考えられることは全部やったけれど

山本海鈴氏(以下、山本):そこからの盛り返しのきっかけというのは……。

井手直行氏(以下、井手):どうしようもなかったんです。考えられることは全部やったんですけど、なにもうまくいかないし、社員がみんな悪口言ってやめていくし、会社の雰囲気も最悪だし。お客さんからも、「もう地ビールなんて売れないよ」と言われて、なにをしたらいいかわからないと思って。

ぷしゅ よなよなエールがお世話になります

三浦崇典氏(以下、三浦):お客さんというのは、酒屋さんとかスーパーとか?

井手:そうですね。酒屋さんとかスーパーの方です。「今ごろ地ビールやっても売れないよ。せめてやるんだったら値段をあと50円ぐらい安くしないとなぁ」とかね。

三浦:あ~! よく言われる!

(会場笑)

井手:あとは「名前が悪いよなぁ」とか言って。

山本:あ~!

三浦:言われる、言われる!

売れるビールの名前は3文字!?

井手:「こんな、“なよなよ”してるビールはダメだよ」とか。

(会場笑)

井手:よく覚えているのは、「井手さん、売れるビールの名前知ってるか? 3文字なんだ!」と。「エビスだろ? ドライだろ?」とか言われるわけですよ。「横文字で3文字なんだ」とか言われて。

三浦:もっともらしいことを。

井手:「こんな、なよなよしてる名前だから」とかいろいろ言われるわけです。「こんな個性的な、こんな濃い味は飲まないんだよ。今、売れているのはもっとライトなドライなんだ。キレなんだよ。コクじゃないんだよ」と。

三浦:業界が悪くなると、わけわからない評論家がいっぱい出てきますよね。

井手:デザインも、「こんなチューハイみたいなのはもうダメだよ」みたいに、いろいろ言われたんです。

三浦:デザインはもともとこれだったんですか?

19年間変わらない「よなよなエール」

井手:19年間ずーっとまったく変えてないです。

三浦:すごいなぁ。19年間これだったんだ。

井手:基本全部変えてない。名前も変えてない。値段も変えてない。昔から税別248円なんです、19年間。どんなに原材料が高くなっても値上げはけっしてしなかった。

三浦:すごい。

井手:名前、デザイン、なにも変えてないです。味は少しずつ理想の味に近づけて、少しずつわかんないうちに改善してるんですけど、基本的な方向性は19年前からまったく同じ。この香り高い、コクがあるビール。

けど、そうやってみんな言うもんだから、もうどうしていいかわかんなくて、日頃いない星野(佳路氏)に泣きついたんです。僕はどうしていいかわかんないし、もうみんなやめていっちゃうし、みんな「このビールは売れない」と言うから、「僕、もう耐え切れないです」と。泣きながら、そういう話をしたんです。

星野氏「ダメだったら釣りをしてすごそう」

三浦:そのときの井手さんの立場としては?

井手:営業のリーダー。リーダーと言ってもそういう資格はないんですけど、営業も2~3人のなかの一番古い、創業メンバーなんで、一番先輩みたいな感じでリーダーみたいな。

「もう耐え切れないです」と涙を流しながら言ったら、彼はこう言ったんです。「まだ諦めるのは早いんじゃないか。とことんやって本当にダメだったら、この事業を畳んで湯川で釣りをして余生を2人ですごそう」と言ってくれたんです。

湯川というのは、星野リゾートに流れてる渓流なんです。僕の趣味は渓流釣りなんです。だけど本当に忙しくて、とくにビール屋は夏に売れるんで、釣りも夏なんですけど、釣りする余裕もまったくなく。星野は釣りはしないんですけど。

三浦:ははは(笑)。

井手:そういうのをちゃんとわかって、とことんまでやって本当にダメだったら事業を畳んで、もう2人で釣りでもして余生を過ごそうと。それまではとことんやってみようと言われて、「この人、こんな状況になっても諦めてないんだ」と。

覚悟を決めたら、見える景色が変わった

彼は当時から立派な経営者で、今はもっとすごいものを持ってるんですけど、そんな彼がこの状況を見て諦めてない。まだ勝機があると思ってるんだと。

そのとき僕は、それまでも一生懸命やってたんですけど、この仕事に人生を賭けようと思ったんです。

大げさに言うと、命を賭けようと。もう星野に人生を預けようと。本当にダメだったら、星野に釣りをやらせるわけにはいかないんですけど(笑)、その時にはもう自分の人生も終わりでいいやって、本気で思ったんです。

そこから見える景色が変わってきましたね。

今まで「ダメだ、ダメだ」って思ってたんですけど、人生を賭けてとことんやろうと思った瞬間に初めて前を向いたというか、初めて未来を見ようと。

「なんとかしてこの落ち込みを食い止めよう」じゃなくて、「なんとかして道を切り開いて、前に進もう」と心底思ったのは、その瞬間でした。

そこから発想がマイナスからプラスに徐々に変わり出しました。これが一番の転機ですね。