小田中氏が『組織を芯からアジャイルにする』読み終えた感想

市谷聡啓氏(以下、市谷):ここから、小田中さんと語りながら話をしていきたいと思います。小田中さん、お願いします。

小田中育生氏(以下、小田中):Zoom越しのみなさん、こんばんは。ナビタイムジャパンという会社で、VP of Engineering(Vice President of Engineering)をやっている小田中と申します。時間がないので詳細は省きますが、会社でアジャイル開発の導入推進支援などを行っています。よろしくお願いします。

(会場拍手)

市谷:ありがとうございます。ではさっそくいきたいと思います。まず小田中さんから見た“芯アジャイル”です。(書籍、『組織を芯からアジャイルにする』の)レビュワーもしていたし、その観点での感想もあると思います。読み始めて読み終えて、もう1回読んだ時にどんな感じか、教えていただくところからお願いします。

小田中:まずはレビューの話をいただいた時、Twitterで市谷さんがハッシュタグを付けて「本を書いているぞ」という話をしているのを知っていたので、レビューさせてもらえるうれしさと、「早くない?」と(笑)。

『デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー』が出てすぐだったので、「もう新しい本が出るの?」と思ったのと、今回は組織をテーマにすることに驚いたのを覚えています。

読み始めて感じたのが、組織の話と、開発の文脈・ソフトウェア開発の文脈は確かに離れていくんだけれど、紛れもなくアジャイルの話だというところです。アジャイルのマインドセットを組織が向かうべき方向と結び付けて、一歩一歩どう進めばいいかが丁寧に書かれている。本当に組織アジャイルの実践書だなというのがレビュワーとして感じたことです。

話を聞いた時は、先ほど言ったように早くて驚いたのと、読み始めた時に「本気でソフトウェアの外側に届けようとしているんだな」とすごく感じました。これまでの著作も意識されていたのかなと思いますが。

エクストリームプログラミングやスクラムという言葉も少し出てきますが、その中のテクニカルなプラクティスはぜんぜん出てこなくて、誰が手に取ってもわかるようにすることをかなり気にされているのかなと。

読み終えて感じたのが、実は私も会社でまさにアジャイルを組織に推進するチームのバックログとして、「組織にガイドラインを作って浸透させていきましょう」とか、「それを学ぶための勉強会みたいなものを設定してあげましょう、研修とかをやるといいですよ」ということをやっていたので、「市谷さん、俺が現場で何をやっているのか知っているのかな」と驚くくらいシンクロしていました。

組織を変えていくやり方として自分が向かっている方法は、そんなに筋が違っているわけじゃないという安心感を得られたのと、おそらく市谷さんはこれまでさまざまな現場に関わられてきたと思うのですが、みなさんが関わってきた現場と私の現場はぜんぜん違うのに、何かを変えていくアプローチはけっこう似ているんだな、すごくおもしろいなと思ったのを覚えています。

市谷:ありがとうございます。何か似通ったところがあるんでしょうね。制約が強い中でやっていくとなると、取れる手も似たものになったり、自ずと合ってくるものがあるのかなと思って聞いていました。

そもそもアジャイルとは何か?

市谷:私は今日「アジャイル」という言葉を気軽にバンバン使いますが、「そもそもアジャイルって何?」という方がいるかもしれないので、あらためて、アジャイルを一言や二言で言うと何なのかを、小田中さんに(説明していただきます)。

小田中:いきなりタフクエスチョンがやってきますね。アジャイルは、共通理解に基づいて向かう先をみんなで決めてから、少しずつ繰り返し的に作って学びながら毎日進んでいく、現実を見ながら少しずつアジャストして、作るものも自分たちも成長していくことだと思っています。ぜんぜん一言二言じゃなかったですね。

市谷:大丈夫です(笑)。やはり「現実を見て」というのがいいですよね。想像して、その想像に想像を重ねて、(さらに)その想像に想像を重ねて「そうなるかもしれない」とか「どうなるか」とかで判断して動くのではなくて、現実を見る。現実を見ているようで見ていないことって意外とありますもんね。

小田中:そうですね。願望だけで前に進めてしまう。「組織アジャイル」という言葉が出た時に、それが何でも解決してくれると思ってしまうと、まさに願望の世界になってしまうと思っています。

(スライドを示して)でもここに書いてある、「現実を見ましょう」とか「現実を見たあとにどう動いていくか」とか、すごく地に足が着いていることがアジャイル的だなと思って読ませていただきました。

市谷:ありがとうございます。

小田中氏が感じた日本の組織の課題

市谷:では、そういったところを踏まえて中身に行きたいと思います。組織がテーマなので、組織の課題は何かというところです。先ほど最適化の最適化の話をしました。小田中さんはこれまでにいろいろな組織をやってこられたと思うのですが、日本の組織の中での課題みたいなところ、もし感じているところがあればお願いします。

小田中:やはり1つは最適化かなと思っています。今日の会場のナビタイムジャパンは、10年以上前かな? 昔はどんどん会社が大きくなっていく中で、いわゆるピラミッド型の組織になっていったんです。隣の部署の人と話すのに少し手間がかかったり、まさに最適化が進行中だった時期があって。そのあと、「これじゃいけない」ということでフラットな組織になります。

