デザインマネジメントとは何か

司会者:はい。それでは大トリのセッションはデザインマネジメントにフォーカスしてまいります。タイトルは「デザイン経営の先にあるもの 〜デザイナーの役割を更新するデザインマネジメント〜」でお届けします。さっそくですが、ゲストを紹介していきたいと思います。

まず1人目のゲストですが、エムテドの代表取締役/アートディレクター/デザイナーの田子學さんです。よろしくお願いします。

田子學氏(以下、田子):よろしくお願いします。

司会者:2人目はリクルートのプロダクトデザイン室/ニジボックス クリエイティブ室の磯貝直紀さんです。磯貝さん、よろしくお願いします。

磯貝直紀氏(以下、磯貝):よろしくお願いします。

司会者:それでは前半で15分ずつ、田子さんと磯貝さんに事例と自己紹介をしてもらいながら、後半戦でパネルトークをしていきたいと思います。このセッションは、みなさんからの質問を受けて、それを適宜お二方に投げていきますので、ぜひデザインマネジメントの疑問や質問・コメントをコメント欄に入れていただきたいと思います。それでは、さっそくですが田子さん、お願いできますでしょうか?

田子:はい。代表の田子と言います。これから少し自分の実例を含めてデザインマネジメントがやれることをお話をしていこうと思います。(スライドを示して)ここには「デザインマネジメントとは何か?」と書いてありますが、実は明快な回答はデザインマネジメントには存在しません。

なぜなら、いろいろな企業や組織のその時の状況によって、正解が全部違うからなんですね。なので1つのメソッドで同じように成功するかというと、そういうものではないんです。それを実例とともにお話しますので、ぜひ聞いていただければと思います。

自分のデザイナーとしてのスタートはプロダクトデザインなんですよね。ただ大学で、デザインマネジメントを学んでいたこともあり、日々の業務で、この日本に足りないことは何かを考えた時、やはりデザインマネジメントが足りないなと思ったこともあり、自分が学んできた本質のデザインマネジメントを日本にインストールしていきたいなと。

そういうきっかけの中で、今はいろいろな会社さん、大・中・小・ベンチャーなど、いろいろな方たちとデザインということを武器にしながら、アセットの組み換え、もしくは日本の産業自体の構造を変えていくようなことをやっています。

実際にどういうデザインをしているかというと、デザインマネジメントに今期待されていることは昔と比べてだいぶ変わってきていて、より拡大しています。ある意味非常にうれしい話ではあります。環境対策みたいな大きな話もあれば、自動車産業のような話もありますし、企業が町を作るような話もあります。

そんな時、メッセージとしてデザインをどのように掲げていくのかはとても大切なので、お声がけがあったり。エネルギー政策も含めてどう考えていくか。こんなこともデザインやクリエイティブで解決できるんじゃないかと相談があります。

それぞれに共通しているのは今まで個別で動いていたものをトータルで見た時に、どういった価値が生めるのかという、そういった広い視野で俯瞰してなかったよねと。こういうところで、デザインが非常に望まれているということです。

研究者が研究者らしくない組織を目指して

その中で実例でお話するのが、三井化学の例になります。「MOLp」と書いてモルと言います。我々が目指しているものは0から1を生み出すところです。今までは新しい何かを作るといった時に、だいたい誰かが昔やったものの延長上、誰かが敷いたレールにそのまま乗っかっていけば売り上げが右肩上がり、みたいな話がありましたが、今は違いますよね。

VUCAの時代と呼ばれていて、本当に何が起きるかわからないような時代に対して、誰もまだ見ていないちょっと先を想像し、自分たちだったらここにいけるんだと、そこを示そうじゃないかという動きをやっています。

これがMOLpのメンバーなんですが、みなさんに見ていただきたいのは、研究者の表情の変化なんですね。弊社は、MOLpに伴走してすでに7年目になります。これは1年目の時です。

