CTO・VPoEたちが語る、20年後もエンジニアとして生き残るために必要なこと

生存戦略 CrossSession #1/2

MANABIYA -teratail Developer Days-
に開催
2018年3月23日から24日にかけて、レバレジーズ株式会社が主催する国内最大級のエンジニア向け技術イベント「MANABIYA -teratail Developer Days-」が開催されました。同社が運営するITエンジニア向けのQ&Aフォーラム「teratail」の中で解決できない問題を解くため、一流エンジニアたちが一同に会して、プレゼンテーションやパネルディスカッションを行いました。トークセッション「生存戦略 CrossSession」では、過酷なエンジニアの世界で生き抜いてきたVPoE・CTOが登場。自身の経験を元に、IT業界の生存戦略を語ります。

生存戦略という曖昧な言葉

藤本真樹氏(以下、藤本):それでは、生存戦略トラックCross Session、40分ほどお付き合いいただきたいと思います。

わざわざ屋上まで来ていただいてありがとうございます。なるべく「来て良かったな」と思っていただけるお話ができるように、この4方ががんばりますので、40分間お付き合いよろしくお願いします。

(会場笑)

藤本:まず「生存戦略」という言葉がめっちゃエモいし、広いし、曖昧なのに、さらにCross Sessionってついてる。Cross Sessionって何ですか?

是澤太志氏(以下、是澤):わかんないですねー。

藤本:いや、セッションオーナーじゃない(笑)。

是澤:全部パネルディスカッションしちゃったので。本来であれば1つのセッションでお一人づつ話してもらってから、全員集合してしゃべるのがCross Sessionだとは思うんですが。

藤本:なるほど。

是澤:今回は、テーマ的に各セッションで生存してる人たちに集まってもらったので。

藤本:そういうことで、ざっくばらんにお話しするので「この話聞きたい」とかあったら質問させていただくかもしれませんが、そのときはよろしくお願いします。

僕は藤本と申しますが、そこはどうでもよくって、簡単に4方をご紹介させていただきますが、だいたい有名な方なので、10秒ぐらいでパパパッと自己紹介お願いします。じゃあ、是澤さんどうぞ。

是澤:はい。12月からメルカリに入社しました。それまではSpeeeという会社でエンジニア組織の責任者的なことをやってました。今日はよろしくお願いします。

藤本:よろしくお願いします。

(会場拍手)

藤本:是澤さんはCTOというかVPですね?

是澤:はい、そうですね。

藤本:次が山崎さん。

山崎大輔氏(以下、山崎):山崎です。

もともとヤフーにいて、その後スケールアウトという広告の会社をつくって、KDDIに売却して、今は(いくつかの企業と合併をしてできた)Supershipという会社のCTOをやってます。よろしくお願いします。

(会場拍手)

エンジニア界のトップランナーが考える生存戦略

藤本:山崎さんの特徴としては、スケールアウトではCTOっぽかったけど社長だったんですよね。

山崎:そうですね。

藤本:それで今はCTO。CEOからCTOになったというのはありつつ、別に前職はいまいち社長感なかった。

山崎:(笑)。

藤本:そういう感じの人です。次は小賀さん。

小賀昌法氏(以下、小賀):はい。NEC系のSIerや、ヤフーに行ったり、起業したり、フリーランスとかしながら、2010年からVOYAGE GROUPでCTOをやってます。

VOYAGE GROUPは上場前からマザーズ上場して東証1部鞍替え、というような中でいろいろやってきました。今日はよろしくお願いします。

(会場拍手)

藤本:小賀さんは、技術120パーセントというよりはカルチャー組織とか、そういうものをわりと意識するイメージですよね?

小賀:はい、合ってると思います(笑)。

藤本:最近、コード書いてます?

小賀:今は(プロダクションのコードは)もうぜんぜん書いてないです。

藤本:そうなんですか。最後にstanaka、どうぞ。

田中慎司氏(以下、田中):はい。もともとはてなでCTOをやっていて、1年半前からメルカリ、正確にはメルカリの子会社のMercari Europe、そのVP of Engineeringとして、ロンドンで開発チームを運営しています。

よろしくお願いします。

(会場拍手)

藤本:Mercari EuropeのVPなんですね。CTOはいるんですか?

