「感謝習慣」を根付かせるために、経営・人事にできることは?

斉藤知明氏(以下、斉藤):池田先生、ありがとうございました。ではここから、ディスカッションのパートに入っていきたいと思います。あらためて感謝習慣というものが、どれだけ「する側」に対して効能を与えるのか(ということに)に基づいてお話いただいたと思っています。

チャットを見ていても、「(感謝は)大事だな」という声がありました。その中で、どうすれば感謝習慣を根付かせることができるんだろうか? という問いに、ディスカッションで向き合っていければなと思っています。

まずはQ.1。「感謝習慣を根付かせるために、経営や人事の方ができることにはどのようなことがあるでしょうか?」。それがまさに、スライドで表現していただいた(感謝カードの)導入前、運用中、導入後だと思うんですが、ここをもう少しディスカッションで深めていければと思います。

あらためて、意義の伝達・理解。導入前は(感謝することの意義を)感覚的にも実感していないので、まずは理論をインストールして、反対する理由をなくす。スモール・サクセスじゃないですが、運用中に良さを実感して、導入後にどんどん振り返っていく。スライドを見ていて、左脳的・右脳的(な施策)を継続的に、という解釈をしました。

意義の伝達をされているケースや、池田先生が「すごくうまくいっているよ」「こういうふうに肌感覚で実感しているケースで、うまくいっていた」というものがあれば、ぜひご紹介いただきたいなと思うんですが、いかがでしょうか。

池田浩氏(以下、池田):ありがとうございます。やはり、導入する最初の段階が一番の肝じゃないかなと思っております。「(感謝習慣は)いいらしいよ」というだけでは、やらされ感や強制感(が生まれ)、仕事が増えてしまったと感じます。どんなところに影響があって、どんなところがよくなるのか。エビデンスに基づきながら、まずは理解いただくことが必要だと思うんです。

感謝カードの取り組みを、経営会議で共有する企業も

池田:ただ理解をするだけではなく、実際に行動してやらなきゃいけないので、そこの負担感があると思うんですね。最初のほうはある程度、強制的なところも入ってくるかと思うんですが、まずはやり続けてみることが重要なんじゃないかなと思います。

実際に感謝ミーティングを行った会社さんでは、会長さんが「これをやってみよう」ということで導入されたらしいんですが、最初はみんなミーティングに来てくれなくて、電話で起こして集めてやってもらったらしいんです。

斉藤:(笑)。

池田:それが軌道に乗ってくると、「やっぱりこれ、いいよね」(という気持ちに変わる)。毎朝感謝を伝える、あるいは人の感謝を聞くことで、いい気持ちが一日続くんですよね。

そういう気持ちのまま仕事をすると、非常に雰囲気がよくなるので、「一日の始まりはこれ(感謝ミーティング)から始まらないと、なんかスッキリしないよね」と。みなさん、忙しい時間の合間を縫ってやってらっしゃるんですが、効果を実感するまでにはいろんな工夫をする必要があるかなと思っています。

まず最初は、習慣としてやり続けてみる。途中で効果を振り返って、肌感覚で実感していただくことも必要なのかなと思います。また、ある鉄道会社さんの感謝カードの事例なんですが、鉄道会社さんは不動産やいろんな事業も手掛けていらっしゃるわけです。

大きな企業の中に、いろんなスタッフのみなさんがいらっしゃる。あるところで、同じグループ会社の人たちがやったことに対して感謝カードを渡したらしいんですが、月に1回の経営会議の場で、そういった取り組みを共有してらっしゃるんですね。

斉藤:へえ。

池田:他にも、そういった出来事をグループ会社の全員に伝えていらっしゃるとお聞きしました。自分の何気ないことが、いい取り組みとして会社に共有されるだけではなく、感謝した方も(経営会議に)取り上げられたうれしさがあるかと思います。

まずは経営層や管理者のみなさまが、どれだけ前のめりにやっていただけるかは、すごく大事なポイントなんじゃないかな思います。

感謝を「具体化して言語化する」プロセスが大事

斉藤:まさにUniposは「感謝を起こす場所を作りましょう」というサービスなんですが、意義の理解はすごく大事だなと思っています。実際にこれまで、600社を超える(企業を)支援させていただいた中で、マネージャーが参加しない部署は廃れることが多いんですよ。(感謝の気持ちを)投稿しない部署は廃れて、逆にマネージャーが投稿する部署は軌道に乗りやすいという傾向があることは、明らかに見えていることです

