キャリアにおける計画性と偶然性の関係

水谷壽芳氏(以下、水谷):残り時間も僅かです、ぜひみなさまからのご質問を承って、残りの時間を楽しんでいければと思っています。事前にご質問をいただいている方もありがとうございます。そこから取り上げながら、会場あるいは視聴者の方からのご質問もお待ちしたいなと思います。

質問者:私は本当に自分が何者かわからない者なんですけれども(笑)。小杉さんのお話を伺いまして、ご自身のキャリアにビジョンを持って、計画的に歩まれている部分と、偶然なのか必然なのか、降って現れたものをつかんでいらっしゃる部分の両面があるのかなと感じました。

ご自身で振り返って、その両面にはどのような関係、どのような因果があるのかについて、ちょっと教えていただけないかなと思いました。

小杉俊哉氏(以下、小杉):ご質問ありがとうございます。まさにおっしゃる通りで、例えば学生時代に持ってたビジョンというより憧れは「留学をする」ですね。ところが留学しそびれちゃったんですよ、遊びすぎちゃって(笑)。それでそのまま後悔が残っていたんです。

夢破れた経験から、自分の「基準」が身に付いた

小杉:結婚してもうすぐ30歳になろうとしていましたが、「今行かないと一生後悔する」と考えたんです。仕事をしながら会社に内緒で勉強して、たいへんなことは一気にやってしまった方が上手く行くと思い、そのタイミングで子作りもしました。子どもも生まれて、自律神経失調症になるくらい大変でしたが、たまたままぐれで1校だけ受かって(マサチューセッツ工科大学に)留学をしました。これはビジョンですね。

NECでインド向けの営業から法務部に異動して、そこで経営コンサルタントという存在を知りました。やってみたいと思った時、そこに入るには、(今はそんなことないですけど、)当時は留学をしてMBAを取るしかないというのもありました。

30歳くらいの時は、そんなビジョンを持ってやっていましたが、留学に行ったら行ったで死にそうになるくらい大変でしたし、成績が悪すぎて退学警告を2回食らってます。それからコンサルタントになりましたが、大変すぎて1年で辞めてしまいました。夢破れているわけですよ。

でもその経験をしたことで、常にバリューを出すとか、プレゼンスを示すとか、高い視座で見るとか、自分の「基準」が生まれました。最初のメーカーにずっといたら絶対に身に付かなかったですね。

留学すると、発言しないと単位をもらえないですから、何でもいいから自分の意見や質問を言うんです。それから先ほどのAppleの話も、何も発言しないならそこにいる意味がない、こういうのが外資系ですから、そういうことが身に付いたなと思います。

ラッキーをつかめる人は「自ら動いて偶発的事象を作る」人

小杉:一方で大学で教えるとかは考えたこともなくて、独立後の24年間は、ほぼビジョンなしに生きてますね(笑)。

「自律、自律」と人には言っている割には内発的動機のチェックをすると実は自分の自律度はそれほど高くないということに最近気がついたんです。「なんでかな」と思うと、スタートはだいたい人から頼まれてやってるんですね。人から頼まれて引き受けて、自分ごとにして、気がつくとやってるということがすごく多いですね。それがおもしろいんです。

何がおもしろいかと言うと、もちろん引き受けた時はやったことがないことだから大変なんです。でもやっているうちに、違う自分になっていく。やはり自分の幅が広がるとか、今までにない視座を持てるというのが、結果的にはすごくおもしろいんですよね。

なので、流れに乗ってやる部分とのミックスですね。クランボルツさんというスタンフォードの先生が、「Planned Happenstance」というキャリア理論で説明しているんですが、この理論と出会った時に「まさにこれだな」と思いましたね。

ビジョンに向かって必要な行動を取っていく。キャリア研修ではそういうことを言ってるんですけど、一方でそれができなくても、偶然を作り出すことはできる。偶然を待つのではなく、自ら動いて、いかに偶発的事象をいかに作るかということが、ラッキーをつかむことにもつながるんです。ちなみに、私はラッキーの本も2冊書いているんです。

「棚からぼたもち」は落ちてこないし、落ちても取れない可能性もある

小杉:「棚からぼたもち」は落ちてこないし、落ちても自分が取れない可能性があって、他の人に取られちゃうかもしれないですよね。「棚からぼたもち」を考えるなら、台の上に乗っかって棚の上をまさぐるしかないわけですよ。

あるいはもっと簡単なのは、宝くじに当たりたかったら、宝くじを買うしかないわけですね。行動を取ることによって、循環がよりできてきて、いろいろと広がっていくまさにおっしゃっていただいたように、そういうことの組み合わせかなというふうに思いますね。

