
2025.03.07
メール対応担当の8割以上が「カスハラ被害」に クレームのハード化・長期化を防ぐ4つの対策
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平沢勝栄氏(以下平沢):自由民主党の平沢勝栄でございます。まずはじめに日本とトルコの友好関係についておたずねしたいと思います。けれども、世界に親日国というのは数多くありますけれども、その中でもっとも親日的な国の1つはトルコであることは間違いないだろうと思います。
今『海難1890』という映画が上映中でございますけれども、あの映画にも描かれていますけれども、1890年にトルコの使節団が日本に来られました。そして明治天皇に謁見(えっけん)されて帰国の途次に、和歌山県の今の串本町、紀伊大島沖合で台風に遭遇しまして、船は大破して沈没したわけですけれども、その時に紀伊大島の皆様が必死に救助作業をしてくださった。その結果として69名の方が助かったわけでございます。
その69名の方を日本はトルコに送り届けたわけでございまして、トルコの皆様は今日でもこのことを覚えていて、それは教科書にも書かれています。そして今でも日本国民に感謝しておられるわけでございます。
平沢:1890年から95年たった1985年に、今度はイラン・イラク戦争が長期化する中でイラクのサダム・フセインは「今後48時間以降はイランの上空を飛ぶ飛行機について無差別に攻撃する」ということを宣言したわけでございます。その時に各国は競って救援機を出して自国民をテヘランから国外に脱出させたわけでございます。
けれども日本の場合は、その飛行機はなかったんです。自衛隊は行けない。そして民間機も安全性が保証されないということで行かない。日本国民はテヘランに取り残されてしまった。その時にルフトハンザとかエールフランスなんかは一部の日本国民を運んでくれましたけれども、日本人を運んでくれなかった飛行機もあったわけでございます。
その時にわざわざ自国民、トルコ国もテヘランに600人ほどいたにもかかわらず、日本国民のための救援機を出して、そして国外に運んでくれたのはトルコなんです。
なぜトルコが運んでくれたかというと、そのきっかけを作ってくれたのは、1890年のトルコの船が座礁したときに、その時に必死に助けてくれた日本国民、紀伊大島、串本町の皆さんの恩義を忘れない。そしてその時のことを感謝して、それを恩返しということでやってくれたわけたわけでございます。トルコの皆さま方のそのご厚誼(こうぎ)には頭が下がる思いでいっぱいでございます。
そこでまず防衛大臣にお聞きしたいと思うんですけれども、自国民がそういった形でテヘランに取り残された。しかし日本から行く飛行機はまったくなかったというのは、1985年の状態です。映画を見られたほとんどの方は、なぜ日本は自国の飛行機を出せないんだろうと思われたと思いますが、なぜその時だったら出せなかったのか、今だったらどうなのかお答えください。
議長:防衛大臣中谷元くん
中谷元氏(以下、中谷):1985年当時は、外国における災害とか騒乱などの緊急事態の際に邦人を安全な場所に避難させる必要が生じた場合に、自衛隊機の輸送、この手段によって輸送を行う法的根拠規定、これがありませんでした。
その後平成6年に政府専用機が防衛庁に移管をすることを契機に自衛隊法を一部改正しまして、自衛隊の航空機による邦人輸送の改正を行ったわけでございます。現在はこの法律に基づいて法律の改正を行ったわけでございます。現在は、この法律に基づいて邦人の輸送が可能でございます。
議長:平沢君。
平沢:当時は、まだ日本は国家の体(てい)をなしていなかったということで、一歩日本もまともな国家になってきたということだろうと思います。そこで総理にお聞きしたいんですけれども、総理も映画をご覧なられたと思いますけれども、トルコ国民の友情には本当に頭が下がる思いでいっぱいでして、そのトルコに、第二次安倍内閣ができてから3回、その間にG20 サミットもございましたけれども、3回行かれておられます。
これは本当に日本とトルコの友好関係を深める意味では大変よかったと思いますけれども、トルコのような友好国を大事にすることも、私たちはこれから力を入れていかなければいけませんけれども、ほかにも親日国というのは世界各国でいっぱいありますし、これからそういった親日国をどんどん作っていく。
そのためには総理もどんどん外国に行っていただきたいなと思いますけれども、映画を見られた感想も含めて総理のご所見をお伺いしたいと思います。
議長:内閣総理大臣安倍晋三君。
安倍晋三氏(以下、安倍):日本に関して非常に好印象、親日的な気持ち持っている国はたくさんというか、私はほとんどの国は日本に対して好印象を持っているといってもいいと思います。その中でとくに日本に対して強い思いがある国の1つがトルコなんだろうと思います。
先ほど議員がおっしゃった『海難1890』、私も拝見いたしました。あの映画の中でも触れられておりましたが、今から30年前ですね。テヘランで厳しい状況が発生した中において、日本の自衛隊機すら、残念ながら法律上の問題があって邦人、同胞を救出に行けなかった。もちろん民間機でもそうでありますが。
その中でトルコの外相が、自国民は乗せずに自国民は陸路で帰る。そしてそのかわりに日本人を乗せて日本に運んだ。これはなかなかできることではありませんし、逆にその判断を私たちができるかというような問いにもなってくるだろうと思います。
