軍隊とビジネスにおける"自己犠牲"の評価の違い

2002年8月16日のことです。ある2体の軍機がアフガニスタン上空を飛行していました。この軍機は戦いの装備をたくさん積んでいたので、ゆっくりと低空飛行するのに適していました。さらにこの2機は戦闘の際、陸軍部隊を上空からバックアップする役割を担っていました。この夜、嵐が近づいていて空は曇っていました。2機はもしもの時に備え、上空で待機していました。

雲は雪のよう、月はとても明るく、たくさんの星が見える美しい夜でした。谷の下では22人の特別部隊が移動中でした。しかしこの夜、「何かが違う。何か様子がおかしいぞ」と皆が感じていました。空を飛んでいたパイロットのうちのひとりだったジョニー・ブラボーも、そう感じていました。なので彼は雲の下へ出て、問題がないか確認しようと思いました。彼は僚機パイロットにそのまま待機するように伝え、下降を始めました。

雲の下へ出ていこうとしていたときに無線から「戦闘開始! 射撃準備!」と聞こえてきました。大変です! 銃撃戦が始まったようです! ジョニー・ブラボーは猛スピードで直滑降します。雲からやっと出たと思ったら、もう少しで地上に激突するところでした! 彼が雲から飛び出た地点は、地上から300m (1000フィート)もなかったのです。さらにそこは谷間で、彼の両側には岩壁があります。

2002年ではありましたが、機は充分に備えられていませんでした。レーダー性能が良くなかった上に、昔のロシアの地図を使っていたのです。今までに見たことがない情景が彼の目に飛び込んできました。米陸軍がいる谷間に向かって、谷の両サイドから攻撃が仕掛けられていたのです。

岩壁にぶつかりそうになりながら、彼は反撃に出ます。視界は悪い、地図とレーダーは頼りになりません。彼は速度と地図で見た距離を頭で計算し、文字どおりカウントしながら攻撃をしかけます。1(秒)1000(フィート)、2(秒)1000(フィート)、3(秒)1000(フィート) 、4(秒)1000(フィート)、5(秒)1000(フィート)。そして操縦機を思い切り引き雲の中へ。また戻り1、1000、 2、1000、3、 1000、 4 、1000、 5、 1000……。

「その調子だ! いいぞ!」と無線から声が聞こえてきます。彼は方向を変えて仕掛けます。1、1000、 2、1000、3、 1000……。弾切れです! でも燃料はまだ残っている!

そこで彼はまた上空高く飛び、僚機パイロットに言います。「一緒に下降しろ! 攻撃開始だ!」。僚機パイロットは何がなんだかわからないまま、ジョニー・ブラボーに続いて下降します。

ジョニー・ブラボーがカウント、位置についての指示を出すその横で、僚機パイロットが対抗射撃に出ます。2機の距離はほんの1メートルほどしかありません。1、1000、 2、1000、3、 1000、 4 、1000、 5、 1000……。上空に一度上がりまた下降。1、1000、 2、1000、3、 1000、 4 、1000、 5、 1000……。

その夜、22人のアメリカ人が無事に帰還しました。死亡者は0です。

ジョニー・ブラボーのような人は、どのようにして生まれるのでしょうか? みなさんは自分を犠牲にしても皆を助けようとしますか? 私は彼に聞きました。「なぜそのようなことができたのですか?」。彼は言いました。「それは、皆も僕と同じ状況にいたら、僕のために同じことをしてくれただろうから」。

米軍は、自己を犠牲にしても他人を救おうとする人々をたたえます。ビジネスでは、他者を踏み台にしてでも勝とうとする人、そしてその結果組織に利益をもたらす人を称え、ボーナスを与えます。

(会場笑)

でも、それって逆ですよね? どんなときでも組織は助けてくれる、たとえ失敗したとしても、組織のなかの誰かがカバーしてくれると信じられる組織で働きたいと思いませんか? でも私たちが誰かのために命を差し出すなんてことはあり得ないですよね。だって、お互いの業績を認めることすらしないんですから。

(会場笑)

「幸せ」をもたらす4つの化学物質

では、ジョニーブラボーのような人はどのようにして生まれるか。昔から言われています、「生まれつきなんてことはあり得ない」と。

人間の体は機械です。どういうことかと言えば、人間の身体は私たち自身が生き残れるように行動をとらせる機械です。ビジネスでいえば、期待する行動を取らせるために報酬を与えたり、罰したりしますよね? ゴールを達成して欲しいときにはボーナスをちらつかせますよね? みんなボーナスが欲しいから一生懸命働く、そして目標達成することができる。とてもシンプルです。

