ラグビーアナリストとして現場で働いた5年間

木下倖一氏(以下、木下):今日話す内容が「スポーツアナリストの現状と展望」と、そこから恐らく将来現場で求められるであろうスキルというものを考えてみたので、お話できればと思います。

木下倖一です。24歳です。職業は一応ラグビーアナリストをしています。一応というのは、学生のときからNECのラグビー部、サンウルブズというラグビーチーム、2019年にはニュージーランドのラグビーチームと契約してアナリストをして来て参りました。ただ、このコロナの影響でかなり自分のキャリア的にも見通しが立たず、現在は就活生でやっています。

好きなチームは浦和レッズと千葉ジェッツと、あとはNBAのBoston Celticsを僕は応援しています。

この学生時代から5年間、実際に現場でアナリストとして働いてみて、どういう感じなのかというのをお話したいと思います。自分の5年間の総括でもあります。「アナリスト」という言葉がけっこうややこしくなるので話をしておくと、スポーツアナリストは現場でデータ分析をしているのかというと、いわゆるデータサイエンティストが行うような高いレベルのデータ分析はできていません。

アナリストは総合格闘技

「アナリスト業務とは何か」と定義付けるとしたら、僕は「総合格闘技」と定義づけたいと思っています。

例えば僕がふだんの業務で使うものやソフトについてですが、Sportscodeという映像を編集するソフトと、Final Cut Proという、YouTuberがよく使っている映像ソフト、ドローン、Photoshop、Excel、あとは一応ちょっとRを使ったりしながら仕事をしています。なので、いろいろやらないといけないというのが、この仕事としてあります。

競技によりますが、データ分析はどちらかというとデータ集計だけにとどまるケースが多くて、紙とペンで正の字を書いた延長線上をソフトでやっているみたいな、その枠から出ない部分がけっこうあります。

それプラス、映像分析と制作。ドローンでビデオを撮ったり、試合の映像を使ってミーティングの映像を作るとかの映像分析。それも正直なところ、いわゆる映像ディレクターが作るようなすごくかっこいい映像を作るというよりは、とにかく明日のミーティングや3日後のミーティングのためにというスピード感を大事にやっていく仕事になっています。

データ分析、映像、プレゼンテーションの能力ですべてが最強のアナリストを僕はまだ見たことがなくて、実際には良くも悪くも器用貧乏になっているという一面があります。那須川天心ぐらい全部できれば世界のどのスポーツのどのチームに行っても勝てる、称号を取れるとは思いますが、現実的にそんな超人はいないでしょう。

世界の潮流としては、いわゆる僕らスポーツアナリストというのはビデオコーディネーターという呼ばれ方をすることが多く、それとは別にデータアナリストというもう1つのアナリストを雇うのが始まっています。NBAや、この間優勝したリバプールもそうだし、有名な『マネーボール』。『マネーボール』と野球だけは唯一例外的にちゃんとアナリストが2種類いるスポーツだと思っています。

なんで日本はそういうのがないかというと、アカデミックからコーチになった人やアカデミックから活躍している人が少ないという現状があります。アカデミックとスポーツのリンク。最初のgshiratoさんが言っていた「学際性」という部分が欠けています。

この「アカデミック」ではないこの日本のスポーツの中が、僕ら現場から何が変わるかというと、変わるのは厳しいだろうというところがあります。

スポーツアナリストの展望

ここで「スポーツアナリストの展望」に入ります。一般の会社で置き換えていただきたいんですが、いわゆるアナリストやデータ分析者と思われている方はいっぱいいると思います。じゃあ営業マンがいきなり「2ヶ月後にデータサイエンティストになってください」と言われて、できるのかという話を一般の会社で考えていただけると、言わずもがなで、答えは否なわけですよ。要するにかなりそれは厳しいと。

とくにスポーツアナリストの業界というのは、まず理系卒はいません。スポーツ系の学部を出られた方がすごく多いので、そもそものデータサイエンスを教えてくれるメンターも中にはいません。かつ、競技にもよりますがコーチへのステップ的な立ち位置を取られることが多いので、どちらかというとコーチングよりの映像コーディネーターになっているのは間違いない。

そして給料がすごく高くはありません。いわゆる理系の優秀大学卒が取れるような金額的魅力はそこにないという現状です。そもそもデータサイエンティストになれる素養のある人が現時点でこの業界にはいないですし、これからそういう人が来てほしいと思います。中にもうすでにいる人も、まだそういう人にお会いしたことがないかなというところがあります。

となると将来の展望は、これからデータ分析が進むとすれば、恐らくスポーツアナリストの仕事は現状維持で、データサイエンティストは外部から呼ぶだろうと。それが人的コストとしても、人間の能力的なところからしても現実味のある最適解になるかなと考えています。

将来現場で求められるスキル

そこで将来現場でスポーツアナリストに求められるスキルは何かという話になります。当面、データ分析能力はいらないというか、正直身の丈に余るものになるんじゃないかと僕は考えています。ただ、いずれデータサイエンティストのためにデータを溜める基盤だけは絶対に作らないといけないというのは将来的というか、今すぐにでも必要なものだと思っています。

現状のデータはこんな感じです。一応ぶっちゃける話をすると、僕の元いたチームはけっこう日本代表にも近かったんですが、データは神エクセルです。だから正直分析にも再現性がないです。たぶんこれからの未来にデータサイエンティストが来たときにすごいビックリしてしまう。