安倍:しかし、そういう判断をした背後には、その判断をした時の首相は、実は国民から称賛されました。それはなぜかといえば、エルトゥールル号の出来事に起因するわけではありますが、かつて和歌山県沖で遭難した際、地域の人たちがまさに自分たちの食糧、食べるものも削って彼らを助けた。このことはトルコで教科書に載っていて、トルコの国民みんな知っているんですね。
日本人を知らなくても、彼らが実は私びっくりしているわけであります。その中で「今度は私たちが助ける番だ」ということであったのだと、このように思う次第でございます。私もトルコに数回足を運びました。エルドアン大統領も、先般も日本にお越しいただきました。
その中でたとえば2020年のオリンピック、イスタンブールと日本、これはライバルではありましたが、あの会場で、IOCの会場で「日本」というアナウンスがあったときに、一番初めに私のところに来て、握手をして、そして抱き合って祝意を表明してくれたのはエルドアン大統領でありました。
こうした関係をしっかりと大切にしていきたい。これはまさに国益にもつながっていくわけであります。日本に対してそうした感情、気持ちを持っている多くの国に対して、日本も応えていくことが、私は大切なんだろうなとこのように思っております。
議長:平沢くん。
平沢:ありがとうございました。トルコ国民の皆様に心から御礼を申し上げたいと思います。
平沢:それからもう1つ、今『杉原千畝(スギハラチウネ)』という映画が上映されておりますけれども、これについても一言質問させていただきたいと思います。
この杉原さんというのは、日本の外交官だったんです。戦前日本の外交官でリトアニアの領事館に勤務しておりおられましたけれども、ナチスの迫害を受けておられるユダヤ系難民の方々が国外に脱出したいということでビザを求めて領事館に殺到されたわけです。
その時に日本の長官からの指示は、ビザ発給していいけれども最終目的地の入国手続きが完了していること。それから旅費とか滞在費を持っていること。この2つが条件だったわけですけれども、必ずしもこの条件を満たしているとはいえない方々も含めてビザを発給されたわけです。その結果として6000人のユダヤ系避難民の方々が助かったということでございます。
これに対しまして、今、世界各国では大きな称賛の声が出ているわけでございます。とりわけイスラエルは杉原さんの隆起、決断に大変な感謝をしておられます。イスラエルは1969年にこの杉原さんに叙勲されております。そして1985年には「諸国民の中の正義の人」という賞を与えておられます。大変に今でも感謝しておられます。リトアニアには、今この杉原千畝さんを記念した記念館というものもあります。
そういった中で外務大臣にお聞きしたいんですけれど、外務大臣、外務省としては大先輩のこの杉原さんいたして、どういう対応をしてこられたのか、どう思っておられるのか、それについてお聞かせください。
議長:外務大臣岸田文雄君。
岸田文雄氏(以下、岸田):杉原千畝による「命のビザの発給」によりまして、多くのユダヤ人の方々の命が救われました。杉原氏の行動は戦後70年を経た今日におきましても、世界に広がるユダヤ人を通して各国で高く評価されております。杉原氏の行動は勇気ある人道的な行動行為であり、杉原氏の業績を後世に語り継いでいくことは重要であると考えております。
外務省におきましても、これまで外務省外交資料館に杉原千畝憲章プレートを設置し、2000年にその序幕式を実施。当時の河野外務大臣が祝辞を述べるなど杉原氏の憲章を行ってきました。
平沢:議長。
議長:平沢くん。
平沢:杉原さんは1947年に外務省をお辞めになっておられますね。なんでお辞めになられたかちょっとよくわかりませんけれども、いずれにしてもしましても、こうした大事な先輩がおられたということを誇りに思って、これからも外務省の方にはがんばってもらいたいなと思います。総理も映画を見られたと思いますけど、総理、ご感想があっていましたら一言お願いします。
議長:安倍総理大臣。
安倍:まさに杉原千畝さんという方は、自分でこの責任を取る覚悟で判断をし、多くのユダヤ人を救った。まさにこの日本人の勇気が多くの外国の人々の命を救った、ほんとに感動的な映画でもありました。昨年日本がイスラエルを訪問した際にも、杉原さんの存在がいかに大きいかということを改めて実感したところでございます。
その後、ワシントンを訪問した際にホロコースト記念博物館に参りました。杉原さんのコーナーもございました。そして帰りがけに1人の高齢のご婦人が私の前に立たれたんですね。そして私の手を握って、「私は杉原さんによって助けられたサバイバーの1人です。今、私の命があるのは杉原さんのおかげです」
同時に、実はその後、彼女は日本に来ました。数ヶ月間日本に滞在したんですが、「自分はあの時初めて、他人があんなにあたたかいということを知ることができた。あの時の経験は自分の人生を変えた。そのことを今日はあなたに伝えるためにここにやってきました」と涙を流しながらそうお話をされたわけでございます。まさに杉原さんが行ったことが、いかに人間にとって大切なことかということを実感したような次第でございます。
議長:平沢君。
平沢:ありがとうございました。杉原さんがおられたということ、日本人としても大変誇りに思うところでございます。
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