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グローバルの経営理論に学ぶ、企業アルムナイ成功への示唆〜中央大学ビジネススクール 犬飼知徳教授(全2記事)

日本の総合商社6社の「アルムナイ」研究でわかったこと 企業が元社員とつながることで生まれる価値

早稲田大学日本橋キャンパスにあるファイナンス専門の大学院「ファイナンス研究科」を応援する卒業生の会として設立されたファイナンス稲門会。同会主催のセミナーに、中央大学ビジネススクール教授の犬飼知徳氏が登壇し、「企業アルムナイ」をテーマに講演。日米の最新研究をもとに、企業アルムナイが企業にもたらす価値や今後の可能性について語られました。

「アルムナイ」が企業にもたらす価値とは

犬飼知徳氏:企業アルムナイは、実際のビジネスの現場でもまだ始まったばかりの現象であり、我々の研究から見ても、2000年以降に顕著になったものと考えています。研究としても2023年頃から本格的に取り上げられ始めた段階で、非常に萌芽的なテーマです。

我々の研究では、こうした点に注目しながら実態調査を進めています。本日は、実際に見聞きした話も交えながら、「企業アルムナイの成功への示唆」に関連する部分についてお話ししたいと思います。

まず1つ目として、先ほどお話ししたPSV(Post-Separation Value)、いわゆる「退職者価値」「離職者価値」についてです。

PSVは企業にとっての価値だけでなく、企業アルムナイの側にとっても重要な要素です。アルムナイにとって何の価値もなければ、そもそも関係が維持されることはありません。そのため、「PSVとは具体的に何か?」という点を、より深く考えていく必要があります。

PSVには、企業側の視点だけではなく、多様な価値の側面があると考えています。例えば、コンサルタントやデータ・サイエンティストといった高度な専門技術者がアルムナイとなった場合のPSVと、飲食チェーンのアルムナイにとってのPSVでは、大きく異なるはずです。我々は現在、このPSVの分類を整理し、どのようなパターンがあるのかを検討しています。

また、我々が調査している総合商社においては、PSVのあり方もまた独特です。例えば、外部のアルムナイが行っているビジネスから情報を取り込み、新たな価値を創出する役割を果たすことがあります。

一方で、総合商社のアルムナイが年に一度のアルムナイイベントなどに登壇し、「この企業の出身者は外でも活躍している」と示すことは、採用ブランディングや企業ブランディングにもつながります。

さらに、人材輩出企業としてのブランド価値が確立されることで、「まずこの企業に入社し、その後独立しよう」というキャリアパスを考える優秀な人材を惹きつける可能性もあります。こうした形で、企業アルムナイの活用方法は多様化しており、それぞれの業界や企業ごとに異なるPSVのあり方があると考えています。

それに対し、スターバックスやマクドナルド、Soup Stock(スープストックトーキョー)のような企業では、キャストやアルバイトとして働いていた人たちがアルムナイとして再び集まり、何かを一緒に考えていくケースがあります。

これは、ある種のファンマーケティングとも言えるもので、企業に愛着を持って働いていた人たちが、一番のファンであり、インフルエンサーにもなり得るという点で、マーケティング的な価値を持つことが特徴です。

企業アルムナイはビジネス上の新たなつながりを生み出す場

このあたりのアルムナイのあり方については、まだ我々も研究を進めている段階ですが、さまざまなパターンが考えられます。PSV(Post-Separation Value)についても、今後何らかの指標を用いて測定できるようにすることを検討しており、現在は分類と測定の方法を整理しているところです。

また、企業アルムナイ同士による価値創造という観点で考えると、マカリウスの研究は企業と個別のアルムナイの関係、つまり1対1の関係性を想定しており、「アルムナイ同士のつながり」についてはあまり考慮されていません。

しかし実際には、退職したアルムナイ同士がつながり、情報交換やネットワーキングを行うことで、新たな価値が生まれるケースも多く見られます。このようなアルムナイ同士の関係性が、どのように価値を創出していくのかについても、今後さらに注目すべきポイントだと考えています。

例えば、住友商事には公式のアルムナイ組織がある一方で、有力な起業家OBが旗振り役となった、住友商事出身起業家の有志コミュニティも存在しています。その中では情報交換が活発に行われており、アルムナイ同士でつながりを築いているケースがあります。

また、三井物産の有志アルムナイでは、起業家として独立したメンバーに対して資金を提供する、いわばVC的な機能を持つ会社を立ち上げています。こうした動きからも分かるように、企業アルムナイは単なる出身者ネットワークではなく、互助的な要素を持つコミュニティとしての側面も強くなっています。

我々が定義する企業アルムナイは、元の企業のOBOGであると同時に、現役のビジネスパーソンであることが特徴です。そのため、単なる同窓会的な集まりとして楽しむだけでなく、ビジネス上の新たなつながりを生み出す場にもなっています。

我々の研究では、企業アルムナイ同士のコミュニティの動きや、そこでどのような価値が生み出されているのかに注目しています。つまり、企業側にとっての価値だけでなく、アルムナイ自身にとっての価値は何なのか、という視点も重要だと考えています。現在は、こうした点について研究を進めているところです。

