日本の問題は「起業家がいないこと」

司会者:私から質問をしたいのですがいいでしょうか。シリコンバレーに来てから、意外だったり驚いたことは何かありますか?

朝倉祐介氏:もちろんシリコンバレーでは、起業やスタートアップが非常に活発だということは知っていましたが、私の想像以上でした。実際に起業している人の数が多いからだと思います。ここスタンフォード大学にも、おそらくたくさんの起業家がいることでしょう。

しかし例えば日本の東京大学では、周りにそれほど多くの起業家はいません。ほとんどの学生は国家公務員を目指したり、総合商社や金融機関などの、伝統的な大企業に就職したがります。別にそれ自体は悪いことではありません。

問題は、ロールモデルや手本となる身近な人がいないことです。みなさんの周りには、スタートアップに携わる友達や先輩がたくさんいることでしょう。

奇妙に聞こえるかもしれませんが、ここに多くのスタートアップがある最大の理由は、多くのスタートアップがあるからなのだと思います。そうした人たちに触れていれば、自分でもできるかもしれないと思うものです。

日本では、周りに起業している友人はなかなかいない。だから自分で事業を起こそうという発想がそもそも湧かないのだと思います。

司会者:ありがとうございます。素晴らしいですね。それでは会場からも質問を募集しましょう。

日本は快適すぎて起業する気が起きない?

質問者:私はどうしてあなたが会社を辞めたのかが気になります。あなたは前の会社で成功していたわけですよね。だとしたら辞めた理由はなんなのでしょう。

もうひとつの質問は、日本に起業家がいないことについてです。これについてはお話いただきましたが、私も日本人の国民性についてはよく知っています。

私は日本に起業家がいない理由のひとつは、年功序列のヒエラルキーだと思います。若い人は、年長の人のために働かなくてはならないからです。日本で起業家が増えないのは、やはりこうした部分にも原因があるのでしょうか?

司会者:質問はふたつですね。ひとつ、なぜミクシィを辞めたか。そしてもうひとつは、起業家が少ないという状態の文化的背景についてです。こうしたヒエラルキーによるものなのでしょうか。

朝倉:会社の業績がこんなに早く回復するとは思っていませんでした。もちろん会社は再生できると思っていました。しかし結局、執行役員時代から数えて2年しかかかりませんでした。市場での競争力を取り戻すには、4年程度はかかると思っていました。本当に早い段階で回復したというのが率直な感想です。

先ほども言ったように、私の役目は会社を再生することでした。それが達成された以上、そこにいる理由はありません。

司会者:なるほど、よくわかりました。それでは文化的背景についてはどうでしょう?

朝倉:わかりませんが、日本は住むのに快適すぎる国だからかもしれません。日本に行ったことはありますか? 住んでみればわかりますが、日本での生活はとても便利で快適です。確かに経済規模は縮小傾向にありますが、それでも快適に生活することができます。

だからわざわざ国を出てグローバルに戦おうとか、何か新しく事業を始めようと思いにくい環境なのではないかと思います。

司会者:起業するには快適すぎるなんて、すごいですね。

(会場笑)

専門分野の優秀な人材はベンチャーではなく大企業に行ってしまう

質問者:今日本で起業されているのは、どういった分野が多いのでしょうか? 先ほどの表では、プラットフォームビジネスが多いように思えました。

もうひとつの質問は、オープンイノベーションについてです。日本ではどのような現状なのでしょう。

朝倉:わかりました。まずスタートアップの種類についてですね。先ほどの表をもう一度見てみましょう。

色がついているのがインターネットに関連する事業を営むスタートアップです。見てわかるように、Webサービスやモバイルテクノロジーの分野が主となっています。あとはバイオテクノロジー、電動車椅子のようなハードもありますが、これらは初期投資が莫大であるため、数としては少数です。

アメリカでは、製薬やバイオエンジニアリングの分野のスタートアップが非常に多く驚きました。そうしたスタートアップは、日本ではそれほど多くありません。主な理由は、そうした分野の人材が、大企業に所属しているからでしょう。

インターネットは、そうした分野に比べて、せいぜい15年か20年の歴史しか持たない若い産業です。インターネット分野には、新たな挑戦を恐れない文化があります。だからインターネットに関連したスタートアップが多いのでしょう。

質問者:インターネット分野の中で、特に起業が多い分野はなんですか。

朝倉:モバイルアプリケーション分野でしょうね。アドテクやクラウドサービスももちろんありますし、エンタープライズ向けのソリューションもありますが、主なものは一般ユーザー向けのモバイルアプリだと思います。

司会者:オープンイノベーションについてはどうでしょう。

朝倉:ようやく門戸が開かれてきたというのが、今の状況でしょう。3~5年前は、そもそもスタートアップや小さな会社は見向きもされませんでした。しかし近年では、VCへの出資などを通して、積極的に情報を得て、協働しようという兆しが見えるようになってきていると思います。

企業再建は理論が1割、あとは気合いと運

質問者:VCファンドではなく、PEファンドは、日本のスタートアップや上場後の新興企業に対して積極的に投資しているのでしょうか?

