地域とシェアリングの未来を議論

司会者:「地域とシェアリングエコノミーの今後の未来」について、トークセッションを行っていただこうと思います。今回のファシリテーションは、重松さんにお願いをしております。よろしくお願いいたします。

(会場拍手)

重松大輔氏(以下、重松):なんとかがんばりたいと思います。よろしくお願いいたします。

まず今日参加されている方の属性は、どういう方が多いのかというのを事前に確認しておきたいと思います。経営者の方、もしくは経営に近い人はどのくらいいらっしゃいますか?

(会場挙手)

ありがとうございます。それでは、起業したい方。

(会場挙手)

そこそこですかね。では、ビジネスとしてシェアリングエコノミーに興味があるから来られた方。

(会場挙手)

(そういう方が)多いんですね。そこにミートするような話をしたほうが良いですね。では、学生の方。

(会場挙手)

学生さんもそこそこいる。ありがとうございます。なので、シェアリングエコノミーについて、いろいろ話したほうが良さそうですね。

まず、みなさんにおうかがいしたいのは、シェアリングエコノミーでドメインを選んだ理由を教えていただければなと思います。山本さんから。

マッチングサービスの成功体験

山本大策氏(以下、山本):私はさきほども言ったんですけど、TimeTicketを作るきっかけになったのが「コーヒーミーティング」というお茶するマッチングのサービスでした。それまでも10年くらい、個人でいろいろサービスを作っていたんですけど、なにも丸っきりかすりもしなかったんですね。

ただ「コーヒーミーティング」をやったら少し広まったんですよ。この成功体験がやはり大きいです。人を会わせる場を作ることが、「自分には合っているのかな」と思いました。

これは後付けなんですけど、よくよく考えると高校や大学でも、そういうイベント企画をするのが好きだった。なので自分にはそれが合っていると思いました。

そういうコーヒーミーティングなどをやってきたんですけど、ストーリーとしてはその次にやるサービスも人と人が会うサービスをやった方がわかりやすいと思いました。

ただ次はしっかりお金払って、人と人が会う、というのをやる。「山本はそういうことをやる人間だ」と思ってもらいやすいかと思いました。ですので「そういうのがわかりやすいかな」という感じでドメインは選びましたね。なので、「シェアリングエコノミーだから」という感じではなくて、基本的には「人と人が会う」、その軸で自分は選びました。

重松:なるほど。ありがとうございます。和田さんはどうしてここをやろうと思ったんですか。

和田幸子氏(以下、和田):一番最初はやはり、「家事代行の価格が高いからみんな使えないんだ」というところから入っていますね。「どうやったら安くできるんだろう」ということを、ずーっと考えていたんですよ。

そんな中で、そもそも「家事代行業者がサービスを提供する」という、そのビジネスモデルがこの高い値付けにならざるを得ないんだ、と思いました。だから「もう値下げは限界だな」「これ以上考えてもしょうがないな」と思っていたのが、3~4年続いていたんです。

ある日、英語の先生に、「海外では個人と個人がこういうサービスの契約をするんだから、間に業者が入らないのでもっと安く使えるんだよ」と言われたんです。外国は移民が多いから人件費が安い、みたいな文脈でよく話されているんですけど、実はそうでもないです。

アメリカだって、やはりリビングコストがそこそこ高いので、そんなに安く働いてくれるわけじゃないんですよね。

安い労働力というよりは、個人で契約しているから実は安いという話を聞いて、「あっ、ビジネスモデルを個人契約に変えていけば安くなるんだ」というところからのシェアリングエコノミーでしたね。

個人と個人が契約するプラットフォームって、ありそうだけどなんだろう、と思って探したときに、当時Airbnbがちょうど日本に入って来ていたタイミングで。「あっ、これそのまんま使えるんじゃないかな」と思ったのが最初のきっかけですね。

