試行錯誤を続け、喜んでくれるファンが増加

井手直行氏(以下、井手):そうは言っても、だんだん、なにに怒ってるかがわかってきたんです。テイストについてはちょっと申し訳ないんですけど、変えようと思ってないんです、と。

だけど、たしかに生意気なところがあったんです。天狗になってるとかね。うれしかったから、ちょっと少し盛り上がって書いちゃったりとか。

そこは確かに、年配の方に対しては失礼だったと。「お前、ちょっと調子乗ってんじゃないか?」というのはたしかにわかって、その1個1個、なにが問題かっていうのを分析していって。

ぷしゅ よなよなエールがお世話になります

例えば、本にも書いたような気がするんですけど、あるメルマガで「能ある鷹は爪を隠す」と言うじゃないですか。あれをもじって、「脳ある豚は爪を隠さない」とか、要は「俺はなんかできるんだぞ」みたいなのをシャレでメルマガに入れたんですよ。

細かい内容は覚えてないんですけど。「俺はなんかけっこうイケてるんだぞ」みたいなのを冗談で書いたら、「調子に乗ってんじゃないわよ」みたいなお叱りが何件か来て。

そういうのはたしかに行き過ぎたなと思って。そういうところを1個1個変えていったら、おもしろいことにクレームがだんだんなくなってきたんですよね。

あんまりタッチは変えずに、お客さんは本当に日本人の独特の文化で、あんまり自慢するのもよくないし。謙虚さも大事で、人のことをバカにしない、人のことを批判しないとか。

そんなことを1個1個心がけていたら、だんだん批判票が減っていって、喜んでくれるファンが増えていったんです。

「ショッピング イズ エンターテインメント」

三浦崇典氏(以下、三浦):それに伴い売り上げも上がってくるってことなんですか?

井手:上がったんですけど、それほどすべてが順調なわけではなくて。例えば、昔インターネットの楽天市場では、よなよなエールしか売ってなかったんですよ(笑)。インターネットの法則っていうのは、商品・アイテムの数に比例すると言われてるんです。

1万点あったら1万点の売り上げがあるという。1個しかないんですよ(笑)。メルマガ書くネタもないし、ページにいつアクセスしてもこの商品しかない。やることなくって。

山本海鈴氏(以下、山本):ははは(笑)。

井手:そこで楽天さんが、「ショッピング イズ エンターテインメント!!」といつも言うんです。ショッピングはエンターテインメント性が大事だと。

それをまたバカだから鵜呑みにして、「そうだ、エンターテインメントなんだ!」と言って、今はふつうにやってるんですけど、売り上げにまったくつながらないくだらない企画をいっぱいやりだしたんです。まったく売上には関係ないページを作って、お客さんを喜ばせるようなことを。

ストーリー仕立ての“売らない”企画

三浦:楽天市場のなかで?

井手:楽天市場のページで。寸劇みたいなのをやって。ある軽井沢のボランティアイベントに行ったとき、僕らは木を植えるボランティアのイベントに行ったんだけど、実はもう1人のボランティア団体がいて、よなよなエール1号2号が後ろからついて来たと。

僕らが一生懸命スコップ持って木を植えにボランティア活動に行ったら、実はよなよなエール1号と2号も僕らの後ろから歩いてついて来たっていって、そこの写真を道路にこう置いて、パシパシッ。

僕らが木を植えてたら、よなよなエールも一生懸命木を植えたとか言って、割り箸かなんかをこんな感じでこうやって。

(会場笑)

井手:そうしてたら「キャー! 助けて!」とか言って、よなよなエール1号が崖から落ちていって、よなよなエール2号が「ファイトー、イッパーツ!」とか言って、割り箸で助けてる感じでね。

山本:カワイイ!(笑)。

井手:そしたら1号が「ありがとう2号、助かったよ」みたいな。最後に豚汁が振る舞われて、その豚汁を僕らが食べてるのを写真に撮るんですけど、もう1つのボランティア団体のよなよなエールくんも、豚汁のところで「豚汁おいしいね」とか言って食べてる。

(会場笑)

井手:そんなくだらないページを作ってたら、お客さんが「おもしろい」とかまたいっぱいコメントくれたり。「よなよなエールも木を植えるんですね」「よなよなエールの1号2号がいるとは知りませんでした」とか。

いろいろお客さんも付き合ってくれて、そうすると今までなんの代わり映えもない商品ページ1枚しかなかったんですけど、そのボランティアページの寸劇ができて。

参加型企画で顧客と交流

これで味をしめて、例えば「よなよなエールのおもしろい写真を送ってください」と言って、「よなよなエール写真展」という企画をして。

三浦:おもしろい!

