本音と建前を一致させることが大切
斉藤徹氏(以下、斉藤):機械とかコンピューターだったら、正しいコマンドを入力すれば、必ず正しい結果が返ってくるんだけど。でも人は心を持っているから、仮に「こうしてほしいんだよね」って正しいことを言ったとしても、自分で決めないと反発しちゃいますよね。特に言い方がすごく大切になります。
実は言い方は、言語情報だけじゃなくて、非言語な情報もとても大切です。表情、目の輝き、相槌とかね。今からそういったことを考えていきます。この主人公のおっさんは、「技術論の前に、人間として大切なことがあるかな」と、ブランコに乗りながら考えるんですね。
さっき、「ウチとソトのバランスを取りながら人間は成長していく」というお話をしましたが、まずは内側だけ、自分の中だけを見てみましょう。やはり、自分らしく幸せに生きるために、とても大切なことってあると思うんですよね。
僕は50歳を過ぎてから、ようやくこういうことを考え始めて、気が付き始めたんです。まず、言っていることとやっていることが一致しないと、人にはぜんぜん信用されないなと。人に信用されないことを何回も繰り返して失敗して、自分が信用されるためにも、誠実であることは大切だよなとわかったんです。
でもそれだけだと、つらくなってきちゃうんですよね。やりたくないこともやらなくちゃいけない感じになってくるので。だから、思っていることと言っていること、本音と建前を一致させたほうがいいんじゃないかと。思っていることを言って、それをやれることが一番大切なんじゃないかと思ったんです。
でも、自分には大切にしているものがありますね。信じているもの、信念がある。さすがに僕ぐらいのジジイになると、「こういうふうに生きたいんだよね」というものができてくるんですね。
それが正しいか悪いかよりも、その人の価値観は、自分の人生の中で醸成されていくので、一人ひとり違うと思います。ただ、共通善のようなものもありますよね。価値観の中でも、共通しているものもある。
いずれにしても、信念、自分の価値観を軸に生きて、大切にしていること、思っていること、言っていること、やっていること。これらすべてが一致することが、すごく幸せなことなんじゃないかなと、僕は今感じているんですね。
コミュニケーションは「伝え方」のテクニックだけでは不十分
斉藤:今日はコミュニケーションについてですが、自分自身の幸せも大切だし、これらを一致させないと、コミュニケーションもうまくいかないよというお話なんです。
普通、コミュニケーションの技術と言うと、「こういう時に、こういうふうに言えばいいんだ」みたいな、伝え方の技術が大切だというお話もあります。でも、いくら言葉が巧みであっても、思っていることが違ったら、表情や態度から心の中身が透けちゃったりしますよね。
それはなぜかと言うと、非言語がすごくものを言うからなんです。言語コミュニケーションはあるんだけれども、こういった合いの手や声の感じ、表情や視線が、言葉以上にものを言いますよね。
あと、オンライン会議で非言語コミュニケーションの(スライドの)赤いところは伝わる。さらにリアルで会うと、接触もできるし、空間もある。こういった非言語コミュニケーションが、思いっきり相手に伝わっちゃう。むしろ人間というのは非言語のほうを見ていると。
「メラビアンの実験」(矛盾したメッセージが発せられたときの人の受けとめ方について、人の行動が他人にどのように影響を及ぼすかを判断するアルバート・メラビアンが行った実験)が参考になります。
例えば「私は元気です」と言ったとしても、メールだけだったら、「私は元気ですから大丈夫です」「ああ、元気なのか」と思う。
でも、電話ですごく元気のない声で「まあ元気です」みたいに言われたら、「元気です」という言葉そのものよりも、耳で聞いたもののほうを人間は優先する。実際に(その人を)目の前で見たときには、人は目で見た情報を一番に優先するということです。
だから人間は言語情報も大切なんだけど、それ以上に聴覚や視覚情報のほうが、ずっと人の心を動かすんだと。それがメラビアンの実験ですが、要するにテクニックだけじゃ駄目なんだってことですね。
