「使役動詞」というキーワード
千葉正幸氏(以下、千葉):それじゃあ、河野さんにまたお話をうかがいたいんですけど。
河野英太郎氏(以下、河野):はい。
千葉:書き下ろしでは3冊目ということで、初めて共著で議論しながらつくっていかれた。私も関わっていたので。
たとえば、目次や、「こういう章をつくりましょう」とか、内容も「これは違う」「これはそうだよね」という話をしながら、本をつくっていったと思うんですけども。河野さんの中で、共同作業で学んだことがあれば、お聞かせください。
河野:そうですね。大きく2つあって。1つはさっき京さんもコメントされた「使役動詞」というキーワードと、もう1つは「本能」というところだったんですけど。
なにを言っているかというと、まず「使役動詞」というキーワードは、僕の中で一番印象があったのが、「心理学に使役動詞はない」という京さんの言葉なんですね。なかにも何回か、3ヶ所か4ヶ所触れているんですけど、「あ、なるほどな」って思ったんです。
なぜかというと、「make me mad」とか英語でいうじゃないですか。あいつのいう「make me mad」は、「he makes me mad」、「おまえのせいでムカついてんだよ」とか、そういう感覚。それを使役動詞、「make 目的語 形容詞」と表現するんですけど、実際心理学の中では相手が原因で自分が怒っているということはない、と。単に、相手は関係なく、怒っている自分がある。
さっき「コントロールじゃない」とおっしゃいましたけど、だからマネジメントなのかな。自分でマネージさえすれば、メンタルってどうにでもなるという考え方を私はとったんですね。
要は、あいつのせいで怒ってるんじゃなくて、あいつがなんかきっかけを送ってきても、「は?」って思ってりゃ別にいいわけですよね。なので、会社でも、後ろから弾飛んできても、「あー、来たね」って思えばいいわけですよね。
田中ウルヴェ京氏(以下、田中):「あーっ、的中でーすっ!」とかいうのもありなんじゃない?
(会場笑)
河野:たとえばそうです。そういう管理もありかなと気がついたというのがあって。「あいつムカつくんだよね」じゃなくて、自分に対して「おまえが勝手にムカついてるだけなんだよ」と、「あ、なるほどな」というのが1点目。
結果的に自然にやっていたこともあると思うんですけど、そういうふうに論理的に説明されると、「そうなんだ」と。みなさんもそういうかたちで解釈すると、だいぶ楽になりますよ。
田中:え、でも、そんな簡単にちゃんと気づけた? すごいね。
河野:新しい発見だったんで。いろいろ会社であるじゃないですか。今日もあったんですけど。
(会場笑)
病気になったのもそのせいなんじゃないかなって、そんな感じで、「労災申請できますか?」っていったら「できない」っていわれたんで。それが原因であると証明する必要があるらしいんですけどね。でね、……まあいいや。
(会場笑)
本能に素直になる
河野:そういうのが1点目。使役動詞じゃない、「なるほどな」と。もう1点が、怒りとか「疲れた」「イヤだな」という感覚って、僕はどちらかというと、それこそコントロールする対象だと思ってたんですよね。だけど、京さんとのディスカッションの中で感じたのが、これってたどると原始時代から人間が生存するために必要だったものなんですよ。
トウソウ本能って、2つ書いてるんですけど、「トウソウ」というのは、バトルの「闘争」と、逃げる「逃走」と。
「ヤバい!」って思ったら逃げなきゃ生きていけないじゃないですか、サルの時代から。キーッとなってアドレナリン出して、ケガしてもその場を逃げなきゃいけないというの、人間の本能なんですよね。
なにか上司からグワーッて言われた時に、「怒っちゃいけない」ってずっと思ったんですけど、「怒っちゃいけない」って考えることがすごいストレスだったりするんですね。
その場でもう怒っていいんだ、ないしは、感情を持つこと自体はいいんだと。ただそこで、人が見てる前で爆発させるかどうかというのは、その次の段階であって。カチンときたり、「今日は疲れた」って思うこと自体は、ダメなことじゃないんだって気づいたんですね。
それって確かに自分で、時々結果的にそういったマネージはしてたんですけど、それを論理的に認識することで……。
たとえば今日、2週間休んで病明けなんですよ。本当に物理的に寝たきりだったので、やっぱり疲れるんですね。39度が7日間続いたんですよ。そういうのが菊池病で……この中で菊池さんいたらごめんなさい。菊池さんって人が発見した病気らしいんですけど。
リンパ節が壊れて、発熱して、だけど治療法がないらしいんですね。解熱鎮痛剤を飲むしかなくて。でもバーッて発汗して普通だったら治るじゃないですか。またもとに戻るんです。39度に。その繰り返しだったんで体が動かなくなってて。ふだん階段とか3階ぐらいワーッと上下いくんですね、だけどそれができなくなってます。
それを昔だったら、「がんばんなきゃ! がんばんなきゃ!」って思ってコントロールしたと思うんですけど、今はマネージして、「今日は2割でいいや」「3割でいいや」って思うことで、それで体をなんとか持たすことができるんだなって。
そういう本能に素直になるってことが、実は正しいことなんだってわかったというのが大きな学びでしたね。
それをビジネスの場面で、このシーンで活かせるというのを、僕のほうで言語化したというのが、僕の担当したパートの内容なんですね。
千葉:ありがとうございます。
各年代でのメンタルマネジメント
田中:すごい熱くしゃべってたね。そうだね。
千葉:京さんはこの本を河野さんと一緒につくられていた中で、なにか気づきがあったことというか、ございますか?