重松:なるほど、なるほど。大知さんもお願いします。

「シェアオフィス」という観点から

大知昌幸氏(以下、大知):MJEの大知でございます。今日はお越しくださいまして、ありがとうございました。

僕は「シェアオフィス」という観点から今日、ここに座らせていただいているのですが、まずはそこに至った背景からお話させていただきます。僕は2006年の9月に1人で創業して、オフィスと店舗のソリューション事業を展開してきて、今年で13年目になります。

2016年の4月に「うちの会社、ちょうど10年目やぞ」と思ったときに、規模も200人くらいまでになってきて、「これからの10年、どうしていこう?」と真剣に考えるタイミングを迎えました。

これからの10年のことを考えていたときに、社会的なテーマに目を向けるようになってきました。そこで目についたのが、国税庁が発表していた「日本の起業の実態」でした。

日本では年間10万社くらい、新規で会社が設立されているらしい、という統計がある。「まぁまぁ多いな」という印象だったんですけど、あとで調べると欧米に比べたら、比率で言うと非常に低いらしいです。

もう1つ見た統計が、廃業率の数字だったんですね。設立して5年で、85パーセントが廃業するという統計があります。

重松:えー。

大知:いまだにそれが合っているのか、わからないんですけど、そういう数字を見ました。そのときも、多いか少ないかで言うと、僕からすると5年以内の廃業は「アカンやろ!」。

もちろん、無理な経営を行なっている会社が淘汰されていくのは当然のことだとは思うんですけれども、その潰れていく会社の中にはイノベーターのような、これから日本を救うイノベーションを起こしそうな人も、きっとたくさん含まれているんだろうと思ったんです。その人たちをなんとかしたいと思ったのが、まず僕の感情として芽生えました。

それとこれは、僕の起業のときの原体験なのですが、たまたま、僕は「シェアオフィス」出身なんですね。10社くらい集まったおしゃれなオフィスに、お金がなかったんで月2万円払って入らせていただきました。

アーリーステージで過ごしたそのときのことを思い出しました。どんな体験だったかというと、当時そのシェアオフィスでIT関係の仕事をしているのが僕だけだったので「ITとか情報通信系は全部大知くんに任せよう」みたいなことがあって、そこからの紹介で、売上が上がり非常に助かりました。

僕は、1人で入居していたんですが、10社の人たちと夜な夜な飲みに行って、喧々諤々、情報交換であったり、夢を語り合ったりしました。寂しくなかったのというのも大きかったですね。

もう1点が、おしゃれなオフィスを共有していたので、採用が効きました。そのときに採用したのが現在billageの事業部長を務めている社員なんですけれども。要するに、「オフィスがおしゃれだったから」という理由で採用ができた、ということですね。

(会場笑)

重松:大事なことですね(笑)。

大知:(笑)。

アメリカの前例を徹底研究

大知:僕、お金の借り方などが、全然わからなかったんですけど、シェアオフィスにいたボスみたいな人が、銀行のお偉い方に声をかけてくれた。「こいつ金いるから少し貸したってくれ」みたいなことを言ってくれたんです。それでお金を借りることができました。

そんなことを10年経った今、思い出します。こういう環境を作ることで、廃業することから助けてあげれたり、ヒト・モノ・カネ・情報の調達や機会創出につながっていくんじゃないかと。これが、シェアオフィスをやろうと思った理由です。

重松:なるほど。

大知:(ここからは)シェアリングエコノミーの話です。僕、シェアリングエコノミーはAirbnbやUberなどは知っていましたけれども、そこまで興味があるわけじゃなかった。「シェアオフィス、どんなんが良いんやろ」と調べつくしたら、WeWorkにたどり着いたんですね。

2016年の春先にはWeWorkの記事が日本語でまだ2~3つくらいしかなかった。僕はぜんぜん英語ができないので、一生懸命英語を誰かに和訳してもらったりしました。その記事がシェアリングエコノミーの文脈で語られていた。僕は、ただのレンタルオフィスのような部屋貸しなのに、シェアリングエコノミーの文脈で語られていることがまったく理解できなくて。

