評価を気にしすぎることで生まれる、働き方の「ジレンマ」

水谷壽芳氏(以下、水谷)今日を迎えるにあたり、「どんなことを小杉さんに聞いてみたいか」ということをいろいろな方に聞いて事前ヒヤリングをしているのですけど、その中で何か新しいことをやろうとか挑戦しようと思った時に、どうしても「フィードバック」に恐れがあると。

上司からのフィードバックもそうですし、部下とか同僚とか、あるいはステークホルダーからのコメントですよね。「それはこうだよ」「ああだよ」と言われることに恐れがあるというんですね。

フィードバックは必ずしもネガティブなものだけではなくて、ポジティブなものもあるんですが、他の人からフィードバックを受ける時の心構えや、それに関する直近の企業内での事例をお話しいただけますでしょうか。

小杉俊哉氏(以下、小杉):これには表裏があります。アセスメント(評価)を受けたりフィードバックを得たりするのは、自己成長にも必要ですし、自分の現在の位置を知って活かしていくためにも必要なことです。これは経営幹部になるのに必須の要件とも言われる「学習する」ということです。特に重要なのがフィードバックを受けて活かしていくことです。

一方で、他者からのフィードバックを気にしすぎると、思った通りには動けなくなっちゃうんですね。そういう人がすごく多くて、悪い評価を受けないように通りそうな提案をするとか、無難なことをやるんです。これを「置きにいく」と言うんですが、それってやっていても楽しくないんですよね。

狭い意味の会社の評価軸、特に上司からの評価を気にしすぎると身動きが取れなくなるので、先ほどのような自律的な動きはできなくなる、このジレンマがありますよね。

水谷:そうですね。アセスメントや360度サーベイの結果は企業の人材育成の一環として活用されています。やはり、企業においてそれなりのポジションにいらっしゃり、成果を出されている方は、その360度サーベイの結果も非常に前向きに捉えて、力に変えていこうとする方が大勢いらっしゃいます。

部下からのフィードバックを極端に恐れる管理職の心理

水谷:日本企業だと多いんですけれども、やはりフィードバックを受け取ることに慣れてないので、変に恐れてしまうこともあるのかなと思いますね。

小杉:逆に管理職の方で、部下からのフィードバックを極端に怖がっている人は多いですよね(笑)。

水谷:なんでそういう心境になってしまうんですかね。

小杉:いろんなケースがあると思うんですけど、多いのはやはり上意下達で、指示命令していた人ですね。それこそポジションで部下を従わせていた人にとっては、脅威だと思いますよね。要するに「俺の言うことが聞けないのか」「私のことが聞けないのか」と一方通行でやっていたのに、その相手から反応がきちゃうのはやはり怖いと思いますね。

水谷:そこは基本的な人間の心理ではありつつも、やはり自分の影響領域を増やしていくためには(部下からのフィードバックも)受け止めて、自分の度量を増やしていく。これもスキルだと言えますよね。

小杉:そうですね。逆に双方向のコミュニケーションや対話を普段からしている人は、別に怖くないんじゃないですかね。部下の様子も見ているし、絶えず接触しているわけで、それと大きく違うようなフィードバックの結果は一般的には受けにくい。

1on1の本質は「指示」ではなく、双方向の「対話」

水谷:最近、個人のコーチングもそうですし、組織開発する時はその(フィードバックの)結果を見ながら進めていくのですが、今小杉さんがおっしゃった「対話をしていく」ことは非常に有効な手段なのかなと思っています。「意見の食い違いがわかる」というのは大きな進歩です。

例えば上司として「自分は部下の話をちゃんと聞いていたんだけどなぁ」と思いつつ、結果としてはそうでもなかった時に、その結果を受け止めるのは最初はけっこうハードなのかもしれません。

ただ、そういうデータや情報をベースにしながら対話することで気づけたり、逆に「最初はつらかったけど、最終的には良かった」といったお話もけっこう聞くんですよね。人事って情報の活用やデータ化が遅れてはいるんですけど、最近はずいぶん広がってきたのかなという印象を私としては持っておりますね。

小杉:ツールがないと、1on1はやりにくいですよね。相変わらず1on1で指示をしちゃう人もいるわけで、それは1on1の本質と違いますから。やっぱりダイアログ(対話)じゃないといけないわけです。

それには「部下から聴く」というのがすごく重要です。360度フィードバックの場合でも、自分で思っていたのとは違うように受け止められているなと思ったら、上司としては改善が必須ですよね。

