球体のイメージからきた形が力を持つ

澄川伸一氏(以下、澄川):これも今年の作品です。もうそろそろ販売開始していないといけないんですが、非常にのんびりした社長さんで、会うたびに僕はリクエストばかりなんです。

(スライド左側を指して)ずっとこういう鍋だったんです。これが売れているんですね。ただ、売れてはいるんですが「今の形ではないかも」という感じで、こうしました。

文化鍋という、埼玉の有名なアルミメーカーです。性能がものすごくいいんですが、このときに一番意識したのは対流です。「対流をどうやって形にしようかな」ということなんですけれども。

(スライドを指して)これはわかりますか? 木下大サーカスって、もうないのかな。子どもの頃に行って衝撃を受けたんですが、なにに衝撃を受けたかと言うと、これです。球体の中をバイクが2台、延々とぶつからないで走るんですね。対流という部分を考えたときに、やはりこのイメージが強かったです。

この鍋を円筒から考えるか、球体から考えるか、これはまったくアプローチが違うんです。ただ実際に火にかけたりするうえで、球体というのは難しい。もう少しなにかないかなと思考を進めたときに、棗(なつめ)というお茶の道具があります。これがすごく綺麗なんです。密閉性がすごく高い。

「これって日本の形じゃないかな」と思って、これと先ほどの球体を連結させて、こういう形状ができました。実際に今、コンペチタ―でものすごく売れている鍋との比較なんですけれども、これを見るとこっちのほうは3分でもう完全に温まっています。

それから、これは冷めにくさなのですけれども、この赤いほうが僕がデザインしたほうで、冷めにくいんですね。だから温めやすくて冷めにくいという、本当に理想的な数値が出たんです。これはやはり対流という、本当に客観的な、抽象的なイメージ、球体のイメージからきた形が力を持っている、といういうことではないのかと再解釈をしています。

これは1人用の鍋なんですけれども、「これでパエリアを炊いたらめちゃくちゃおいしかった」ということらしいです。

まだ試作が5個ぐらいしかありません。「年末に発売するよ」と社長は言っていたんですけれども、またちょっと思い出したので、催促してみようかなと思います。

これでパエリア、松茸ご飯、食べたいですよね。まあ、この球体と円筒の機能差は果てしなく大きいという話です。

デザイナーにとって「当たり前」と思うことは危険

考え方の話ということで、どうやってワークするか。僕は、デザインはやはり共同作業ではないと思うんです。アートディレクターのような人がいて、共同作業をすることはあると思うんですけれども。

基本的には映画監督などと同じで、映画監督はやはり1人だから、めちゃくちゃ悩むわけです。個人の思いというのが一番大事かなと思います。自分の実体験があって、読んだ本や観た映画、それから縄文式土器じゃないですが、日本人だったら日本人のDNAが絶対あるんですよね。

自分が生まれる前からある世界、その記憶というものは絶対にある。そこをうまくブレンドさせて表現していく。日本人ということだけで、もう今、アドバンテージだと思うんです。だから本当にこれから日本のデザインは、もっと世界が注目してくると思うので、これからデザインをがんばろうかなという人はすごくチャンスがきていると思います。

跳躍力を伸ばすにはどうしたらいいかということで、「当たり前」を破壊するのが手っ取り早い。一番手っ取り早い方法はなにかというと、旅に出るんです。旅に出たと言っても昔の話ですが、とりあえずバックパッカーをやっていて、57、58ヶ国かな、周りました。

そこで、おもしろいのは、例えばチベットのほうにいる部族の民族衣装が、南米の民族衣装とそっくりだったりすることがあるんです。

インディオという、インドの人たちがいるんですけれども、このあたりの人もインディオと呼ばれている。そこにはいろいろな、アメリカと大陸の関係などがあるんですが。

あとは縄文式土器、先ほどお見せしたんですけれども、エクアドルにも縄文式土器とまったく同じ形のものが存在しているんです。

なにかそういう、場所が離れても同じものがあったり、逆に地下鉄のつり革は、今はほとんど輪っかが主流ですが、大学生でロンドンに行ったときは、ものを握るタイプつり革だったんですね。「あ、これでもいいんじゃない?」「これがロンドンの地下鉄では普通なんだな」と。