田中:自分が言ったことを、今おっしゃったみたいに、「使役動詞って、つまりこういうことですね」とトランスレートする用語が、自分が発想しない言葉も多かったので、「あー、そっちに気づきますか」みたいな。
それが河野さんは、「リーダーだったら、たぶんこうでしょうね」とか、「部下の立場だったら、こうでしょうね」「あ、でもそれを見るもう1つ上の管轄する人間だったらこうでしょうね」みたいな。「20代、30代、40代の目線だとこうだね」ということをババババッて思い出してくださる。
「あー、なるほどね。じゃあ、アスリートのこれは共通しますね」「これ、よく企業研修ネタで使いますけど、それを河野さんはこういうふうに解釈するんですね」みたいな。暗黙知みたいなものを教えていただいたのは、すごくうれしかったです。
千葉:はい、ありがとうございます。今、「20代、30代、40代で……」という話があったんですけれども、ちょうどこの本をつくっている時に、この内容がどういう世代にはどういうふうに読まれるか、みたいな話をしていたんです。
今日ちょうどたぶんいろいろな世代、20代の方、30代の方、40代の方、50代の方もいらっしゃると思うんですけど、「それぞれの方にとってのメンタルマネジメントとは?」とか、「この本がどういうふうに役に立つか?」というお話をお聞かせ願えますでしょうか?
田中:はい。20代の方が、もしこの本を取っていただいたら、もちろんメンタルって個人によってぜんぜん違うということは置いといて、エリクソンという、世代継承やアイデンティティというような社会心理学者の理論に当てはめて考えたら。
20代だったら、「自分って、今後どうしたらいいんだろう?」「そもそも、なんでこの仕事を始めたんだっけ?」とか、一番アイデンティティに対しての確立をし始める時でもあるので、あえて20代の時は、大学までそこそこ成功経験のある方は、一度成功経験をリセットする、壊すぐらいのかたちで、読み進めてみる。
新しい自分というふうに思い出しても、結果的にはふと後ろを振り返れば、再生・再体制した自分みたいになるはずなんですけど。でも1回自分の成功経験こそ外してみる、みたいなことを20代でやると、今までなかった自分じゃなくて、今まであったのに気づくのを忘れていた自分みたいなものに気づける。30代になるまでの間にこれがやれるって、すごく大きいなと思います。
千葉:なるほど。
田中:30代になったら今度は、家族が増えたり、プライベートでも、そして、会社でも、自分がプレイングマネージャーになったりということで、人のやる気を上げなきゃいけないという立ち位置になったりする。でも、まだまだ自分は現役でやりたいとか、プレイヤーのほうでやりたいというような、今度は自分というものを2つに分けなきゃいけなくなったり。
とくに女性だと、30代始まって、結婚・出産なんてなると、またそこで役割がたくさん増えるという時の新しいストレス。30代は30代なりのそこがすごくたいへんですよね。
若いんだけど、まだ未熟な自分がいて、でも、子育てもある。いろんなものをどうマネージしていくかなんていう時に、これをワーク・ライフ・バランスなんて思っちゃうともったいないから、ワーク・ライフ・シナジーにしよう、すべてをインタラクトさせるとどんなふうになるだろう、みたいな感覚でのメンタルマネジメントは30代。
千葉:なるほど。
田中:でも、40代になったら、それはもう40代って、エリクソンの理論からすれば、もう世代継承ですよね。つまり、自分の往路、40歳になった時には人生の往路が終わっている。「さあ、復路にかかる」なんて思い始める時代。「自分の復路は何のための復路だっけ?」という、モティベーションですよね。「なぜ自分はこの世にいるんだっけ?」みたいなことを復路として考え始める、なんていうのが40代。
50代になったら、そのことがいろいろあって、身体的にも衰えを感じ始めているという時に、「しなやかなメンタルってなんだろう?」。50代、60代……、まあすいません。どこまでいったらいいですか?