田中:CTOはグループ全体で1人、名村さんです。

藤本:なるほど。この4方のいろいろな生存戦略、みなさんも今後どうやって勝ち残っていくかに興味があるからここにいるんだろうという前提で、お話をしていければと思います。

(スライドを指して)これは、僕がなにもしないでいたら、このへんの質問がいいんじゃないかということで来たテーマ一覧ですが。

それはそれとして、せっかくなので最初に、酔っ払う前に真面目な話をしておこうと思います。

残り20年、引退までどう戦っていくか

藤本:だいたい、みなさん40歳ぐらいですよね。小賀さん、いくつでしたっけ?

小賀:46。

藤本:山崎さんは?

山崎:46、同じです。

藤本:僕、39。

是澤:僕も一緒。。

藤本:田中さんは?

田中:僕はその真ん中ぐらいです。

藤本:そろそろいい歳、といっても、少なくとも60歳くらいまで働かなきゃいけない。「なんかもうけっこうな歳だな」と思いつつ、本当はあと20年とか働かなきゃいけないわけです。娘さんを大学に入れなきゃいけないし、とかもある。小賀さんのところは、娘さんですよね?

小賀:受験真っ最中です。

藤本:この話ちょっと違った。まあいいや(笑)。だから、ここのなんかえらそうにしてる人たちも、けっこう先は長い。

立ち止まったら、みんないつか死ぬという条件は一緒なので、あと10年、20年を「どうやって生存していこうかな?」ということ。キャリアプランや、自分のスキルのどこをどう伸ばすのかとか、いろいろあると思いますが。

残り10年、20年ぐらい生きると仮定して、そういう自分の生存戦略プランをバーッと聞いて、そっからスタートできればと思います。では、小賀さん、張り切ってどうぞ。あと20年、個人としてどうやって戦っていくつもりですか?

小賀:20年ですか。

藤本:10年でもいいですよ。

小賀:少なくとも、ソフトウェアとか、ネットワークでつながったソフトウェアのニーズがなくなることはないと思うので、その業界で食っていこうということが生存戦略のまず1個目です。

その中にはプログラマーもインフラエンジニアもいれば、プロダクトマネージャーとかもいるんですが、私はいろいろやってきた結果、その人たちがうまくいいものをつくる仕組みをつくることが、なんとなく得意なので。

たぶん、AIがいろんなことをやってくれる時代になっていったとしても、人間がソフトウェアをつくることは、まだまだまだまだ20年後もあると思うので、そういう人たちがうまくいいものづくりをする仕組みをつくっていくところで、生存していこうと思ってます。

藤本:10年もありますかね? まあ、いけるか(笑)。

小賀:10年いけるっしょ!

(会場笑)

マネジメントは人にも技術にも興味が必要

藤本:そうそう、まさに今「なんとなくそういうのが得意」と言ったんですが、「なんとなく」じゃなくて「自分は具体的にここが他人よりイケてるから、その領域で戦っていける」と思っているポイントって何ですか?

小賀:そうですね。技術も、まったく興味がなかったらたぶんCTOはできないと思っているんです。技術もすごい好きで、SF小説を読むのと同じぐらい技術書も読んでるんですが、同じぐらい、私は人にも興味があって。

たぶんそこが今やってる仕事とつながってる。人に興味があって、その人を知ることを、SF小説とか技術書を読むのと同じぐらい楽しく思えてるから、もう10年くらい生きていけるんじゃないかなと思ってます。

藤本:人を知るとか、人と話すのも技術ですし。しゃべったら2時間コースなので、そこについて聞きたい人は小賀さんの会社にお金を払うと、超詳しく教えてくれます。

小賀:お金を払う(笑)。懇親会とかで聞いてくれれば、楽しく話したいと思います。

藤本:はい。まあ、技術コンテンツとして商売をね。

小賀:そういう生存戦略?(笑)。

藤本:そういうこと(笑)。田中さん、お願いします。

田中:そうですね。よく「キャリアを10年単位で考える」と言いますが、僕の場合、20代はだいたい技術一本でやってきて、最初は大きい会社に入ったんですが、30代になるぐらいのタイミングではてなに入りました。それが2006年くらいで、はてながちょっとメジャーになってきたぐらいのとき。

そこから10年、CTOもやりつつ、技術だけじゃなくて、技術、エンジニア組織をマネジメントするところもやって。その他にもなぜかサポートとか総務とかやってましたが、主にエンジニア組織のマネジメントをやっていました。

芸風を広げることは戦略の基本

40歳になったので、もうちょっと芸風を広げたいと思っています。僕の場合は、芸風を広げることが生存戦略の基本にあるのかなと思ってますね。それで、月並みですけど次は「グローバルだな」と思って。どこか日本の外で働けるようになりたいと思って、メルカリと出会いました。