僕らがやっているものだと、(感謝カードの)施策導入前にみんなでアカウントを作って、一度隣の人と送り合ってもらう。それを元に、オープンの場所で「いいね」ができるので、最初は少し懐疑的な面持ちで入ってきた人も、やってみるとニヤッとするんですよね。送った快さや気持ちよさを感じて、ニヤッとしてやっていける。

まず先に、行動的効果を肌感覚で実感するのも(感謝習慣を根付かせるための)1つなのかなと思うんですが、(感謝習慣が)「自分の仕事に活きているな」という感覚を持ち続けられるまでには、なかなか時間がかかるなと思います。

コメントでもいただいているように、「強制が形骸化しちゃっている」とか。圧力の強い状態から、「やっていて良かった」と思える状態に切り替わる人たちって、どんな瞬間やタイミングで切り替わるんですかね?

池田:そうですね。繰り返しになるんですが、効果を実感していくような、なにかしらの振り返り機会を設けていただくことが必要だと思うんですね。

斉藤:そうですよね。

池田:よくある話としては、自分で「感謝の気持ちを持っていますよ」と言われる方も多いんですよね。ただ、自分の中で思っておくだけでは効果はあまり十分得られなくて。実際に紙に書くなり、あるいは電子的なやり方でもいいと思うんですが、相手に言葉として伝える。感謝したことを、具体化して言語化するプロセスが大事だと思うんですよね。

伝えることはもちろん重要なんですが、自分の中ではどんなことをありがたいと思って、どういう気持ちだったのかを言葉にして、意識化すること自体がいい気持ちを満たす。そういう効果を生んでいるんじゃないかなと思います。

20代から60代まで、感謝ミーティングで生まれた「信頼」

斉藤:それこそ心理的行動のところで、実際に2003年に研究されていたものも然り、感謝カードも然り、「言語化する」というところまで共通しているなと思います。まず、自分の中でありがたかったことを思い出して、それを言語化する。オープンな場所で伝える、ないし相手に伝える。この3段階があると思うんですが、アルファ波の発生やリラックス効果などの効能って、いつ現れ始めるものなんですか?

池田:そうですね。アルファ波や心拍数は、おそらく頭の中で感じるだけでも出てくると思うんですよね。

斉藤:はい。

池田:ただ対人的な問題になってくると、細かい検証(結果)ではないんですが、言語化することが重要なのではないかと思います。先ほど、「心理的な安全性がないとなかなか伝えられない」というコメントがあったと思いますが、これは鶏と卵の問題かと思います。

確かに、心理的安全性がないと伝えられないという気持ちはあるんですが、感謝の言葉を伝えることによって、お互いに心理的安全性が生まれてくるところもあるんですよね。実際に感謝ミーティングをやってらっしゃる企業は、比較的若い会社だったんですが、けっこうご年配の方も入社されてたんですよ。

20代・30代が多い企業で、何人か60代くらいの方が入っていらっしゃって、「これ、年代(のギャップとか)大丈夫なのかな?」と思ったら、すごく打ち解けていらっしゃったんですよね。

斉藤:へえ。

池田:「なんでかな?」と。コメントにもありましたが、相手がどんな人なのか、どういうことに関心を持って、どんなことに気持ちを感じていらっしゃるのかと知った時に、「その人のことを信じられるかどうか」という気持ちが生まれてくると思うんですよね。

ご年配の方も、ミーティングの中で「こんなことありがたかった」と知ることによって、お互いの見えない“壁”、心理的障壁がだんだんとなくなっていく。「おそらく、この人にはこんなことを言っても大丈夫なんじゃないか」「咎められないんじゃないか」とか、お互いの信頼につながると同時に、(感謝習慣は)職場の中で心理的安全性を満たしていくような機能を持っているんじゃないかなと思うんですよね。

感謝を伝えるのは「気恥ずかしい」という声も

池田:ですから、以前は職場の中の飲み会や社員旅行があって、お互いの人となりがわかる・気付くような機会があったかと思います。最近ではそういうことがなくなったので、感謝のカードや感謝のやり取りは人となりが現れる行為ですので、関係性を非常に育む機能を持っているんじゃないかなと感じています。

