NRFとCESに見る、世界小売トレンド

奥谷孝司氏(以下、奥谷):それでは、講演を始めさせていただきます。顧客時間の奥谷でございます。よろしくお願いいたします。私は顧客時間という会社を経営しながら、オイシックス・ラ・大地という会社にもおります。事業会社にもいながら、いろいろな会社のDX支援もしている人間です。

今日お話しすることですが、顧客時間の共同CEOの岩井(琢磨)くんと出した2冊目の本(『マーケティングの新しい基本 顧客とつながる時代の4P×エンゲージメント』)のフレームワークも使います。

今年の1月に世界最大の家電ショー「CES」、リテールテックのショー「NRF」を見てきましたので、アメリカにおけるお客さまとのつながりの変化やトレンドもお話しして、私の考え方である「マーケティングの4Pを『Place』から考える」というところもご説明していきたいと思います。

まずは「2023 NRF & CESに見るGlobal Retail Trend」という話をしたいと思います。

CESとNRFに、今回は顧客時間のメンバーと行ってきました。CESのテーマは「BE IN IT」で、まさに「現場に入りなさい」「中に入れ」、NRFは「BREAK THROUGH」で「現状打破」です。

ウィズコロナといいますか、アフターコロナが見えていますので、そういったテーマのもとに多くの方が来場していました。

まずは顧客時間のメンバーでもあり、ヤプリにもお勤めの伴(大二郎)さんが見たCESとNRFの視点を、私からご紹介したいと思います。

これは非常に大事なことかなと思いますが、今までCESやNRFで、政治や世界情勢の話が真剣に話されていることはあまりありませんでした。しかし、今回は「ポリクライシス(POLYCRISIS)」という言葉がけっこう真剣に議論されていました。

では、ポリクライシスとは何なのか? 定義を調べてみますと、「複数のリスクがお互いに影響を与えることで、個々のリスクの総和よりも影響が大きくなること」です。

これは何を言っているかというと、戦争の問題やパンデミックに対して「世界の警察」を担ってくれていたアメリカみたいなところがなくなって、「世界問題は各自で解きなさい」といった中、問題がどんどん複雑化していく。

気がつくと、これが企業側やビジネス側にも大きな影響を与えるようになってきたということです。企業側も「政治や環境問題は関係ない」というよりは、それらを当たり前に取り入れた企業経営や顧客サービスのあり方を考えなきゃいけないということです。

調査データでわかる、日本の遅れている感

奥谷:特にアメリカ国民に、「今、最も興味・関心があるものは何ですか?」と聞いたところ、やはり貧困、失業、犯罪、金融や政治の腐敗と答えた人が多いということで、コロナ問題は12パーセントに減っています。

これをもうちょっと広げてみると、もちろん気候問題や環境問題はいまだに上のほうにはあるものの、やはり金融、不景気といったものが世界のメーカー、リテーラーの関心事なわけです。

一方で、日本は良いのか悪いのか、守られているとも言えるかもしれませんが、インフレへの危機感は非常に低いですし、我々の関心事は相変わらずコロナにあるということで、世界から2歩も3歩も遅れている感は否めないということです。

このことに関しては、「WHAT WORRIES THE WORLD?」に詳しく書いてありますので、もしよろしければ、みなさまも読んでいただければいいんじゃないかなと思います。

このような関心事を受けて、CESでは「BE IN IT=当事者意識を持って」というメッセージなわけです。僕は勝手に深読みして、「BE IN IT」の「IT」はアイティなので、ITをしっかりととり込む必要があるのかなと思いました。

NRFは「BREAK THROUGH」ということで、企業環境は非常に利益を圧迫する要素・要因だらけです。

そんな中、NRFで我々が感じたことは、1つは「Employee Engagement(従業員エンゲージメント)」です。どんどんlabor shortage(労働力不足)が残っている中で、いかに従業員とつながっていくか。特にアメリカは、労働市場が変化していると思います。

あとは、「Customer Experience(顧客体験)」の向上です。そしておもしろいのは、「Circular Economy(循環型経済)」です。NRFでは「Resale(再販)」という話が多くされていました。

日米のプライベートブランドの違い

奥谷:まずは、「Employee Engagement」に関してです。みなさまもご存じの小売業Targetが非常におもしろいKeynoteをやっていました。

ここ数年、Targetはうまくいき、売上が非常に伸びています。このセッションは女性4名のエグゼクティブクラスと男性モデレーターで、若干プロパガンダっぽいところもあるのですが、彼らがどういうふうにダイバーシティを維持しているかという話があったんですね。

