人材獲得競争が激化する今、一度退職した社員を再雇用するアルムナイの取り組みが注目されています。今回は、トイトイ合同会社 代表社員/元ニトリホールディングス 理事 組織開発室 室長の永島寛之氏にインタビューしました。本記事では、指示命令型から対話型組織に変わったニトリの人事制度改革についてお伝えします。
組織は大きくなればなるほど、居心地が悪くなるもの
——前回、永島さんもソニーで海外事業や新規事業の立ち上げをされたように、ソニーはすごくチャレンジをさせてくれる会社であるとうかがいました。アルムナイがうまくいっている背景として、そうした企業文化があるとのことですが、ほかの企業でも取り入れられるようなポイントがあれば教えていただけますか?
永島寛之氏(以下、永島):そうですね、「ソニーのような大手企業だからできるのでは」と思われる方もいらっしゃるかもしれないですね。でも、ソニーもリクルートも、創業から組織を拡大させながらも、組織と人の関係性をできるだけ変えないように、なんとかしてフラットな場所、平場を作り続けようと努力しているんですよね。
組織論的に言うと、放っておくと組織は大きくなればなるほど、居心地が悪くなってくるんですよ。大企業になると、組織は多層化してしまい、やはり組織対個人というのがフラットな関係じゃなくなってくる。たぶん(ソニーもリクルートも)大企業病的なところを当然抱えていると思うんですけど、そこで常に手を打ち続けるということですよね。
大きな事業の転換みたいなこともみんな経験している中で、カルチャーを保とうとしている。だからこそ、大企業でありながら、(辞めた社員とも)比較的フラットな付き合い方ができるんだと思うんですね。
退職した部下と上司のすれ違い
永島:おもしろいのは、アルムナイって本来の「人間対人間」の関係に戻るんですよね。組織にいた時の上司部下の関係では、基本的に部下は上司の指示命令に従いますよね。もちろん上司部下の間でもしっかりと対話をして従ってもらう会社もあると思います。ただ基本的には部下が上司に従う関係になりますが、アルムナイになるとフラットな関係性になるんですね。

だから、もともと組織にいた時から対話をしてしっかりと関係性を持っている方は、アルムナイをするとうまくいくんです。でも、もともと上下関係でビシッとやっていると、アルムナイ(の場)に行った時にお互い変な感じになるんですね。
上司は部下のようなつもりで話すし、部下の方は、もう会社を辞めているんだからフラットに「人間対人間の付き合いをさせてくれ」って思うんだけど、そこがけっこう合わなくてアルムナイが盛り上がらない。
「同期会ならいいけど、先輩がいるようなアルムナイ(の場)には行きたくない」ってなるんですよ。だからそういう意味で言うと、もともとフラットな関係を作ろうっていう組織開発をされている会社は、比較的アルムナイも作りやすいと思います。
社員同士のフラットな関係性をつくるために
——退職者と良好な関係を築くには、在籍時からのフラットな関係性作りが重要なんですね。永島さんはニトリで人事責任者として採用、育成、人事制度改革を主導されてきました。社員同士のフラットな関係性を作るために、人事としてどんな工夫をされていましたか?
