人間はすごくいいものは守ろうとする

澄川伸一氏(以下、澄川):みなさん、こんにちは。よろしくお願いします。カレンダーを見ていたら、もうあと40日で今年は終わっちゃうんですよね。「やばいな」と思いながら今日の資料を作っていました。

講演がこの1年で増えてきているんですけど、だんだんデザインの話ではなく、人生論みたいになっているんですね。「まあ、それもいいかな」という感じで、今日も少しその考え方の話をメインにしていきます。

それではいきたいと思います。最初に、自己紹介の代わりに3分ぐらいのムービーで、自分の作品をまとめています。

(動画が流れる)

いくつかキーワードが入ってきているんですけれども(「『曲線』は『音楽』である」「『デザイン』とは『美しい解』」など)、こういうヒントやキーワードをいつも頭の片隅に置きながら仕事をしていきます。

3分の動画で、このような感じなんですけれども、とにかくソニーを出てからいろいろなものをデザインしたくて、29歳のときに会社を辞めて、あっという間に4半世紀経ってしまって、ものすごい数をデザインしています。デザインしている数もますます増えているんですね。

20人ぐらいの事務所だと思われているんですけれども、3Dプリンターなど、そういう小道具はありますが、実は1人でCADでやっています。

今日は、その仕事の秘密みたいなところに触れたいと思っているんですけども、「モノは波動を持っている」と最近本当に感じるんです。だから100円ショップのものと、そうでないものとの差は、実はものすごく大きいです。

例えば、これは1万2,000年前の火焔型の縄文土器ですけれども、1万2,000年前の日本人がこれをデザインして、それが現在も博物館に残っている。これ、実はすごいことだと思うんです。やはりすごくいいものって、人間は守ろうと思うんですね。だからそこの部分には、何かあるなと感じます。

今、国宝ブームの真っ盛りですけれども、曜変天目茶碗、世界で3個しかなく、しかも作り方がいまだに謎であると。それで、4個目の曜変天目があるとか、ないとか、本当に小説が書けそうなぐらい魅力的なお椀です。死ぬ前にこれで、ウニ、イクラ丼かなにか食べられたら最高ですよね(笑)。

(会場笑)

まあ、無理かな。

真っ白くて特徴がないデザインが増えすぎてしまった

「記憶」に残る形、それから「もう一度見たい」と思う形、「所有願望」があるか否か、このあたりは、そのモノの波動に大きく影響する要素です。

これは1961年のアメリカの雑誌「PLAYBOY」です。こういう記事があるんです。イームズが居たり、ジョージ・ネルソンが居たり、すごいメンバーです。みんなダンディでかっこいいですよね。そして自分がデザインした椅子に座っている。非常に素敵ですね。みんなデザインの形やアプローチがまったく違う。非常に豊かな形の時代だったと思います。

いろいろなデザインがあっていいんですけれど、今のデザインは真っ白くて形に特徴がなかったり、そういうものが妙に増えすぎてしまったのではないかと思います。学生も、真っ白い箱を作ってきて、「これが実はオーディオです」というプレゼンがあったりするんですけれど、そういうのは僕は却下なんです。「もうちょっと考えてよ」という感じです。

人と違っていい、そこになにか形の彩りという世界が増える。これは、自分がどう感じるかなんです。例えば、青山ですごく人気のショップに、人気の椅子がある。なぜ人気かというと、雑誌でよく取り上げられているから、よくテレビにも出るから、誰々さんも座っているから、芸能人が使っているから。

それは、モノの本質のよさとはまったく関係ないですよね。だから自分が、いわゆるメディアと関係なく、どう感じるかということを、やはり見直していかないといけないと思います。

これは政治的な話になってしまうので触れませんが、つまらない世界ですよね。

デザインにおける「MUST領域」と「WANT領域」

今日話したい一番大事なひと言が、「思考」の「跳躍力」。なにかもう、アスリート論のようになってしまうんですけれど、「MUST領域」というのがあります。いわゆる学校で習うデザインがこのあたりですよね。コスト、生産性、耐久性、使いやすいか。これはもう絶対のMUST条件、これを満たせないと製品としては失格です。