それを感じたときに、やはり固定概念として「なんでも当たり前だと思っていることはすごく危険だな」「とくにデザイナーにとっては危険だな」と思いました。細かい場所の話もたくさんあって、とても1時間では話せないんですが、写真だけ送っていきますね。

世界を周った経験が記憶の引き出しにある

これはアメリカ、これはアマゾンですね。これは吹き矢でけっこう長いんですが、(首からぶら下げている容器を指して)ここに毒ガエルの毒が入っています。これは綿で、ここに竹みたいなものがあります。綿に毒ガエルの毒を付けて、吹き矢でバシッと。なにを仕留めるのかと言うと、お猿さんなんですね。

お猿さんが獲れると、晩御飯はお猿さんなんです。獲れないとピラニアなんです。あとはバナナ。バナナかピラニアか、お猿さん、この3種類の選択肢しかない。ここに1週間ぐらいいたんですが、すごく楽しかったです。吹き矢をもらったんですが、飛行場で没収されました(笑)。

(会場笑)

「What’s that!?」と言われて、「ブローガン」と答えたら……ブローガンって言わなければよかったですね。杖とか言えばよかった。失敗しました。

これはマリ、西アフリカなんですが、このあたりはスターウォーズなどのヒントというか、ロケ地になっています。この話をするとまた長くなるな……。

2メートルぐらいの蟻塚がいっぱいあるんです。(スライドを指して)これが蟻塚ですね。要は砂漠なので、風がすごくビュービューと吹いて、だから地面の中に蟻の巣を作っても無理なんです。蟻がこの砂と自分の唾液を混ぜ合わせるとコンクリート状になって、こうやって3メートル近い塔のように建っている。本当にもうシュールな世界で、カチカチなんですね。

これは、モスクです。「ジェンネの大モスク」といってすごく有名なんですが、日本からここまで行くのに3日かかります。宮殿を1回破壊して、もう1回再構築させたのが、このモスクです。中は非常に涼しくて快適です。気温が55度とか、もう本当にあり得ない温度になるんですが、(モスクの中は)本当に快適です。

これはニューギニアの部族です。話すとすごく長くなるのでやめておきますね。

とにかく、僕の記憶の引き出しの中に、バックパッカーをやっていたときの記憶、情報量が非常に多いです。ここ10年ぐらいで、立場的なところもあって、あまりむちゃくちゃな旅行はできなくなったんですけれども。

当時、本当にむちゃくちゃな「よく生きてたな」ということがたくさんあったんですが、それもまた別の機会に話します。

今の時代は、五感が視覚と聴覚に限定されている

そして、星座的な結びつきですね。こういうイマジネーションというか、跳躍力。これを縦に1個ずつ繋いでいってもつまらないですよね? だから、どう思考が跳ぶかというところ。

これは先ほど、イントロで少し出てきたフライパンなんですけれども、ここ2~3年ぐらい、東京大学の工学部とお仕事をご一緒させてもらっています。

思考の話ですね。どうやって考え方を進めていくか。そのときに形の必然性や、どうやってそこへ導いていくか、といったところで、いろいろと共同で作品を作っています。これはまだプロトタイプですが。

(動画が流れる)

フライパンの蓋に、IoTの情報を受けて、タイマーであったり、中の温度を測ったりという部分を含んでいます。密閉性であるとか、このハンドルの部分は重量をできるだけ軽くして、トポロジーなんですけれども、女性でも振りやすく、熱をいかに軽く簡単に逃がすかという話で作りました。

最近、講演のときに必ず出てくる絵がこれで、もう何人かの人は見飽きてしまったかもしれないですが、はじめての人もいると思うので。五感なんですが、(目と耳の写真を指して)今の時代は、ここだけなんですよね。インターネット、スマホの世界。