この時すら「これは研究者なんですか?」と聞かれるぐらいにみなさん豊かな顔をしていましたが、これが3年経つとどうなるかというと、皆さんさらに豊かで本当に何か達成をしたような。

司会者:はっちゃけていますね。

田子:そんな顔になっていますよね。

司会者:良いですね。

田子:これはつい最近、2021年の写真です。

MOLpをもっと広めていきたい!そういう意気込みというか熱量を感じるんじゃないかなと思います。こんなMOLpですが、会社の中の組織として実在しているものの、いわゆる通常業務ではないんですね。もちろん最終的に事業活動に結びついていくのですが、部活動なんです。

部活というとサークルとかありますが、そういうことではなくて、独立した砂場として機能します。イノベーション組織とか決められた枠があって、その中で「みなさんはいどうぞ! やってください!」という手順とは違うんです。

「こういうことを考えているんだけどやりたい」というメンバーが自発的に集まりそれをどうやってビジネスマネタイズまで持って行けるか。このような取り組みなんですね。

(MOLp Cafeの取り組み概念図を共有しながら)この中身をちょっと見てもらいたいんですが、実はこれはたぶんいろいろな会社さんでもあると思いますが、社内ブランディングと社外ブランディングが分かれていませんか? また、広報とコミュニケーションとも分かれていませんかと。実はそれぞれ被りながらすごく無駄な動きをしていることが多いんですよね。これをまずはまとめています。それに本業である開発をかけ合わせる。不定期なんですが、研究者のネタも溜まると外に対して公開することもやります。

これがMOLp Cafeです。さっきちょっと冒頭で写真を見せたものは全部三井化学の単独展示です。しかもそこで説明するのは、営業の方ではなくその直近の研究者がお客さんと話をして、自分たちの未来はこうあるべきなんじゃないかを問うことをやっています。

最終的には社内システムとして、プラスチックの未来や化学の未来を自ら築き上げられるようなマインドで醸成することを目的としています。我々はその中で、端的に言うと①ストーリーのある製品のあり方、②意識改革と行動変容、③創造性あふれる職場改善、の3つを大切にしています。

基本的にはみなさんプラスチックを普段からたくさん使っていますけど、それぞれどう使ってどう捨てていいかわからないことも多いと思います。こういった普段から使っているものだからこそ、自分たちから素材の背景とストーリーをきちんと伝えましょうと。今ではこの循環で意識改革から行動変容が起き始めて、職場自体が変わろうとしています。こういうことをトータル的に動いているんですね。

80パーセントが海から生まれたミネラルでできたプラスチック

このような取り組みの中でおもしろい事象がありまして、まったく新しいプラスチックが出来たんです。今は海洋プラゴミの話などがけっこう話題になっていますが、これは海とプラスチックの関係性を違う角度で見るとこんなことが起きるよ、ということを数年前に開発し、今はいろいろなところに使われ始めようとしています。

このNAGORIという樹脂は80パーセントが海から生まれたミネラル。これにプラスチックを20パーセント配合することによってできたプラスチックなんですね。きっかけは研究者との「プラスチック容器のご飯はまずいですよね」というたわいもない会話です。

じゃあどうすればおいしくできるのかといった議論に至り、こういうことをやってみると、陶器のような物性計算によって、おいしく感じられるとか。さらにはすごく重くてひんやりして肌触りが良い感じなんですよね。

こうすると今度はプラスチックへの価値観が変わっていくんですよね。なのでプラスチックバッシングの今日ではありますが、こうやってSDGsの6番12番14番に貢献するということもできるのです。

ちなみにこのNAGORIはプラスチックの素材だけでグッドデザイン賞のBEST 100を受賞しております。こうして日々使われる素材をもう一度俯瞰して見直していくことも1つの大きなテーマだと思っています。

また、一般の人はあまり見たことがないと思いますが、産業用のプラスチック原料を運ぶ袋があるんです。産業界では15年経つと強制的に廃棄されるんですが、実は15年経っても耐久性が、90パーセントスペックで残存していることがわかったんですね。