例えば1年後、どのように改善されたかをまたフィードバックとして受け取ることは、自己成長につながる話です。組織としても必須ですよね。

組織・人事領域での「データ活用」の広がり

水谷:今日は個人のキャリアが主軸になっていますけど、大きな組織の中でこそ、いろんなことを広げていこうと思うと、ゆくゆくは事業部長だったり役員だったりに上がっていく時に、上司側のスキルが必要になります。そういったデータを使いながら部下の本心・本音を引き出していくのは必要なことですね。

ビジネスにおいてデータを活用した意思決定は、珍しいことではなくなりました。それぞれのバリューチェーンの中でデータを使いながら、企業としての価値を出していくという考え方があります。

組織・人事の領域では、「HRテクノロジー」という技術を使ってデータを取得し、活用していくことがが、これから進歩していくのではないかという見方になっています。

「HRテック」という言葉をみなさんも聞いたことがあるかなと思います。やはり米国が進んでいると言われていまして、HRテクノロジーそのものを使ったビジネス規模が伸びてきているという調査結果もあります。

米国だけではなく、ヨーロッパやアジアにおいてもHRテクノロジーを使ったサービスや、それを享受する人たちがいらっしゃるということです。ドイツの企業が資金を調達したというニュースが出てたり、あるいはシンガポールはいろいろなところで注目される地域ですけれども、すでにHRテックのカオスマップが作られています。

今後のHRテクノロジー活用は​​「配置」や「人材開発」に期待

水谷:そして、日本市場はどうなんでしょうか? というところですが、シンガポールのカオスマップだとだいたい200社ぐらいなんですが、日本ではそういうサービス業者が449社あるという情報があります。日本においても、HRテクノロジーを使うところはけっこう進んできているということが言えますね。

「組織人事」と言うと、採用・配置・育成・評価というサイクルが回っていることが一般的です。そのサイクルを先程の449社でそれぞれの会社の「うちの会社はこういうことをサービスで提供しています」というのでセグメントを切っていくと、求人あるいは労務・評価のほうがプレイヤーが多くて、その次が採用領域になっています。

配置や人材開発のところがまだまだ少ないとも言えるんですが、少ないからこそこれから加速すると捉えることもできて、みなさんはこういうところに注目してもよいのかなと思います。

自分自身の興味や関心領域への理解を助ける学習ツールを開発

水谷:先ほど、フィードバックが事業リーダーが(その人の)自律的な成長を促すということを小杉さんからもご紹介をいただきました。事業リーダーやマネージャーが、自己回答によるアセスメントの結果、あるいはいろんな人からのフィードバックを受けて、自分自身ではなかなか気が付きにくい、自分開発ポイントに気が付いていく。そして、それらの結果を活用することで、自分自身の仕事のパフォーマンスを高めて、より大きな成果に向かっていけることがアセスメントの価値です。

私の所属するプロファイルズ社は人材アセスメントツールを提供している会社で、「ProfileXT」というプロダクトを提供しています。314問を自己回答であるセルフアセスメントの形式で設問に回答していきます。その結果として、その方のアセスメント結果が、「思考スタイル」、「行動特性」、そして「仕事への興味」として、出力され、レポート表現されます。この結果自体に良いとか、悪いはなく、「あなたらしさ」が表現されます。

先程の小杉さんのお話で出た「Can、Must、Will」の部分で言うと、自分として「Will」の部分がここにあったりするんです。自分自身の興味や関心領域への理解を助けるツールです。

それをベースにしながら、会社から求められていることや自分に与えられたミッションと、(「自分らしさ」を)重ね合わせながら、どのように仕事を進めていくべきか、或いは周囲の方に関わっていくアプローチを学習いただけます。

小杉さんがおっしゃっていらっしゃる、会社が掲げるビジョンと個人の志を重ね合わせて、Win-Winの関係性はこれから益々テーマになっていくと私たちも捉えています。小杉さんが講演会などで発信されている「社員を子ども扱いしない。大人として扱っていこう」という考え方にも共感しています。

自己内省を深めるための、キャリア観に対する「問い」の立て方

水谷:そのような背景の元、去年、事業リーダーの自律的な成長を応援する、キャリアを実現させるための学習コンテンツとして、「キャリア開発とPXT」を小杉さんにご監修いただいて共同開発させていただきました。