ただ、これだけではモノとしての魅力がない。そこで「WANT領域」という上の部分で、大事にしたい、楽しい、心地よい、好感が持てる。この部分はなかなか数値で表せないんですね。

例えばAmazonでなにかを買うときに、星の数が多いと、使いやすかったり、丈夫だったり。逆に星が少ないものは、壊れやすいものが多かったり。でもインターネットで、現物を確認しないでなにか物を買って消費している、ある意味「ちょっとまずいな」という時代です。

例えば、大事にしたいとか、好ましいとか、そういうWANT領域の部分に到達するためには、まじめな思考では無理なんですね。1から積み上げていくような考え方、これだと絶対こっち(WANT領域)に到達できません。

このロジカルなアプローチというのが、非常に厄介なところで、これをどう「破壊」するか。それは思考のジャンプ力です。ほとんどもうイメージの世界ですけれども、いわゆる星空があって、それを結んで星座にするような、そういう世界です。このなかで夏の大三角形とか、さらにいろいろな大きい星座が出てくる。そういう結び付ける跳躍力のようなものが、僕の場合はものすごく大事なヒントになっています。

これは割り箸の作品です。もうだいぶ前なのですけれども、「割り箸はどんどん捨てるからもったいないので、これをなにか再利用させる方法はないでしょうか」というお題でデザインしたものです。フジテレビの番組で作ったものなのですけれども、これを見て、もうわかりますよね。

割り箸を使った後に水で溶けるような糊で、トマトなりナスなり、種が入っています。実際、これはイメージなので、トマトではないのですが、でも少し詩の世界のような感じで「PLANT STICKS」と、植えるとそこからトマトになるというアイデアです。

これは「割り箸を捨てる」「地面に突き刺す行為」「植えた種の名前」というキーワードの中で、この突き刺すという動詞によって、跳躍して、それでアイデアが出たという感じです。そのジャンプ力ですね。

卓球台は「思考のスタートライン」を下げることで生まれた

卓球台の話はもういい加減あまりしたくないのですけれど、やはり避けられない感じもあります。実は先週、ポール・スミスの広告でまた使われました。もうオリンピックから1年と3ヶ月ぐらい経っているんですけれども、実はいまだにこの卓球台が使われています。

これもガッキーの映画(注:新垣結衣・瑛太主演の映画『ミックス。』)で、1人おじさんが観に行きましたけれども、けっこうおもしろかったです(笑)。ぜひ観てください。わりと最後の重要なシーンで、この台が出てくるんです。なんとなくうれしかったですね。

これはユニオンフラッグの台なんですが、普通に選手が練習をするときに「コースがわかっていい」というコメントをもらいました。なんかかっこいいですよね、ユニオンジャック卓球台。こういった感じで、すごくしぶといデザインになって、忘れたころにまた、この形が出てきています。

一番大事なことは、「思考のスタートラインを下げる」。それが有利なのか不利なのかということなんですが、スタートラインを下げたら不利に決まっていますよね。でも、「4本足である」という前提でデザインを進めるのと、「4本足とは限らない」「テーブルさえあればいい」というのでは、この差はとてつもなく大きいんですね。

これがデザインになっていくのですけれども、問題はけっこう大きいもので、思考のスタートラインを下げるけれど、ゴールには誰よりも早く到達させなければいけない、つまり、距離が長いんです。距離が長かったらどうするかというと、もう早く走るしかない。やはりスピードですね。ワークのスピードがどんどん加速してきています。

4本足は当たり前のように思っていますけど……ダサいですよね。(スライドを見て)これはどこのメーカーだろう?

