メタバースは本当に今求められているものなのか?
後藤智氏(以下、後藤):今、リモートでできる・リモートでできない、いろいろな種類のお仕事があるというお話をおうかがいしました。
最近FacebookがMetaという会社に変わり、彼らは「メタバース」という、オンラインだけどもう少し現実に近い空間を用意できないかと「Oculus Quest」などを提供しています。また新しいiPhoneやAndroidのような革命を起こそうとしていることについて、ちょっとおうかがいしたいと思います。
高橋さん、メタバースについてはどうお考えでしょうか?
高橋直大氏(以下、高橋):メタバースですか? 僕はメタバースにけっこう興味はあって、Oculusじゃないんですけど、ヘッドセットがここにパッと出てくるくらいにはVRに興味はあるんですよ。ですが、なんかやってみると、少なくとも今ではないなという感じはしています。
そもそも日常と同じように振る舞えるのがけっこう大切だと思っているんですが、今VRのヘッドセットをつけていても、「あっ、現実よりこっちで過ごしたいな」となることはほとんどないんですよ。気持ち悪くなってくるし、やはり見える範囲も狭いし。たぶん、そこを越えるまでは、まだそういうのはぜんぜんないと思っています。
3D空間に私たちが存在するようになるのがうれしいというよりは、例えばこういう会議では、たぶんカメラなんてこんなものでぜんぜんよくて、音声が3人被っても実際に集まっているのと同じように聞き分けられたり、うまいこと調整が利くとか。
オンライン通話だと「被るとよくないから基本、黙りにしておこう」みたいな感じがあるじゃないですか。普通の会議と絶対違うと思うんですよね。私たちは、その能力がこの2年ですごくついたと思うんですけれども。
そういうところから、今言われているメタバース、3D空間は必要なんだっけ、どうなんだっけ、ゴールが結局、アニメやゲームの世界のイメージを引きずっているんじゃないの? というのが自分の中ですごくあります。
ゲームなら当然中に入って遊んでもいいんですが、そうじゃなかった時に、本当にあれが必要なものなんだっけ? と、今いろいろ提示されているメタバースというものが、本当に将来求められているものになるかというと、ちょっと違うんじゃないかなというのが、僕の感想です。
後藤:なるほど、ありがとうございます。まつもとさんはどうお考えですか?
まつもとゆきひろ氏(以下、まつもと):年寄りなせいだと思うんですが、メタバース、Web3についてはだいぶ否定的です。あと何回かこのようなチャレンジが来て、それを乗り越えるようなものは出てくるかもしれないけれども、少なくとも現時点では山師のなんとかという感じではあるなと思っています。
Web3のほうがメタバースを必要としている
後藤:楠さんは、いかがお考えでしょうか?
楠正憲氏(以下、楠):一応、私の役所の机にも、こういうのが。
まつもと:みんなある(笑)。
(一同笑)
楠:この中で使う機会はないよね。真面目な話、ここ2、3年でデバイスはすごくよくなりました。ただ、キャズムを越えるにはもう何年かかかる。逆に言うと、ここまで流行った背景はいくつかあって、1つはコロナ禍のタイミングだったからこそ一気に普及した面。
あと、Web3の文脈で言えば、おそらくメタバースがWeb3を必要としているのではなくて、Web3のほうがメタバースを必要としているんですね。
つまり経済的価値の源泉が、金から紙のお金で裏付けがなくなった瞬間にすごく曖昧になっていった中で、やはり国民経済になっているわけです。
じゃあバーチャルエコノミーってどうなんだというところで、“経済圏を持つ”ということが、その価値を正当化するために非常に重要になってくる。投機ではなくて、バーチャルな実体経済がこの世のどこかにあるんだというフィクションがあれば、その値段を正当化できるんじゃないかということで、Web3の人たちがたぶんメタバースを引き込んできた。
Facebookがなぜそこに投資をしているかというのにも、政治的な背景があります。スマホで商売をしている限り、3割がApple、Googleに税金を持っていかれてしまう。彼ら自身が荘園領主として、3割税金を取る側に行くためには、新しいフロンティアが必要で、OculusなどVRのデバイスが1つのきっかけになるんじゃないかと。次のスティーブ・ジョブズになりたいというのは、たぶん彼らにあると思うんですよね。
メタバースが社会をどう変えるのかはまだわからない
楠:そういった政治的な背景の中で、今メタバースやWeb3は、コロナ禍で非常に注目をされていますが、それが社会をどう変えるのかというのは、まだわからないです。