斉藤:チャット欄を拝見していたんですが、すごくいろんな意見が飛び交っています。Uniposという事業をやり始めた時に、「こんな(直接相手に)言うたらええやん」と思ったんですよね(笑)。別にわざわざオンラインで場所を作らなくても、チャットもメールもあるし、そこで言ったらいいじゃないですかと思っていて。

でも、実際に導入していただいたみなさんから、「意外とうちは感謝の声が埋もれていたんですね」というお声をいただくケースがすごく多くて。場があるだけでやりやすくなるんだなと思います。

(感謝を伝えるのは)「気恥ずかしい」という声もありますし、「直接伝えればいいじゃないか」という話もありますが、みんながオープンな場所で伝え合うと、「だったら自分も伝えてもいいんじゃないか」というふうになる。

(Uniposでは)ピアボーナスといってボーナスに絡めているんですが、1回送るのが100円ぐらいなんですよ。「ありがとう」と伝える時に、コーヒーを買って行ったりするじゃないですか。そのコーヒーを会社が勝手に肩代わりしてくれますよ、という場なので、(感謝の言葉を)送る建前が生まれて、ふだん言葉にしない感謝もするようになったという持続性があります。

平均して7割の方が「月に1度以上使い続けていきたい」と言っていて、場所が生まれているのかなと。まずは、そういう場所や建前がある。それに理論的納得があって、感情的納得や期待があって、行動が持続して、結果としてどんどんよくなっていくということなのかなと思いながら見ていました。

「感謝」の対義語は「当然の権利」

池田:まさに感謝カードにしても、御社の取り組みにしても、感謝をするための機会やきっかけを提供しているんだと思うんですよね。そこの重要性があるかなと思います。気恥ずかしい方は、その壁を1歩超えてほしいなと思うんですよね。

斉藤:(笑)。

池田:超えてみることで、すごく「(感謝を)伝えてよかった」という気持ちになると思うんですよね。その気持ちをしっかり持っていただきたいなと思うのと、もう1つ非常に大事なこととしては、組織の中で感謝をすべきことを当たり前だと思っていることってけっこうあると思うんですよ。

よくこの話をする時に、私も他のところから文献を拝借したんですが、「感謝の反対の言葉は何なのか」ということを、みなさんにも考えていただきたいんです。感謝の反対って何でしょう? 

「当たり前」ですよね。みなさん(コメントも)ありがとうございます。「無関心」とか「当たり前」もそうですが、もうちょっと固い言葉だと「当然の権利」と言うらしいですね。

これがなぜ大事なのか。これはある化粧品会社の事例なんですが、化粧品会社の名前を取った本が数年前に出たんです。女性の育児休暇や産休が十分なかった時代から、いち早くそういう制度を導入したらしいんです。ただそこの会社では、今は制度を見直すような動きがある。数年前の話ですが。

どんなことが起こったのかと言いますと、産休・育休、時短(勤務)、あるいは日曜日に出勤しないようなかたちで、子育てをしている働く女性に配慮した制度をいち早く(導入)されてきたんですが、それによって職場がギスギスしていると言うんですね。

会社の制度の背景には、穴埋めしている社員がいる

池田:これはなぜかと言いますと、時短で帰られる方、あるいは産休・育休を取る方がいらっしゃるということは、それを埋めているスタッフの人たちがいらっしゃるわけです。

制度が当然の権利として取れることから、そのスタッフの人たちに「ありがとうございます。本当に助かっています」という言葉さえもお互いに掛けなくなってしまって、「なんで私たちが穴埋めしなくちゃいけないんだ」ということで、逆に不満を持っているんです。

いろんなありがたい制度がたくさんありますが、その制度の背景には、それを支えてくださっている方がいらっしゃるということに、あらためて感謝すべきことなのかなと思いまして。

その会社さんでも少し制度を見直しながら、さらに次のステージ(に取り組んでいる)といいますか。本にも書いてあったんですが、我々が日常、企業で働いている中でも、「当たり前」に気付かないところがあるんだと思うんですが、やっぱりそこに感謝することも大事なのかなと思います。

斉藤:今のはすごく大事な話ですね。最近「企業変革」ってすごく言われるじゃないですか。変わっていかないといけない。でもこれは、当たり前を当たり前のままにしていると絶対に変わらないと思うんですよね。「今はこういう仕事をするのが当たり前だ」「当然だ」「今までどおりだ」というふうにしていると、それを捉えたまま変わらないものが続いてしまう。

