モチベーションで困ったことは一度もない
山本昌氏(以下、山本):40歳~50歳、本当にみなさんにたくさん応援していただきました。同世代の方に、「山本さん、励みにしています」と。こちらこそ、そういうふうに言っていただくのが励みでした。言われれば言われるほど、「これは自分ががんばらなければ」という思いで野球をがんばってきました。
まず40歳を越えて一番最初に聞かれたのが、「どうやってモチベーションを保っていますか?」という話でした。
私はモチベーションで困ったことが一度もありません。なぜなら、使ってくれる監督・コーチにまず恥をかかせたくない。そして、ずっと契約してくれる球団にも恥をかかせたくない。
そして、なによりチームの優勝のためにやっている。優勝するためにやっているのだから、シーズンが終わるまでモチベーションが切れるわけないですよね。
そして、先ほども言いましたけれど、応援してくれるファンがたくさんいる。「このような状況でなぜモチベーションが下がるのか?」と、私は常に思っていました。
モチベーションを保つためになにかをしたことはないんですけれど、40歳を超えて、非常にやることが増えました。
練習も、昔は「練習終わった。それラジコン!」というのでも体はぜんぜん保ったんですけれど、40歳を過ぎて、練習が終わって、「ラジコン行きたいな。でもこれはなにか体をケアしなきゃ潰れるかも。ちょっとマッサージしてもらおう」「もうちょっとトレーニングしていこう」。そういう時間が増えてきました。
そして春の練習、これから立ち上げていくという時も、前よりも時間は倍以上かかるようになりました。
最後の50歳のシーズンは、49歳、一昨年のシーズンが終わって、3日ほど休みをいただいて、あとはずっと練習していました。一昨年の大晦日、去年の元旦も練習をして、シーズンに備えました。
ただ、長い時間はかかりますけれども、「一生懸命、時間をかけてやれば、野球選手でいられる」ということは思いました。キャンプに入れば、どんどん若い選手には抜かれていきますけれど、でも終盤にはもう一度追いついて、野球選手の体でいられる。そういうような時間を過ごしてきました。
モチベーションに困るという方がもしいるなら、やはりなにか自分のためにやれること、そして誰かのために、会社のためにやれること、そういうものを常に探してやっていれば(と思います)。「いやいや、それでも私には」という方もいるかもしれませんけれど。
一生懸命がんばっていれば、いつか誰かが手を差し伸べてくれることもあるし、誰も来ない時もあります。私はたまたま手を差し伸べてもらいましたけれど、私より一生懸命練習してがんばっていたのに、クビになった選手というのはたくさんいます。
でも、なにもしないで終わるよりは、「やった」ということを思って終われたほうが幸せじゃないかなと思います。
もし、「いや、そんなこと言ったって、誰も手を差し伸べてくれない。それなら、こんなキツいことやりたくない」という人いるかもしれませんけれど、それは努力が足りないんじゃないかなと、厳しい言い方ですけれど、私はそう思います。
一生懸命なにかのためにがんばっていたら、誰かが見てくれているんじゃないかなと思います。私は今までやってきて、ここまで来れました。そういう意味で非常に幸せなのかなと思います。
「今の若いもんは」という言葉が嫌い
先ほども言いましたけれど、昔からの練習方法も変わってきました。私が入った頃はもうほぼ軍隊ですね。とりあえず倒れるまで走って、這いつくばって寮に帰って。
キャンプ地にウェイトトレーニング場なんかなかったです。「これがウェイトトレーニング場だよ」という場所にはダンベルが3個転がってるだけでした(笑)。そういう時代にプロに入りました。とにかく「走れ走れ」。
今の時代は、走る量こそ減りましたけど、その分ウェイトを非常にやるようになりました。体幹トレーニング。今の子たちって体、立派ですよね。
ただ、私は古い時代からの野球選手でしたので、古くてもいいものはずっと最後までやり続けました。走ることであったり、自分のトレーニングであったり。そのなかで新しいことも、後輩たちがしていることを見て「いいな」と思ったら、取り入れるようにしました。
私は社会人になったことがないんです。会社に勤めたことがないんです。ずっと50歳まで野球部員でしたから。でも、もしかしたら会社もそうなんじゃないかなと想像はしています。
私は「今の若いもんは」という言葉が嫌いなんです。今の若いもんは非常にしっかりしている。これだけ情報が簡単に手に入る時代なので、知識は私たちよりもあるんじゃないか。
ただ、私たちにはやってきた経験があると。そういうものをうまくミックスしてうまくやっていけば、先ほども言いましたけれど、やはり会社も先人の偉大な人たちがよくしようとしてやってきたことをみなさん引き継いでやってきた。
若い人も「そんなもん古いよ」というのは間違いだと思います。「根性で営業で取ってこい」と。「いやいや、ちゃんとリサーチしてやったほうが効率がいい」。でも、根性が勝つときもあるはずなんですね。そういう面でみなさん「やわらかい頭を」ということは伝えたいなと思っています。
私も「へー、今の子立派だな。最近の子すごいな。でも、昔の練習にも一理あるんだぞ」という話はいろいろと後輩たちにしてきました。
これからもしゃべりのほうでも、昔からの人の話も聞き、今の人の話も聞く。たくさんの方の、聞いてくださる方の意見を聞いて、話をしていきたいなと思っています。
緊張感とうまく付き合うには
そして、おそらく最後になりますけれど、私がこの激動のプロ野球で緊張感とどうやって付き合ってきたかということを1つお話したいと思います。
プロのマウンドというのは非常に緊張します。適当にやっていたのでは、上がることすら怖いです。ただ、先発投手をやっていましたので、どんなに不調でもマウンドに上がらなければなりません。
もうブルペンでわかるんです。「勝てるわけねーじゃん」って(笑)。こんな調子で誰が勝てるかと。それでもマウンドに上がらなきゃいけないんです。そういうときはもっともっと緊張します。
私は、緊張感というのは、失敗したくない、恥をかきたくない心だと思っています。想像してください。成功が決まっていることをするのに緊張するでしょうか。必ず勝つ試合なら緊張なんかしないですよね?