それで、「現地を見に行こう」と。シリコンバレーに僕はツテがあまりないので、L.A.まで行って、そこのシェアオフィス事情をいろいろ見て回ったんです。そうしたら、ことごとくシェアリングエコノミーの文脈で語られていて。それでもまだあまりよくわからなかったんですけど(笑)。

あとで気付いたのが、つながりであったりとか、ネットワーキングみたいな感じで、自分の強みとかリソースを助け合っている、活かしあっていることを目の当たりにしていたんだということ。「これが本質やな」と思いました。

なので、シェアリングエコノミーから入ったというよりは、「人が育つ」「機会創出」などを考えていった結果、WeWorkなどに出会い、最終的にシェアリングエコノミーにつながっていきました。少し長くなって、すいません。

重松:いえいえ、ありがとうございます。なるほど。

アメリカで学んだシェアリングの意味

重松:私はちょうど今起業して丸4年経って、5期目に突入します。サービスを開始してもうすぐ丸4年です。

なぜこのビジネスをやろうかと思ったか。起業しようと思ったのは、2013年くらいで、起業のネタを探していました。起業のネタの探し方は、いろいろあるんですね。「これをやりたい」「こういう思いを解決したい」。そこから始まる人。

(一方で)僕はわりと「オポチュニティがどこにあるのか」というところから入るタイプだったんですね。なおかつ、それで自分の得意が活かせるジャンルはないか、すごく思っていました。僕は、別にコードを書けるわけでもないし、エンジニアでもないし、前職はネット系の会社ではありましたけど、そのビジネスプロデューサーでした。その畑で、あとはPRがすごく得意でした。

PRでレバレッジがかけられて、営業で積み上げて、なにかプラットフォームビジネスが良いんじゃないかと思いました。最初は営業で集められるプラットフォーム。ある程度、ボリュームが出てきたら勝手にスケールしていくモデルが良いとは漠然と思っていました。

その中で私がやったのが、アメリカでY Combinatorや500 Startupsなど、いわゆる「アクセラレータ」と言われるスタートアップ企業の発掘をして、数人くらいのチームができて、もうビジネスのシーズ(種)しかない、「これから」という人を、3ヶ月カンヅメにして、最後にデモデーでプレゼンさせます。

その内容をまとめてあるメディアのようなものがありました。個人でまとめている人がいて、それを僕は丹念に見ていったんですね。そっちのほうがたぶん早いなと思った。

アメリカで成功しているものは日本に持ってきたら、なんとかなるんじゃないか、うまくいくだろうと思いました。そんな思いがあって、いろいろ見ていたところ、シェアリングエコノミー系のサービスは当時から多いです。

「Airbnbの○○版」のようなものがたくさんあったんですよ。会議室版とかイベントスペース版。Uberの○○版みたいな。

「あぁ、こういう方向に行くんだな」「世の中、C to Cで個人と個人がつながっていくんだな」と思いました。これはおもしろいと思った。僕の中で会議室やイベントスペースのマーケットプレイスのようなモデルが沸々と湧いてきました。腹落ちしたんですね。100個くらいアイディアを考えました。

これがやはりおもしろいんですけど、「これだけは、自分がやんなきゃいけないな」みたいな気になりました。

Airbnbを日本に持ってくるには旅館業法などのいろいろなハードルがあって持ってこれない。Uberも、白タクはダメですから。ここもハードルがある。というので、ハードルのないところはなにかあるのかな、と思ったら、会議室を貸すことやイベントスペースを貸すこと。普通にやっている話じゃないですか。

先駆者で『軒先.com』という、お店の空いているスペースじゃないですけど、軒先を貸し出すというサービスを立ち上げている方がいた。「これは法律的には問題ないんだ」というのを考えて、いろいろ裏取りしたんですけど、問題ないのもわかった。

正直「俺のほうがうまくいくな」と自信があって(笑)、いろいろな人と壁打ちをします。いろいろな経営者に僕は聞いたんですけど、「これ、お前絶対成功するわ」とみんな、口々に言ってくれたんですよ。

「これは絶対お前がやったほうがいい」ということを、いろいろな人が言ってくれて。「これはもうやるしかないな」と、このドメインにしました。