でも、それに対して「ありがたいことだね」「滅多に無いことだ」「変わりゆくものである」というふうに捉えると、そこをもうちょっと良くしていくためには(どうしたらいいのか)とか、逆に変わっていった時に自分は何ができるのかと思える。

ないし、その気持ちが生まれて、どんどん利他行動が生まれて、課題が発掘されて、変化が生まれていくという流れが生み出されていくと捉えた時に、今の職場環境で起こっていることを当然のものとして受け取ってしまうと、硬直化も起こるし。

社員からの「新しい提案」が増えた企業も

斉藤:逆に感謝をする習慣が生まれると、利他行動や自発的行動が生まれるんだ、とスライドに記載していただいていたと思うんですが、まさにそこにつながっていくのが「感謝」すること。「ありがたい」と思うことと、「当然」「当たり前」と思うのは対極だと、すごく腑に落ちた説明でした。

池田:感謝ミーティングをやってらっしゃる先ほどの会社も、当初は健康食品を販売する会社さんだったんですが、感謝ミーティングをすることによって、社員からどんどん新しい提案が出てきたらしいんですね。

結果として、福岡の天神近くにも自社ビルを建てるくらい業績が高まって、レストラン事業やウェディング事業とか、社員の提案からどんどん事業が広がっていらっしゃるみたいです。

感謝をすること自体が、今置かれた環境自体に感謝しつつ、「どんなことをもっとお客さまにできるんだろうか」という前向きでプロアクティブな思考になっていくんじゃないかなと思うんですね。そこが感謝の非常に不思議なところであり、おもしろいところかなと思います。

斉藤:ありがとうございます。少しUniposのこともお話しながらになっちゃったんですが、時間になりました。Uniposのご説明を少しだけ挟んで、Q&Aやディスカッションの締めに移りたいなと思います。

Uniposというサービスは、称賛を送る人、もらう人、拍手する人という三すくみがいます。何をしているかというと、アプリケーション上の全員が見える場所で、自由に少額のポイントを付けて、感謝やメッセージを送ったり受け取ることができます。それを他の人が見た時に、拍手や「いいね」をすることができます。

これを通して、感謝をする習慣(を浸透させていく)。何かあった時に「いいね」を送り、それを周りの人が見て伝播する。感謝して伝播する場所を作っていくサービスなんですが、あくまでUniposの中だけで感謝をしていればいいとは思っていないです。

成果主義な「叱る」文化から、「褒める」文化へ変革

斉藤:導入いただいた企業さんがおっしゃることとして、アース製薬さんの導入事例。これは「オープンにしていいよ」と言われているものなのでスライドにしているんですが、「叱る文化から、褒める文化に変わっていったんです」と表現していただきました。

「上司世代」というふうに彼らはおっしゃったんですが、今までの世代は成果ありきで、叱って、できていないことを指摘して、「とりあえず結果に向かうぞ」というコミュニケーションをしていたものから、(現在は)どんどん褒める文化を変えている。

「若手層の離職率が端的に下がりました」「前向きに仕事に取り組む人が増えました」「コミュニケーションが取りやすい環境が生まれました」という話がありました。

利他的な行動になったり、感謝をすることを習慣化したことによって、「話しかけやすいな」「頼りやすいな」「相手の役に立ちたいな」「上司の役にも立ちたい」「会社の役にも立ちたい」という思いが、どんどん生まれてきたということだと思います。

あくまでUniposというサービスは、場の提供に過ぎないです。エッセンスとしてきっかけになるために、「もらったよ」というリアクションをわかりやすく見る仕組みとか、拍手で相乗りできる仕組みだったり、ピアボーナスを建前に使える仕組みだったり(を提供しています)。

いろんな場を潤滑にして、進めやすい仕掛けもあるんですが、感謝をする・されるという感謝体質な文化を作っていくことで、どんどん文化も変わっていきます。日頃のミーティングにおいても、日頃のディスカッションにおいても、当たり前のことを「ありがたい」と思える。そういう文化を作っていくサービスだなと、あらためて捉えています。

さまざまな組織でUniposを導入いただいている中で、最初はベンチャー企業から導入が進んでいったんですが、直近では製造業の企業さん、IT情報通信、小売百貨店という、大手企業さんに導入いただいている実績が増えてきました。