あと、行くならアメリカかアジアかどっちかかなと思ってたところに、ヨーロッパという選択肢が出てきて。新規立ち上げのほうがより大胆に挑戦できると思って、そこに行った感じです。

生存戦略としては、僕はいつでもエンジニアに戻れるようになっておこうと思っています。昔、トレジャーデータの太田さんがすごくいいことを言っていたんです。「『人かコンピュータ、どっちが好き?』って言われたら、絶対コンピュータのほうが好き」と。

僕も似たような感じで、プロとして組織のマネジメントとかやりつつも、根本的なところでは人よりコンピュータのほうが好きなので、そこはベースとして持っておきたいと思っています。

藤本:僕は3点あります。ちなみに、僕以外になにか聞きたいことがあったら、ぜんぜんいつでも聞いてください。1点目は、超老害っぽいことを言うと(太田)一樹にそれを言ったのは僕です。ドヤッ!

(会場笑)

田中:オリジナルの(笑)。

藤本:まあ、それはいいんですが(笑)。50代からどんな芸風にというイメージはあるんですか?

多くの優秀なエンジニアを差し置いて、なぜCTOになれたか

田中:50代は、1つとしては、及川(卓也)さんがロールモデルになるかなと思っています。

藤本:はいはいはい。

田中:ひと通りできるようになったら、それを若い人に伝えていくということがあるんですが。人よりコンピュータのほうが好きなので、それができるかどうかは、もうちょっと人間としての円熟味が増さないと難しいだろうなと。

藤本:あともう1個は、結局キャリアとして、いい転換点というか、重要だったポイントって、はてなでCTOまで上りつめたことは、けっこう大きかったと思うんです。そこで粛々とエンジニアやってたら、たぶんメルカリでVPとしてヨーロッパに行くのは難しかった。違う道もあったかもしれないですけど。

それで、はてなにも優秀なエンジニアがいっぱいいた中で、田中さんの何が他の人と違ったからCTOになった、なれたのかということは興味あります。ちょっと言いにくいところもあるかもしれませんが、

田中:僕が入った当時は、伊藤直也さんがCTOをやっていたんです。彼はもちろんインフラ周りも知識を持っていて、いろいろ活躍されていたのですが、基本的にはアプリケーションレイヤーの人だったんです。

僕の場合、最初のキャリアが通信会社だったので、もう少し低レイヤーのところをやっていて、そこの技術的な強みがあった。なので、彼との住み分けの中で、僕がインフラをやるから、彼はアプリのほうをやるということになった。

その後、彼がはてなを辞めることになって、誰があとを引くかというときに、インフラ周りは全部管掌していたので、それをそのままスムーズに拡大していこうという流れで、CTOになったという経緯です。

仕事に危機感を持った

藤本:ナンバー2ではあった?

田中:そうですね。

藤本:なるほど。結局、1個そういう大きいトラックレコードがあると、生存はしやすくなるよね。そういう意味では、もしこの中でそういうところに危機感を覚えてる人がいたら「じゃあ、どうやってそこにいくの?」ということがあると思うので、聞いてみました。けっこうサクサク時間が経ちますね。

(会場笑)

藤本:では、山崎さん、張り切って、最年長組として。

山崎:転職というか、ヤフーを辞めたきっかけが34歳のときです。8年ぐらいやってて、そのときにもうすでに20人ぐらい率いる感じになってて、早くもわりとExcel仕事とかが多かったんですね。

技術は、ヤフーなので、アメリカからソースコードを持ってきて、Yahoo! Inc.のエンジニアに「これどうしたら動くの?」って聞いて、理解してから日本に導入するという、仕事としてはそんなに難度が高くない感じだった。それでも勝てる、みたいな。そればっかりやってて8年経った。

今からいうと20年ぐらい前の話です。インターネットって、当時入ったときは、超老害っぽい話なんですが、Perl4でプログラム書いたら神扱いされるみたいな時代から、それを月間数千億アクセス受けるヤフーでやっても、「普通だね」みたいな感じになっちゃったんですけど。

それで、8年しかやってないのに早くもExcel仕事になって、超危機感を持っちゃったんです。34歳だったので、例えば65歳まで働くとして、あと31年。ここまで8年やったから8で割って、あと4回ある。

この8年のセット、Perl4から何千億アクセスあっても「チョロいな」ってなるのが、あと4セット伸びるって考えると、Excelだとだいぶ苦しいなと思ったので、退職してネジの巻き直しをした感じです。

