選手の顔が“曇った瞬間”は何を意味するのか?
スポーツの現場から見る、上からモノ言う指導の罪

スポーツ界から学ぶ、今求められるリーダーシップのあり方 #2/5

2019年3月9日、「第6回 サーバントリーダーシップ フォーラム」が青山学院大学で開催されました。特別対談「スポーツ界から学ぶ、今求められるリーダーシップのあり方」には、日本サッカー協会理事・JASRAC理事の鈴木寛氏と、ハンドボール協会監事の東海林祐子氏が登壇。今回は東海林氏が、スポーツ指導の現場を通して感じたコーチングにおける「ジレンマ」を語ります。

コーチングにおける「ジレンマ」

真田茂人氏(以下、真田):では続きまして、東海林先生から「サーバントリーダーシップとコーチングのジレンマの関係性」という、非常におもしろい切り口でお話いただけるということで期待しています。よろしくお願いいたします。

東海林祐子氏:はい、よろしくお願いします。東海林でございます。今、鈴木先生のほうから「人と人とのコミュニケーション」というお話がございました。私の場合は、私自身が慶応義塾に赴任する前の11年間に、高校の男子ハンドボール部のコーチを務めておりまして。そこでの経験がベースになったお話でございます。

11年かけてようやく日本一になったんですけれども、そこで非常に悩むことが多かったんですね。うまくいったのかなと思うと、常に自分の心の中にもやもやしたものがありまして。「このもやもやは何なんだろう? なんでうまくいかないんだろう?」とか。

うまくいったと見えても「いや、選手の表情を見たらうまくいってないよな」とか。やっぱり結果を見ると、なかなか勝利に結びつかないとか。そういうことの連続だったんですね。

そういった経験にもとづいて、おそらく指導者・リーダーは、みんなこのもやもやを抱えているんじゃないかと。それで、これを自分の中の暗黙知だけではなくて、なにかもう少しわかりやすいかたちで提供することができたら、私の経験も無駄にはならないんじゃないか……ということで、研究者の道に進みました。

ここからは指導者一般の話になるんですけれども。やはりスポーツのコーチングというのは、種目もたくさんありますし、相手の選手もその年によって変わっていきますので、どうしても指導者の暗黙的な経験の積み重ねが、やっぱり一番になります。

もう1つはコーチングの良し悪し。もちろんプロであれば勝った負けた、うまくいかないとクビを切られる、というような評価がありますけれども、アマチュアの場合はなかなかそういう世界ではありません。

ですので、なかなか業務との関係で、自分自身のコーチングを修正したり見直したりする時間がないというのが、実は現状なんですね。

(スライドを指して)真ん中に書いているとおり、自らの経験ですので、いつまでの「うまくいった」というような自分自身の仮説を、「こうすればうまくいくんだろう」というものにしがみついて、なかなかその考えを変えることができない。

状況に合わせてもっと効果的なコーチングがあるはずなのに、そこになかなか行きつかないということが、現状としてあると思います。

コーチの権限を意図的に配分できるのか?

ここで私の示すコーチングが何かというのをお話ししますと、「コーチの権限を意図的に配分しながら、選手間の協力関係を構築して目標の達成をリードしていくこと」というふうに定義しております。

コーチングってすごく幅広いもので、いろんな方がいろんな定義をしておりますが、私の場合はコーチングの中の「コーチの権限」ですね。要するにコーチの権限というのは限りあるものなんだ、ということをまず最初にお示ししたいと思います。無限ではないんですね。ちゃんと決められた範囲の中で、それを状況に合わせて意図的にやる。

例えば権限という制限のある範囲をわかりやすく数値で10の範囲と示すとしたら、今選手の状態はこの状態なので、自分の権限の10すべて介入しようとか。今選手同士が良好な関係性になっているのでになってるので、もう少し様子を見て、自分の権限の介入はは2ぐらいにしようとか。そんなふうに意図的に介入をしながら、目標の達成をリードしていくこと、というふうに示しております。