永島:いろいろな施策はありましたが、すべての施策において、個人の価値観を大切にするように考えていました。昔は同じ方向に価値観を持っていって、社員の行動を縛るのが組織の作り方だったんですよ。でも今の時代、価値観を強要されると、みなさん居心地が悪くなるんですね。つまり、個人の価値観を大事にして多様な考え方で組織に付加価値を生むという時代。
それぞれの価値観をいじるのではなく、お互いにそれを理解をして、その上で、必要な行動は合わせようと。お互いを理解した上で同じような行動を取れるようになるというのが、今の組織の作り方なので、けっこう難しいんですよ。
だから例えば、1on1の対話の時間を作ったり、あるいは1on1のやり方を変える。もともと上意下達でやるような組織だと、1on1って言われても、ただ業務命令しているだけみたいになりがちなので、フラットに対話する。そういうルールにする。
ニトリで行った評価制度改革
永島:ソニーはもともと、多くのところでそういうカルチャーがあります。ニトリはやはり小売業で、規律が乱れると組織としておかしくなってしまうので、仕事の進め方はどうしても指示命令に従うところがあります。
ただ、一定の時間フラットに話す場がないと今の人は辞めてしまうから、それを使い分けることを、ニトリではいろんな施策で行ったり、評価の中にもそれを入れていました。

例えば、上司の選び方もだいぶ変えました。企業の成長時期は、何でも指示して考え方を固めて、指示通りに動いてもらうことが必要だったんですけど、その後の拡大期においては、やはりそのコミュニケーションだけだと破綻していったり、人が辞めていってしまうので。
上司に就く人のタイプも変えていったりして、組織をだんだんと対話型の組織に変えていきました。
——評価制度はどんなふうに変えられたんですか?
永島:それは行動評価を増やしたということですね。数値を中心に見て、数値を上げた人は昇格していくというのがすごく強かったんですけど、それは今も残ってはいるものの、行動評価や育成といった部分を、上司の評価に入れていった。ニトリでは行動指針を作り直して変えて行きました。
それでもやはり(指示命令することも、多様な考え方に合わせることも)両方やらなきゃいけないので、あるところは価値観を一致させて、あるところはそれぞれということで、それなりに難易度は高いですよね。
——そうですね。上司と部下が対等に話せるような関係性を作っていくというところは、具体的にどうやってやっていったらいいのか、難しく感じられる方が多いように思います。
永島:やはり関係性の構築は日々の積み重ねなので、時間がかかるものなんですね。なかなかうまくいかないけれども、1つの基準を見せることで、そこに向かってがんばってもらうしかないですよね。
これからはそういう自分のチームとの対話ができて、それぞれの人の価値観を理解して、上司として取ってもらいたい行動を取ってもらう。そういうことができる方じゃないとマネジメントの仕事はもらえなくなる時代が来ています。
30代、40代になっていく上でのリテラシーみたいなものですよね。それができなかったら、マネジメント職ではなく、潔く専門職としてずっとやっていけばいいと思うんですよ。
アルムナイは組織の状態を映し出す「鏡」
永島:さっきも言ったとおり、その関係性があればそのままフラットにアルムナイにもなるし、その後も続いていくんですよね。だから、上司と部下という上から下の関係性は、雇用契約が切れると終わりますよね。言うこと聞かないですよね。辞めた後も元上司の言うことを聞いていたら、おかしいじゃないですか。
だから、アルムナイは、現在の組織の鏡になっていると考えることもできますね。アルムナイの状態をみると、その組織のカルチャーを垣間見ることができます。
昔は荒れている学校で、卒業したら先生に仕返しをするとかありましたけど(笑)。あれも、卒業するまではやらないんですが、卒業すると関係性がフラットになるから、できてしまう。だから形式的な関係性じゃなくて、人と人との関係性(を作ることが大事)ですよね。
日本人って、やはり会社の中では作られた関係性を演じているところが大きいんですね。いわゆる「世間体」と言うやつです。僕はアメリカに2年いましたけど、アメリカでは人間としての付き合いをしているなって感覚はありましたね。
日本の会社でも、唯一飲み会とかに行くとそういう関係性に戻れたりするんですけど、最近はそういう場も減りました。育児をしている方は参加できないとかもありますし、そういう(会社以外の場での)延長戦も今はしづらいと思います。上意下達のコミュニケーションを取る上司は、「役職があるから、みなが言うことを聞いているだけで、役職がなくなったら何もなくなるよ」というね。
——最初におっしゃっていた、アルムナイ採用で戻ってくるのは在籍時に上司との関係性が良かったケースが多いというお話にも通じますね。ありがとうございます。