メンバーを“ビジネスの道具”として見るとうまくいかない
斉藤:じゃあどうすればいいのか? ここからはソト、つまり他者との関係性についてです。人間は誰も1人では生きていけない。だからこそ、ウチとともにソトとの関係、人間関係が大切になります。助け合う関係を築くことは、社会生活を営むためにとても重要です。
その鍵となるのは、やはり「会話」ですね。お話をすること。でも、言った言葉だけをぶつけあっちゃうと、「どっちが正しいんだ」みたいな議論になりがちです。これはもう戦いになっちゃう。
言っていることが違ったとしても、無理に意見を一致させたり、どっちかを選ぶのではなく「どういう意図があってそれを言っているんだろう」と、お互いに思いとか考えを理解し合うと、一歩深い関係性になってくる。より相手のことがわかってくる。
さらに、価値観の差異まで思いが至って、その背景にあるこだわりがわかると、お互いが納得できる第三案を共創できる。人間というのは、言っていることだけじゃなくて、それぞれの人の内側、言葉の背景まで思いが至ると、コミュニケーションは良くなっていきます。
このように、自分のこともあまりよくわかってない上に、相手を深く理解するためには何が必要か。やはり僕は(スライドを指しながら)これだと思うんですよね。ビジネスの場合は、特にリーダーになると、メンバーをビジネスの道具として見てしまう。
人間的な側面や私情は抜きにして、役割や機能を求めるべきと考える。「私」は人間なんだけど、メンバーを「それ」として扱ってしまう。やはり、これではコミュニケーションはうまくいかないと思います。
昔は統制する組織の中で我慢していたんだけど、今はもうそういう時代ではありません。自己決定の欲求を一人ひとりが強く持っていて、それが満たされないと、なかなか(人が)動いてくれない。人間として当たり前の欲求が大切にされる時代になりました。
人間関係の問題を解決するコミュニケーションのステップ
斉藤:相互に理解し合って考えて決めていくと、コミュニケーションがうまくいく。そのためには、「自分と同じように、相手も人生の主人公として生きているんだ」ということを思い出す。これが、コミュニケーションの前にとても大切なんじゃないかなと思います。
さっきのおやじさんがブランコに乗って思い付いたのは、このことじゃないかなと思うんですね。「まあ俺も大変だけど、あいつも大変だよな。よく考えたら、確かあいつも結婚したばっかで、そう言えばいろいろ言っていたな」と。ここから先は技術の話をするんですが、その前に、ここがやはり大切だと思うんですね。
人間関係の問題を解決する時のコミュニケーションの基本として、まず言葉の問題より前に、自分と向き合って自分自身が仮面を外す。そして、大切にしていること、思っていることと、言っていること、やっていることを一致させていく。
その上で、「相手も1人の人間で、自分と同じように人生の主人公として生きているんだ」ということを思い出す。そうすると、相手の内側にも思いが至るようになりますね。
この①「自分と向きあう」と②「相手と向きあう」を経て、考え・言葉・行動を一致させないと、「仏造って魂入れず」(物事をほぼ成就するところまでいきながら、最も肝心な点が抜け落ちていることのたとえ)になってしまうと思います。いくら言葉や技術を覚えても、相手は信用してくれないんじゃないかなと思いますね。
部下の視点になったら、職場はどう見えている?
斉藤:さて、ここからはコミュニケーションの技術のお話に入ります。さっきの3つの(パターンの)部下とお話をする技術に入りますけれども、その前に1つ質問をさせてください。
問題を感じる部下も、実は自分と同じで、いろいろ悩みを抱えながら、人生の主人公として必死に生きている1人の人間なんだと思い出す。先ほど言っていただいたように、いろいろ問題がある部下はいる。
でも、その部下の視点で、職場がどう見えているかを想像すると、何か気づくことはありますか? じゃあ、ここでまた、チャットに書いていただこうかな。づーみんは意識しながらされているかなと思いますけど、どうですか?