(会場笑)
50代ぐらいまででいいでしょうか?
千葉:はい。
田中:読み手にとってそれぞれ、人のために買われる方もいるでしょうけれど、読み方によってできるだけシンプルに書こうとは思いました。でも、ちゃんと芯を食ったようにしたい理由は、その方の読み方によって変わるというような本であれば20代の時に買った本が40代になっても気づきになるかなというのは、すごく感じているところではあります。
メンタルマネジメントは積み上げていくもの
千葉:ありがとうございます。余談ですけど、河野さんと私はほぼ同い年、40代半ば。今みたいなお話を打ち合わせの時にうかがって、「そうだよね」という話をずっとしていて。30代とか40代はじめって、プレイングマネージャーでもプレイヤー意識が強かったんですけど、今は「下を育てなきゃ」という比重が増えてきて。
あと最初に河野さんがおっしゃったみたいに、自分のフィジカルの低下と、でもメンタルでは「なんとかしなきゃ」ということのバランスをどうとっていったらいいのかというところに、自分の悩みみたいなものがあって。その話をうかがって、すごく「あー、自分のためのものだな」と思ったのを思い出しました。
田中:なんか、心身連動みたいなことを体感することが、メンタルマネジメントではすごく大事で。今日なんて、いいイグザンプルですよね(笑)。たとえばプロの選手でも、あるお相撲さんのメンタルトレーニングを長くやってた時に、その方のメンタルが強くなり始めたらケガなさったんです。けっこう大きなケガをなさって。それは体が追いつかなくなっちゃったんですよね。
結果的に復帰なさいましたけど、「いいことでしたね」と言うようにはするけれども、でもメンタルとフィジカルはやっぱりすごく微妙にうまく連動されてるから、ちゃんとそのことを考えながらやるためのマネジメントですよね。だから今日、たとえば、たかが階段上がる時ですら、すごく心と一緒に対話しながらって大事ですよね。
河野:まさにそのとおりで。本を出したのは9月15日で、発売したのは9月28日、29日ぐらいなのかな。メンタルマネジメント、メンタルのコツなんて出しときながら、メンタルがいきすぎて体を壊したというのは、なんか「なにやってるんだろう」みたいな感じだったんですけど。
本当に、それまでだったら軽くできてた、徹夜はしなかったですけど、かなり詰め込んだスケジュールにしてワーッとやれてきたことは気にもならないわけですね。
要は、中身的には問題なく判断もできるし、指示も依頼もできるんですけど、体がいつの間にか、やっぱり40を超えて下がってきてることに、物理的にボーンとはじけて、「あ、やっぱり無理だったんだ」って思ったんですよね。
まさに世代、自分のライフステージによって読み方も変わってくるなという典型だなというふうに思いました。今日のために病気になったのかもしれない、と思うようにしてますけど(笑)。
田中:ポジティブなんだか楽観的なんだか、よくわかんないですけど。でもそのとおりですよね。メンタルってすごく爆発的にエネルギーがボーンと出せたりするから、メンタルトレーニングも1ヶ月とかでやめちゃう選手もいるんですよ。
だから、「効果が上がりました!」とか、「急になんか、ゴルフでこんなんで優勝しちゃいました!」とかいって、そういう時に限って記者会見とかで言ってくれちゃうんですよね、「メンタルコーチのおかげです!」みたいな。「1ヶ月トレーニングしたんですけど」とかいって。「1ヶ月でメンタル強くなんねーから」という。
(会場笑)
腹筋と一緒なんですよね。腹筋トレーニングで1ヶ月やったからって、せいぜい100ぐらいはいくでしょうけど、1,000回、2,000回……ウソだな(笑)、まあ200回、500回、腹筋トレーニングをちゃんとしっかりやれるようになるための本当の腹筋は、それはずっとバカみたいにコツコツつまんなくやり続けることで、しなやかな筋肉ってできるから。
でも、メンタルってボーンといけるからね。そうすると、こうなっちゃうよね。ケガする。病気になる。
河野:気をつけます(笑)。
千葉:メンタルマネジメントは、カンフル剤とかドーピングではなくて、コツコツと積上げていくものなんだということですね。ありがとうございます。