人間の体も全く同じように働きます。私たちの体のなかには、私たちが生き残れるような行動を取らせる化学物質があります。幸福、プライド、喜び、愛、達成感……。感情はすべて化学物質が生み出したものです。

そしてその化学物質は大きく分けて4種類あります。これらは「幸せ」に影響する化学物質です。どんな化学物質かというと、エンドルフィン、ドーパミン、セロトニン、オキシトシンです。エンドルフィンとドーパミンは自己中心的化学物質とでも呼びましょうか。誰の力を借りずとも作用することができる。ご説明しましょう。

1.人を忍耐強くさせる~エンドルフィンの作用~

エンドルフィンは身体的痛みをやわらげる働きをします。それしかしません。走るとエンドルフィンが高まる、ランナーズハイが起きる、なんてことを聞いたことがあると思います。これが何かというと、自分の限界を超えて走るとき、人は快感を感じます。走り終えると最高の気持ちです。1時間後、酷使した筋肉に痛みを感じ始めます。エンドルフィンはこのように、人間に身体的痛みを感じなくさせます。

昔々、旧石器時代。ヒト科の動物はホモ・サピエンスだけではありませんでした。でも私たちだけが生き残りました。それは私たちがこの世で一番賢い生き物だからでも、一番速く走れるからでもありません。私たちが社会的で、仲間と共存しなくては生きていけない種族だからです。お互いを助け合って生き延びてきたのです。

4種の化学物質が、私たちを他者と共存し生き残れるように作用します。50,000年前の旧石器時代、私たちは一番強いわけでもなければ一番早く走れるわけでもない。しかし生きるためには食糧を確保しなければならなかった。どうして生き残ることができたのか?

それは、私たちの持つ特性、忍耐によってです。獲物を何マイルでも何時間でも追い、疲れても、怪我をしても、何があっても住処に食べ物を持ち帰りました。それはもうエクササイズ中毒のように、何があっても次の日にはまた自主的に狩りに出かけました。「昨日ものすごく楽しかった! よし! 今日も絶対に狩りにいくぞ!」みたいな感じです。

(会場笑)

グループとして生き残るのに素晴らしいシステムなのです。ところで、笑うことで気分がよくなるのもエンドルフィンの作用です。笑うことで内臓が振動し、エンドルフィンがその痛みを紛らわします。みなさん笑いすぎてエンドルフィン分泌が間に合わなくなり、その結果お腹が痛くなる。「もうやめて! お腹痛い!」なんてことがたまにあると思います。

(会場笑)

気分が良くなる、これがエンドルフィンの作用です。

2.目標を達成させる~ドーパミンの作用~

次はドーパミンです。ドーパミンは、たとえるなら探しているものが見つかったとき、何かをやり遂げたとき、やることリストを消したときの気分です。すごく気分がいいですよね。目標を達成した時「やった!」という気分になりますよね? それがドーパミンです。

ドーパミンが私たちに物事をやり遂げさせます。たとえば旧石器時代、「空腹になったら狩りに行けばいいや」というスタイルでは、実際に空腹なとき、すぐに獲物にありつけない場合もあるということですよね。後々に備えて満腹の人間を狩りに向かわせる。それがドーパミンの作用です。

食べるときもドーパミンは分泌されます。私たちは気分が良かったときの記憶を甦らせる「何か」を見ると、そのときの記憶を頼りに、再度そのときに感じた良い気分を味わおうとします。気持ちがいいことを繰り返すのです。

たとえば、歩いているとき遠くにりんごの木を見つけるとします。すると少しドーパミンが分泌されます。つまり、私たちはりんごを取る、というゴールを設定するわけです。そしてりんごの木に近づきます。りんごの木が大きく見え始めると「おお、目標に近づいている!」と思うわけです。そこでさらにドーパミンが分泌されます。近づくにつれて、どんどんドーパミンが分泌されます。それが体内に蓄積され、遂にりんごの木に到着すると「やったぞ!!」と達成感を感じるのです。

これが、よく言う「目標を紙に書きだしなさい」ということの理由です。目標は明確で目に見えるものでなくてはなりません。これには生物学的根拠があるのです。私たちは視覚にものすごく頼っています。つまり、生物学的にもフォーカスし続けるためには、必ず「目標を見る」ことが必要なのです。目標を書き出さなければ目標は見えません。目標が見えなければ、モチベーションを高め、それを維持することが難しくなるのです。たとえば、企業のビジョン。企業方針は見えなければならない、だからこそ企業の「ビジョン」と呼ばれるのです。