平岡いづみ氏(以下、平岡):ついつい、「これをやってほしいのにな」という見方をしてしまっている時はあります。それで、後で気づいて「ごめんね」と言う時はありますね。
斉藤:チームで価値を生み出すために、やってほしいのは当たり前のようにやってほしいんだけど。ただ、あれですよね。
平岡:たぶんそういう時には、メンバーから見ると「やって当たり前」という感じが出ている。
斉藤:そうですね、(部下は)「俺だってがんばっている」と。
平岡:そう。「タスクを振られた」としか見られないでしょうし、「命令された」と見えちゃうんだろうなと思います。自分で指示を出した後に、はっと気づいた時は、「ごめんね」みたいな。その後で「ただ、いつまでにこれをやってもらえると助かるんだけど」という言い方にして、反省することがあります。
斉藤:でも、いろいろすばらしい意見がありますよね。上司はいろんな情報が飛び交っていることを知って、情報の全体像をわかっている。でも、部下は実はほんの一部しか知らないので、その中で(指示に従っている)みたいなこともあるし、「粗探しされているんだろうな」と思う。
部下の目線で考えるには、謙虚さと好奇心が必要
斉藤:(チャットのコメントを見ながら)「私はあなたとは違うから、あなたと同じことは思っていません」。うんうん。
平岡:そうですね。「現場の状況をわかってその指摘をしている?」「自分を見てくれてる?」というところはありそうですよね。
斉藤:そうですよね。現場の状況をわかった上で指示してほしい。
平岡:あと、「こっちの話も聞いてほしい」とかね。
斉藤:「ルールで解決しようとする」。
平岡:そうですね。ルールばっかりやっていくと、がんじがらめになっていったりしますものね。
斉藤:「要求が高すぎじゃない?」とか。なるほどね。たぶん、いろいろ悩みはあると思います。
平岡:「上司からは、問題がある時しか話しかけられない」というコメントも。なるほど。
斉藤:鋭い意見が出てきますね(笑)。でも、部下の視点からすると、本当に日頃見えていないものが見えてきますよね。自分の表情とかも、想像するとけっこうな表情をしていますよ。
平岡:いやぁ、そうだと思います。だから私、デスクにいつも鏡を置いています。
斉藤:やはり、謙虚さと好奇心が必要ですよね。「一人ひとりが主人公だと思うと、みんな自分がかわいいし、大切にしたいと思う。だからこそ、譲れない考え方が生まれて、意見の違いでわかり合えないことがある。相手の悩みに心を寄せるのは、本当に大切だと気が付きますね」というご意見もいただきました。
特に、やらなくてはいけないことがいっぱい降ってきたり、調子や成績が悪かったり、すごくプレッシャーをかけられたりする時には、どうしてもそう(部下を1人の人間として見られなく)なってしまう。それは人間として当たり前だと思うけれど、やはりチームがうまく機能して価値を生み出すことが、上司にとっての役割なわけです。
だから部下も対立するんじゃなくて、やる気を持って前を向いてくれて、願わくは自分で考えて行動してくれる状態に向かっていってくれたらいいですよね。
相手の立場に立って考えれば、人間関係の悩みの3割は解決する
斉藤:ということで、僕も含めて、みんなで痛みが共有できたと思います。ここからズバッと解決できるわけじゃないんだけど、『だから僕たちは、組織を変えていける』にも書いたようなことを1つ、資料にまとめてきました。今日はこんなステップがいいんじゃないかということを、できるだけ具体的にパッケージしてお伝えしたいなと思っています。じゃあ、またお話に戻りますね。
僕の感覚としてですが、自分ができるだけ仮面を外して、「他者も人生の主人公で生きているんだ。その人から見るとどうなんだろう?」と見方を変えれば、コミュニケーションをしなくても、(人間関係の悩みの)3割ぐらいは解決するんじゃないでしょうか。もしくはもっと解決するんじゃないかな。ここからは技術のお話をしたいと思います。
コミュニケーションそのものよりも、その前に問いかける課題を考えてみたいと思います。今も複数の方から「私はあなたのように優秀じゃないから」というコメント・投稿をいただきました。やはり、すごく大切なメッセージだと思うんですね。ちょっとそれについて考えていきたいと思います。
