企業の中で起業家のように働く人は「志」の出発点が違う

水谷壽芳氏(以下、水谷):この書籍(『起業家のように企業で働く』)の中で、一番最初に小杉さんがお伝えなさっている一番大切にしておきたい考え方として、「個人の志」という点が、しっかりと記されているかなという印象を受けています。その大きな流れの中で「志を個人が持つ」というところを、小杉さんのお言葉でみなさんに共有いただきたいなと思います。

『起業家のように企業で働く 令和版』(クロスメディア・パブリッシング)

小杉俊哉氏(以下、小杉):ありがとうございます。第1章を「志」にしてるわけですよね。「志を持つ」とはどういうことかというと、とかく我々は自分の業績を上げるとか、今期の目標を達成するとか、あるいは自分はどういうキャリアを送りたいとか、どういう職種に就きたいかとかを考えてしまう。まぁ当たり前なんですが。

それはみんな「個人的な話」なので、基本的には「じゃあお自分でなんとかしろ」となるわけですよ。ところが先ほどお話ししたような、起業家のように働いている人は、そこから出発していたらなれないんですね。そういう人たちは、出発点が「どうしたらもっと会社が良くなるのか」「どうしたらもっと会社を使って世の中に貢献できるのか」になっているんですよ。

自分にとっての「パーパス」ですね。最近「パーパス」とすごく言われるようになったんですが、「目的」ですよね。「志」とも置き換えられると思います。あるいは「ミッション」、「使命感」と置き換えることもできると思います。あるいは「大義」と言うこともできると思います。みな同じ意味だと思うんです。

組織のみんなにとっての目的、あるいは世の中にとっての目的でもあれば、自分だけではなく周りの人にとっても「そのとおりだよね」と共感を生むわけです。社内に限らず社外の人も共感してくれますよね。そして一緒に、やろうとしていることを達成しようという流れができてくるんですよ。

「企業を使って起業家のように働いている人」に共通して言えることは、そこからスタートしてるということなんですね。

企業のビジョンと自分の志の重ね合わせ方

水谷:先ほど、いわゆる起業家として働いている方と、大きな組織の中で働いている方が近づいているというお話がありました。今日聞いてくださっている方々はいろんな属性・地域でおられると思いますが、最初から「志」に自分自身に腹落ち感があるとか、自信を持って周りに言える方ばかりではないと思います。

そういう方々がそういう心持ちになれるヒントとか、あるいは企業のビジョンと自分の志の重ね合わせ方といったなにかエピソードとかありましたらお願いしたいんですが、どうでしょうか。

小杉:ありがとうございます。今の時代の企業を取り巻く環境は、今言ったような動きにすごく適してるんですよね。それは「ESG(Environment(環境)・Social(社会)・Governance(ガバナンス))」、さらには国連が掲げた「SDGs」の実現に向かって企業は動かざるを得ないんです。

逆に、業績だけ上げて環境を汚染していたり、あるいは社会的に迷惑をかけていたりする企業は、投資家が引き上げてしまうし、株価が下がり買収のリスクも高くなるるということで、その実現に向けた行動が明確に求められている。

経営者は、業績を上げながらそれを達成していかなければならないことに、頭を悩ませているわけです。企業がより良くなって、お客さんのため、社会のためになることが、企業の最も重要なポイントなんですよね。それをそこで働く一人ひとりの社員が考えて動くのは、むしろシンクロするじゃないですか。

その動きを経営者、上司が止めようとすることは基本的にはない。これが、かつてとまったく違うところですよね。従来は「お前はそんなこと言っていないで、とにかく売上をあげろ」と。「何寝ぼけたこと言ってんだ」って言われがちだったのが、今や正論ですから。「それはいいな、ぜひやってくれ」と。

経営者も上司も、答えを持っていないからこそ提案を待っている

小杉:もちろん「ただし君のやらなければいけないこともちゃんとやってくれよ」とは言われると思いますが、その動きをやめさせることは今やもうないと思いますね。

水谷:確かにそうですね。ニュースになっているので言及できるところでは、(2015年に)フォルクスワーゲンさんが品質に関わることを偽装してしまった話とか。日本企業も外資系企業も、そういったニュースが多く出ているわけですよね。

今、人事・組織だと「心理的安全性」ということで、声をちゃんと上げられるようにしていく組織作りも注目を浴びていますね。

それと、先日の小杉さんのお話を聞いていて、一番なるほどと思ったのが、「コロナで経営者あるいはマネージャーがどういう状態になったか考えてみてください。必ずしも上司側は答えを持ってないんです」ということ。あの時、みなさんへの問いかけでは、何とおっしゃっていましたっけ。