もともと山火事だったり、猛獣だったり、危険なものを避けるために、見たり、聞いたりというものがある。それで、安全だと思うと、触るんですね。そして、においを嗅いで、最終的には食べる。食べる前に口の上に鼻がついていて、腐っているものかどうかを確認している。この距離感ですよね。危険なものと、最終的には食べてしまう。こういうベクトルがあります。

ただ、この柔らかさやにおい、味覚はものすごく大事な感覚なんです。「こっちでもっとデザインしたらいいんじゃないの?」といつも考えているんですけれども。

個人的な五感をもとにデザインしたグラス

そこで、つくったものがグラスです。

(動画が流れる)

月桂冠からは1銭ももらってないですんですけど、あとぜんぜんデザインは京都とも関連性はないのですが、いいイメージ効果になっていると思われます。

ここ2年、3年ぐらいですかね。デザインしたものがコマーシャルなどで使われる率が非常に高くなってきているんですが、自分で「なんでだろうな?」と考えたときに、あまり悩んでない形なんですね。ただもう「これだ!」というふうに。

すごく抽象的な話ですが、遠くにジャンプして「あ、ここだな」というのがわかる瞬間があって、それで進めていくと、卓球台もそうですが、いろいろな辻褄がピタッと合ってくるんです。だから、決して積み重ねではなくて、一気に跳ぶ。それは、自分しりとりというか、自分の経験値でしかないです。

グラスもおかげさまでという感じで、今の月桂冠(のCM)に使われていたのがこれですね。やはりこれが一番売れています。同じお酒を違うグラスで飲んでみると、本当に味が変わるのでびっくりされると思います。

このグラスの話も何回かしているので、あれですけれども、ボーンと上にあがるカーブということで、なんか感覚的な話ばかりしていますけど、一応僕も工学部の出なので、こういうものも得意な世界ではあります。

これも最近、種明かしをするようになったんですが、ちょうど同じ時期に東京大学でジェットドライヤーというものをデザインしていたんですね。これにも、ジェット気流の構造的なカーブがありまして、これはワイヤレスのドライヤーですけれども、空気がバーンといくんです。

まだプロトタイプですが、こういうドライヤーをデザインしていて、このカーブのイメージが頭に入っていたんですね。それで、そのときに「グラスのデザインをしてくれ」という依頼があって、とりあえず、ここから何の迷いもなくスタートしました。そしたら、香りが鼻にボーンとくる形が突然できた。ということで、あとはディテールの調整です。

それで、これはAFINIAという3Dプリンターで、すごいデザインですよね。これは紙クリップで留めるんです。ただ、1ミリ厚ぐらいのこういう綺麗な造形物ができるので、このAFINIAだけで、今4台目くらいなんです。同じ機種をずっと使っています。

先ほどのすべり台のデザインで、手のひらに乗せているものも、実はこのAFINIAで造形して、「なんのオブジェ?」という感じですよね。この、まったく機械的な雰囲気の道具からいろいろなものを作っています。

この話も、あちこちでしているのであれですが、グラスを1個ずつ3Dプリンターで作って、それで飲んでいたんですね。「今日はじゃあ、大吟醸いくか」という感じで、ひたすら作っては飲んで、作っては飲んで。カーブが変わるとやはり「こんな香りがするのか」という発見がありました。

だからこの「es(エス)」というグラスはすごく売れているんですけれども、ほとんど僕の個人的な五感で作ったデザインに過ぎません。ただ、この仕事をして、利き日本酒、日本酒のプロのようなすごい方たちと食事をする機会がすごく増えたんですけれども、「これをデザインした人間は絶対に呑兵衛だ、間違いない」とはっきり言われました。

僕のほうは、この仕事をしてから、ぜんぜんお酒に酔えなくなってしまって、「いいのか悪いのか」「肝臓を犠牲にしているのか」と、「最近マラソンのタイムが上がらないのは、この仕事のせいなんじゃないか」と思っています(笑)。

造形に対するマインドの強さと理解力

それからもう1つ。今日は「1時間という枠でどこまで話せるかな」と思っていたんですが、この後も素晴らしいプレゼンテーターの方がいらっしゃって、僕が遅れるわけにはいかないので。あと8分ぐらい、一応時間ジャストか、そのくらいで終わらせようと思っています。