まず、「ヤーキーズ・ドットソンの法則」という、すごく古い実験があります。これは、「どういう状況だとネズミが学ぶのか」を観察するための実験でした。実験ではネズミに電気ショックを与え、その程度によって、迷路とか白黒の区別とかの学習スピードを測定したんです。
そうすると、ネズミは電気ショックがすごく小さい状態だと、あまり学ばないんですよね。ただ、電気ショックがそこそこ大きいと、けっこう学ぶようになる。これがラーニング(学習)ゾーンですね。学ばないコンフォート(同調)ゾーンからラーニングゾーン。
でも、電気ショックが強すぎると、学ぶことよりも生命の危機を感じてしまって、パニックになってしまう。だからやはり、ラーニングゾーンってすごく重要だよねということです。さっきの図でも、同調型、コンフォートゾーンにいる人、パニックゾーン、独善型はなかなか学べませんから、ど真ん中がいいよねと。
部下のスキルのレベルに合わせて課題を出していく
斉藤:これを今の目の前の仕事や問題の難易度と比較してみます。プロジェクトの進捗が遅れているという問題の難易度と部下の能力を比べてみると、この図が活きてくると思うんです。 部下の能力が低ければ仕事(問題)の難易度を低く、部下の能力が高ければ仕事(問題)の難易度を高くする。
部下のレベルや能力にフィットした問題だと、ラーニングゾーンに入ります。リーダーとしても、最小限のティーチングで、コーチング中心でリードできる。つまり相手の中の答えを引き出す支援をするというかたちです。
答えを引き出せると、相手にとっては自己決定したことになるので、自主性も芽生えて、自ら考えられるようになる。つまり、部下が成長するためには、相手の能力に問題の難易度を合わせて、ラーニングゾーンにいけるようにすることが大切です。
これを詳しく調べたのが、(心理学者の)ミハイ・チクセントミハイの「フロー体験」です。彼は、時間も忘れるぐらい何かに夢中になって取り組む「フロー」の状態が、どうやって生まれるのかを調べた学者です。
このフローに入るために一番重要なことは、「フローチャネル」を意識することなんだと。例えば部下のスキルがあって、その問題・課題の難易度がある。そのスキルと難易度がマッチするゾーンがフローチャネルであり、そのゾーンにいると仕事に夢中になるんだと。
ただ、1つの問題を解決すると、部下のスキルはレベルアップする。なので、ずっと同じように(レベルの)低い課題を与えていくと、部下は退屈になってコンフォートゾーンにいってしまう。一方で、最初からすごく難しい問題を出してしまうと、不安ゾーンになる。なので、部下のスキルのレベルに合わせて課題を出していくのが重要だということですね。
部下のスキルに合わせて課題を分解する
斉藤:これを考えると、スキルに合わせて課題を分解できるんじゃないでしょうか。例えば先ほどの「プロジェクトの進捗が」みたいに、やはり常に課題はあります。でも、一番レベルの高い、もうリーダーもできるような人は、自らプロジェクトの問題を発見して、最適な課題を考えられますね。だから、(上司も)「ちょっとこれ、解決してよ」と言えるようになります。
でも、そこまで行っていない人にそれを言ったら、パニックゾーン、不安になっちゃうんですよね。そのF2レベルの人だったら、例えば進捗遅れの原因を傾聴して聞き出してあげるとか。問いかけで解決策を引き出すけど、この問いかけに少しアイデアを含めるとかね。
まだ部下のスキルやレベルがそこまで行っていない人の場合は、進捗の遅れ・原因を傾聴した後、問題を分解してあげるとよいです。例えば「それは、こういうことと、こういうことなのかな?」と、もっと考えやすい小さな問題にしてあげて、問いかけていく。その人が考えられるぐらいの問いに課題を分解するのが重要かなと思いますね。
今のプロジェクトの問題だったら、任せるか・任せないか、全部考えてもらうか・考えてもらわないかじゃなくて、少し分解してあげる。(部下と)話し合う前に、その人のレベルに合った課題にしていくことが大切かなと思います。