小杉:「コロナ禍でわかっちゃった経営者・上司にとって都合の悪いことは何でしょうか」、ですね。

水谷:この本の最初の「志」のところで、「実は経営者や上司側も、その提案を待ってるんです」ということが書かれていて、本でおっしゃってることと、小杉さんがいま現在、みなさんに問いかけていることが、僕の中ですごくシンクロしました。

考えるべきは「Must」と「Will」の接点

小杉:先ほども触れましたが、やらなきゃいけないことはやらなきゃいけないんですよね。今期の目標もあるでしょうし、役割もありますから。それを「Mustの領域」と言うわけです。一方先ほどの「もっとこうしたら組織が良くなるのにな」と気づいていても、「いや、それ自分の仕事じゃない」あるいは「忙しくてそこまでやれない」という領域を、「Canの領域」と定義しているわけです。

「Canの領域」は、別に経験やスキルがあるという話ではなく、「気づいていること」です。気づいていることは、やる時間と勇気を持てば踏み出せるじゃないですか。やり出してしまえば、先ほどの話のようにいろんな人が協力してくれたり、必要なスキル・知識はあとからついてくるわけです。

さらに、もしあなたが事業責任者だったら、あるいは好きにやっていいと言われたら、「やりたいことは何ですか」という領域があるんですね。これを「Willの領域」と言うんです。一般の定義とは違うと思います。通常は「Must」と「Can」と「Will」の接点を探しましょうという発想なんですが、実際やってみるとわかると思いますけど、そのようなスタティックモデル(静的モデル)で見つけるのは難しいんです。

そうではなく、「Must」と「Will」の接点を考えられたら、つまり「やらなければいけないこと」と「やりたいこと」の接点を見つけられると、会社にとってのビジョンと、個人のビジョンが重なるわけですよね。

「Mustの領域」から踏み出すことが、自律的な働き方につながる

小杉:会社のため、会社がもっと貢献できるためという、CanとWillの接点を見つけることができたら、十分に重なり得るということですよね。こうやってビジョンの接点を作ることをダイナミックモデル(動的モデル)と言うんですが、動きの中で探すと2つの重なりでいいので見つけやすいんですよ。

「Mustの領域」でやっている限り、これは「マネジメント」と言うんですね。やらなきゃいけない仕事をやるのは、どちらかというと受け身だし、やらされ感がある。ここに留まっている限りはおもしろくないんですよ。そこから踏み出して、やらんでもいいCanやWillの領域に踏み出すと、自分に対するリーダーシップが発生するんですね。

これを日本語でいうと「自律」という言葉になるんです。自分に対してリーダーシップを発揮してない人が、他の人や組織全体や社会に対して発揮できるはずがないですよね。逆に言うと、踏み出した人しか、起業家のように、あるいは自律的には働けないということになるわけです。

「やらなきゃいけないことをやるだけ」の働き方改革

水谷:「踏み出す勇気」ですね。今回の小杉さんとの企画を考える時に、インスピレーションをもらったアーティストがいまして。

みなさん、YOASOBIというアーティストの名前をお聞きになったことがあるかなと思います。2021年の紅白でも『群青』という曲を歌っていました。あの曲の中に、今の小杉さんの「踏み出す」ということに関連するメッセージがあります。

『群青』では、「やりたいこと(好きなこと)を『やりたい』(『好きだ』)と言うのに勇気がいる」ということを歌っているんです。本当はこれをやりたいんだけど、それを言うと何か恥ずかしいという。私はそれにすごく「なるほどな」と思ったんです。

日本の社会全体あるいは大きな組織は、「やらねばならぬ」が強すぎる。その方が持ってらっしゃる本当の思いとかWillとかを閉ざしちゃっているのかなと感じます。

ただ、先ほどの小杉さんの話では「Must」もすごく大事だということでした。ぜひ教えていただきたいのが、自分のやりたいことだけやっていると「勝手なやつだ」「アイツはいつも勝手なことばっかり言う」という、レッテルを貼られてしまうこともあり得ると思うんです。そういうことに関するヒントや考え方について、「踏み出していく」ことと重ね合わせて、言えることはありますでしょうか。

小杉:これを言うと誤解されそうなんですが、繰り返しになりますけど、やらなきゃいけないことはどうしてもやらなきゃいけないんですよ。なので、いかに効率的に早くやるかということに、ものすごく知恵や最新のテクノロジーも使う必要があるんですね。