今もそのフラットな組織は継続していて、それはすごくよかったと思っているんですが、やはり最適化に向かっていく動きはあるんだろうなというところ。あとは、日本の組織の課題という意味では、実は私は前職が外資系だったんですが、外資と日本で違うと思ったのは、日本はすごくコンテキストを作るんです。

みんなで共通の文脈を使って「当然これはこうだよね」という、「『ツー』と言えば『カー』」みたいなものを作っていく。それが日本企業の強みだと思いますが、もう「『ツー』と言えば『カー』だよね」じゃなくなった時にその文脈が通用しなくなるので、変わるので、もしかしたら(変化に対して)日本の組織は弱いのかなとずっと思っています。

市谷:そうですね。最適化の最適化の話も、「それを50年、100年やっている組織にはけっこう起きることなんじゃないの」と思う方もいるかもしれませんね。「大きな組織の問題なんじゃないのか」と思う方もいるかもしれませんが、これはどんな組織でも起こり得る問題だと思っています。例えば、5年くらいのベンチャーの企業でも起こり得る。

それはなぜか。ビジネスがうまくいくから組織が生き長らえていくんです。そういう状態を作るためには、自ずと業務が回らなければいけない。仕事がちゃんと回っていかなければいけない。そこで必ず最適化が走るんです。

なので、5年もベンチャーでビジネスを展開できているとしたら、もう何らかの立派な最適化を果たしていると思うんです。脇目も振らず「どんどん最適化していきましょう」となると、けっこう危うい。それが若い企業でも起きる可能性は、あると思います。

課題を乗り越えるために必要なこと

市谷:今の組織に必要なことは何かも考えていきたいです。課題を乗り越える、あるいはこの先に向けて何が必要になるか。いきなり難しい問いですが(笑)。小田中さんから、ありますか?

小田中:そうですね。この本を読む前から少し思っていたんですが、たぶん「アンラーニング」ですね。学び直しを続ける。言い方を変えると、課題を乗り越えるとか、それを超えたらもう安全だとつい思いたくなりますが、はっきり言って世の中はどんどん変わっていくので、変わり続けなきゃいけない。学び続けなきゃいけないという覚悟を組織に宿すことがとても大事なんじゃないかと思っています。

市谷:そうですね。難しいんですが、アンラーニングをしなきゃいけない。そのあたりの術がないから、多くの組織でアンラーニングがおきにくいのかなと思うんです。そのあたり、小田中さんはどうですか?

小田中:そうですね。逆にソフトウェア業界はなんでそこそこうまくできているのかなと思ったのですが、たぶんOSが変わったり、開発言語が変わったり、ソフトウェア開発は特に歴史が浅くて変化を余儀なくされることも多いから、そもそもアンラーニングをしなきゃ生き残れなかったからだと思うんです。

一方で、何十年もしっかりとしたビジネス基盤が成り立っているところは、現時点でもそんなに困っていない。困っていないと、「なんで学んだことを棄却しないといけないんだ」と、納得感を持って迎え入れられない。それを実現するには、大きい組織の中の小さいところで何か始めるしかないのかなとは思います。

小さいところで成功体験を積んだり、広い解空間の中で「これをやったら失敗するんだ」ということ自体が学びだと思うので、まずは失敗をしてもいい場所を作って、そこで試しながら、変化に対しての自分たちのケーパビリティを上げていくのがいいのかな。すみません、ちょっと抽象的ですが、そういうことなのかなと思っています。

市谷:そうですね。確かにOSのアップデートなどああいった節目みたいなものを自分たちで作り出していて、それによっていろいろなものを最適化し直さなきゃいけないのは、ソフトウェア業界の1つの特徴かもしれませんね。

伝統的なビジネス、不動産、証券業、銀行業なんかを考えると、基本的なOSはそんなに大きく変わってこなかったんでしょうね。

小田中:そうですね。実現するという意味で一番大事だと思っているのは、過去を否定しないということです。例えば何かを変える時に、「前のものはだめだ」とか、「もう時代遅れだから新しいものにしないといけない」とか、経緯を変えたいアプローチをしてしまうと反発もありますし、実際にこれまで数十年、場合によっては100年以上ビジネスを支え続けたものには間違いなくバリューがあるんです。

価値があるものすべてを否定して新しいものをやろうとすると、せっかくの良いものも失うし、その価値を支えてきた方々の支持は得られません。ちゃんとリスペクトしながら、「リスペクトしているのになんで変わりたいの? なんで変えたいの?」ということを、丁寧に対話で読み解いていく姿勢が重要じゃないかと思っています。

市谷:そうですね。今までやってきたことを否定することによって次に行こうとする進め方もよくあると思うんですが、逆にすごく抵抗があってなかなか進めなかったりするので、今小田中さんが言っていたことは、DXとかそういう活動を進めていく上でも重要な観点だと思ったりもします。

(次回に続く)