メタファー、これもすごく大事です。カトラリーなんですけれども、すごく人気があるんです。とくにヨーロッパですね。アンダンテ(アン・ヴォルフ アンダンテ展)というドイツの展示会に、毎年出しているんですが、とくにこのゴールドのタイプ。これが置いてあると、遠くからだいたいイタリア人やフランス人が寄ってくるんです。

すごく遠くから、ここを目指して突っ込んでくる。食い入るように見て、「Congratulations!」と言ってくれる。日本の展示会だと、まずないことが起きるんですね。

「なんなんだろう?」と考えたときに、やはり先ほど話した、デザインのMUSTとWANTの関係ではないかと思うんです。基本的にこれはただのカトラリーで、機能も同じですよね。値段も、展示会に来る人だから、わからないのに近寄ってくる。そうするとやはり、この物体、このラインがなにかを発しているんですよね。

やはり、デザインするときにそこを一番気を付けながらやらないといけないのではないかと思います。そこをどのようにして発信させる力を持たせるか。最初にこれをデザインしたときは、光沢があったんです。実は光沢だと、売り場に行くと、反射がすご過ぎてアウトラインが少し見えなくなる。そういう背景がありました。

ところが、これを艶消しにしただけでアウトラインがくっきり出てきたんですね。この形自体は、ヴィーナスラインという、「ミロのヴィーナス」をモチーフにしています。腰のくびれ感というか、そこはやはり世界共通で伝わるんですね。だからそれはメタファーの力なのかなと思っています。

ヴィーナス像は、昔Illustratorのパッケージにもありましたが、腰のひねり的なみんなに共通したモチーフ、それがもう国を問わず、世界中に存在している。やはり、それは基本的に美しいからだと思うんですよね。男性、女性を問わずに、なにかそこに惹きつけるもの、引力のようなものがある。それを形に応用してみたら、やはりそれが伝わったなという感じです。

だから形は、デザインのプレゼンの授業でもたまに言うんですけれども、最終的にはやはりモノ勝負なので、モノ自体が何も言わないでそこに置いてあって、それがどう語るか。自分が横に立ってプレゼンをして通る、通らないではなくて、黙ってモノだけ見て判断してもらう。ある意味、封印と解凍というんですかね。そういう世界です。

だから形を考えるときは、いろいろな言葉がボンッと出てきて、それをいろいろ文章でも考えて、でも最終的には、その文章を全部消す、ショートさせてしまう。でも、それを見た人に、その文章や言葉が全部、電子レンジで解凍されるかのように、バーッとモノから伝わっていく。そういう世界じゃないかなと思います。

逆にそういうデザインをしていかないと「もうデザインはいらないよ」という時代になってしまうのではないかという危機感もあります。

日本の車などは、例えばマツダが最近すごいですよね。ここ4、5年のマツダは四輪がものすごくて。やはり造形で勝負をしてきているなという兆候が3、4年前からありました。だから非常に人気も高いし、会社としても元気もいい。

だから、もう1度この造形に対するマインドの強さと理解力というのが、今さらに求められているという気がすごくしています。

いろいろなデザインがあっていい、それで自分がどう思うか、そういうところ。「いろいろな違う形、いろいろな違う考え方があって、それでいいんじゃないかな」と思います。ただ、MUSTだけのデザインというのは、やはり「魅力がないんじゃないかな」という感じです。

少し繰り返しですけれども、形というのは力を持っている。心地よい波動と、そうでない波動があります。100円ショップのものだけで生活することも、もちろん可能だけれども、やはり「自分はこのペンが好き」だとか、「このノートで書きたい」だとか、「靴下はこれがいい」だとか、そういうこだわりを持ってモノと接していくということが、実は毎日の密度を上げていくことに繋がるのではないか、という感じです。

少し急いだんですけれども、だいたいこういう感じかな。そしたら、この後にも(登壇者が)たくさんいらっしゃると思うので、この場を終わりにしたいと思います。ありがとうございました。

(会場拍手)