カモフラージュやコミュニケーションのために体色を変えるイカ

ステファン・チン氏:イカはとてもおいしいですよね。しかし、火を通し過ぎると、まるで輪ゴムを噛んでいるような食感になってしまいます。

本題に話を戻しましょう。世界中で広く愛されているこの生物を流通させるため、イカ漁は時間との戦いですが、その工程で大量の廃棄物が出るのが難点です。

毎年、何千トンものイカの皮が廃棄されることは、たいへん残念なことです。これは、単なる環境上の問題ではありません。実はイカの皮には、ごくありふれた病原菌をやっつけてくれる成分が含有されているのです。興味深いことに、この成分は、イカが色を変える際に使う色素に含まれています。

イカは、カモフラージュのためや互いのコミュニケーション手段として、瞬時に色と模様を変化させることができます。

イカが使っているのは、皮膚にあるクロマトフォア(色素胞)という何千もの器官です。クロマトフォアは、筋肉の環に囲まれた、色素の詰まった嚢でできています。イカは、これを瞬く間に伸縮することができ、泳ぎながら色素を展開させたり引っ込めたりするのです。

イカの皮に含まれる「色素」の意外な効用

さて、研究者たちの注目を集めているのが、「Jumbo squid(ジャンボ・スクイッド)」としても知られるアメリカオオアカイカ【訳注;ダイオウイカとは別種】などの種が持つ、抗菌性の色素です。「キサントマチン」と呼ばれるもので、これまで抗酸化作用があることが知られてきました。つまりこれは、イカの細胞を活性酸素による損傷から守る成分なのです。

ところで研究者たちは、いくつかの種の魚の水産加工品の消費期限が、この成分により延長されることに気が付きました。そこで、この成分には、実は抗菌作用もあるのではないかと考えたのです。研究者たちはこの仮説を実験し、その結果を2019年に論文として発表しました。

研究者たちはこの実験で、アメリカオオアカイカの色素を皮から採取し、ヒトに感染症を起こす微生物と一緒に増殖培地に混ぜてみました。特に、複数種の細菌を使って、この色素を使った実験が行われました。使用されたのは、細菌性食中毒の原因菌であるサルモネラ菌やリステリア菌などです。さらに、毒素を出すカビ菌類やカンジダ真菌類なども同様に実験されました。カンジダ真菌とは、カンジダ症やイースト感染症などを引き起こす酵母菌です。

感染症や食中毒の原因菌の繁殖を防止

その結果は、非常に驚くべきものでした。色素は、サルモネラ菌の繁殖を90パーセント以上も抑えたのです。

リステリア菌や、肺炎をはじめとする感染症を引き起こすブドウ球菌、カンジダ菌の一種であるカンジダ・アルビカンスに対しては、50パーセント以上が抑えられました。

漁業界では、この貴重な物を何年も廃棄処分してきたことを考えると驚きです。沿岸部などでは環境問題となっておりますし、この研究によりますと、私たちは役に立つ成分を廃棄してきたことになります。

現時点では、ヒトへの感染症や食中毒の対策としてのこの色素の効果を知るには、まだまだ実験が要求されます。人体は培養皿よりもはるかに複雑であるためです。しかし、これらの色素には、ヒトの健康を維持してくれる可能性があるのです。

漁業廃棄物を削減し、健康の安全を保つことができるなんて、Win-Winだとは思いませんか。