実際に「Inside Target’s」というIR資料を見ると、Targetの役員の33パーセントが有色人種で、有色人種向けのプロモーションが大幅に増加しています。

また新たなアパレルPBブランドとして黒人向けのアパレルを展開しています。これは黒人のデザイナーがやっています。また、黒人の方が好む色を独自に開発しているということです。

完全に白人の方だけの国ではなくなっていることも意識して企業経営し、モノづくりもしている。PBも非常によくなっているということですね。

Targetはこの5年間で30以上のプライベートブランドをローンチしていて、「All in Motion」は1年で1,000億円近く販売してます。

強いPBを持っているということは強みでもあります。アメリカの小売業のPBのほうがトレーサビリティも高いのです。日本の小売業と違って、NBよりも高く、場合によってはオシャレでおいしいものもできてきている。

ということで、小売業の強みであるマーケットとお客さまとのつながりも活用し、ビジネスをやっているのがTargetかなというところです。

日本ではダイバーシティの話はなかなか出てきませんが、向こうでは本当に重要な課題になってきていますし、PBのやり方も日本とは違う感じです。

SamsungとPatagoniaが共同開発した洗濯機の特徴

奥谷:CX(Customer Experience)の向上に関しては、SDGsやパーパス経営がけっこう出てきます。CESやNRFを見ても思うことですが、テクノロジーは人にスマートな機能を提供してくれますが、スマートなだけでは人は感動もしないし、使い続けるわけじゃないことも見えたと思っています。

実はSamsungとPatagoniaが共同開発するマイクロプラスチックの排出を除去する洗濯機は、去年のCESでも出ていたのですが、今年からいよいよヨーロッパ、アメリカで販売されるとのことです。

おもしろいのは、排水時のマイクロプラスチック放出を止めるフィルターがあるのですが、コラボレーションした時に、こういったものは普通であれば「Samsungだけ」となりますよね。

それをSamsung以外のメーカーにも取り付け可能にするということで、完全に自社で囲い込むというよりは、究極のCustomer ExperienceをSDGs文脈でオープンに行なっている。環境問題解決を通して、ビジネスを広げていくことを進めているわけです。こういったことまでやって、初めてユーザーに受け入れられる時代かなと思います。

米国で高まる、中古品ビジネスの魅力と可能性

奥谷:3つ目は、Resaleです。ResaleはNRFでよく語られていたことです。日本のお客さまには、メルカリさんとかがResaleプラットフォームとして有名かと思いますが、それをアパレル企業や小売業が自らが取り込み、アパレル市場の活性化をしているのです。

アメリカを見ると、ほとんどの商品カテゴリーでResaleを購買対象とする人が増えています。本や、洋服は当たり前かもしれませんが、なんと最近は百貨店もResaleビジネスに参入しています。

おもしろい調査が出ていて、毎月Resaleを活用する人は71パーセント。38パーセントの人は1週間に1回は使う。Resale活用者は購買頻度が常に高いので、来店動機としても非常によいわけです。

IKEAさんなどは「Circular Hub」という売場を強化しています。みなさまもIKEAにResaleのコーナーがあるのを知っていると思いますが、IKEAさんはこれからの時代、これを売り場のメインにしていくということです。

相当な発想の転換というか、「新しい物を作って、ただ売って、捨てられる。また新しい物を作る」ではなくて、それをしっかり直して売っていくというビジネスモデルへの展開です。

ブランドの中でちゃんと自社の中古品を回すことで、自社経済圏を維持、発展しようとする試みを通して、ブランド価値を向上させようとしています。こういった観点から、本気でResaleに取り組もうとしている会社が多いわけです。

百貨店のSELFRIDGESさんも、「RESELLFRIDGES」ということで、フロアをResaleグッズで埋めて、百貨店の信用・信頼も使ってResaleする。

これ以外にも、NRFではSaks Fifth AvenueのResale部門のトップも話をしていて、やはり百貨店は行き来があって、また来店してきてくれて、物を買ってくれるということで、このResaleに注目しているわけです。

なので、SDGsや環境にいいことを免罪符として行うのではなく、今までのリテールの発想を転換しこれをいかに活用するかということで小売も変わってきています。