やっているうちにビジョンになったり、やっているうちに使命感を持ったり。例えば私は学生から頼まれて、単位にならない自主ゼミを慶應のSFC時代から矢上に変わっても13年半の間ずっとやってきました。それも最初は頼まれてやったんですが、後から振り返ると、13年半毎週毎週ボランティアでタダ働きをずっとしてきているわけですよね(笑)。

でも、いつしかそれが「若い人間を育てる」という使命に変わって、自分もそこで常に刺激を受けて学ばせてもらえる。使命やビジョンは動いているうちに、後付けで出てくる、そういうのもぜんぜんありなんじゃないかなと思いますね。

最初は「志」から始まりましたが、正直言って企業に勤めていて、みなさんが「志」を持てるわけないと思うんです。だけど、何か動いているうちにCanとかWillの分野、あるいは頼まれてやることをやっているうちに、そういったものをつかんでいる人はすごく多くいらっしゃると思いますね。

クランボルツさんの研究では「キャリアの80パーセントは偶然によって決まる」という調査結果もあります。そんなお答えでよろしいしょうか。

やる・やらないの判断基準は「自分の価値を生み出せるかどうか」

質問者:ありがとうございます。ちょっとだけ追加でいいですか?

小杉:どうぞ。

質問者:何でも頼まれたことはやっていらっしゃるということなんですが、とはいえ、やる・やらないを決めるのに大事にされていらっしゃることはどんなことでしょう?

小杉:2回出演をお断りしている某テレビ番組があるんです。超大物司会者のお笑い系のトーク番組なんですが、それはやはり自分がそこにいてもバリューを出せないと思うんです。

辛いですよね。いじられたら何かおもしろいことを言わないといけないし、出演依頼があって、番組の打ち合わせでディレクターから「もっとおもしろいことはないですか」「もっとおもしろいことはないですか」って聞かれるんですよ。

私は別におもしろさで売っている人間じゃないので、「それは無理です」と言って断わったんです。でも、ディレクターが替わるとまた依頼があり、それで2回目は即座に断ったんです。

判断基準にしているのは、「そこで自分が価値を生み出せるかどうか」ですね。私のミッションを42歳の時に決めたんです。それは「自分のパートを分け与えることによって、組織やそこで働く人たちに刺激を与えて元気にする」という、非常に簡単な単純なミッションなんですが、これが自分のミッションだと確信したんですよ。

それからは、「それに関することは報酬とか関係なくやろう」と決めたんですね。そうするとすごく楽になったんですよ。逆に言うと、それに合わないものは自ずとやらないんですよね。こういうかたちで線が引かれてるんじゃないかなと思います。

質問者:ありがとうございます。参考になりました。

小杉:ありがとうございます。

仕事を受けた以上は「自分ごとにする」こと

水谷:小杉さんが最後におっしゃった「元気づける」というお話は、以前私も何年か前に聞いて「確かにそうだな」と思っています。私自身もこのトークセッション企画を考えるようになったきっかけの言葉だったことを、あらためて思い出させていただきました。このイベント最後に、お願いされて企画がスタートしたという、この書籍の最初の話に戻ってきたというのが非常に面白いですね(笑)。

『起業家のように企業で働く 令和版』(クロスメディア・パブリッシング)

小杉:はい、言われて書いたということで。

水谷:でも、そこでバリューを自分で出し続けられるかということが、1つヒントとして言えることかなと思いました。

小杉:流れの中で言うと、最初は配属だったり上司からの指示や命令だったり、人事からの何かだったりしても、「自分ごとにする」ことですよね。受けた以上、自分ごとにしてやるというのが、共通している話なのかなと思いますね。

水谷:そうですね。他責ではなく自律だというお話ですね。ありがとうございます。

先ほどのアセスメントの話なんですけど、いろいろな企業さんが採り入れてくださっています。それらの内容を皆さんにお知らせとして、お届けしたいと思います。

KDDIさんはジョブ型で注目されていますが、来週(1月26〜27日)、代官山のスタジオでゲストをお招きしながら「海外駐在員のキャリアから学ぶ」というイベントもやっていこうという話がございます。「HRD NEXT」で詳細が公開されています。

今は時代が大きく変化する中で、事業リーダーやそこで働く方々が経営の視点で組織人事を考えていくことがますます重要になっています。当社のお客様やビジネスパートナーなどの関係者の皆様から「働くみなさんそれぞれが経営視点を持って、自組織を考えていくことが重要だ」という声をいただいたので、このカンファレンスを企画に至りました。

