まずはちょっとした実験を

リチャード・コックス氏:こんばんは。みなさんお帰りなさい。ちょっとしたお願いごとを聞いていただけますか。ありがとうございます。

たった今、ご着席いただいたばかりではありますが、皆さんには、またご起立願って、別の席に移動していただけますか? 今座っている席以外であれば、どこでも結構です。

結構です。はい。結構です。ありがとうございました。

喧嘩は起こりませんでしたね。よいことです。もちろんスタンフォードの方々ですので、成功するのは当然のことですよね。

では今度は、お近くにいらっしゃる方と、少し話してみてください。一緒に来た方では無い方がよいですね。もちろん一緒に来た方でも構いません。15秒から20秒ほどお話ししてみてください。

席を変えることがなぜ可能だったのか、話してみてください。使ったのは、どんなジェスチャーか、表情か。起こったこと全部についてです。どんなに些細なことでも構いません。科学者のような視点で考えてみてください。

喧嘩せずに、別の席に移動できたのは、なぜだったのでしょうか。

(会場笑い)

15秒から20秒間、お近くの方とお話ししてみてください。

はい。いいですね。話し相手の方に、感謝の念をお伝えください。はい。すばらしいです。

「権力」とは何なのか

さて、皆さんは、今日これから私が話そうとしていることについて、既にエキスパートでいらっしゃるようですね。つまりこの会場は、エキスパートで一杯であるわけです。

権力と、力の言語についてお話をしようと思います。私たち全員が話す、秘密の言語です。

さっきの交渉で、皆さんは衝突をしませんでしたし、お互いに躓き合ったりもしませんでした。交渉したのです。

席を譲る人、素通りする人、そうしない人を誰かが決めて、皆が笑顔で、うなずきあい、小首を傾げ合い、それが会場全体で起こっていました。

私は皆さんの様子を拝見していました。皆さん一人ひとりを見ていたわけではありませんが、多くの方の様子を見ていて、会場でそれが起こっていたのを見て取りました。

これが、私たちが常に使っている「力の言語」です。

では、権力が欲しい方は、どれくらいいらっしゃいますか。手をしっかり挙げてください。ああ、いいですね。私は、ビジネス・スクールで教えていますので、よくわかりますよ。私たちは産業界の旗手ですから、当然、権力を欲します。

でも全ての手が挙がっているわけではなさそうですね。あまねく権力を掴み、集中に納めたいとは、特に思っていらっしゃらない方は? 人懐こい、優しい方々ですね。笑顔が良いですね。どうやら、私たちは2タイプに分かれているようですね。

さて、より興味深い質問に移ります。私たちは、なぜ権力を欲するのでしょうか。また、欲しないのでしょうか。

これには別々の意味があります。

もっと大きく巨大なテーブルがあったなら、囲んで座って、このことについて楽しくお話しすることができたでしょう。

しかしそれができない以上、著名人の言葉を引用してお話ししましょう。

「(引用)権力や権威を振るう者に接すると、名状しがたい反感を覚える。その感覚は、糞便に対するそれと近い」(ジャン・ボードリヤール)

(会場笑い)

さて、これは権力についての1つの意見で、権力を欲しない皆さんは、共感を覚える方もいらっしゃるかもしれませんね。違うご意見をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

「(引用)私は権力を愛する。しかし、それは芸術家としての愛だ。音楽家が、自分のバイオリンを愛し、音色、和音、ハーモニーを引き出すのに等しい」(ナポレオン・ボナパルト)

彼は、権力大好き人間ですね。力が欲しくてたまりません。

この2つは拮抗する立場です。なぜ人は、権力を愛しつつ、権力を嫌うのでしょうか。

人が権力に反感を覚える理由

まず、なぜ権力に反発するのでしょうか。1つは、人が権力を欲する理由が正しくないからです。

この「正しい」というのは1つの見方です。なぜなら、あなたにとって「正しい」ことが、他の人にとって「正しい」とは限らないからです。ここに不一致が生じます。

しかし実際に、普遍的に間違った理由で権力を掌握しようという人間が実在します。この人たちは、権力を乱用し、それは美しくないからです。

歴史を振り返っても、人が強大な権力を持つと、どれほど恐ろしいことが起こるかがわかります。新聞を見ても、今日でも、同様のことが起こっていることが見て取れます。

人は権力を欲してあがき、ネガティブな結末がそれに続きます。私たちが権力に反感を抱く理由の1つが、これなのです。一人に権力が集中し、悪事を働くことを警戒するのです。

また一般的に、人はエリート主義社会を信じています。学校でそのように教育を受けます。繁栄が正解なのです。そのとおりだと思いませんか?

しかし、私たち皆の心の中にいる、小学3年生くらいの子供が「それは違うよ! それが正解ではないんだ!」と叫びます。彼らの答えが正しいのです。それゆえに、私たちは権力に対し反感を覚えるのです。

一方で、人は権力を欲するものでもある

同時に、私たちは権力を欲します。なぜなら、権力が必要とされる時が訪れることに気がつくからです。より大きな善のため、もしくは誰か他の人のために貢献したい時には、特にそうです。

人々や組織、チーム、子供のグループ、何であれ、リーダーであれば権力が必要です。これらの人々を助けるために、権力を掌握する必要が生じることがあります。こういった類の権力を欲することに対して、反対する方はいないと思います。

人々の安全を守るための権力。人々が、望みを叶えるための権力。すばらしい権力の使い道です。会場の全員が「イエス! そういった使い道のためであれば、私も権力が大好きです」という書類にサインをするべきです。

人は、間違いなく地位を切望します。他人から尊敬されたい、底辺にはいたくない。必ず一人は、自分より下の立場にいてほしいと思っています。

バケツいっぱいのカニが、お互いを蹴落とそうと、あがく映像を見たことがあるでしょう。上に上がろうとしているのではなく、別のカニを足場として踏もうとしているのです。

仕事がうまくいっていない時に、似たような感覚に陥ることがありますね。要するに、一番下には、誰しもが絶対になりたくはないのです。そうならないために、死に物狂いであがきます。それはとても幼い時から始まります。

社会のヒエラルキーになぞらえて、学校で覚えるのです。今日は、このことについてお話ししようと思います。

芸術と化学の両面からのアプローチ

この会場で最初に行ったエクササイズ、つまり立ち上がって動き、その後ディスカッションをするというのは、「力を伴った演技」のクラスでの、ワークの本体です。私は「組織における行動科」の講師です。この講義で共に教鞭を執る、すばらしいチームと働いています。

私たちは、今日ここでシェアするようなアイデアの数々を考え出して来ました。皆さんにお伝えしたいのは、私はこのアイデアすべての良さを信じていること、しかも固く信じていることです。このワークを世界中で行なっています。この講義のワークは、皆さんが行なった物のようなものです。

まず学生を、経験したことのないようなアクティビティに投入します。学生たちは、どうしてこれをやるのか、何が起こっているのかが、よくわからないままです。ちょっと奇妙にも感じます。その後、学生にそれについて考察してもらいます。

その後、講師が話に戻って「考察をしましょう」と話します。研究を引用し、何が起こっているのかを説明します。

これは、芸術と科学のすばらしいマリアージュです。なぜなら、科学面で、なぜこれが起こったかを説明し、芸術面では行動と経験から、私たち皆が知っている、真実へと導くからです。実際に何が起こったかを感じることができます。

こうして私たちは経験から学び、その理由を理解できます。これが、私が講義で教えていることであり、今日ここで、その道のエキスパートである皆さんにお話しすることなのです。