新国立競技場の再コンペは「出来レースだった」
建築家・坂茂氏が指摘する、日本の建設業界の問題点

トークセッション #6/7

2017年7月21日、銀座 蔦屋書店にて、同書店主催が主催のイベント「坂 茂と語る建築家の社会的役割」が開催されました。映画『だれも知らない建築のはなし』の監督、石山友美氏と建築家の坂茂氏が登壇し、トークセッションが行われました。イベントでは、映画に登場した建築家らのエピソードとともに、建築に求められる社会的な役割というテーマで語り合いました。建築家とは一体何か? 建築家は社会から何を求められているのか? 世界中で活躍する坂氏と、世界各国の建築形にインタビューした石山氏が、その深遠なるテーマを紐解きます。

日本の「建築に対する意識の低さ」と「建築家の責任」

石山友美氏(以下、石山):今回のイベントのテーマは「建築家の社会的な役割」ということで、映画の終着地も「建築家というのは社会にとって何なんだろう」というのを考える内容になっています。伊東(豊雄)さんも安藤(忠雄)さんも、日本においては建築家が社会から認知されていない、認められていないというのを「空しく感じる」というような発言があったんですけど、それに関しては共感しますか?

坂茂氏(以下、坂):すごくそう思いますね。例えば、「ポンピドゥ・センター・メッス」はフランスのメッス市につくったんですね。それで、街を歩いていると「うちの街にこんな素敵な建築をつくってくれてありがとう」と、見ず知らずの市民の人が声を掛けてきてくれるんですよ。日本じゃありえないですね。

逆に、日本では何が起こっているかと言えば、例えば中央都市へ行ってタクシーに乗って、立派な建築現場があるから運転手さんに「あれ誰がつくったんですか?」と聞くと、「あれは鹿島だ」とか「竹中だ」とか。

(会場笑)

建築家の名前なんか興味ないし知らないんですよね。運転手さんに「あの建物行きましたか?」って聞くと「いや、客は連れて行くけど、自分は美術館なんか行かないよ」と。意外と一般市民は公共建築を使ってないんですよ。

それは、建築家にも責任があると思うんです。公共建築なんだから、美術館は美術愛好家しか楽しめない建物じゃダメだし、音楽館も音楽愛好家しか楽しめない音楽館じゃダメだと思う。

だから大分でやったことは、普段まったく来ない人たち、街をふらふらって歩いている人たちも、いかにふらふらと入っちゃうような美術館にするか。それが一番のテーマだったんです。

確かに日本では、建築家の存在も知らないし、興味ないし、「血税使ってあんなコンクリートの塊つくって」と、ほとんど愛着を持たないんですよね。そういう日本の建築に対しての意識や文化的なレベルの問題もあるかもしれないけど、建築家の努力も足りなかったんじゃないかなという気がします。

石山:それは建築家のコミュニケーションというか、作品を伝えていくことが少なかったということなんでしょうか?

:さっきも言いましたように、公共建築はとくにそうですけど、市民に説明しなきゃいけない建築はダメだと思うんですね。日本の建築家に限らないけど、自分のエゴの表現としての建築に走っている人はやっぱり多いですよ。だから一般の人たちが愛着を持てない公共建築って結構ありますね。

「建築家に頼むと値段が高くつく」などの間違った認識が広がっているのは、やっぱり建築家のせいでもあると思うんですね。自分の建築のコンセプトや、エゴの表現としてじゃなくて、いかに市民に愛着を持ってもらえるかを考えながらつくらないと、いくら説明したってダメだと思うんですよ。

建築家の「エゴ」はいけないもの?

石山:ちょっと話が戻るんですけれども、一番はじめに「建築家になりたい」と思ったのはジョン・ヘイダックのものを見たり、磯崎さんの群馬の美術館を見に行ったり、そういった空間の体験だったというふうにおっしゃられてると思うんですけれども。

:いや、それはアメリカに行くきっかけであって、「建築家になりたい」と思ったのはもともとちっちゃいころ大工になりたいと思っていて。ものをつくるのが好きだったんで。

高校生の時に、さっき紹介された「a+u」という日本の世界の建築を紹介する雑誌を、たまたま僕の先生の家で見て。75年の特集号でジョン・ヘイダックとクーパー・ユニオンの特集とか、ピーター・アイゼンマンとかリチャード・マイヤーが特集されていて。

ジョン・ヘイダックは、ピーター・アイゼンマンの親友でニューヨークの建築家で僕の行ったクーパー・ユニオンの校長先生なんですけど。それでもうこの学校に行くっきゃないなと思って。それでアメリカ行っちゃったんですけども。アメリカに行くきっかけになっただけであって、彼らがきっかけで建築家になるってわけではないです。

石山:小さいころに大工さんに憧れていたということで。実際に手を動かしたりと、そういう「自分の作品に対するある種純粋な建築への思い」と、「建築家としての社会に対する使命感」というものは共存するとお感じになられたから、今お仕事をやってられると思うんですけれども。

エゴというふうにおっしゃられましたけれども、エゴというと言葉にすると悪い印象になってしまいますが、私はその部分もちょっと信じてみたいんですよ。

:いや、エゴがなければいい作品つくれないですよ。あなたも言ったように、エゴという言葉にしちゃうとなんとなく良くないけど、やっぱり自分の信念がなかったらいい建築物はつくれないですよね。ただそれをどう発揮するかっていう、発揮の仕方はいろいろあると思うんですけどね。

石山:それはやはり自分の内面の、言葉にすればエゴなんですけれども、そういったものを持ち続けながらも、社会に対する説明ということなんですかね?

:ですからその説明を言葉じゃなくて、建築で。説明しなくとも一般の人たちが気に入ってくれたり、使いやすかったり理解してくれるということを、建築でちゃんと喋れているかどうかだと思いますけど。

「新国立競技場」コンペの真相?

石山:まさに理想はそうであってほしいと思いつつも、やはり言葉の説明というものが日本では足りてないような気もするんですよね。建築家が何をやっているのか、何を考えてどういう建築を生み出しているのかというのがあまりにも理解されていないなと、とくに新国立競技場の問題なんかを見ていて感じるんですけれども。

:僕が説明するべきものではないと思ってるんですけど、あれは完全に政治の茶番ですよね。ザハは悪者に仕立てあげられちゃったけど、僕はザハと親しいんで、ずいぶん彼女から電話がかかってきて愚痴を聞きました。

政府の親しい人からちょっと聞いたら、結局「予算は1500億で通る」とザハは言われてた。ザハは「安くするんだったらするよ」と言ったのに、クライアント側がこれでいけるって踏んで。それでも安倍さんが他のことと絡み出して白紙にしちゃったんですけどね。

あれは、まったく彼女の責任じゃないし、「彼女を選んだこと自体コンテクストを壊す」とかそんなこと言う人いるけど、だって別に彼女はもともとコンテクストを大切にする人じゃないし。東京の街にそういうものが必要かどうかもわからないし。それは彼女の責任じゃまったくないですよ。

もうあれはほんとに政治の茶番ですね。

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