なので、これはB to Bではなく、Cに対象を移せばまだ使えるよねということで、これらを切り刻んでバッグにしたりお財布にしたりして生まれ変わらせるプロジェクトを始めています。今の時代はNFTの仕組みを利用してこのバッグが今後どのような道をたどってどのような人に渡っていったのか。それさえも価値にしてしまおうという取り組みです。このバッグ自体は産業基準で15年以上は使えないですが、日用品としては、たぶん100年ぐらいは持っちゃう素材なんですよね。

このように、プラスチックを長期間にわたって使うライフスタイル視点でも我々は研究していまして、このバッグを現在は一般にも販売しています。

司会者:三井化学が、ですよね?

田子:そう。我々はこういうコミュニケーションをすることによって、プラスチックへの理解と可能性を知るという、ムーブメントにしようとしていています。その先には巡り巡って新たな市場や産業活性化が起きることを期待しています。

僕がこういういろいろなところで講演すると、実はサイトでの売り上げが一瞬バーンッと上がるみたいな話があって(笑)。

(会場笑)

今日見てくれている方がどれくらいこれに共感してくれるかわかりませんが、ぜひ覗くだけ覗いてもらえると、我々のやっている未来と、活動の中身を理解してもらえるかなと思います。

2021年のMOLp Cafeには長谷川ミラさんも来てくださって、彼女もこの展示会に来てプラスチックへの考え方が変わったということを、ぜんぜんやらせなしで語ってくれているYouTubeがあるので、これもぜひ動画を見てもらえればと思います。

「部活動」がブランドに混じって表彰される理由

今までのような活動がどのように評価されるのかという話になりますが、これを見てもらいたいんです。

実は我々は、MOLp Cafeをやるたびにこういうことがきちんと数字化されていて、みずほ証券のアナリストが、我々のMOLpの展示を観た後の株価が3615円の時点で、目標株価を4700円とし、投資判断を「買い」とするレポートを発行しました。

ここに書いてあることでうれしかったのは、「素材の持続可能性をデザインする意思を高く評価する」と書いてあったことです。1つの見方じゃなくて、あらゆる見方を総合編集して、きちんと価値を与えられるか。ストーリーをきちんと作っていけるのか。ここが今重要なテーマなんじゃないかということで、三井化学の橋本社長とこのレポートを書いたアナリストである山田さんとの対談レポートもありますので、見ていただければと思います。

2021年の末にはこういう地道な部活動だったものが、一般的に名前が通っているようなブランドに混じってアワードをいただいたりもしました。

司会者:すごいですね。

田子:BotoB企業の部活としてすごいおもしろいことになっちゃったなと思っているんですが、本当にありがたいですね。こうやって認知があって世の中を変えていけるのであれば、これが1つの回答かなと思っています。

そして今は、これらのマインドがいよいよ社員一人一人ができるところからいろいろなことをやっていこうという雰囲気に変わり始めました。(実際のDIY風景を見せながら)今画面に映っているのは、最近まで倉庫だった場所なんですね。研究者たちと壁をペンキで塗って、コミュニケーションスペースとしてブックカフェを作りました。外注するんじゃなくて、自らが手を動かすということが重要なんです。最近は皆さんとこういった働く空間まで一緒に作っていくこともやっています。

半導体事業者がなぜワインを造るのか

そして2つ目。実は弊社はワイナリーもデザインしていまして。(日本の労働人口の予測グラフを見せながら)この図のとおり、この日本における労働人口はこうやって右肩下がりにすごく落ちていて。

司会者:悲しくなりますね。

田子:悲しくなるような図がいっぱいあるわけですよ。でもこれは僕は幻想だと思っています。いくらでも跳ね上げられると思っていて。

司会者:すばらしい。

田子:実はこのワイナリーはもともと半導体事業者が国内工場をワイナリーにリノベーションした例です。世界の半導体市場で、日本は90年代を頭にしてそのまま右肩下がり。今は半導体不足でちょっと跳ね上がっていますけど、とはいえ8パーセントなんですよね。

