大事にすべきはファーストパーティのデータ

石井龍夫氏:私たちは、さまざまなかたちでデータを使って、顧客を理解することができます。(Eコマースでは)お客様を見極めて、お客様に最適なタイミングで最適なコミュニケーションをすることができます。さらに、そのようなかたちでさまざまなデータを溜めることができれば、最終的にものづくりやマーケティング全体の最適化にもつなげられます。

例えば、朝の通勤時間帯に電車に乗っているタイミングを見極めて、Facebookのバナー広告でアプローチしてあげよう、みたいなことが考えられるわけですね。こういうことが、デジタルマーケティングの大きな消費財としてやっていくことだなと思っています。

ただ、私が今日一番声を大きくして申し上げたいのは、ファーストパーティのデータを大事にしていこうということです。データにはファーストパーティ、セカンドパーティ、サードパーティと言われるものがあります。

ここでデータカテゴリーの話をするつもりはありませんが、やっぱりファーストパーティといわれる自社のWeb サイト、あるいは自社のCRM 、そういったところから取ったデータはやはり信頼性が高いと思います。サードパーティの場合、どうやって取得されたものかがよくわからないですよね。

最近ですと、例えばGDPRの問題とか、あるいはFacebookでの情報漏えいの問題とかがありますよね。それらを含めて、サードパーティデータを自社のファーストパーティのデータに組み込んでお客様を理解していくときに、サードパーティのデータの信頼性はちょっと怪しいんじゃないか、みたいな話が出始めています。

そういう意味でも、やはりファーストパーティデータをどう集めていくかが大事です。ここで、今日の最初の話をもう一回思い出していただきたいんです。サービスが変わる、あるいは社会の仕組みが変わると申し上げましたが、そのすべてのところでデータが溜まってると思いませんか?

データに基づき、最適な顧客体験を提供できる仕組みが作られつつある

どの人がどこで自転車を借りて、どこで降りたか。あるいはアリペイを使ってどこでなにを買ったか。これはすべてデータです。例えばマクドナルドに行って現金1,000円でハンバーガーを買ったなら、ここからデータはなにも出てきません。

だけど、これをクレジットカードあるいはスマホ決済であれば、「今回ビッグマックを買ってくれた方は1週間前に月見バーガーを買ってくれた人ですよね」ということがわかるわけです。

要するにデータのトランザクションがつながることによって、お客様自身のデータを私どもがいただいて、データを使いながら更に顧客を理解することができるようになってくるという、こういう仕組みを構築することができるわけですね。

つまり、最初にお話ししたデジタルを使った新しいサービスでは、実は裏側ですべて顧客データを取得しながら、そのデータに基づいてお客様に最適な顧客体験を提供するための仕組みがつくられつつある、ということです。

そうすると、ここにいらっしゃるみなさまの会社は「じゃあ、お客様のファーストパーティのデータを、どういうかたちでこれから取ろうとしているんでしょうか」という疑問が出てくるかと思います。

自社のWeb サイトだけではなく、さまざまなところでファーストパーティデータを獲得できる可能性は持っているわけです。

先ほどの話であれば、サンスターさんは「お店に商品を置いて売上が上がった」というデータだけではなく、自分たちの歯ブラシを使っているお客様が、歯ブラシの使い勝手の中で磨きにくい歯がどこにあるかが、個別インタビューではなくデータとして溜まってくるわけです。そうすると、それに基づいて新しいサービスとか商品とかを開発していくことができるようになってくるわけですね。

そのデータ、サイロ化していませんか?

ただそのときに気をつけないといけないことがあります。データはたしかに企業内にたくさんあるかもしれませんが、「もしかしてサイロ化していませんか?」ということです。

いろんな企業がデータを持っていらっしゃると思います。だけど、例えば販売のデータというものは、販売の部門が自分たちでつくったデータベースに合わせていますよね。なので、「マーケ側ではそれを使えないんだよね」「店頭にデータがあるのはよく知っているんだけれど、これをマーケデータとつなぐのは、データのフォーマットがぜんぜん違うからできないんだよね」といった話がけっこうあると思うんです。

このデータとデータをつなげることによって、お客様の理解が進む可能性があります。当然のことながら、いろんな会社がこのデータをどうやってつなげていくかに対して、さまざまな取り組みをしています。

日本でもマクドナルドが、事前にオーダーをしておけばお店ですぐに受け取れるという仕組みを始めました。アメリカではかなり前からやっていますが、やっぱり現金で払ってもらったら、今日来たお客様が昨日来たお客様なのか、月に一回しか来ないお客様なのか、初めて来たお客様なのかを見極めることができないですよね。

だけど、なんらかのかたちで事前予約してもらうか、あるいはデジタルでペイしてもらうことによって、お客様自身がフリークエント・バイヤーなのか、あるいは初めて来たお客様なのかを見極めることができる。

これはお客様へのサービスという姿を持っていますが、実はお客様のデータを集めながら顧客理解をし、サービスや商品開発を新しくしていく取り組みになってきていると私は思っています。