誰かに成果を上げてもらうため「もっと頑張ればボーナスをあげます」と言うのは、まったく効果的ではありません。その人は聞いてくるでしょう、「あとどれくらい頑張ればいいんですか?」。それに対しての答えが、「今よりももっとです」では話になりません。「見える」目標が必要なのです。

マーティン・ルーサー・キングは言いました。「私には夢があります」と。いつか黒人と白人の子どもが仲良く手を繋ぎ、同じ公園で遊ぶ日が来ることを。そう具体的に言われれば、私たちは想像することができますよね? 達成が目に見えれば、私たちはそれを成功するまでやり続けます。私たちには「見ること」が必要なのです。これがドーパミンの役割です。先ほども言いましたが、ドーパミンとは探し物を見つけたときの気持ちでもあります。

先日、旅行から帰ってきたのですが、帰ってきたらやることがたくさんありました。なので、用事を済ませるため、やることリストを作って出かけました。出先で「あ、あれもやらなくてはいけなかったんだ!」と、リストには書き出していなかったけれどもやらなくてはいけないことを思い出しました。忘れないうちにすぐにその用事を済ませ、自宅から持って来たリストを取り出し、たった今完了した用事をやることリストに追加! すぐさまその項目をリストから消しました! だって達成感! ドーパミンは気持ちがいいですからね! 

(会場笑)

ドーパミンの中毒性に注意

ドーパミンには悪いところもあります。それは、ドーパミンは非常に非常に高い中毒性があるということです。たとえば、飲酒、喫煙、ギャンブル、携帯電話もドーパミンを分泌します。

冗談だと思っていらっしゃるでしょう? 朝起きてお酒が飲みたい! と思ったらアルコール中毒だ、とよく言われていると思います。朝起きてすぐ、ベッドから出る前に、一番最初にすることが携帯電話をチェックする……。考えてみてください。携帯電話中毒かもしれません。家じゅうどこへ行くにも携帯電話を手に持って移動する……。

中毒だと思いませんか? 車を運転中、メールが届きます。あと10分で目的地に到着するのに、メールが届いた瞬間に見なくては気が収まらない。

(会場笑)

そんなあなたは中毒かもしれません。メールを開く。内容はこうだとします。「次の金曜日の夜、ディナーでもどうですか?」。金曜のディナーの誘いに、あと10分で目的地に着くのにも関わらず、今すぐ返信しなければ気が済まないあなた。携帯電話中毒かもしれません。

みなさんは「私はマルチタスクをすることができるデジタル世代の人間だ」というかもしれません。であれば、なぜ携帯電話でメール中の交通事故がこんなに頻繁に起こるのでしょうか?

(会場笑)

みなさんはマルチタスクをこなすようになったのではなく、注意散漫になっているだけです。

さらに言えば、統計を見てみましょう。ADDとADHDと診断を受ける人はここ10年で66%も上がっています。ADDとADHDは前頭葉の病気です。最近の若者の66%が前頭葉に問題があるということでしょうか?

いいえ、それは違います。これは誤診です。テクノロジーが進化したおかげで注意散漫な人が増え、やらなければいけないことをきちんとできなくなっている。集中できる時間が短くなる。これはADD とADHD患者の症状と同じです。なので誤診が増えている。それがこれ、ドーパミンの中毒性!

私たちは社内パフォーマンスにも依存します! 具体的な数々の目標数! 数字! ボーナス! コンスタントに目に見える目標や数字を提示されると、私たちはドーパミンを分泌し続けます。私たちは「もっと!もっと!」とパフォーマンスに依存するのです。

これにより銀行もつぶれます。数字を達成するためなら、なんでもする。たとえそれで自分たちが破滅することになっても。どんなドーパミン中毒者もそうなのです。アルコール依存症の人に聞いてみてください。ギャンブル依存症、ドラッグ依存症の人に聞いてみてください。「あなたの人間関係はどうですか? あなたの人生はどうなっていますか?」

中毒性があるドーパミンはとても危険なのです。でもそれはアンバランスなときだけです。バランスがとれているときには、ドーパミンはとても役立ちます。しかし物事のバランスが取れていないとき、それはとても危険で破壊的な力を持ちます。

もっと言いたいところですが、次にいきます。

(会場笑)