「自衛隊の活動でリスクを伴わないものはない」ヒゲの隊長がPKO活動の現場で感じたジレンマを語る

キーパーソンに聞く!ゲスト:佐藤正久国防部会長 #1/3

自民党のトーク番組CafeStaにヒゲの隊長こと、佐藤正久・国防部会長が登場。安全保障法整備を解説する「キーパーソンに聞く!」の第2弾として、佐藤氏が「国際社会の平和と安全」という観点から、平和安全法制の必要性について、実際にPKO活動で派遣された現地での体験をふまえて語ります。

Cafestaキーパーソンに聞く!ゲストは佐藤正久・国防部会長

小林史明氏(以下、小林):Cafestaをご覧の皆さまこんにちは。今日も始まりました。「キーパーソンに聞く!」ということで、佐藤正久国防部会長にお越しいただきました。よろしくお願いします。

(会場拍手)

小林:前々回にご登場いただいて大変好評で、ぜひ次回も出てほしいというコメントがたくさんありまして、私個人としては「教えて隊長」のコーナーということに勝手にさせていただいて、安全保障関係について隊長にどんどん教えていただこうと考えております。

今度は国際社会の平和、特に国際平和協力について解説をいただくことになっていますので、お話をいただきたいと思います。

そもそも隊長ご自身が現役時代に実際にPKOに行かれて、それがきっかけで政治の世界に入ったということもあると思いまして、まずはその国際平和協力に関して思い入れをちょっとお話しいただきたいと思います。

国連PKOで活動して感じた思い

佐藤正久氏(以下、佐藤):私自身が国際協力に携わったのは、最初33歳のときに外務省に出向して、カンボジアPKOで政策立案に関与して現場にも入りました。その後、今度はシリアとイラクの間のゴラン高原に国連PKOの日本の初代隊長として派遣されました。

また、43歳のときにイラクの人道復興支援の先遣隊長として派遣されました。その後、自衛隊の国際協力の業務が、国を守る防衛思想と同じ本来任務に格上げされた。これを理由に防衛庁が防衛するようになりました。

ところが、任務は格上げになったんだけど、現場の隊員の武器使用を含めた権限や処遇がそのままだと。任務と権限が乖離をしたままそれで実際防衛思想と同じ本来任務であると、これはおかしいという思いがありました。

実際イラク派遣のときはマスコミを含めて、多くの日本人が心配しました。初めて自衛隊が危ないところに行って戦死者が出るだろう。いろんなことを言われました。

実際派遣隊員の中には遺書を書いていった隊員もいっぱいいます。中には自分で桐の骨箱をつくって、そこに髪の毛と爪を切って行った隊員もいます。たぶん自分は五体満足では帰って来れない場合もあるかもしれないという思いだったとします。

最初の舞台は旭川だったんです。派遣されたのは1月の上旬ですから、零下20度を超えるような寒い旭川の地からイラク、場合によっては50度を超える暑いところにも行くという。

そのときに、護国神社に本当に寒い朝の5時前から毎朝、多くの家族の方々が安全を祈願して参拝された。あるいは派遣官の家族の方が、ご主人がいるという前提で毎日陰膳をされていたということも聞きました。

そういう思いを隊長として受けるものがありました。だけど、政治の命令として隊員は派遣される。「自衛、行け」と言ったら行きます。任務を遂行します。であれば、やっぱりそれなりの権限と処遇というものもあげないといけない。

自衛隊の活動でリスクを伴わないものはない

佐藤:今回の安全保障法制で、国際協力において乖離していた任務と権限が、国際標準に近い形でやっと横並びになる。本当に私自身としても、今回の国際協力の法整備、期待をしている人間の1人であります。

私自身も今回、この法案に深く関与しました。しっかり責任をもって国民に説明をして、国会での審議を通じてやっていきたいと思います。特に、今回政治にも私は大きく求めたいと思います。確かにこれだけ任務が国内も国外も増えます。

自衛隊の任務で、活動でリスクを伴わないものはありません。今までの個別的自衛権の範疇でも、国際協力でもみんなそうです。リスクを伴わないものはない。これは任務がふえるという以上は、政治もそのこともしっかり覚悟しないといけないと思います。