この「意図的にやる」というのが、実は非常に難しいものでありまして。それは私の最初に申し上げた「もやもや」と同じように、やはりコーチ自身にジレンマというものがあるとうまくいかない、と経験上思っています。

「囚人のジレンマ」から見るコーチング

このもやもやをなにか理論的にうまくいかないか、うまく示せないか、と考えたときに、「囚人のジレンマ」(注:お互い協力する方が協力しないよりもよい結果になることが分かっていても、協力しない者が利益を得る状況では互いに協力しなくなる、というジレンマ)という理論があった。ゲーム理論ですけれども、ここにもしかしたら転用できるかもしれない、ということに気がつきました。

スライドの上のほうなんですけれど、2×2のゲーム理論の中で、「囚人のジレンマ」で、選手A・選手Bのそれぞれがなにか目標を達成する時に、「協力する」というカードと、「裏切る」というカードをそれぞれ持っているわけですね。選手に限らず、私たちみんなが持っています。

状況に応じて、例えばこれは「練習後の後片付け」というふうにテーマを持っていますが、お互いに協力の手を出して、後片付けを率先して行えば、サッと終わって、すぐ自分の体の手入れができたり、早く帰ってご飯を食べたり、ということができるわけですね。

チームの中に、「ああ、もう今日は面倒くさいからいいや。自分はちょっと手を抜いておこう」とか、「今日はあのテレビ見たいから早く帰ろう」とか。「裏切り」の選択があると思います。こういう「裏切り」の選択と「いや、それではいけない。やっぱりこのグラウンドの整備をきちんとしてから帰らなければいけない」という協力の選手とが、入り混じることがあります。

裏切りの選択をする選手がチームのなかでチームの中で1人か2人だと、なんとか周りが我慢すればいいとか、「あいつはしょうがないからもう見て見ぬふりしよう」とか、そういう状態があると思うんですけれども。この人たちが増えていくと、やっぱり一生懸命協力して後片付けをしようと思っている人たちが「なんか馬鹿馬鹿しい」となる。

「なんで自分たちばっかりがこんなふうに一生懸命後片付けをしてるのに、あいつはサボってばっかりなんだ」という状況が組織の中で生まれます。

それは結局、「自分が損をして相手が得をするくらいならば、自分も裏切る」ということなんですね。これはけっこう、私たちの生活の中にもたくさんあります。例えば大学や高校の公文書などもそうです。

例えば、高校や大学での授業以外の生徒指導などの校務では、してもしなくてもそんなにその人に影響がないという場合には、自分の優先順位をどこにつけるかと考えた時に、やっぱり「手を抜けるところは抜こう」ということが起こり得ますよね。そういったことを示したものであって、これは選手に限らず、我々社会人みんなにあるものなんですね。

コーチと選手の関係性における「最悪のパターン」

基本的には「囚人のジレンマ」というのは、同じ立場の2人を示しているんですけれども、これを少しヒエラルキーがある立場の「コーチ」と「選手」の二人の関係性にして見てみたいと思います。

例えば、両方がチームの目標に向けて意欲的に取り組んで、選手が主役、選手の良さを引き出すコーチングをしよう、というのが協力のカードだとします。同じように選手も、コーチと共にチームの目標へ向けて一生懸命、意欲的に取り組める。この状態がお互い協力するパターンですね。これがうまくいけば、チームはそこそこうまくいくんですけれども。

ここで最近問題になっている状態というのは、要するに「自分の言うことだけをやっていればいい」とか、できなかったら𠮟りつけるとか、そういう勝利至上主義的な協力というか、こういう状態なんですね

指導者がそういうカードを出してしまうと、選手としては、例えばここで裏切りのカードを出してしまうと、結局「自分が選手に選ばれないんじゃないか」となる。権力によって言うとおりにやる、ということが出てくるわけですね。