朝倉:一般論として、日本においてPEファンドは北米ほど多くありません。PEファンドから資金調達して親会社からMBOした後に再上場したスタートアップが、直近では一社あります。昨年IPOしました。これは非常に成功したケースと言えるでしょう。

テクノロジー系のスタートアップは、PEファンドにとってはあまりいい投資先と見なされていないのではないかと思います。

そうした企業は、人材と技術以外にアセットを持っていません。会社を買収した後、人材がいなくなってしまっては意味がないのです。そのためPEファンドは、有形の資産を持つ企業を投資対象としているように思います。

質問者:企業を再生しようとするときに、最も大変だったことはなんですか。

朝倉:こうした企業の再興は、いつもヒューマンドラマに彩られています。企業をどのように変えるべきか、理論を構築することは実は簡単です。しかし難しいのは、実行することです。

会社の方向を変えようとすれば、必ずそれに反対する人が出てきます。理論や戦略は、成功要因のうち10パーセント程度しか占めていないでしょう。40パーセントはいかに変化を断行しきるか、ガッツの部分です。残りの50パーセントは運ですね。これが私の実感です。

(会場笑)

近年のスタートアップ業界に見られるよくない兆候

質問者:先ほどmixiは、SNS以外の分野で成長を遂げたと言いました。SNSとの連携を図ったのでしょうか?

朝倉:基本的に、既存ビジネスと新規ビジネスを当初から完全に分離して運営しようとしていました。先ほど言ったように、シナジーは簡単に生まれない、あるいは生まれるのに時間がかかり、新規事業の足枷になるというのが私の考え方です。

質問者:2020年に行われる東京オリンピックについてのお考えをお聞かせください。スタートアップにどのような影響を与えると思われますか。

朝倉:2020年に巨大なイベントがあることは確かです。そしてそれが人々の財布の紐を緩めることも確かでしょう。

(会場笑)

消費は促進され、政府はより多くの投資を行い、一般投資家も積極的に株式市場に投資するようになっています。こうした状況はしばらく続くでしょう。

しかし近年、よくない兆しも見えはじめています。幾つかのスタートアップは、上場時に成長の限界に到達してしまっています。こうした状況が続くと、人々はスタートアップに懐疑的になります。これは改善していかなくてはならないでしょう。

買収を嫌うのは会社が「家族」だから

質問者:ミクシィが再起するために、最も重要だった要素はなんだと思いますか?

朝倉:いい質問ですね。アプリのヒットはありましたが、それがなくてもミクシィは再建できていたと思います。これは非常に重要なポイントです。どんなサービスがどれくらいヒットするか、アッパーサイドの振れ幅をコントロールすることはできません。しかしボトムラインはコントロールできます。

質問者:日本の文化が買収についてはネガティブに働いているとおっしゃっていましたが、これについてもう少し詳しくお聞かせ願えますか?

朝倉:なぜそうなってしまうのかは難しいですね。この会場にも日本人の方が何人かいらっしゃいますが、みなさん私が何を言いたいのかわかってくれると思います。理解しにくいかもしれませんが、日本では会社というのは家族のような概念です。

ひょっとしたら、終身雇用制度が原因なのかもしれません。買収というのは、よその企業が突然やってきて、企業を傘下に入れてしまうということです。これは母親が再婚して突然現れた義理の父が「今日から私がお父さんだよ」と言われるようなものです。

(会場笑)

今までの連続性を断たれることを嫌う傾向が、日本では強いのだと思います。

起業家が少なければ、起業家を指導できる人も出てこない

質問者:日本で起業家がもっと増えるためには、何が必要だと思いますか?

朝倉:政策としてですか?

質問者:政策かもしれませんし、大学かもしれませんし、その協働なのかもしれませんが……。

朝倉:重要な点は、資金の他にあると思います。日本には既に資金は潤沢にあるはずです。新しいことにチャレンジすることをどうやって後押しするかでしょう。どうしたらいいのか、私にも答えは見えていません。

起業しようとする人の多くは、いつも失敗したときのことを考えてしまい、往々にして一歩が踏み出せません。失敗したら、もうチャンスはないと思ってしまいます。ここをどう解決するかなのだと思います。

司会者:私から質問を少し続けてもいいですか。シリコンバレーと日本では、メンターの有無という差があると思います。あなた自身には、メンターと呼べる人がいましたか。シリコンバレーではメンターはたくさんいますから。

朝倉:その通りだと思います。そうですね……ネイキッドテクノロジー時代には、アドバイスをくれる人はいました。でもその中に起業家は多くはいませんでした。本当にいいアドバイスをくれる人は限られていたと思います。そういった意味で、役に立つアドバイスももちろんありましたが、そうでないものもあったと思います。

質問者:私は日本での人材採用がどうなっているのか気になります。日本のスタートアップは、どうやって人材を集めるのですか。

朝倉:なるほど。多くのスタートアップは、インターネット、特にモバイルの分野に集まっていることは既に述べました。こうしたセクターの大企業から人を引き抜くことが多いと言えるでしょう。これが方法のひとつです。

もうひとつは、別のスタートアップから引き抜くケースです。伝統的な産業の大企業からスタートアップに来てもらうのは、日本では非常に難しい。

例えばソーシャルゲームの大手は、大量の人材を他業界の大企業から引き抜きました。金融機関やコンサルティングファームなどです。こうした人たちは、会社の中に留まることもありますが、中には自分自身で新しいビジネスを始める人もいます。

そういった意味では、ソーシャルゲームの会社は伝統的な産業から、新しい産業に人材を移動させたという点で、重要な役割を果たしたとも言えるでしょう。

司会者:最後の質問を私からさせてください。未来の話です。将来、自分の会社をもう一度立ち上げたいと思いますか。

朝倉:もちろん!

司会者:素晴らしい答えです。どうもありがとうございました。