派遣をした後に、実際の派遣計画と合っていないのであればそれを修正するのも政治の仕事です。事前の調査が十分できなかったということもあって、私が派遣されたイラクは国のイメージと現場がかなり異なりました。

私と派遣官7ヵ月いました。誰1人として、閣僚の方が現場に来てもらえなかった。防衛大臣も総理大臣も来られなかった。他の国はどうか。

首相も防衛大臣も外務大臣もいっぱい来てるんです。現場を見て、隊員と話をする、指揮官と話をする、やっぱりそれは返ってくるんですよ。

我々は平和安全法制をしっかり整備をする以上は、覚悟を持って国際的な責務をしっかり果たすと同時に、隊員に対する誇りとかあるいは名誉、処遇というものを担保する覚悟を持たないといけないと思っています。

自分の部下隊員を助けることができないジレンマ

小林:本当に現場でも指揮をとられたからこそわかる感覚と強い思い入れがこもった法案だと思います。詳しいところ皆さんにわかりやすくお伝えしていきたいと思います。

まず、この法案がどういうものなのかという話も聞いていきたいんですが。任務とできること、これがあまりにもキャップがあるということでしたが、実際どういう差があるのでしょうか。

佐藤:一番悩んだことは、武器使用でした。当時我々に与えられた武器使用の権限は、あくまでも正当防衛・緊急非難・自己保存型の武器使用しか認められていなかったというものがあります。

他の国はどうかというと、当然離れた場所で隊員が襲われた場合に助けに行く駆けつけ警護。あるいは任務遂行、警護任務とか、地内であれば任務を遂行するための武器使用、これも認められています。

我々は正当防衛・緊急避難という非常に抑制的、限定的な武器使用。他の国は国際標準的な任務と合致した武器使用は認められていたということがありました。

どういうことが困ったか。まず駆けつけ警護。NGOの方とか、日本のマスコミの方が近くにおられました。実際マスコミの方が亡くなりました。彼らを、何かあったときに我々が同じ日本人として、あるいは一般の武器を持たない文民、NGOの方を何とか守らないといけないという要請が来る場合があります。

だけど、我々は正当防衛を超えるから駆けつけて行ってそれを守ることができない。非常に大きなジレンマがありました。

さらに15人とか20人単位で学校を直しに行ったり、道路を直したり、病院・診療所の支援に行きました。

そういう離れた場所で隊員が活動をしているときに襲われた場合、本体が武器をもって駆けつけて助けることができない。正当防衛を超えるから。

小林:これ異常ですよね。

佐藤:自分の部下隊員を助けることができない軍隊なんかありませんから。でもそれ認められてないんですよ。私の部下隊員も連絡員として、オランダの宿営地あるいはイギリスの司令部、あるいはアメリカの司令部にいました。

彼らは何かあったら隊長が何とかしてくれると思っていましたし、私も何とかしようという気持ちはありましたが、自衛隊は法律の縛りがあります。法律がなければ1ミリも動けないのが自衛隊です。そういうギャップで非常に悩みました。

正当防衛・緊急避難しかできないことによる弊害

佐藤:さらに「任務遂行の武器使用ができない」ということは、宿営地の警備はしています。当然しますよね。いろんなことがあるから。そこで仮に迫撃砲とかロケット砲で何回も打たれました。大体2〜3キロ先から打ってきます。打たれたら当然その現場に急行して脅威を排除しないといけない。

小林:攻撃元を排除しに行くわけですね。

佐藤:当たり前ですね。ところが排除するときに武器使用を前提として行けないんです。正当防衛じゃないから。

小林:打たれているのにですか。

佐藤:はい。離れているから。

小林:離れているから。

佐藤:駆けつけてそこの場所まで行って、それを排除できない。ということが彼らはわかっているから、撃ったら逃げるんです。それで、またしばらくしたら撃つんです。イタチごっこですから。だからそれはできない。

小林:もうやられたい方ですね。

佐藤:まさに正当防衛・緊急避難しかできないという縛りがありました。

さらに日本から人道復興支援をするために、あるいは自分たちの宿営地をつくるための資材を、日本からコンテナ等でクウェートにまず陸揚げをして、そこから陸上輸送で隣のイラクのサマワまで270~280キロ、これを輸送しないといけないというときに、クウェートとイラクの国境付近は非常に治安が安定していない。