企業の経営者や事業トップが多様なテーマで講演

水谷:プログラム全体は3部構成となっていまして、プログラム1は終了しています(2021年10月〜11月に実施)。またプログラム2では「戦略策定の手引き」(経営戦略の手引き<2022年版> 事業x組織x人材の戦略統合による新時代の企業成長論)をまとめております。ダウンロードが可能です。みなさん自身が読んでいただいても非常にためになるものです。

プログラム1はYouTubeでご覧いただけますので、よろしければぜひ見ていただきたいなと思います。「ReSkill」「Data Driven」「GAFAM」、に加えて、「心理的安全性」、「エンジニア組織」といったテーマです。この「エンジニア組織」は、米国防総省(ペンタゴン)の元デジタル最高責任者の方をお招きして、お話を伺っています。

来週、1月26日・27日は、企業の経営者や事業トップの方をお招きして、それぞれどういう視点で組織人事を捉えていらっしゃるのか、あるいはご自身自身がバージョンアップしていく時にどんなことをお考えなのかを、対談形式でお伺いしていこうと思っています。

ふくおかフィナンシャルグループさんは、日本初のデジタルバンクを設立されています。従来の銀行とはまったく異なる店舗を持たないデジタル銀行として、ふくおかフィナンシャルグループさんは先進企業として注目されております。

小杉:「みんなの銀行」ですね。私も社外取締役なので。一度ぜひホームページを見てみてください。とても銀行のそれとは思えず、大変おもしろいです。

本を200回読み実践し、2年でニトリの法人事業部のトップに

水谷:最後に小杉さん、今日のコンテンツをお伝えする中で、みなさんに具体的にアクションを取っていただきたいという話がありましたが、書籍を読んで、実際にアクションを取られた方がいらっしゃるというお話を伺いました。ニトリの富井さんのエピソードについて、共有いただけませんでしょうか。

小杉:この本<令和版>のあとがきに書かせてもらったんですが、8年前に最初に出した本を読んで、東京都が開いた私の講演会に聞きに来てくれて、出待ちしていたんですね。「本にサインをしてほしい。非常に良かった」ということで、その時はサインだけして別れました。

富井さんはニトリに新卒で入って、一回辞めて40代で出戻ったという方だったんですよ。それから2年経って、「そろそろお会いしてもいい頃と思いまして」という連絡があって、会ったんですね。一緒に昼ご飯を食べたんですけど、その時に「あれから本を200回以上読みました」と。すごいですよね。

「200回って本当ですか?」「本当です。読んではまた行動して、また読み返して。非常にレバレッジの利く武器です。私のバイブルと決めました」ということをお話ししてくれました。

クロッキー帳の1枚に、大きく本の要約をマインドマップのように書いて、「これを見ながら毎日仕事をしています」というのを見せてもらいました。これも許可を得て、写真付きで本のあとがきに載せさせてもらいました。

もっと驚いたのは、本を読んだ時は富井さんは会社に戻ったばっかりで、担当者だったんですね。ところが2年後に私と会った時、何で「そろそろお会いしてもいい」と思ったかと言うと、法人事業部のトップをやっていて、部下が200人以上いるようになっていて。「全員に本を読ませて、自律的な組織運営をしています」と言っていたんですよ。

似鳥(昭雄)会長からも「おまえの好きなようにやれ。ただし、毎年売上を2、3倍にしろ」と言われて、実際に売上を2、3倍にし続けている人なんですね。

最少年で執行役員になった「起業家のように企業で働く」人

小杉:そのことをあとがきに書いて、それからまた2年経った頃、令和版の本を送ったんですよ。そうしたらまた連絡があってですね、「お会いしたい」と言うので会ったら、「小杉さん、あれからまた昇格して最年少で執行役員になりました。今部下が500何十人いて……」という。「全員にまた本を読ませています。これが全社のお手本になるような組織になっています」と教えていただいたんですね。

つまり会社として人事制度がなくても、1つの部門で小さく始めて、そこが起業家のように働く自律的な集団になると必ず業績が上がります。そうすると結果的に全社のお手本になっていくんです。

先ほどの質問の答えでもあるんですが、こういう広げ方もありますので。お聞きの方は諦めずに、自分の傘下の部門からこういった動きを広げていくと、周りに波及して全社に広がっていく。そういう流れも作れるんだと思われてやられてはどうでしょうか。

水谷:まさにこの書籍のタイトルのように、起業家のように企業でキャリアを積み重ねた方のお話ですね。とても素晴らしいですね。みなさんもそういうエッセンスを持ちながら明日から仕事ができると良いですね。それでは、そろそろこの会を終えたいと思います。

今日は小杉さん、あらためましてありがとうございました。

小杉:どうもありがとうございました。