だから今僕たちがやらなきゃいけないことというのは恐らく、とにかくデータを溜める基盤だけは絶対に作るということ。なのでこういうのをやらないといけないなと。

自戒を込めて僕は正直Excel、Rとdplyrが正直手一杯なところがあるので、まだこれからSQLやサーバまわりを勉強しないといけないなと常日頃思うところです。なので、もしこの中に「スポーツアナリストになりたい!」という学生の方がいたら、いわゆるデータ分析というのはExcelをこね回すことではないということをまず1つ。

PythonやR、いろいろなことあるのでデータ分析の高みを目指していただきたいというのが1つと、やがて来るデータサイエンティストを受け入れる準備をたぶん僕らはしないといけないので、まずその環境整備といろいろなデータサイエンスに対する最低限の理解が絶対にないといけません。データサイエンティストは外部からというのは、さきほども言いましたが、大事なので繰り返します。恐らくこうなるだろうという展望です。

将来像としては僕らアナリストはどんどんハブになっていく。将来データサイエンティストを呼んだときにそのデータサイエンティストが話していることをコーチや選手、トレーナーに伝える通訳にならなければいけない。

通訳にならなければいけない上に彼らが来れるような環境を整備しておかないといけない。かつ映像分析をしなければいけないというので、通訳兼環境整備士兼映像分析で読み仮名がアナリストになるだろうというのが、僕がアナリストに対する将来像で、恐らくこうなるだろうと描いているものです。

なので、アナリストからある意味究極の器用貧乏、究極のジェネラリストを出すというのが、これからのアナリストに必要なことなのかなと考えています。僕もデータベースまわりは本当に真剣に勉強しないといけないなと、重い腰を最近上げている最中です。以上で発表になります。

Twitterやnoteをやっています。どちらも@k_shoppiでやっているので、ぜひフォローしてください。まじめな話は基本noteに書いています。ありがとうございました。

何が転換点になるのか?

司会者:ありがとうございます。本当に現場の生々しい話を含めていろいろとお話が聞けて、とてもおもしろかったです。事業会社でやるにあたっても、やっぱり最初にデータ分析チームが立ち上がったときはデータを溜めるところからがんばるというのは、すごいあるあるな話ですね。私自身も集めるところから始まってようやく高度なところができるようになってきたところがあったので、すごいあるあるだなと思いながら聞いていました。

さっそくチャットの中に1個質問が来ています。「データアナリストの方の目的というものが何になるのか」という話で、「これはチームの監督やコーチから降りてくるものなんでしょうか?」という質問です。

それともアナリストの中にこういうことをやりたいなという目的があることが多いのか、そういったところ。「データサイエンティストを扱える雰囲気じゃないというのは、監督次第とかそういうところになるのか、それとももっと他の依存要素が存在するのか」という質問が来ていますね。

木下:そうですね。ここに関してまず思うのは、データサイエンティストという人が直接監督とかコーチとかと一緒に仕事をするのはあまりよくないと思っています。なぜかと言うと、ぶっちゃけると僕なんかは、都合の悪いデータを出すと僕が責められる可能性があるので、基本的に出せなくなるんですよ(笑)。

基本的には将来データサイエンティストが来るであろうというのは、恐らくGMだったりの現場の離れた人間と一緒にチームの大きな将来の方向性を決めていくところに必要になってくるのかなと。そのときにただ現場で窓口的な役割、通訳的な役割をするのは、たぶん僕らスポーツアナリストだろうと考えています。

司会者:ありがとうございます。スポーツアナリストという役割なんですが、現状では、例えばそのスポーツをやっていた経験など、詳しいということが望ましい要件になっているということなんですか?

木下:そうですね。2つあると思っていて、1つは仕事自体が映像分析が多いので、競技者寄りの競技の理解をもっているという一方で、そもそも優秀なデータサイエンティストになれる人がそれを断ってまで映像分析の仕事をしに来るのかというとそうじゃない。それが例えば初任給が年収1,000万円とかだったら別なんですけど、そういう財的余裕がないので、そういう人材がそもそも流れてこないという話です。

司会者:なるほど。

木下:NBAとかは博士号をもっている新卒を超高給で取っているらしい。

司会者:そうですね。たぶん今の質問にも関係する質問を最後にしようかなと思うのですが、お話の中に日本だと野球ぐらいでしかデータサイエンティストを取る風土がまだないという話。一方で海外だといくつかの分野で出てきているというところなんですけど、何か転換点みたいなのが海外だとあったりするのかなとか、「日本だとどういうタイミングが転換点になり得るのかな」とかみたいなところはお考えあったりしますか?

木下:僕はモウリーニョだと思います。やっぱりアカデミックから出てきた人間がちゃんと現場で成功するという実例をもって急にアカデミックの内容はたぶん拡散していくと思うので、例えばサッカーであればモウリーニョがポルト大学出身の人を連れてきて戦術的ピリオダイゼーションを広めたみたいな話(モウリーニョの最終学歴は「リスボン工科大学」)。

NBAもヒューストン・ロケッツがたまたま研究者を連れてきて3ポイントを打ちまくる戦法がはまっていってそういう風土が拡大したと聞いているので、やっぱりまずどこかの物好きなGMがデータサイエンティストを呼んで、それが偶然結果を出したときに、たぶんアカデミックとスポーツがつながるのかなと思います。

野球もそうですよね。ビリー・ビーンを急に連れてきたから急に『マネーボール』が流行るという。

司会者:なるほど。おもしろい話でした。ありがとうございました。

木下:ありがとうございました。