コロナ前の日本の働き方改革でずっとやってたのは、「生産性を上げましょう」ということです。生産性を上げるというのは、短時間で・残業しないで仕事を終えるということなんですが、そこで終わってしまうと結局、例えば今まで150かかってたのを100にするだけでは、残業はしなくなったけど、相変わらず「やらなきゃいけないことをやるだけ」で仕事が終わってしまうわけです。

「やらなきゃいけないこと」をいかに早く終わらせるかが鍵

小杉:なので、「やらなきゃいけないこと」をやる時間を80パーセントまで絞る。20パーセントを捻出して、その20パーセントは、自分で「志」を持った部分、あるいはCanとかWillの部分に使うとすれば、文句はないわけですよね。そういうやり方を(起業家のように働く人は)みなさんやっているんです。

それを会社として明確にルール化しているのが、Googleの「20パーセントルール」ですよね。自分のやらなきゃいけないプロジェクトに関しては80パーセントで終わらせて、20パーセントはイノベーションを生むために使いなさい。その20パーセントの時間内であれば、何をやってもいいよということです。

あるいは3Mの「15パーセント・カルチャー」も有名です。15パーセントは何をしていてもいいよということで、みんなが今日の飯の種だけじゃなくて、明日の飯のことも考えてるわけです。

ですからやはり「やらなきゃいけないことはやらなきゃいけない」。だからいかに早く終わらせて、自分で考えたCan、Whatに対して動く時間を確保するかが鍵になるということです。

キャリアを積み上げていくための「うまく上司を使う」スキル

水谷:そこのあたりは少し要領のよさというか、誤解を恐れずに言うと、新しいことをやろうとした時に「うまく上司を使う」という発想も必要なんですかね。必ずしも反りの合う方ばかりではないので、それが大きな組織を持った人たちの苦悩の種でもあるのかなと思います。上司との折り合いのつけ方についても、何かあったりするんでしょうか。

小杉:言い方が悪いですけど、やはり上司を「黙らせる」には、やらなきゃいけないことで成果をあげるしかないんですよね。仕事はちゃんとやっているわけだから文句は言わせないぞという。そういうスタンスが必要だとは思いますね。

水谷:表現とかコミュニケーションとかも大切になってきますよね。

小杉:あとは(ESGやSDGsのような、)会社にとって中長期的に非常に重要なことですよね。そこに関して上司や会社が止めさせることは、逆にできないはずなんですよ。これを利用すれば、やりたいことはできるはずなんですよね。やらせてしまうと労働強化になってしまうんですけど、自らやるぶんには自由ですよね、という話です。

水谷:自分自身の研鑽、キャリアを積み上げていく上でのスキルも大切になってきますよね。

小杉:なってきますね。ちょうど20年前に『キャリア・コンピタンシー』という本も書きました。そのぐらい前からすでに自律的に働いている人のことを書いているんです。

「うまく逃げる」ということを言ってる人もいますよね。本流だけど意に沿わない仕事は上司からうまく逃げて、自分でいろんなプロジェクトを仕掛けて、そっちにいってしまうというやり方をしてる人すらいますよね。

社長になる方法は「王道」から「回り道」に

小杉:広告業界の話で会社名は出せないんですが、自分で提案したビジネスが実現し子会社になって、30代のうちに設立時からその社長になった。当時は非常に珍しかったですね。上場もして、その人はその子会社の社長を長らくやってたんですが、巡り巡って本社の社長になってしまいました。

こういうのが最近の顕著な傾向なんですよね。本流で出世して、若いうちから次期社長候補として育てられるような、昔からの王道のようなかたちで社長になるのはまずない。逆にそういう人はなっても変革ができないし、イノベーションを生み出せないんですよ。

すごく回り道をして、自分の提案した会社にいって、何十年もそこにいてから本社のトップに戻るとか。あるいは子会社のほうから入って……ソニーCEOの吉田憲一郎さん、前任の平井一夫さんもそうですよね。それ以外にも会社を一回辞めて、出戻りで社長になるとか。社内のキャリアの登り方も、多様性や外部視点がないとダメなんだと、急速に変わってきたと思いますね。

水谷:社内政治に長けているだけではなく、本当の意味で外の空気を吸って、ビジネスの足腰を鍛えた上で帰ってきてもらおうということですね。それを意図的にやっているのか、偶然性もあると思いますけど、そんな人も増えてきているんですね。