ベトナムの作曲家、チャン・キム・ゴック氏

チャン・キム・ゴック氏:みなさん、こんにちは。今日は、私自身の作曲家およびミクストメディア・アーティストとしての活動についてお話しします。その後、私が創設し、芸術監督を務めるHanoi New Music Festivalの紹介映像をお見せしたいと思います。

私は、作曲家としてスタートし、ベトナムのHanoi National Academy of Musicの作曲科を卒業しました。当時勉強したのはクラシックな作曲法で、交響曲や器楽曲の楽譜を書いていました。2000年、20歳のときにはじめてミュージック・シアター(音楽劇)の作曲をしましたが、当時はそれがミュージック・シアターと称されていることも知りませんでした。

その作品が『Vagabonds’Dream』です。サン=テグジュペリの小説『星の王子さま』に着想を得て、自分独自の作品としてベトナムの観客向けに作曲しました。ベトナムにおける検閲、個人そして映像表現をテーマにしたもので、私が手がけた最初の音楽劇作品です。当時、クラシックな作曲法や記譜法を使わないことに決めていました。代わりに、ミュージシャンたちと直接向き合い、実験的な手法で音楽表現の可能性を探ることにしたのです。このはじめての音楽劇創作はとてもいい経験になりました。

『Vagabonds’ Dream(放浪者の夢)』

『Vagabonds’ Dream』は楽譜がなかったので、リハーサルには3か月を要しました。その後ドイツに3年間留学し作曲と即興の勉強をするなかで、実に豊かなミュージック・シアターのシーンに足を踏み入れることになりました。そのときはじめて『Vagabonds’ Dream』が、私が作曲した初のミュージック・シアター作品であることに気づいたのです。これを機に、ミュージック・シアターの言語についてより多くを知るようになり、ミュージック・シアターやミクストメディアについて、自分なりの考えや定義を打ち立てるようになりました。

5つの欠如をテーマに作品を展開

私は作品のなかに、さまざまな芸術形式を取り入れています。たとえば、2006年『ミュンヘン・ビエンナーレ』(現代オペラのフェスティバル)から、美術館で上演するためのミュージック・シアター作品の作曲を委嘱されました。上演会場のグリュプトテークは古代ローマ時代の巨大な彫刻を収蔵する美術館です。3つの展示室を使用することを決め、サイトスペシフィックなミュージック・シアターに仕上げました。まさにグリュプトテークの空間でしか上演できない作品です。

はじめてグリュプトテークの展示室に入ったとき、「欠如」について考えました。つまり、その部屋にもはや存在しないなにかについてです。美術館内では、かつて生きていた存在の死後の像を見ることになります。それは、残存する像でしかないのですが、私は大理石彫刻からなにか「いまこそ」という適時性を受け取ったのかもしれません。この作品のタイトルは「欠如」と決めました!

この作品ではサイトスペシフィックな要素を用いて作曲しました。たとえば美術館展示室の反響音、展示を観に入ってくる来場者の足音などです。登場人物は5人いて、それぞれが5つの「欠如」の状況を表象しています。

『Absence(欠如)』

1人目の登場人物は「南風」です。ベトナムで生まれ育った私にとって、南からやってくるモンスーンは東南アジアの気候と文化的風土の象徴です。ドイツで学生生活を送っていたときに欠如していたものです。

2人目は「伝統」です。この役は私自身が演じました。ベトナムの伝統的なメロディーを使って声による即興を行い、それをコンピュータを用いてリアルタイムに音処理しました。この女性の役のための衣装も自分でデザインしました。ベトナムの女性が身に着ける伝統的な衣装ですが、身に着けた私の頭はスキンヘッドでした。その姿は非常に挑発的で、物議を呼ぶ存在でした。

3番目は「証人」で、演じるのは「録音テープ」です。ベトナムの街や日常生活の音を実際に録音し、コンピュータで処理しました。カット&ペースト、コラージュなどの編集やエフェクトを加え、音を歪め、乱しました。そして、録音した音の構成全体を再アレンジするために、私は自分の故郷に対する記憶を再構築しました。「証人」自体は、実生活の録音です。したがって「欠如」とは、もうそこには存在しないものをさします。しかしながら、それは私の心に取り込まれ、私の記憶の幻想と化します、これがまさに「欠如」なのです。

4番目の登場人物は「雄の白鳥」で、チャイコフスキーのバレエ音楽『白鳥の湖』にヒントを得ました。クラシック音楽文化の象徴的存在ですが、私の作品では、白鳥は男性ダンサーが演じます。現代における古典文化の「欠如」を表現する動きを、彼とともに振り付けました。

最後の登場人物は「僧侶」です。ベトナムから本物の僧侶を呼び、典型的なローマ様式の展示室で瞑想をしてもらいました。部屋のなかで瞑想、詠唱、祝福など、好きなことをやってくださいと伝えたのです。「欠如」は仏教において、とりわけ瞑想において核をなす概念です。だからこそ、この概念を登場人物として私の作品に組み入れ、「欠如」を非日常的な会場で体験できるようにしました。