ビビりだけが生き残る

藤本:未来の10年をどう戦うか。

山崎:今ここにはエンジニアの方がけっこう多いと思うんですが、僕、野望があるというよりはわりとビビりなところがあって、生存戦略はその頃からめっちゃ考えてたんです。

ぜんぜん違う話ですが、昔、大学でコンピュータサイエンスを勉強したときに、先輩が家電メーカーに入ってまして、それで懇親会があった。

そのときに、先輩に「何やってるんですか?」って聞いたら、「洗濯機のモーターのドライバを書いてます」という話だったんです。その人は入社から3年ぐらい経ってたので「3年間ずっとですか?」って聞いたら「そうです」って、自信満々に言ってた。

別にモータードライバが悪いわけじゃないんですが、モーターのドライバを30年書くことはできないな、それだとだいぶ苦しいから変化が起きるところに行こうと思って、ネットのほうに行ったんです。

僕、けっこうビビりなんです。Intelのアンディ・グローブの「Only The Paranoid Survive」という、臆病者というか、偏執狂が生き延びるという言葉があるんです。偏執狂というよりもビビりが生き残ると思っていて。そういう点では、がんばってビビって、いろんなことを考えながらやっていくことが、生存戦略ですね。

藤本:ビビってれば、あと10年ぜんぜんやってける。

山崎:そう、ビビッて会社つくった感じです(笑)。

藤本:ビビってる人は会社つくんないけどね(笑)。

(会場笑)

山崎:ビビッて会社売った(笑)。

能力を引き上げて変化に強くなる

藤本:是澤さん、最後にお願いします。

是澤:僕、メルカリで11社目になるんですよね。

藤本:今、39歳で……。

是澤:39歳で(笑)。2000年から働き始めたので、約18年ぐらいで。

藤本:じゃあ、平均1年半ぐらい?

是澤:短いところは1年半ですね。でも、会社の所属は変わってなくて、子会社に、ということもあったので11社。だから、転職回数としては7回です。それでも十分多いですけど(笑)。その中で、強い者が生き残るわけじゃなくて、変化に強い者が生き残るということだと思った。結局、能力を引き上げておけば大丈夫という安心感があります。

もともと20代のとき、どちらかというと誰ともコミュニケーション取りたくないエンジニアで、一言一言に反抗するみたいな感じで。「全部メールでくれ」「ミーティングとか入れるな」という、コードを書くことがなによりも好きな人だった。

そういう人間が今マネジメントをやってるのは、本当おかしな話なんですが。そういうふうに自分も変化できたということが、1つ、20代から30に向けての一番の変化だったかなと。そういうことをやってると、やんちゃなエンジニアとかいても「かわいいな」と思っちゃうんです。昔の自分を見てるみたいで「わかるわかる」という感じで、そういう子は好きなんですが。

やっぱり、自分が経験してきたからこそ人の気持ちがわかるということが強みだと思っているので、そういう自分の経験値を活かすということが1つあると思います。

稼げる能力を持っていることが重要

是澤:あとはSpeeeでも経験したのですが、自分よりもすごい人を認めた時に、僕はその人に付き従うということがあって、井原さんが凄いと思ったときも「なんで井原さんはそう考えるのか?」みたいな感じで、彼の哲学を知りたがりました。

それがこの3年間でまた自分を変えたと思います。今メルカリにいるのもその成長があり、チャレンジしてもっと成長したいと思ったからこそ。正直Speeeにいても僕はなにも困らなかったし、満足はしてました。

自分の中では、今メルカリにいる大きな理由は、自分自身にプレッシャーをかけるというところが大きいんです。正直前よりもゆっくり寝られなくて、夜中の3時ぐらいに目覚めたり、朝7時にカフェ行ってこれやっとかなきゃという、この感覚が久々で、それが苦しいながらもめちゃくちゃ楽しい。

そういうプレッシャーを久々に味わって、これを乗り越えたら自分は成長できるなということを、この歳でもやれてるということが自分の生存戦略の基本かなと。ある方に「今稼いでることが重要なんじゃない。稼げる能力があるのが重要なんだ」と言われたことがあって、それも身に染みてる。それが僕の生存戦略ですね。

藤本:なんか、ある種想定どおりで、エモくていい話っぽい話が続いて、あれですね。いいんですけど。本当、4人いるとあっという間に20分経ちますね。

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1 CTO・VPoEたちが語る、20年後もエンジニアとして生き残るために必要なこと
2 エンジニアのキャリアは“生き残ったら勝ち”ではなく「死ぬまでに何をしたか」である

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