この足という概念を2枚の板として、もちろん接しているところは4ヶ所なんですけれども、そういう概念で進めていったら、新しいものができた。それから、この足の部分だけですが、天童木工で作るというときに、「柳宗理さんのバタフライスツールをリスペクトした形というのはあるんじゃないかな」ということで、アイデアもどんどん固まっていくというか。

仕事っていろいろなところからスタートして、1点に集まっていくんです。それはすごくおもしろいなと思います。

CADを使った放物線のラインが響いた

これは、チラッと書いたらすごく一般ウケしてしまって、「支」から考えたというのは本当なんですが、僕としてはそれほど大きいことではないなと。むしろこちらです。(スライドに「放物線」の文字が表示される)今日もCADの話、みなさんCADを使ったデザイナーの方が多いと思うんですけれども、いきなり専門的な話になりますが、やはり関数を使う、関数カーブですよね。

球技を表現するときになにが一番いいかと考えたときに、放物線なんですね。ボールを投げた、このカーブ。このカーブが向かい合わせになると「球技」かなと、それが結びついたときが、「デザインができた」という瞬間です。

やはりここ(足を横から見たときのくぼみの部分)は絶対に楕円ではだめなんです。綺麗な感じにいかない。なにかこう躍動感、筋肉のバネだったり、跳躍だったり、そういったものが放物線のラインじゃないと出ないんですね。これはやはりCADがないと絶対にできない、そういう世界です。

オリンピックで選手も活躍したので、わりとテレビで露出するタイミングが増えました。ただ僕としては「さりげなく終わっていくのかな」と思ったら、なんとなく形に興味を持ってくれる人がいて、今はありがたいことにみんな検索をして調べるんですよね。そうすると「あ、これ日本の台なんだ」と。

いろいろなところを辿ってきて、僕のところにたどり着くのですけれども、おもしろいのは「これパクリだぜ」というのが出なかったんですね。1回もない。もちろんパクッてないですし。その前に少し、五輪のロゴについていろいろありましたよね、「これパクリだぜ」みたいな。だから逆にそういうところが、パクッてきた人にとってはつらい時代がきているのではないかと思います。

そういった残像というか、「もう1回見たい」という気持ちがあったから、卓球台がこれだけ長く日を浴びているというところがあります。

ほかの仕事へ繋がったダンベルのデザイン

それからもう1つ、ダンベルなんですけれども、これも発想としては、「ダンベルは右と左が同じ形だ」という固定概念がある。でも実は、「目をつむってトレーニングしたときに重さが同じに感じられれば、それでいい」ということがあります。

これも先ほどと同じです。「重さが同じであればいい」と、スタートラインを下げる。そうすると、ここで出たアイデアというのは、やはりすごくオリジナリティが高いアイデアになります。

これはやはりドイツで評価されて、いろいろな美術館でも売っていたりするんですけれども、実はドイツは卓球王国なんですね。意外なんですけれども、体の大きいドイツ人は、卓球の人口が非常に多い。それで、ドイツのスポーツの展示会のときにこのダンベルを展示していたんですね。

それを見た卓球の三英の社長さんがコンタクトを取りたいということで、いきなり国際電話がかかってきて「卓球台をやりませんか?」と言われたのがきっかけです。だから、これをデザインしたのが2011年ぐらいですけれども、非常に、いろいろな意味で仕事を引っ張ってきてくれる、僕の作品となっています。

それで、仕事が繋がっていくという話をしたいんですけれども、これをデザインしたときに、やはりダンベルだと思われないんです。トロフィーだと思われて「かっこいいトロフィーですね」と散々言われて、「いやダンベルなんです」と。そうすると不思議なことに、トロフィーの仕事がたくさんきたんです。

(会場笑)

もう3年のブランクがあるんですけれど、「トロフィーをデザインする人」だと思われていたらしくて、これはロイヤリティで契約しているんですが、まとまって300本とか、そういう発注がくるんですね。だから本当にいいお小遣いになるんですけど。