なんというのかな、おもしろいフェーズ。私もまだ毎年買い替えるんだけど、スマホってぶっちゃけ変わらなくなっちゃったじゃないですか。だけど、たぶんVRゴーグルとか、まだ高くてあまり手が届かないARとかのクオリティは、これから2年とか5年で、10年前のiPhoneのようにすごくよくなってくるので、そこでなにかおもしろいことを始めるやつが出てきたらいいなと思います。
ただ、話をぐっと戻して、リモートワークとの関係で言うならば、これはあくまでリモートで住む世界のリアリティやロイヤルティをどう高めていくかという話です。出社しなきゃいけない介護労働者の方など、いわゆるエッセンシャルワーカーの方の生活を変えるものではない。
むしろバーチャルの延長で捉えたほうがよいし、ほかのことと、ながらでできない分、よりその人を強く拘束するものである。それゆえに、本当にそのために時間を取れるのかとか、部屋の広さが足りるのかとか、特に日本の住宅事情を考えた時に本当に流行るかは……。
なんで役所の机にこれを置いているかというと、家族を持っていて、たまにしか家族と顔を合わせられないのに、そこでゴーグルをしているのはあり得ないわけですよ。大型テレビでゲームをするんだったらまだあり得るけれど、これが家庭不和の原因になっちゃう。
だから、(クオリティが)もうちょっとよくなって、ひとり暮らしだとすごくパラダイスになりそうな気はするんだけれども、そのうち、「VR家庭内離婚」とかが出てくるんじゃないかという気がしていて、これはなかなかおっさんには手ごわいぞと思ったりはしますね。
プログラミングの楽しめる領域を見つけて熱中してほしい
後藤:プログラミング力の向上から始まり、最終的にメタバースの話になりました。最後に将来の展望、ITに関する希望などをおうかがいしたいと思います。では、高橋さん、お願いします。
高橋:需要がすごく増えてきて、それに対して子どもの数は減っているので、技術者は足りなくはなるのですが、その中でもよく育っていますし、みんなけっこうITに興味を持って、いろいろとやってくれているんじゃないかなと思っています。それをもって「日本が明るい」と言えるかはわからないですが、少なくともメチャメチャ悲観するような状態ではないと思っています。
なので、これを見ているみなさんも、ぜひプログラミングの楽しめる領域を見つけて、技術力を伸ばすというより、もうそれに熱中して自然とそれのプロになる感じになってほしいなと思っています。ありがとうございました。
後藤:ありがとうございます。
激動の時代は新しい技術にとってチャンスである
後藤:まつもとさん、お願いします。
まつもと:パンデミックがあったり、戦争があったり、あるいは円がメッチャ安くなったり、社会的には激動の時期ではあるんですが、これは、ある種のチャンスだと思うんですね。
だいたい新しい技術というのは、景気が悪かったり、なかなか難しい時期に、それをバネにして生まれてきたような気がする。Rubyだってバブル崩壊の後に生まれてきた、それが間接的な原因になって生まれたようなものなので。
そういう意味で言うと、今のみなさんには、ある意味チャンスがあるんじゃないかなという気がするんですね。そのチャンスを一生懸命考えて、自分に最も良い選択をしてもらえればいいんじゃないかなと思います。
後藤:ありがとうございます。
エンジニアには胸を張って楽しいことに突き進んでもらいたい
後藤:楠さん、お願いします。
楠:私も就職氷河期世代でバブル崩壊後に社会に出たので、正直ITの世界に入る時は、非常に悲観的でした。戦後の繊維産業に入るようなもので、ひょっとしたら、おっさんになった時に苦労するんじゃないかという恐怖を持ちながら、そうなったらそうなったで考えればいいやと思って入ったんですけども。
蓋を開けてみると社会や環境が大きく変わって、いろいろな仕事がなくなったり増えたりしているんだけど、たぶんこれから世に出てくるものは、広い意味でほとんど中にソフトウェアが埋め込まれているんですよね。
ITという産業なのかというのはわからないんだけど、プログラムでコントロールされるものは増える一方で、そこに魂を込める、そこを通じて社会を変えていくという仕事が減る気は、最近はしない。
もちろん、昔と同じ働き方で同じようにたくさんのお金をもらえるかというのはわからないし、国内で働くのか、海外で働くのか、オープンソースデベロッパーとして別のかたちで生きていくのかとか、いろいろな生き方はあると思うんだけれども。
世のほかの仕事と比べると、まだ本当にいろいろな道がある世界だし、胸を張って楽しいことに突き進んでもらえたら本当にいいなと、安心してそういうことができる社会にしていかなきゃいけないなと思います。
後藤:ありがとうございました。本日は、1時間半ぐらいお話をいたしました。非常に光栄でした。みなさまの今後のご活躍をお祈りしております。本日はどうもありがとうございました。
高橋:ありがとうございました。
まつもと:ありがとうございました。
楠:ありがとうございました。