開発コンセプトは今日お話ししているような、個人の志や強みと企業が期待することを重ね合わせていく時の支援する学習コンテンツとして、リリースに至っています。

このコンテンツの開発きっかけは、実はお客さま側から「プロファイルズさん、キャリア開発に使える学習教材があると良いのですが、どう思いますか?」という投げかけでした

そのような具体的なニーズがある、ということで、我々で素案を作り、小杉さんに「キャリア開発に関する学習コンテンツの開発を進めているのですが、ご協力いただけません?」と相談し、小杉さんから温かい支援をいただいて開発を進めました。

特に小杉さんと相談させていただいたのは、キャリアを「過去」「現在」「未来」と区切った時の、キャリア観に対しての「問い」です。どういう問いを立てていくと自己の内省が深まるのかということを具体的にアドバイスをいただきました。

「あなたにとって働くことの意味は何ですか?」とか、「あなたにとってつらい経験や挫折の経験はどんな意味がありますか?」などの内省を深める問い作りに力を入れています。

キャリアを考えるスタートは「自分は何者か?」を問うことから

水谷:小杉さんとの議論のなかで、一番最後の問いとして「あなたは自分自身を何者だと思いますか?」という投げかけを入れると良さそうだ、ということになり、実際に取り込んでいます。

小杉さんにも、この開発のエピソードにコメントをいただきたいと思います。この「あなた自身は何者だと思いますか?」という問いにはどんな思いがあるのでしょうか。

小杉:これはいろんなところでキャリア研修をやらせていただいていて、その時に必ず問う問いなんですよね。「一体全体、あなたは何者なの?」という、つまり「Who are you?」ですよね。ふだん生活していて、「一体おまえは何者だ?」と聞かれることはないわけです。

面接を受けても、履歴書とか職務経歴書を出すことが前提条件になっているので、最初から志望理由とかを話し出すんです。「一体全体、何者か?」というところから聞かれることは、たとえば警察から職質を受ける時以外は、まずないんですよ。

水谷:(笑)。

小杉:誰からも聞かれないの自分でその問いを突きつけないといけない。そこからスタートするのが「キャリアを考える」ことじゃないかということで、質問させてもらっています。なので(学習コンテンツである「キャリア開発とPXT」にも)その問いを入れたらいいんじゃないかとお話ししました。

水谷:そういう問いを自律的に立てられる方はそうそう多くなくて、(いろいろ考えた結果)最終的にたどり着く問いでもあると思うんです。何か考えるきっかけになればということで、この材料を作らせてもらいました。小杉さん、実はこのコンテンツがすごく好評でして。

小杉:そうですか。良かったです。

水谷:ご一緒させていただき、私たちも本当によかったなぁ、と思っております。

30歳で向き合った「問い」は、その後も向き合うことができる

水谷:今日は実はこの会場に、この学習コンテンツを利用された企業人事の方がお越しになっています。

背景になるお話をお伺いしたところ、30歳前後のこれからキャリアを大きく変え得る方々に対して、このコンテンツを使いながら実際にアセスメントを受けてもらって、その方の持っている特性としてご本人では気が付きにくい個人の特性情報もお届けしながら、キャリア観について考えていただき、研修の中で想いを語ってもらう、という取り組みをされたそうなんです。

研修の中でこの書籍・『起業家のように企業で働く』にも触れながら、アセスメントによる研修を100人ほどにお届けされたということです。ご来場いただきました方から、少しコメントをいただきたいなと思います。

企業人事の参加者:ありがとうございます。水谷さんからは、ProfileXTの「科学的アセスメント」を、もともと別の研修で使わせていただいました。

弊社で3年前くらいから、キャリア研修を導入したんです。もともとキャリア側の出口戦略として50代の方たちに提供していたんですが、先ほどの小杉さんのお話にもありましたように、徐々にもっと若いうちから、自分が会社の中でどう生きたいかとか、何をやりたいか(と考えておくことが)大事じゃないかと。そう世の中でも言われてますので、40歳と30歳の時に提供することとしました。

30歳の方が弊社に100名ぐらいいましたので、その方たちに受けてもらって、まず自己理解と他者理解をアセスメントで実施しました。(プロファイルズさんにて開発されたコンテンツを用いて、私がファシリテーターというかたちで、オンライン形式のでのワークショップを行いました。

自分の過去と潜在的なものとをすり合わせながら、今後どう会社に貢献していきたいのか、自分自身はどうしたいのかというのを1日かけて考えてもらいました。30歳の時に1回その問いに向き合っていただき、今後また10年後、20年後と、その問いを持ち続けて仕事をやってもらう事を念頭にした研修の形となります。

水谷:ご共有をご丁寧にありがとうございます。まさに起業家のように働かれている方の1人かなと思いまして、ご意見をいただきました。