大企業に買収された経験

岡島悦子氏(以下、岡島):里見さん、大企業としてベンチャーと付き合うとき、インテグレーションをしていくときに、メッセージとしてなにか気をつけていることはありますか?

里見治紀氏(以下、里見):変な話ですけど、僕は大学卒業した直後に証券会社に入ったんですけど、入って3ヶ月ですぐに不祥事を起こして、3日間営業停止とかもあったんですが、1年経ったときに三菱グループに買われたんですね。

今思うと、買われる側の末端にいたのはすごくいい経験でした。「大企業ってこうやってインテグレートしてくるんだ」という。名刺やバッヂが三菱になって、コスト削減だと言って、コピー機1枚いくら、カラーだったらいくら、みたいな紙を貼られたり。いろんな細かいインテグレーションをされました。そういうことを現場で体験できたのがよかったなと。

なので僕も買収するときは、けっこうやはり買われる側、オーナーたちはキャピタルゲインが入りますが、その先の社員たちはなんでセガサミーグループに入ったんだというのは意識して、メッセージを直接届けるようには気を使ってますね。

岡島:その体験があるというのはやっぱりいいですね。みなさんにも話しやすいし、リアルに手触り感が伝わるのはすごいいいなと。「上から目線で行くんじゃない」という話はすごくいいですよね。

里見: やっぱり欧米の会社は、GoogleでもMicrosoftでもそうですけど、コーポレートデベロップメントグループというのがあって、もう買収だけしかやってない、それで PMIしかやってない部門を抱えてます。年間30〜40社買ってますが、買収の数で言うと、やっぱり日本の会社はまだまだ少ないんですよね。その最大の理由はのれん代だと思っています。のれん代の償却ですね。

里見:極端な話、FacebookがWhatsAppを1兆9,000億で買いましたけど、日本の会社だと絶対できないですよね。

実際に、のれん代が1兆9,000億そのまんまですから、それを10年で償却したら毎年1,900億円営業利益が減りますと言われても、WhatsApp自身は利益がぜんぜん出てないから、あんな買収は日本の企業じゃなかなかできないんです。北城さんは国を動かす力があるので、その辺を押していただくと。

ベンチャー企業の買収は成長戦略

岡島:これは同友会では問題になっていないんですか? 先ほどの産業構造の新陳代謝みたいなことも含めて、やっぱりのれん代の話、無形固定資産の話はみなさんすごく気にしていて。

北城恪太郎氏(以下、北城):それは結局、決算のやり方をできるだけ国際標準にしていこうという動きのなかで、日本も国際標準に合わせていけば対応できると思うんですね。

買収に関して言うと、我々の会社の基本的な考え方は、自分の会社で投資してリターンが上がる分野があれば、自分の会社で投資をすると。研究所とか工場とか。しかし、それよりいいリターンが出なかったらベンチャーを買収するというのも大事な手段なんです。

常に買収する会社のベンチャーリストをワーっと作っていて、その会社の価値はどのぐらいあるか、いつ買収するかを常にサーチしながら、自分たちの事業補完が出たら買収をかけて、中にインテグレーションして会社を伸ばす。

買収した会社をどうやって伸ばすかが会社の成長戦略で、そこまでやってもまだ投資先がなかったら、自社株買いをやるか増配するか。

そういう順番だから、常に自社の研究開発投資の次はベンチャー。ほとんどベンチャーなんだけど、買収先を探すというのすごく大事な成長戦略なんです。

だから毎月のように買収するんです。日本の大企業もだんだんそういうふうに変わっていくんじゃないですかね。

岡島:ベンチャー企業の買収が成長戦略のため、と言われたときに、同じ事業ドメインを社内でやってる人たちもいるよね、というケースがありますよね。

そうすると、まさにイノベーションのジレンマですが、コンフリクトが起こる。お互い情報を隠し合うなど、買ったメリットが事業補完にならず、近親憎悪ということが起きている会社さんもありますよね。そうすると「買収でシナジーなんて生まれない」とよく言われるのですが。

北城:それは会社の基本戦略だと思うんですね。IBMだって自分でクラウドをやってたんですよ。ミッションクリティカルなクラウドを自社でやってました。

でも、ベンチャー企業のソフトレイヤーというクラウドのほうがパフォーマンスはいいし、法人向けだったらこっちのほうがいいとなったら、そっちを買収して自分の会社でそれまでやってきたやつを移管しちゃう。こっちで行くという会社の戦略を決めたら、もうそちらに移すんですね。

岡島:経営者がそこまで腹が括れているといいんですけれども、通常の現場は「俺たちができないってことなの?」みたいなことを言ってきますよ。

北城:そういうことを言っても、これは会社の戦略だからどっちがいいかを決めてこっちで行く。IBMは40万ぐらいの社員がいる会社のわりには、かなり大胆に事業を売却しては新しい会社を買収するんですね。

だから会社の成長戦略のなかで、ベンチャー含めて買収、M&Aを成長戦略の一環に入れていたら当然そういうことをやると思いますけどね。

岡島:そういう意味ではKDDIさんもそこがはっきりされてるんですよね。

KDDIグループに入ってよかったこと

古川健介氏(以下、古川):そうですね。けっこう動きは早いです。一貫した戦略があって、オープンなところはこういうインターネット会社を買ってやっていくというのと、auの垂直統合は社内でこうやっていくみたいなことが誰でもわかる図で提示されているので、そこへの理解の浸透はすごいされてますね。

岡島:KDDIグループさんに入って、今言ったような小競り合いとか、逆に一緒になってすごくよかったと感じられることはあるんですか?

