パイロットに意外な共通点

ハンク・グリーン氏:戦闘機のパイロットや宇宙飛行士は非常に過酷な職業であり、極限に近い苛烈な肉体的ストレスに晒されていることは、『アポロ13』や『キャプテン・マーヴェル』を5分視聴すればよくわかります。このようなストレス、とくに大きな重力からかかる負担は深刻で、中にはそれが子どもにも影響を与えると考える人もいます。

具体的には、航空業界には、精子の提供者が戦闘機パイロットであり、なおかつ幸せな家庭を築きたいと願った場合、女の子が大勢生まれることを覚悟した方がよいという俗説があります。

この俗説の根拠は、Y染色体を持つ精子が、X染色体を持つ精子よりも小さくひ弱なので、大きな重力下では容易に損傷してしまうから、というものです。しかし、パイロットのみなさんが転職を考える前に、これまでの研究を紐解いてみましょう。

赤ちゃんができる仕組みは、少なくとも細胞レベルでは単純です。通常であれば、X染色体を持つ卵子があって、それがXもしくはY染色体を持つ精子を受精します。

すると、XX染色体もしくはXY染色体を持つ子どもが生まれて来ます。微妙な差違はありますが、女性の多くはXX、男性の多くはXYです。

人の集団では、XとYを持つ精子の割合は大抵は半々です。しかし、いくつかの研究を見ると、パイロットにおいては必ずしもそうではありません。例えば、1987年に『Aviation, Space, and Environmental Medicine』誌上で発表された研究では、62人の男性戦闘機パイロットや男性宇宙飛行士の子どもの性別が調べられました。

次に、一般的な職業やあまり大きな重力下にないパイロットなどの男性222人についても、同様の調査が行われました。分析の結果、戦闘機パイロットや宇宙飛行士には、比較対象となった一般男性よりも、より多くの女の子が生まれることがわかったのです。

ここで留意すべきなのは、この研究では単に対象者の経歴からデータを引いただけで、遺伝子検査をしたわけでは無いことです。いずれにせよ、この論文でも、これからご紹介する研究例でも、女の子といえばXX、男の子といえばXYということになっています。

極限環境も要因の一つ?

さて、論文一本だけでは、証拠とするには不十分です。もっと他の理由があるかもしれませんね。それでは、他の研究にも目を向けてみましょう。

この他にもさまざまな研究がなされてきましたが、2009年に『Military Medicine』誌上で大がかりな研究論文が発表されました。500人以上の海軍パイロットと、民間人の家族が調査を受けたところ、各グループの平均には、ほとんど差異が見られなかったのです。

一点だけ、はっきりとした差異が認められたのは、受精が行われる2か月前に、極限の環境下で飛行を行ったパイロットたちでした。このグループは、女の子が授かる率が高かったのです。

ヒトの生殖では、タイミングが大きな要因を握ります。ですから、もしかしてこれは、ストレスの大きなフライトが、受精直前のY染色体の精子を破壊する証拠なのかもしれません。しかし、科学的に説明がつかないため、断定するには不十分です。

これまで多くの場合、Y染色体の精子は小さいため、ダメージを受けやすいと信じられてきました。これは、1960年代の実験に端を発するものですが、今日はこれは真実ではないことが明らかになっています。

わかっている限りでは、Xの精子とYの精子では、大きさにはっきりとした差はありません。そのため、パイロットたちの身に何が起こったのかは、よくわからないのです。さまざまな仮説が出されてはいますが、現時点ではっきりしたことは、何も言えません。

いずれにせよ、結局のところパイロットのみなさんは、個人レベルではそれほど心配する必要はありません。2009年の論文で明らかになったように、確かに人口レベルではXX染色体の子どもが増えてはいますが、個人でそうなるとは限らないのです。

パイロットであろうとそうでなかろうと、どんな子どもが生まれてくるかを、あらかじめ知ることはできないのですから。みんなその点では一緒なのです。