こういう中で、何か新しいことができるんじゃないかと思って始めちゃったのが、オーナーの松坂浩志さん。「ワイナリーをちょっと考えているんだけど」と相談されたのが始まりなんです。もともとB to Bの人ですから、コミュニケーションベースでのデザインを考えたことがないわけです。これからワイナリーを造るということは、まさにデザインが必要だから一緒になって考えてくれないか、ということで彼と取り組んだのです。

ではどういうことが価値のレバレッジが効くかを松坂さんが整理してたんです。そう言って見えてきたのが、クリーンルームの資産活用。クリーンルームの中で当然ワインを造ると、すごくクリーンなワインが作れるかもしれない。

司会者:おもしろいですね。半導体で使うやつですよね。

田子:そうなんですよ。これは世界中で誰もやっていなかったんです。日本だからできるアセットの使い方だと思いましたし、なによりおもしろい。そして半導体加工には欠かせない液化窒素。これはワインの酸化を防ぐためにも必要なもので、さらにはこの半導体製造施設では月産3億個のチップを作っていたところなので、半導体の製造プロセスで培った管理体制が、ここで十分に活かされるわけです。

それで、こういうものを全部リノベーションをかけるとどういう効率で動くかというのを試算すると、実は60パーセント以上の高効率でリノベーションできるとわかったんです。なので、地域の未来を見据えてワイン事業を始めてみようというのが始まりなんです。

これがもともと半導体事業をしていた時の建物。これを誰が見ても「なるほど!これなら本当においしいワインになるのも納得」と思えるにはどうしたらいいか。

もともとオーナーからのオーダーは屋号とラベルデザインとショップのデザインだったのですが、松坂さんが思う先にあるストーリーまで提示して、オーナーと一緒になってデザインをしていきました。ここまですることによって、商品を受け取る人たち、いわゆる消費者・カスタマーの人たちが納得をする。そこを一気通貫していくのがデザインマネジメントだと思っています。

これはYouTubeのビデオがありますので、なぜここにあってこういうことをやっているのか、オーナーが思う意思をぜひビデオで見ていただければと思います。余談ですがこれは半導体プロセスのクリーンルームの中にある醸造施設なんですが、この丸で囲ってある制御盤。これも実は自社開発しています。

司会者:すごいですね。

田子:産業転換の中でも、自分たちのリソースをを捨てるのではなく、違う形でまたそこで活かせることになるんですよね。工場の中にはゆったりと楽しめるストアもあります。今はようやく蔓延防止も終わって、4月からテイスティングも始まるので、もし時間がある方がいたらぜひ訪れていただきたいです。

見た目だけなく味も評価

山梨県からも表彰されまして、この美しい県土づくりとしても大賞をいただいていたり、海外からも賞をいただいていまして、これは中国で一番大きいデザイン賞ですし、先日ドイツのワインコンクールでは金賞もいただきました。

司会者:すごいですね。

田子:まさに日本のワインとして味が評価されたということですので、味、ワインの本質的なところもご賞味いただければと思います。こういったサステナビリティな姿勢が注目され、Audiのビデオにも松坂さんは出ています。松坂さんがなぜワインを造ろうと思ったのかというストーリーもまとめられているので、見てもらえればと思っています。MGVsのFacebookやインスタのフォローもお願いします(笑)。

(一同笑)

というわけで、このへんで弊社の紹介と事例を終わりにしたいと思います。ありがとうございました。

司会者:すばらしいボリュームでありがとうございます。田子さんの話を聞いていると、本当に三井化学の研究員の方々の意識が変わって、意識が変わることによって会社自体が変わっていくところをダイナミックに感じました。

あとはワイナリーの事例は、終わってそのままなくなっていくわけじゃなくて、そこの価値にレバレッジをかける。そこのデザインマネジメントはリノベーションもそうだし、新しいワインという農作物も含めてマネジメントされているのがすばらしいなと思いながら聞いていました。

後半につづく