データを見間違えることで失う、本当の価値

ちなみにカネボウ化粧品の事例なのですが、みなさんご存知のように化粧品は、売り場に美容部員がいる場合にお客様の顧客管理をしていますね。例えば高島屋さんの顧客管理と三越さんの顧客管理、それから伊勢丹さんの顧客管理は当然別々です。

例えば私が女性だとして、今月は高島屋さんで化粧水を一本買ったとします。翌月は伊勢丹さんで一本、その翌月は三越さんで一本買いましたとなると、それぞれのデパートから見える私の顔は、3ヶ月か4ヶ月に一度化粧水を買いに来るお客様になります。

すると、この人はお店にとってはあんまり価値のないお客様ですよね。たまにしか来ないお客様になるわけです。だからその人に対して切手を貼って「今度来ていただいたらプレゼント差し上げますよ」というダイレクトメールを出す意味はないなと思うわけです。

だけど実際は毎月いろんなお店で買い回っているわけです。月に一回化粧品や化粧水を買うというのは、けっこうなヘビーユーザーですよね。その人に対して「今度キャンペーンがあるので、来ていただくとサンプル差し上げます」というメールを出すことは、実は非常に価値のあることなんです。だけど、データがすべて別なので、お客様の本当の姿が見えないわけです。

そこでカネボウは、顧客管理の店舗用カードをスマホのアプリケーションにしました。そのスマホのアプリをお店に持ってきていただいてバーコードをスキャンしていただくと、その人が買ったというデータがスマホを経由して自社のWebサーバに溜まっていきます。

当然のことながら、それを通すことによって結果的に、このお客様がどのお店で買ったとしても、自分のところの商品を何回買ったのかはわかるような仕組みになっています。

最適なサービスを提供する対価としてデータを得る

ただ、それだけではお客様にとって価値のあることにはならないわけですが、企業にとってはデータを取れるということで価値があるわけです。そこで、「私どものアプリを入れたお客様に対して、限定でお肌の水分量を測れる小さなセンサーを差し上げます」「これをスマホのイヤホンジャックに差し込んで肌に当てていただくと、そのときの肌の水分量がわかる」というサービスを行なう。こういう仕組みなわけですね。

頬だけではなく、腕とか脚とか、そういったところの水分量も全部測れて、それがグラフ化されてスマホの画面上に出ますと。朝は水分量が少ないけど夕方になると多いとか、こういうことがお客様にとってわかると、顧客にとっても価値が出てきます。

それを月単位や季節単位で見ていくと、夏場はけっこう汗をかいて、水分量が少なく乾燥しているんだけれども、冬はちょっと水分量が多いのが自分の肌だな、ということがわかるわけですね。そうなってくると、お客様は自分の肌に合わせて化粧水や乳液の使い方を最適化することができる。

その一方で、そのデータを私たちは全部集めることができるわけですから、お客様それぞれに対して最適な化粧水とか乳液とかの提案をすることが、今度は売り場からできるようになるわけです。

つまり、お客様にとって最適なサービスを提供する対価としてデータをいただくことができれば、お客様は喜んで私どもにお客様自身のデータを出してくれるのではないですか、ということを言いたいと思います。

データを取られることへの抵抗と解決策

先ほど私はデータを取得することが大事ですと言いましたけれども、当然のことながら個人情報保護法を含めて、データを出すことに対してお客様の抵抗はあると思います。

ですが、先ほど見ていただいたマクドナルドみたいに「事前予約しておけば温かいマックがすぐに手に入ります。列に並ぶ必要はないんですよ」というものは、お客様にとって良いサービスですよね。

あるいは「このアプリをスマホに入れていただければ肌診断ができるプロボを差し上げます。これで毎日測っていただければ自分にとって最適な肌のケアがスマホ上で提案されますよ」と言えば、これもお客様にとっての良いサービスです。

そうなると、「毎日測るのもそんなに面倒くさくないし、それがデータとして使われて、結果的にいい商品が出てくるんならいいんじゃない?」となるわけです。

つまりお客様と企業とのデータを介したお付き合いの仕方というのは、そういうものなんです。「問答無用でいただく」ではなくて、お客様にとって価値のあるサービスを提供しながらその対価としてデータをいただくことが必要です。

もうすでに、そういうことができる時代になってきているんですね。最初にお話ししたように、とくに中国では、もうそういうことができるベースができあがりつつあると考えていただいたらいいと思います。

今日私がお話ししたかったのは、データとデータをつなげてお客様をどう知っていくか、ということです。お客様を知ることができれば、次のステップとしてカスタマーエクスペリエンスを提供していくことができるようになってきます。

IKEAに行って帰るまでのパーセプションフロー

(スライドを指して)例えばこれは、1つの事例というか、IKEA さんが実際に持っているカスタマージャーニーと呼ばれるものです。もしかしたらパーセプションフローという言い方のほうがいいのかもしれません。

みなさんご存知のように、IKEAは家具屋さんですよね。なんらかのメディアでIKEAという店があることを知って、車を運転してIKEAさんに行くとします。店内で家具を見て、「広いな、疲れたな」ということでお店の中にあるカフェで少し休む。そしてまた商品を見て、「この椅子と机を買おう」ということでレジを通って、駐車場にある車まで運んでいって家に持って帰って組み立てる。こういうステップがあるわけです。