井手:お客さんから「よなよなエールにまつわるおもしろい写真をください」なんていうのを1個1個ページでやっていくと、定期的にページ訪れたりとかね。

すると、「久しぶりによなよなエール飲んでみようかな。おもしろいから」となって、ページを訪れる頻度も多くなるし、お客様と僕らがコミュニケーションをとる機会もだんだん増えていって。

1アイテムしかないから、インターネット担当の僕がやることないので(笑)、そういうのをやっていって。そしたら楽天の担当者も「すごいですね」と言いながらも、「井手さん、これはこれですごいんですけどね、もうちょっと売上になるような……」。

(会場笑)

井手:「10倍ポイントセールみたいに売り上げにつながる企画もたまにやりましょうよ」とか言って。

ファンの方々が、僕らのことをすごく好きになっていく1つの階段を昇っていくみたいに、結果的になんとかなっていったなぁと。

山本:すごい。1個しかない商品を、そのときはそれだけいろんな切り口で、お客さんを楽しませようと。

井手:そうなんです。だけど、戦略性とか「これで売れる」という発想がないわけです。そういう遊びのページを作ったのもほかにやることがないから(笑)。

だから、すごく消極的な理由なんです。結果お客さんに好評で、ウケていって。それが最近はだんだん発展していって、いろんな賞を取ると僕が仮装して、楽天のページとかFacebookに上げて、それでまたお客さんが喜んでくれて。「こんなおもしろい仮装するのは、よなよなさんぐらいだ」と。

そうやってだんだん広がっていったんです。

アメリカ限定ビールにも挑戦

山本:今は何種類のビールがあるんですか?

井手:正確には、はっきり覚えてないですね。しょっちゅう限定ものとかもあって、たぶん15種類以上は造ってる。ちょっとうちの規模だと造りすぎてると思うんですけどね(笑)。

山本:この前、アメリカで新しいビールを造られてましたね。

井手:そうなんです。アメリカ限定ビールを2つ造って。

山本:かつお節と柚子。

井手:そうなんですよ。(テレビ東京の)『ガイアの夜明け』で特集があったんですけど。

山本:あの歌舞伎の絵。私、すごい気になったんですけど、これ(よなよなエール)は最初からこのパッケージデザインで?

井手:はい。

山本:スーパーとかに並んでるのを見て、すごいカワイイなって。

井手:ありがとうございます。

山本:手に取ってみたくなるような、これ(「水曜日のネコ」)も「なにこれカワイイ!」となって。

井手:まさに(女性が)ターゲットですもん、これ。

個性的なパッケージはどう生まれた?

山本:こういうパッケージデザインをどういうふうに考えてらっしゃるのかぜひおうかがいしたくて。

井手:「よなよなエール」と「東京ブラック」までは、星野(佳路氏)が主導で作ったんですね。星野のマーケティングとデザインの感性で、彼が主導して作ったんです。

僕は星野の弟子みたいなもんで、一緒にやっていくんですけど、僕が提案するのはことごとく却下されて。

19年前、ケチョンケチョンに言われてたんですけど、今はけっこう評価高いんです。星野がいいっていう要素を自分なりに吸収していって、その間に、彼は完全に忙しくなってノータッチになっていく。

次にこれ(「インドの青鬼」)を作った時は、僕がほぼ1人でネーミングとかデザイン案とかコンセプトを決めて。

実際に社内でぜーんぶネーミングもデザインもパッケージのデザインも鬼を使ってというのを決めるんですけど、最後それをかたちにしてもらうところだけ、外部のデザイナーの方にずっとお願いしてるんです。

1年以上改良を重ねた「インドの青鬼」

これは中身のビールは決まってたんですけど、星野にネーミングとデザインで却下され続けて1年間発売ができなかったです。

三浦:えーっ!

山本:「変えろ」と?

井手:今はローソンに並んでるんですけど、8年前に造ったときは、これ裏にも書いてるんですけど「“魔の味”を知ってしまった、熱狂的ビールファンの為のビールに他なりません」という。

8年前は地ビールがまだ廃れているときで、こんな苦いビールなんてマニアしか飲まなかったんですよ。だけど、僕らは個性豊かなビールを造っていかないとダメだと思ったので、まだあんまり売れてなかったときに、よなよなエールの次には黒ビールがあって、もっと個性的なビールを造って、売れなくてもいいからこれに僕らの存在意義があって、ちょうど楽天市場で少し売れるようになってきたから、楽天市場だけで売れればいいと思ったの。

造ってみたら、8年経って今、ローソンにふつうに並んでますからね(笑)。こんな苦いビールが。

星野に持って行ったときのネーミングは「にがにがエール」とか「にがうまエール」とかだったんです。

よなよなエールが花札をモチーフに、東京ブラックが浮世絵のお相撲さんをモチーフにしていたんですけど、浮世絵の役者さんが「にがー!」と言ってる絵を見て「これだ!」と思って。

その表情(のパッケージデザイン)で「にがにがエール」とか「にがうまエール」とかって持っていったら、「話にならん」と言われて。

(会場笑)