古川:小競り合いは聞いたことはないですね。よかった点は、「広告のビジネスをやるんだったら、KDDIのこれを使ってできます」とか、発注先をこっちにしましょうというだけでかなりベースができていて、ベースの利益があるから新しいところにチャレンジできるみたいな、社内エコシステムがかなり確立しているので、それは非常にいいのかなと。

つまり小っちゃい会社が育つ土壌を先につくってあるので、そこからどんどん生まれていくという順番でやっていて、そういうところはいいところだなと。シンプルでわかりやすいと。

日本の産学連携が進まない理由

岡島:ありがとうございます。もう1点だけお聞きしたいことがあります。

アメリカを見ていると、産学連携や大企業とベンチャー、あるいは政府と。キャピタリストとアカデミア。混然一体となって生態系をつくってるということもたくさんあると思うんですね。

IVS自体は、10年やってきてわりとそういう生態系になってきていると思うんですが。もうちょっと大企業がアカデミアも巻き込んでとか、ベンチャーがアカデミアも巻き込んでということをできないのかなと思っているんですが。その辺について考えがあったら教えていただきたいと思います。

オープンイノベーションということだと、みんなで寄ってたかってやるしかないかなと思っていまして。

北城:そういうことを推進しようというのは政府も言ってるし、大企業もベンチャーを活用しようという気もあるし、産学連携もやりたいんだけども、実は日本の大学が非常に保守的なんです。

アメリカはスタンフォードを初めとして、ベンチャーと協業する大学がけっこうたくさんあるし、先生もベンチャー経営者が終わったら大学の教授をやって、ベンチャーを起こしたらまた次ということがあるんだけど。

日本の大学は非常に改革が遅いと。私は今、ベンチャーも応援してるんだけど、もっぱら大学のガバナンス改革を一生懸命やっています。

学問は確かに重要なんだけれども、社会に役に立つということも必要なので。もっと大学発ベンチャーも含めて、大学が研究開発の成果を社会に出すという意識にならないと、企業から見ても日本の大学と共同研究をやろうとすると、先生と共同研究になっちゃうんですね。その先生以外の人は応援してくれないんです。

アメリカの場合には、大学と共同研究するといろんな教授の人たちがまとめて支援してくれるんですね。だから日本の大学は共同研究しにくいんですよ。だから、大学の意識を変えなきゃいけない。

大学の意識を変えるためには、学長が意識を変えなきゃいけないんだけども、今までは教授会が決めてたから学長が決められないというのが問題だったと。

去年の6月に学校教育法93条の改正ができて、これからは学長がやると決めたら学長が決められるようになったので、もっと学長を使ってベンチャーとの協業とかオープンイノベーションをやっていったら日本の大学も変わるかなと期待はしています。

日本と欧米の大学教授の違い

里見:産学連携はもう10年以上ずっと言われていて、いくつか成功事例も出てきてますけども、やっぱり失敗事例のほうが圧倒的に多い。

うちも何回かやりましたけども、なかなか実にならない。欧米を見てると一番わかりやすいのは、教授が金もうけのセンスがあるということなのかなと。もう極端な話、自分で起こして教授職も続けてるけど、そのベンチャーの社長を自分がやっちゃうとか。

最低でも出資を自分でしたり、ストックオプションをもらうとか。やっぱり「お金もうけが悪い」みたいな(マインドの)大学の人たちは「基礎研究のこれが美徳なんです」みたいなところがあって。

お金もうけをしようというと、教授会で叩かれちゃうのかもしれないですけども、もうちょっとお金もうけに関心があってもいいのかなと思います。そうすると組みやすいと思います。

古川:確かにアメリカの大学だと、教授が社長経験ある人の率が日本よりも圧倒的に高いと聞いていて、それがあると出資したらどうなるかとかあるんですけど。

日本の教授の方としゃべると、出資がそのあとどうなるかとか社長になるとどうなるかというイメージがなくて。なのでちょっとできないというのが感じますね。

北城:よく日本の大学発ベンチャーで研究開発した教授が社長やるんだけども、だいたい大学の教授って、社長に向かない人が大学の教授をやってるんです。

里見:先ほど出てたリストの人じゃない人たちですね。

北城:だから、必ずしも社長をやればいいというわけじゃなくて、社長はもうベンチャーのプロの経営者がやったほうがいいと思うんです。CTOは教授がやるとか。その前にミックスでやったほうがいいので。

ともかく研究が好きな人が社長をやっちゃうと、いつまでに製品を作らなきゃいけないというよりも、自分の研究をここまてでやりたいというので、製品を良くすることばかりに時間を使っちゃって売ることを考えないんで。

そういう意味では、もっとベンチャー経営者も大学発ベンチャーに参加していくし、また大学側もベンチャーと一緒にやることはすごく大事だという価値観に変えなきゃいけないんだけど、価値観を変えるためにはやっぱり学長が一番変えやすいので、学長が権限を持つというふうに今年の4月から変わりました。

ただ、日本の大学の場合は、学長をどう選ぶかというのがまだ残ってるんですよ。日本の大学は教職員が選挙で学長を選ぶので。ここも変えないと、なかなか日本の大学は変わらない。残念ながら。

岡島:意思決定プロセスが本当に大事というところと、あとやはりトップのコミットメントがすべてにおいて非常に重要、という話をしていただけたんじゃないかと思います。