読書によって言葉の使い方を身につけた

鳥越俊太郎 仕事の美学 君は人生を戦い抜く覚悟ができているか?

鳥越俊太郎氏(以下、鳥越):私がなんでこういう仕事ができてるのかときどき考えますけど。1つは小さいときから、恐らく小学校2年生3年生ぐらいから本を読んでたんです。講談本と言われる『猿飛佐助』『真田十勇士』こういうたぐいの本を、もう必死になって読んでた。

結構厚い本ですけど、漢字に全部仮名が振ってあって、もう自然に漢字も覚えてしまう。だから私は小学校中学校の間、全校で一番、漢字については知ってるという、それだけの自信はありましたね。それぐらい本を読んでた。

そして、中学生になると図書館行って。ちょっと色気づいてくる頃ですから、ディケンズの『二都物語』だとかバルザックの『谷間の百合』とか。あとはスタンダールの『赤と黒』とかですね。背伸びして、ラブストーリーみたいなものを読んだりしてました。

だから読書量だけは誰にも負けないくらい。大学生になってからも、本を読む。そういう読書量によって支えられてるひとつの、なんて言うんでしょうね。僕はどういう表現していいのかわかりませんけど、読書というのは、本を読むということは、一体どういう作業をするのか。つまり脳の作業ですね。脳の中で何が行われているのか。活字を読むということは、どういうことなのか。

これは後で考えたことですよ。読んでいるときに考えることじゃない。活字ってのは皆さん、記号ってあるじゃないですか。記号。活字の1つひとつというのは何の意味もない。まあ漢字にはもちろん意味があります。しかし平仮名にいたっては、意味のない記号の羅列ですよね。しかし並べると1つのまとまりになって、意味を帯びてくる。

しかし意味は出てくるけど、それじゃあまだ、その言葉の本当の意味はわからない。たとえば「ぞう」という単語を見たときに、頭の中にエレファント、象の姿が浮かんでくる。これは日常的な経験の中で、読書を重ねていく中で、頭の中で活字という記号に過ぎないものを、一度変換作業を行なって、具体的なものに変換したんですね。それで、鼻の長い象という姿を思い浮かべる。

つまり抽象から具象への変換作業をやるんです。反対に何か書くときは、具体的なものから抽象的な記号に置き換えるという頭の作業があります。この両方の作業を読書によって、言葉というもの、言葉がどういう意味を持ってるかということを、身につけていくわけですね。

人生に努力は必要ない

それが非常に豊かな人が、恐らく作家になったりするんでしょう。作家でなくてもいろんな、表現活動をすることになると思うんですけども。本を読むということがいかに大事か、ということを、私は後になってわかった。私はあんまり、自慢になることではないかもしれませんけど、努力というのは嫌いなんですね。

私がここで皆さんに申し上げたいのは、努力というのはね、1も2もなく100%これは正しいことだ、いいことだと皆さん思ってません?

親からも「努力しなさい」、学校の先生からも「努力しなさい」。世の中の皆さんが普通に思っていることは、努力というのはすればするほどいい。何かやるとすれば努力次第。努力しない人はちゃんとした褒美を与えられない、結果を与えられない、というのが常識だと思うんです。努力するということは、必ず、大変大事なことだと教えられてるんです。

しかし、私は努力することは嫌いで、コツコツやるのはだめだった。私は高校は進学高校に進学しまして、久留米大学附設高校というところに入ったんですけれども。受験勉強というのをほとんどしない、そのままで高校に入れました。

大学の進学というときも、受験勉強はほとんどせず、夏休みの補習授業というのを全部ボイコットして、山に登ったり、無銭旅行をやったり、そういうのばっかり。

私は本は好きだから読むんですけど、しかし努力をしてコツコツやるのは、本当に好きではなかった。いまになって思うと、努力は別にしなくてもいいんですよ。1も2もなく努力というのはとにかく大事だというこの常識を、僕はとりあえずみなさんに捨ててもらいたい。

(会場笑)

努力しなくていいですよ、人生は。だけど、僕は努力しない代わりに何を持ってたかというと、好奇心があったんです。つまり何か知りたい、見たい、聞きたい、触りたいという。何々したいという、こういう好奇心が人の何倍もあった。小さいときからですよ。

だからもちろん、女性に対する好奇心もいっぱいありました。いまはなくなりましたけど。

(会場笑)