イラク国内はもっと安定していない。ということで運ぶときには、通常どこの部隊もそうなんですけど、民間のコンボイを使うんです。コンテナですから。大きなトレーラー20数台を1つの固まりとして、何回もピストン輸送します。

そういうときに治安が安定していないから、民間のコンボイですから、自分の部隊の荷物は自分が警護をしないと国境通過は認められないと。あるいはイラクの国内の輸送は危ないから認めないという指示が上級司令部から来ました。

でも、我々は警護任務がないんです。警護の任務がないので、任務遂行の武器使用ができないから実際守れないんです。いつまでたっても荷物が届かなければ宿営地もできないし、人道支援もできない。

非常に困ってしまって。じゃあどうしたかと、20数台もコンボイがあるでしょう。しかも、270キロ動かないといけない。途中で道迷っちゃ大変でしょ。道迷っちゃいけないから、我々が道先案内をしますよという、完全武装の走行車で前と真ん中と後ろに道先案内人をつけたと。見た目完璧な警護です。自分が撃たれたら正当防衛で撃ち返せますから。

PKO協力法改正の狙い

佐藤:でもこんなこと、現場に政治が無理をさせたり悩ませたりしてはいけないはずなんです。今回の国際平和協力、今PKO協力法の改正ですけども、そういう部分も全部議論しました。

実際私が派遣されたのはPKOではないんですけど、東ティモールで、こんなことがあったんです。東ティモールには日本人の方が日本食のレストランを経営されていた。市内で暴動が起きたんです。

暴動が起きて「助けてくれ!」って、日本人のレストラン経営者から自衛隊に要請が来たんです。でも助けに行けないんです。武器使用の権限がないから。

どうしたかというと、たまたま隊員が休暇で外に外出していると「あいつを迎えに行こう」と迎えに行った。「あれ?」。車に座席に余裕がありますね。余席があった。余席があったからついでに乗っけていきましょう。こういう理屈です。変でしょ。

小林:変ですよね、それ異常ですよね。

佐藤:これを政治はずっと今まで現場にやらせてきたんです。さらに南スーダン、今PKOで派遣されていますよね。今の法律のままだと、南スーダン軍は道路工事をやっていますから、自分たちの公平部隊を立ち上げるために建設機材の使い方を自衛隊に教えてほしいと。

でも今国軍支援はできないんです。いくら公平部隊や向こうの医療部隊に技術を教えようと思っても、国軍支援になってしまったらできない。これ変でしょ。

また、私が派遣されたゴラン高原も南スーダンも同じなんですけど、他の部隊と一緒に宿営地に共同で宿営しているんです。同じキャンプの中に何個かの部隊がいる。今は武器使用が限定されているから共同警備ができないんです。

我々が行ったときのシリアのゴラン高原、あるいはカナダの平坦部隊。カナダの平坦部隊と自衛隊、どっちのほうが武器使用のレベルが上かと。誰が見ても我々です。

だけど共同で警備できない。カナダの平坦部隊がもしもやられてしまったら、自衛隊もやられてしまうんです。だったら初めから前線で宿営地の周りを一緒に警備したほうがいいでしょ。南スーダンにおいても、ルワンダとバングラディッシュが守ってるんです。その後に自衛隊がいる。

小林:自衛隊がいると。

佐藤:でもそれだったら前から一緒に守ったほうが、情報の面でも全然違いますよね。自衛隊だってそれぐらいのレベルはありますから。バングラあるいはルワンダには負けないぐらいのレベルがあると私は思います。

だったら一緒に守ったほうが、隊員の安全上はずっといいんですよ。これがやっと今回の国際平和協力法でできるようになります。

というふうに、今までのいろんな経験とか教訓、あるいは国際社会のニーズというものもできるだけ取り入れて、国際社会の一員として、まさに自分さえよければいいではなく、自分たちの持っている能力の範囲内でしっかりと貢献はしましょう。

特に人道支援とか後方支援は自衛隊の得意な分野、実績もありますから。そういう分野でしっかり対応しようというのが今回の一番の狙いです。

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