そうすると最悪のパターンとしては、指導者は「𠮟りつけてやらせる」、選手は「言うとおりにやる」。このパターンになってしまうんですね。このパターンになってしまったら、指導者はどこで自分のコーチングの良し悪しを修正するのかって、すごく疑問に思うわけですね。

といいますのは、私自身も実は同じ経験がありまして。自分自身が指導者になったばっかりの時は、「私の言うとおりにやっていればいいのよ」というふうで。大学を卒業してすぐの頃はそういう感じでした。それで先生の迫力に押されて(笑)。

(会場笑)

とりあえず、選手も言うとおりにやるわけですね。ところが2年目のある日。コートに行ったら誰もいない状態だったんです。それっていうのは、初めて選手が裏切りのカードを出したんですね。「先生にはもうついていけません」と。

ここで初めて、選手の反応を知るわけですよ。「ああ、そうか」って。「私はなんて間違ったコーチングをしていたんだ」と。

選手の顔が「曇った瞬間」を見極める

なので、やはりヒエラルキーがある立場であるから、こういうことが起こり得るんですけれども、この反応というのは非常に重要です。ですので、例えば指導者がなにかを言ったときに「それは……」って顔が曇ったりとか、単なる聞いたふりをするというのは、ただ自分が上からものを言っているだけなんですね。

ですので、ここで相手とのコミュニケーションというものが非常に重要になってくるんですね。その選手の反応が自分自身にとってどういったものか、というのを考える一つのサインであることを忘れないでほしいと思っています。

私自身はサーバントリーダーシップというのはおそらく、「相手に奉仕をして導く」という先ほどの定義を思い浮かべますと、結局自分自身がいつまでもそれに囚われていたジレンマが大きい部分があると、なにも考えずに体罰をやってしまったり、選手を自分の思うままにしようとしたり、という状態があると思うんですね。

ところが、まぁ人間ですから、ジレンマというのは多かれ少なかれ誰でもあると思うんですね。自分自身になにかうまくいかないことがあったと。そのときに「これは何なんだろう?」ということを自分で認識することが非常に重要で。

「なんか今もやもやしてる。このイライラは何なんだろう」と感じた時に、「ああそうか。選手のあの反応に対して自分がうまくいかなかったことに、今ジレンマを抱えている」と。でも、それというのは「自分の指導の何が悪かったんだろう」とか、そういったことを考えることが大事で。

その上で、自分の介入が大きいという状態だけではなくて、なるべく介入を少なくした状態で選手の良さを出す、自発的な協力関係を作ると。

先ほどの鈴木先生の話じゃないですけれども、ラグビーというのは自分たちで考えてやっていくものだ、というお話がありましたよね。そういう状態を作っていくことが非常に重要かなと思います。

人の心理面は非常に複雑です。私がよく指導者の時に思っていたのは、ジレンマを抱えている選手は、指導者の指示に対して必ず良い反応をしません。

相手の選手とか指導者の顔を見て、私自身は選手の顔が曇ったところを攻める、という戦略をとっていたんですね。要するに納得してないぞ、と。納得してないからには、必ずそこに迷いがあるはずだと。だからそこを突破しよう、というのは戦略の1つとしてありました。

「ライフスキル」評価シートの効果

こうした選手が抱えるジレンマを指導者がきちんと押さえることで、心理面のところも準備できるわけですね。そこで先ほどの「自分自身がどんなコーチングをしているのか」ということの可視化という意味で、人間的成長というものを可視化するツールとして、「ライフスキル」という評価シートを作成いたしました。

これはみなさまのお手元の(資料の)中にも入っていると思います。選手がどんなふうに成長を遂げてほしいのか。人間的な成長みたいなところはなかなか可視化できないものですからね。この1~10番までを、いろんなリーダーシップをとっている結果を残した指導者の方にお聞きして、ここから調査票を作りまして、統計的に分析したのがみなさんのお手元にあるものです。