企業アルムナイの成功を支える「運営者」という存在

我々が研究で注目しているポイントの3つ目は、「企業アルムナイの成功の秘訣」に最も近い部分かもしれません。それは、企業アルムナイにおける運営者の存在が非常に重要ではないか、という点です。

先ほどからお話ししているように、企業アルムナイはボランタリーな組織であり、参加は完全に自由です。参加したくなければ、アルムナイには関わらなくても構いません。そのため、適切に運営しなければ、すぐに活動が停滞し、過疎化してしまうこともあります。さらに、もし内部にトラブルを起こす人がいれば、他のメンバーが離脱し、一気にコミュニティが崩れてしまうことも考えられます。

一方で、アルムナイの活動が継続的でなければ、ビジネス的な価値を生み出すのは難しい。そう考えると、企業アルムナイを安定的に発展させ、継続的な価値を生み出していくためには、定期的なイベントや活動を通じて、参加者を引きつけ、関係を維持することが不可欠です。

しかし、この役割を企業側の担当者が担うのは難しいのではないかと考えています。むしろ、辞めた人のことは、同じくアルムナイとなった退職者の方が理解しているでしょう。アルムナイが何を求め、どのように活動を継続すれば価値を感じられるのか。その答えを持っているのは、企業ではなくアルムナイ側の運営者なのではないか、というのが我々の仮説です。

実際、今日司会を務めている高橋(龍征)さんも、ソニーグループの有志アルムナイ組織の発起人です。ソニーのアルムナイをどのように運営し、どのような工夫をしているのか。その知見は、我々の研究対象である総合商社のアルムナイ研究にも大きな示唆を与えています。我々は、こうした運営の実例からもインサイトを得ながら、研究を進めています。

企業アルムナイという現象はまだ新しいものですが、今後、日本の産業界全体で人材の流動性はさらに高まっていくと考えています。その中で、完全に社内人材と外部労働市場が分かれるわけではなく、一度企業を経験した人たちがアルムナイとしてつながりを維持することで、新たな競争優位を生み出せるのではないかというのが我々の仮説です。

もちろん、企業アルムナイはまだ萌芽的な現象ですが、時間が経つにつれて、具体的な成果が見え始めてくるのではないかと考えています。

企業アルムナイが持つ可能性

これまでの話の中でも少し触れましたが、我々は現在、企業アルムナイをいくつかのタイプに分類して考えています。

例えば、総合商社やコンサルティング会社のように、人的資本の質が競争力の源泉となる業種では、アルムナイとの継続的なつながりが非常に重要です。元社員が外部で活躍しながらも企業とつながりを持ち続けることで、新たなビジネスチャンスや知見の共有が生まれます。

一方で、企業特殊スキルを持つ人材のアルムナイも存在します。例えば、産業機械のエンジニアなど、特定の専門領域に精通した人材は、狭い分野であっても業界内でのつながりを維持することで、技術や知見の循環が生まれる可能性があります。

また、スターバックスやマクドナルドといった飲食チェーンでアルバイトを経験した人々も、企業アルムナイとしてのつながりを持つことがあります。こうしたケースでは、ファンマーケティングの側面が強く、元従業員がブランドの支持者として企業の価値向上に貢献する可能性があります。

さらに、企業城下町のように特定の地域に産業が集積しているケースでは、地域単位でのアルムナイネットワークが形成されることも考えられます。例えば、豊田市の自動車関連産業や、日立市の電機産業、浜松市の楽器・自動車産業など、地域ごとの人材の流動性が企業アルムナイの形成に影響を与える可能性があります。ただ、この領域については、まだ明確な動きが見えているわけではなく、今後の研究課題と考えています。

今はまだ、企業アルムナイの価値について「出戻り人材」の側面が強調されがちですが、それだけではなく、より長期的な競争優位につながる可能性があるのではないかと考えています。

企業アルムナイ研究が示す、これからの組織と人材の関係性

ここまで30分ほどお話ししましたので、今日の内容を簡単にまとめると、企業アルムナイというのは、世界的に見てもまだ研究が始まったばかりのテーマです。アメリカのように人材の流動性が高いとされる社会であっても、研究の蓄積はそれほど多くはありませんが、実際に企業アルムナイの動きが活発になってきていることは確かです。

こうした先行研究も興味深いのですが、我々は企業側の視点だけでなく、辞めた人の視点や、アルムナイ同士のコミュニティとしての価値に注目しています。企業アルムナイの本質的な価値は、単に企業が元社員とつながり続けることだけではなく、アルムナイ同士がネットワークを築き、新たな価値を生み出していく点にあるのではないかと考えています。その視点から、現在、総合商社6社の横断的な比較研究を進めています。

総合商社6社のアルムナイの運営形態を見ていくと、企業側、特に人事部が主導しているケースもあれば、完全にアルムナイ自身が主導しているケースもあります。さらに、企業とアルムナイがうまく連携し、トップマネジメントが積極的に関与しながら企業戦略と結びつけているケースもあります。

同じ総合商社でも、企業アルムナイの運営方法にはさまざまな違いがあり、それぞれ特徴的な活動を展開しているのが非常に興味深い点です。具体的な内容については、ご質問があれば詳しくお話ししたいと思いますが、今日の研究紹介はこのあたりで締めくくらせていただきます。

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