そして、やっぱり人間というのはそういう舞台で恥をかきたくない。そういう気持ちが緊張感を生むんじゃないかと私は思っています。
今スーツを着ている方がたくさんいますけれど、会社勤めの方がたくさんいると思います。緊張感からは逃げられません。必ず緊張感というのはつきまといます。ただ、軽くする方法はあると思います。
まず1つ。ふだんからやるべきことをしっかり準備しておくことだと思います。ルーティンというのはもしかしたらそういうことじゃないかなと私は思います。
私にもルーティンがありました。(試合で)投げます。次の日はジョギングを30分します。そして200M(ダッシュを)10本、100M10本、50M10本。それを2日やって、前日に30M10本やって、マウンドに上がります。これが1週間の私のローテーションです。
また投げます。200Mを10本走ります、100M10本走ります、50Mを2日間10本走ります。そして前日に30Mを10本走ります。これが1つでもうまくできないと、マウンドに上がるのが非常に不安でした。
いつも健康なときばかりではありません。足が痛くて走れないときもありました。やはりそういうときは緊張感も多いです。
とにかく緊張感とうまく付き合うには、踏ん切りをつけることだなと。「ちゃんとやったから大丈夫」。だから、ふだんからしっかりした行動が必要なんじゃないかと。
緊張感を取る方法
私は、試合前にもう1つルーティンとして、グラブとスパイクは必ずきれいにしていました。別に武士の嗜みというわけではありません。グラブとスパイクだけはしっかりまずきれいにしてマウンドに上がろうと。
そして試合前にグラブとスパイクを磨いている時に、「きれいにするからエラーしないでね」とか「きれいにするから滑らないでね」とか、そういうことをお願いしながらグラブとスパイクを磨いていました。
50歳になるおっさんがそんなことを言いながらグラブ・スパイクを磨くのは滑稽かもしれませんけれど、でもそれが私のルーティンであって、ルーティンが気持ちを落ち着かせるんじゃないかということで、必ずルーティンは守ってきました。
みなさんも毎日、「革靴ぐらいはきれいにしよう」「スーツぐらいしっかり着よう」「アイロンかけよう」「Yシャツぐらい自分でアイロンかけよう」とか、そういうルーティンがもしかしたらあってもいいのかなと思います。
なにか自分の気持ちを落ち着かせる、自分できっちりしっかりやっているから、自信を持ってその緊張感に立ち向かえる、というものを1つ持つと、非常に武器になるんじゃないかなと思います。
あと1つ、私がよく使っていた緊張感を取る方法があります。本当かどうかわかりませんけれども、緊張しすぎたらトイレに行ってください。おしっこをすると緊張感が少しほぐれます。
そのかわり、やることが始まったら絶対に行ってはダメです。緊張感が抜けると絶対にいい仕事はできませんので。
私1回試したんです。立浪(和義)選手に「山本さん、たまにはもっと楽にいってください」「なんで試合前そんな緊張してるんですか?」と。「そうだな」と東京ドームで1回ヘラヘラしていきました。すぐKOされました。「これはダメだ」と思いました。「今までどおりでいいんだ」と。とにかく緊張感を持ってやる。
ある先輩が言っていました。「辞めるとあの緊張感がもう味わえないんだ。それがさみしいんだぞ」という話を聞いたことがあります。
もう辞めてしまって、あのマウンドに上がる緊張感は味わえませんけれど、これからはしゃべるほうでもっともっと緊張する場面にも会うでしょうから、その時にこういう経験を活かしていきたいなと思います。
すいません。まだ話したいことはあったんですけれども、時間になりましたので、ここで私の話は終わらせていただきます。ありがとうございました。
(会場拍手)