がなく、シンプルな「お昼ごはん屋さん」

出口:そうですね。あと、未来食堂はものすごく不思議な特徴があるんですよ。これはほかの店には絶対にないものです。ほかのお店は、例えば2〜3回くらい行くと「こんにちは。いらっしゃい」となるんですけれど、未来食堂はまったくない。

(会場笑)

小林:これ、よく言われるんですよね(笑)。

出口:お店を1人で回しているからすごく忙しいので、「こんにちは」と言っている暇がないというのはよくわかるんです。でも、ふだん慣れていないので、最初の2〜3回は「なんでやろう? 僕、嫌われているのかな?」と思うじゃないですか(笑)。

(会場笑)

でも、よく考えてみると、そのほうが気楽なんですよね。「なんでやろう?」と思って自分で考えてみたら、別にお昼はごはんを食べに行くだけで、どちらも忙しいわけです。だから「こんにちは。元気ですか」は、本当はいらないんですよね。

だから、そこも気づかされたんです。本当に無駄なものを削ぎ落として、「理想のお昼ごはん屋さんってこうなんやな」と思ったんです。そこで、ますます気にいってしまったという。

小林:でも、それはすごくいろいろな方にも言われています。「愛想がない」は、いつも言われるんですね。

出口:愛想は、ないほうがいいですよ。

小林:でも、実はないように見えて。これ言っちゃうんですが、私は誰がなにを残したか、全データを覚えています。例えば、トマトを残して帰ったら、もう次から絶対に出さない。その方が来たら、代わりにニンジンを出すんです。

出口:愛想がありますねぇ。

小林:そうですね。これは、トップシークレットなんですけど。

でも、出口さんの言うように、日々続く関係性は、挨拶している間柄でもわかるじゃないですか。お昼に少し疲れていて、でも時間がなくて、なにかご飯を食べたい。人の気持ちには、いろんなバリエーションがあると思うんです。

出口:まったくそう思いますね。

小林:少し憂鬱なときに「元気ですか」と聞かれても、「元気じゃないよ」「ちょっとめんどうくさいな」ということがきっとあると思うんですね。「プラスを出すよりも、マイナスを出さないほうが大事」と自分は思っていて、常にフラットで接することをすごく考えています。

出口:絶対、そのままでいてくださいね。なんて言うんですかね……伊勢神宮みたいな。

(会場笑)

無駄がないじゃない? あ、僕、三重県出身なんで(笑)。

小林:あ、なるほど(笑)。

出口:構成がびしっとできていて、まったく無駄がなく、そしてシンプル。そんな感じがしています。ここまでシンプルにできるんだなと、すごく感心しました。