このそれぞれのステップで、お客様はどんなアクションをするか。お客様との顧客接点はどんなものがあり、そのときにお客様はどんなことを考え、どんな感情を提供し、そのためにIKEAとしてどんな課題があるのかが書いてあります。

例えば、先ほど申し上げたように、「ちょっと疲れたな」と思って店内のカフェテリアで休んだときに、「これ、IKEAの椅子なんだよね、けっこう座り心地いいじゃない。この机もなかなかサイズ感がよくって、私の家の居間に合うな」と思う。これが顧客体験ですよね。

あるいは、レジを通ったときに「スムーズにレジを通ることができて、面倒くさいこともなかったな」とか、「駐車場に持って行ったけど、カートは戻さずに置いておいていいのか。便利だね」とか。

家に持って帰って組み立てたときにも、「あ、けっこう簡単に組み立てられるじゃない、次もIKEA にしよう」と。こうなることによって、またIKEAにお客様が帰ってくる。つまり、あらゆる接点で一つひとつの顧客体験が設計されているわけです。

設計される裏側には、お客様がそのときにどんなことを感じて、どんなことを思うんだろうか、というIKEA自身の考えがあるわけですね。実は、これが顧客体験をつくりだしていく、あるいは顧客体験をつくりだすためのストーリーをきちんとつくっていくということだろうと思います。

データをつなげることで、見えなかったものが可視化された

つい先日、ドン・キホーテさんがデジタルシフトを敷いていくなかで、あえてEコマースを縮小して、店内でのお客様に提供するデジタル体験を増やしていこうという方針を発表しました。

お店の中をたくさん歩くことによってドンキのポイントが貯まったり、その人が調べたものに連動したりして、ドンキの売り場の前でその商品に関する動画がお手持ちのスマホに配信されたりするんですね。

つまり、さまざまなタッチポイントでお客様の店内でのショッピングを、よりリッチに楽しくしていくということをやっていこうと考えているわけです。

でも、先ほどから私が言っていることを思い出してください。そこにはさまざまなデータを取得して、次のお客様に対するアプローチをしていこうという考え方がやはりあるわけです。

最後でございますけれども、1つの事例としてL'OCCITANEさんのお話をしていきたいと思います。先ほどデータがサイロ化していますというお話をしました。新しいサービスをしながら、お客様との接点でデータをつないでいくことは当然あるわけですが、たぶん同じようなことがあると思います。

L'OCCITANEさんの場合も、Eコマースと実際の店舗との間のデータが別々になっていて、つながっていないんですね。これを今回、アドビの仕組みを入れることによって、全部つなげていくということをしてあげたわけですね。

その結果どういうことが起きるかというと、これまで私たちが思っていたお客様に対する考え方が変化しました。お客様にとっての課題や、私たちのやるべきことをPOSデータで見ると「客数は多いけれど、単価が少ないからアップセルしよう」というものが、データをつなげていくと実はそうじゃなくて、来店頻度が少ないことが問題だとわかったんです。

それならば、来店を動機づけるようなかたちで、新しいお客様に対してのアプローチをしてあげればいい、ということが見えてきたわけですね。つまりデータとデータをつなげることによって、お客様の本当の意識や、お店に対してロイヤリティを持たない本当の理由が見えてきたということです。

お客様との関係性はパネル型からライフスタイル型へ

実際L'OCCITANEさんが行なったのは、そういったデータを使いながら、検索後にカゴ落ちしたお客様に対してのリマインダや、店舗とECの間でお客様が相互に行き来をするようなかたちでの動機づけを、最適なタイミングでお客様に対してアプローチすることを実現しました。結果的に売上は非常に上がったというデータになっています。

つまり、データとデータをつなげながら、あるいはつながらないデータはどうすればつながるのかを検討することによって、新しいビジネスのチャンスが生まれてくるということです。

データやコンテンツを有機的につなぎ合わせることによって、お客様に対して一貫した顧客体験を提供し、結果としてそれが購買やブランドに対するロイヤリティにつながっていくということです。

最後のまとめです。消費財のマーケティングでは、お客様に知らせて覚えてもらって、最終的にお店に行ってもらって買ってもらう、とされていました。ですが、今日私がお話ししたことを理解していただければ、(意識は)違ってきていますよね。

いかにお客様と接点を持つか。そしてお客様にとって価値のある顧客体験をしていただきながら、そのお客様にまた来店してもらう、購買してもらうのを動機づけていくことが大切です。

つまり、お客様との関係をパネル型からライフスタイル型に変えていくことが、本来私たちがやっていくべきことだろうと考えています。その部分でのキーはなにかといえば、それが今回のテーマです。

お客様に対して最適な顧客体験を、最適なタイミングでお届けしていくこと。これが、パネル型のお客様との接点からライフスタイル型の接点にしていくということだと思います。

どうもありがとうございました。

(会場拍手)