これは部活動の指導者の方に、この評価シートを使ってまず選手に答えてもらうんですね。現状、あなたのライフスキル、人間的な成長がどれくらいかと。それをこちらで分析して、指導者の方に「あなたの部はこんな状態ですよ」と伝える。

ですので、何が選手に足りなくて、何が強みなのかということをまず把握しましょうと。それにもとづいて、指導者がどんなコーチングをしていったらいいのか、ということを考えていっていただきます。

(スライドを指して)これは部活動顧問が、みんなで校長室に集まって議論をしている場です。これ本当におもしろいもので、最初はここでも囚人のジレンマが起こるんですね。「お前の部は結局引退したあとで髪を染めたりして、つまんない選手ばっかりだ」とかいうことを言うわけですね(笑)。

(会場笑)

その学校には勝利を収めているチームと、一方に弱小チームがあって。文句を言われた野球部の顧問は若い先生ですので、みんなしゅんとしてしまって。ここでもう完全にヒエラルキーが出てくるわけですね。

ところが、そういう評価シートを見てみると、その先生のところの選手もやっぱり、ここの部分のライフスキルが低いってことがわかると、強豪チームの先生もいったん自分のコーチングを客観的に見れるような状態になるわけですね。

ここからようやく自分のチームだけじゃなくて、学校全体で、選手を育成していかなきゃいけないんじゃないか、という意識に変わっていきます。スライドの一番上の赤い部分が強豪のバレーボール部なんですけども、調査前の2つのチームは弱小チームの2つでした。

そこでライフスキルの評価シートを見てもらって、指導者の方にがんばってもらって、自分たちがどんなコーチングをすればいいかという原点に戻ってもらって試した結果、2回目の介入後には上がっていくわけですね。

数値が上がることで「自分たちがやったことが、やっぱり選手にも響いたんだ」ということで、コーチングの1つの評価になって、指導者のモチベーションにつながります。

そのあと若干落ちてはいくんですけれども、じゃあこれを保つためには自分たちがどんなコーチングをしなきゃいけないのか。そして自分はどういう指導者、どういう先生でなければいけないのか、ということを彼らは考えていきます。

これは今までまったくやったことがなかった先生たちが、自分たちで選手のために「じゃあ、こんなことをしたら選手の良さが引き出せるんじゃないか」ということで、そういうシートを自分たちで作ったりして。まさに選手に奉仕するというような、対等な関係性が生まれていくわけですね。

ヒエラルキーを打破し、奉仕する心を持つ

これはちょっと細かいことを書いています。最初の状態からどんなふうに人間的に変わっていったのかという、先生たちのコメントです。

最後のまとめに入りますと、やはりどうしてもスポーツ界というのは、まずはヒエラルキーがあるんですね。しかしながら、これではやっぱり自分自身のコーチングがどうだったのかということが、非常に見えづらいわけです。まずそこに気がついてほしい。

そして対等な関係性から、例えば先ほどお見せしたように「じゃあ選手の良さを引き出すためにどんなツールが必要なんだ」「選手にもっともっと力を伸ばしてほしい」という奉仕する心を持っていく。こんなふうに変わっていくことが、非常に重要かなと思います。

こんな雰囲気で、こういう土壌ができると、やっぱりコーチと選手のコミュニケーションが円滑になって、選手が自由に発言しやすい。そしてビジョンを共に作ることができるような組織になっていくのかな、と感じております。

まだたくさんあるんですけど、かいつまんでこんな感じで。私が自分自身の経験と、今指導者の方に寄り添いながら、どんなふうにして選手の良さを引き出すのかという、ライフスキルプログラムの観点でお話をしました。以上です。

(会場拍手)

真田:ありがとうございました。非常に独創的で、おもしろいお話を聞かせていただきました。「囚人のジレンマ」は経済理論でよく出てくる考え方ですよね。ありがとうございます。

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