井手:「苦いビールを苦いって言って、なにがおもしろいんだ?」とか言われて。「ぜんぜん芸がないね」というのを1年間繰り返して、できあがった。

山本:改良を重ねて。

井手:改良を重ねて(笑)。何十回とダメ出しされて。負けじと1年間ぐらい通いつめて。

そのあとはだんだん大きくなっていって、その次にちょっと間が空いて、これ(水曜日のネコ)を3年前ぐらい前に造ってたんですけど、こっからはもう会社が成長してきたんで、僕1人で造っちゃダメだなって思って僕を中心にプロジェクトチームを作って、社内で毎回募集して、5~6人ぐらいでみんなで議論して決めて。以降は全部そうやっています。

都会で働く女性が標的「水曜日のネコ」

三浦:これ(水曜日のネコ)、すごい女性的かなと。

井手:これは30代前後ぐらいの都会で働くビジネスウーマン、まさにみなさんみたいな女性をターゲットにしたんです。

なんせ女性はあまりビールを飲まないと言われていたので、そういう女性にビールを飲んでもらうにはという切り口でいろいろ考えて、このビールを造った。

山本:このパッケージデザインもすごいかわいくて。「イラストはこういうので」というのも全部プロジェクトチームで決めて?

井手:そうです。「ネコにしよう」と。だけど、今みたいに「僕らは突き抜けた個性を」という文化が浸透していない、まだ混乱期から抜け出すぐらいのときにこういう企画をしたもんだから、みんな不安なわけですよね。

当然そういうことをやったことがない。うちのスタッフ、いかちゃん(飯田氏)もこのメンバーだったよね。

飯田氏:は~い。

井手:うちのスタッフなんですけど、いかちゃんは入ったばっかりの頃で。いろんな意見が出るわけですよね。「ネコをモチーフにしたら、犬好きが買わないんじゃないですか?」とか。

(会場笑)

井手:それはごもっとも! 「そこで顧客半分に減りますよね」って(笑)。

山本:確かに(笑)。

井手:あと、僕らのアンケート調査で、週の真ん中ぐらいにふうっと仕事の息抜きして「よし、頑張ろう!」っていう人が女性でいると聞いて、うちのスタッフも「そうそう、そんな気持ちわかるよね」と言ったから、「これ『水曜日』とつけるといいよね」と。そうすると、「ビールは金曜日に飲むんじゃないですか?」と。

「金曜日の層が買いませんよ」みたいな。おっしゃるとおり!

(会場笑)

井手:「でもね」と。「でもそこはふつうじゃダメなんだ」と。

犬好きには、ごめんなさい。金曜日に飲む人にも、ごめんなさい。だけど、僕らなりにその女性のターゲットの方のインタビューとかしてると、やっぱりネコ好きの方がけっこういて。しかもかわいいネコも好きだけど、こうツンとしたネコがビジネスリーダーの方は好きだっていう意見もあって。

山本:あ~、だから!

井手:いろいろ僕らなりにそのターゲットの方の眠っているニーズを汲み取って、こういうのをやったら女性も買うんじゃないかなと思ったら、大爆発しまして。

見事にそのターゲットの女性に興味を持っていただいただけじゃなくって、幅広い女性の方と、若い男性を中心にすごく買われるようになって。

営業をやめてインターネットに特化

三浦:なるほど。少し話が戻るんですけど、楽天でメールがいい感じになってきたというところと、そこのコンビニに並ぶまでって、けっこうラグがあるじゃないですか。ここの間はなにがあったんですか?

井手:コンビニに並ぶまでは、インターネットでしかやっぱり売れなかったんですよね。2004年から2006年。ただインターネットで売れてきたら、営業を置かなくしたんですね。

営業行っても門前払いで、嫌な思いばかりするので。しかも、大手さんみたいに、足繁く通えるほど営業の人間がいないので、もう営業置くのをやめたんです。インターネットに特化したんですよ。

インターネットだったら僕の感触でいくと、喜んでくれる人と直接対話ができるから。

三浦:なるほど。

井手:インターネットをやったら不思議なことに、営業しなかったのに、酒屋さんとかスーパーが、楽天市場で売れてるという評判を聞いて……。

僕、営業行かないのに、インターネットで売れてる地ビールがあるらしいぞっていう話をスーパーの担当者とか酒屋さんとか、問屋の担当の方が聞いて、「よなよなエールはうちに卸せますか」とか。

同時に、インターネットで僕らのビールを買ってくれたファンが、自分の行きつけのスーパーとか酒屋さんに「あの、このビール、私インターネットでたまに買ってるんだけど置いてくんない?」なんていうのを。

三浦:言ってくれてたんだ!

山本:すごい。

井手:そこから問い合わせが来て。営業もしないのに問い合わせ来るって不思議じゃないですか。だから毎回聞くんですよ。

「どういうきっかけでご連絡いただいたんですか?」「いや、うちのお客さんが『これたまに買っておいしいからぜひ置いてくれ』って言うんで、試しに置いてみようと思って」という、この2つがだんだん増えていったんです。

三浦:なるほど! 売り込むと置いてくれないですもんね。だけど、お客さんに「買うから置いて」と言われたら置きますよね。