まあ、まだ残ってますが、もう75歳ですから。もう露骨な好奇心は、残念ながらもうないです。でも、好奇心は失せてません。

心の年齢は好奇心で測るもの

ちょっと話は逸れますけど、私は毎朝、タニタの体重計に乗ってます。毎日ノートにつけてます。体重から始まってね、体内年齢とかね、いろんなものが出てくるんですよ。それ全部ずっとメモしてるんですけど、私の体内年齢いくつだと思います? 私75歳です、実年齢。そして、体内年齢。

参加者:50歳。

鳥越:48歳なんです。

(会場笑)

本当に僕は最初驚いてね、48歳って出たから機械狂ってるかと。それではっと思いついて、うちの奥さん連れてきて、ちょっと乗ってみろと。うちの奥さんが乗ったら、ほとんど実年齢に近い体内年齢が出てきた。だからこの体重計は狂ってない。俺の体内年齢は48歳だということで、非常に嬉しかったですね。

しかし人間には年齢がもう1つあって、それは心の年齢です。これは測るものがない。ものさしがないので、自分で決めるしかない。皆さんも自分で決めてください。自分いくつくらいか。測るものさしは好奇心です。好奇心がいくつくらいのときと同じかというので、測ってもらいたい。

私は、心の年齢は18歳です。18歳のときといまと、全く自分では変わってないと。好奇心全体の大きさとか幅とか、そういうことでいうと、変わってない。だから私は、18歳のときと同じ精神状態を保ってるので、心の年齢は18歳。

(会場笑)

だからね、皆さんも測ってみたらいいと思うんですよね。自分の体重計に乗って、自分の体重、実年齢、体内年齢、そして心の年齢。これをね、一応自分の中で測ってみたらいい。自分はいくつくらいかなって。自分の実年齢より年上の心の年齢が出たらもう、死んだほうがいいよ。

(会場笑)

やっぱり僕は生きている以上、実年齢を下回る心の年齢を維持したいです。そして若さが保たれる。これが何の好奇心もなくてぼーっとしてるようになったら単なる老人、ボケ老人になります。

私、75歳ですよ。今年の4月に渋谷区役所から保険証の切り替え通知が届いて、「あなたは後期高齢者向け保険証というのを使いなさい」とあって、カード式のは返還しないといけない。オレンジ色の紙があって、そこに後期高齢者保険証って書いてある。いちいち後期高齢者って言うなよと。

(会場笑)

だけど、私の場合は自分で後期高齢者と思ってないから。自分では18歳だと思ってるから。しかし身体が18歳というわけにはいかないので、身体の健康上の異常はいろいろあります。

しかし、髪の毛の薄い方は申し訳ないですけども。私は癌で手術を4回やったんです。それで抗癌剤を3年飲んだ。だけど幸い髪の毛は抜けなかった。この髪の毛があるおかげで、私75に見えない。若いって言われる。この間も58歳と言われて喜びました。それはちょっと言い過ぎだろって(笑)。もうちょっと実年齢に近いほうに、「75には見えませんね」くらいには言ってくれていいと思うんですけど。だから見た目年齢、心の年齢は意識してます。

性格は根っからの天邪鬼タイプ

そして、もう1回努力の話に戻りますと、努力をしなくても私は京都大学に入った。本当に京都大学文学部しか受けてないんですよ。ほかは一切受けなかった。1つしか受けてない。

私は高校の担任の教師に「お前の学力では京大は無理だから九大にしとけ」と言われた。それでまあ皆、友人は全部九大に行った。

私は小さいときからの性格として、人と同じことをしたくない。つまりめちゃくちゃ天邪鬼だった。人が「右に行く」と言ったら私は「左に行く」と言う。そういう根っからの天邪鬼タイプで。

私は小さいときから嫌いなものが3つある。どうしても嫌なもの。1つはジャイアンツ。

(会場笑)

周りは全部ジャイアンツファン。2つ目が自民党。周りが全部自民党。3つ目が東京。皆東京へ行きたがるから。ところがもうね、自民党はこれ好きとか嫌いじゃなくて取材の対象ですから、あんまり好き嫌いだけを言ってるわけにはいかない。いまの安倍政権を別に好きだとは言いたくはないけど、それは別として。

東京はもう自分が住んでますから、好きとか嫌いとか言えません。最後のアンチジャイアンツだけは守りぬいております。これだけは絶対に。

そういうふうに天邪鬼な性格があって、九大は行きたくない。皆が行くんだから。私は母親が京都の出身で、京都というと何か馴染みがあったもんですから、京都行きたいなと。

そしたら担任から「お前の学力では無理だから、九大にしなさい」と言われたけれども、私は「いや、浪人して行きますから」と言って、入試の1ヶ月前に、京都に行って下宿をしまして。もう落ちるもんだということで予備校に手続きとって、4月から予備校に通うことを決めた。