空間と観客が立てる音を作品の要素として取り込む

5人の登場人物は、3つの展示室にバラバラに配置され、観客が作品を探求しやすいように、第一の部屋から第三の部屋へと導く脚本を作りました。そうすることで観客の立てる足音や物音が作品のなかに取り込まれました。そういった音を作曲のための一要素として使ったのです。

この作品は、観客がその部屋にいることが知覚の前提となる類のものです。私は作品の進行と音楽によって、観客を部屋から部屋へと導きました。それはランダムではなく、すべて計算されたものです。観客が私のガイドに完全には従わない場合もあり、計算外のことがどうしても起こります。とはいえ、ほとんどの観客は私のガイドのとおり動いてくれました。

ある部屋で音楽がはじまれば、観客は全員そこに集まりました。僧侶はそれを知ることはできませんが、彼の近くにはマイクを置いていたので、詠唱がはじまれば、他の部屋にいた観客がやってきます。僧侶が一人座って呼吸しているだけのこともありました。僧侶の瞑想と静寂は、ときに大音量の音楽が流れる隣の部屋よりも多くの観客を魅了しました。観客たちは、音楽に従い、音にも従い、また僧侶や白鳥姿の男性、伝統的な衣装など、登場人物が動いたり演じるたびに、それに従って動きました。

あるときには、非常に騒々しい音楽と音を3つの展示室で同時再生したこともあります。すると、観客たちは混乱して、どこへ行くべきか、なにをすべきかがわからなくなってしまいました。作品の観察者としての私には、非常に重要な瞬間でした。私はパフォーマーでもあり、観察者でもあります。実際に部屋で起こる出来事に応答することが好きなのです。

空間を通して作品を“体感”できるものに

次に、2007年に創作した『What Makes The Spider Spin Her Web』を紹介します。出演者は一人だけ、私です。テーマは現代における女性性の危機でした。この作品は舞台美術が重要な意味を持ち、幅4メートル×高さ2メートル×奥行き2メートルのボックスを舞台の中央に設置し、半透明のシルクの布でそれを覆いました。

その布はとても薄くて、観客はボックスのなかを目にすることができ、照明が当てられています。同時に、私が照明を消した後、ビデオスクリーンとして機能するだけの十分な厚さも備えています。2台のプロジェクターがボックスの前面と背面に映像を投影します。

パフォーマンスの間、私はボックスのなかに座って動き続けます。そこには女性が絹を織るためのベトナムの伝統的な織機と、吊り下げられたドレスの二つしかありません。ボックスの照明はとても詳細な構成になっており、これが作曲の一要素をなしています。

『What Makes The Spider Spin Her Web』

観客の目には2次元の平面として映りますが、実際は3次元のボックスです。ボックスの前面と背面のスクリーンに映し出される映像と照明、そしてボックス内でのアクティングがミックスされたものを観客は見ているのです。

このように、私の作品は記録することが困難です。映像で記録しようとすると、この作品がすべて二次元であるかのように受け取られてしまうからです。観客がその場でこの作品を、直接体験することが重要です。

ミュージシャンの意思を活かした『Together Alone』

続けて、いくつかの作品について簡単に紹介します。『Together Alone』は、コンセプチュアルなミュージック・シアター作品です。私は10人のミュージシャンと1か月間かけて、細部まで作りました。作品の素材となる音楽を自分で見つけ出し、サウンドを通して自らのポートレートを創作してほしいと、彼らに依頼しました。

これが、この作品の重要なルールでした。私は、それぞれのミュージシャンがポートレートを創作するための手助けをしました。そうして作品の素材、音、舞台上のあり方(衣装や動き、パフォーマンス)も含めて、彼ら自身が選択して決定していきました。

『Together Alone(ふたりだけで)』

たとえば、打楽器奏者は、彼の人柄に近い医者になりました。ほかにもダイバー、教授、翼のある天使、シェフ、未亡人となった花嫁などの役がありました。ミュージシャンたちはそれぞれの役に扮し、舞台に一堂に並び、インタラクティブなパフォーマンスを行いました。

こちらの『My Chau's World』は、女性にまつわるもう1つの作品です。これは、ベルリンのEnsemble Musikfabrikの委嘱を受けて創作しました。彼らは小規模な現代音楽アンサンブルです。ベトナム公演で発表するための委嘱でした。この写真は私が、主役である女性ヴォーカリストの役を演じている様子です。

『CON OEE』は、通常のフォーマットとは異なるミュージック・シアター作品です。私の作品は上映時間が1時間ほどのものが多いのですが、この作品は20分しかなく、美術館で展示という形で上演されました。いわば音楽のインスタレーションで、詩の朗読、音楽、音、ビデオアート、演劇、アクティングなどから成立しています。観客は展示室に入り、自分を取り巻く壁と、その中のスペースにおいて展開する作品を観ることになります。

ベトナム初の実験音楽イベントを主催

最後にご紹介したいのは、隔年で開催されるHanoi New Music Festivalです。DomDomが運営しています。DomDom は3年前に私が設立した、ベトナム初の実験音楽のためのセンターです。このフェスティバルはDomDomが手がける事業の1つで、べトナムの実験音楽と音楽系のメディアアートの中心的存在となっています。紹介映像がありますので、お見せしたいと思います。

『Hanoi New Music Festival』

どうもありがとうございました。