アジャイルに抵抗がある人と戦ってはいけない

佐藤治夫氏(以下、佐藤):先ほど紹介してもらった『アジャイル開発とスクラム』の第1版が出たのが、2013年1月で、第2版が2021年4月7日ですね。その間が8年あるんですが、第1版から第2版の間でアジャイル開発やスクラムを取り巻く環境が変化してきたなぁみたいなところは平鍋さんありますか?

平鍋健児氏(以下、平鍋):日本でWebを中心に事業をやっているところでアジャイル以外の開発はあるんですかね? 

今新卒や中途で新しく採用されたエンジニアとか、ほとんどアジャイルネイティブじゃないかくらいになっているように思いますが、どうですかね(笑)。

佐藤:及部さんは今デンソーですよね。大きい企業ですが、そのあたりはどうなんですか? 

及部敬雄氏(以下、及部):デンソーはソフトウェアの会社ではないので、ソフトウェアの会社の流れがちょっと遅れて来たりします。そもそも僕らがチームFA宣言をして、そこに声をかけて採用してくれる時点で、相当頭がおかしい会社ではあるんじゃないですか。

佐藤:ははは(笑)。

及部:実際に裁量をもって働けるところが、組織としても柔軟性があるなと思います。デンソーもそうですが、グループ会社でもあるトヨタでもアジャイルという言葉が普通に飛び交っているんですよ。

それくらい業種も超えて、アジャイル開発をみんな知っているし、経営者がメッセージを出して実際に採用できるくらいに広まっているというのは、この8年間僕もソフトウェア業界にいてすごく変化を感じるところです。

佐藤:なるほど。カンバン方式もトヨタから来ましたもんね。日本から海外に行って、戻ってきたものってけっこうありますよね。

及部:そうなんですよ。僕は今の会社に来てから、製造業アジャイル勉強会っていう勉強会を立ち上げて活動しているんですが、もともと日本の製造業からインスピレーションを受けたものが海外に行って、また逆輸入して、それで製造業の人たちがワーワー盛り上がっていておもしろいよねとよく製造業の人たちと話しています。すごくおもしろい循環だなぁと思いますね。

佐藤:そうですよね。日本が昔からやっていたことを否定しないで、うまく育てるのは大事なんだなと思います。それはたぶん今もそうだと思います。

及部:そうですね。

平鍋:でもそれってけっこう難しいですよね。今はすごく不安定な社会じゃないですか。未来がなかなか先読みできないし、マーケットも早く変わるから難しい。

そんなときにアジャイルが出てきて、その中にTPS(トヨタ生産方式)や、リーン生産方式や、野中先生の話など、昔の日本を彷彿させることが含まれていたとしても、やっぱりアジャイルにすごく抵抗を感じる人たちもたくさんいますよね。僕は、戦ってはいけないと思っています(笑)。「そうですよね!」って聞いてあげています。

佐藤:うまく仲間にしないといけないですね。僕はモンスターとは戦うんじゃなくて、ポケモンみたいに仲間にしないといけないと思っています。戦って倒してはいけないと思っています。

平鍋:そうそう。仲間になるとお釣りがくるしね。

佐藤:そうですね。ウルトラマンみたいに倒してはいけません。ちなみに私の会社は受託開発がメイン事業なんですが、やっぱり大手の会社さんからアジャイル開発でやりたいという話がすごく来ます。そのときに必ず聞かれるのが、「契約どうしたらいいんですか?」なんですよ。

平鍋:わかる、わかる。

佐藤:「御社の雛形ありますか?」って聞かれてもないので、思い切った文章が入っているから大丈夫かなと思いつつ、いつもIPA(情報処理推進機構)の契約の雛形を送っています。

平鍋:僕の場合は、ある製品を作っている会社があって、その会社との受託でアジャイルをやるとなったときに、最初はやっぱり一括請負と言われました。

でもこういうことをやりますよと上の人にきちんと話をしたら、だんだんわかってくれて、最終的には「準委任契約(アジャイル型)」という雛形をその会社の法務部と相談して作ってくれたんですよ。

佐藤:お~。

平鍋:そこまでやるとやっぱりすごく進むんですよ。人を巻き込んで変えていけるのはすごくいいなと思います。

仕事は「楽しい」のではなく「楽しみにいく」

佐藤:そうですね。そこまで変われるといいですね。そうやってどんどん変わっていくんでしょうね。先ほど平鍋さんの話の中で、コミュニケーションデザインという話がありました。アジャイル開発はテクニカルな面もあるんですが、けっこう人にフォーカスされた開発モデルだなと私は思っているんですね。

平鍋さんや及部さんの講演を何回か聞いたことがあるんですが、お2人はいつも楽しそうにしゃべっているなと思いました。実際の仕事も楽しくやっているんだろうなと私は想像しているんですが、お2人が日々の開発や活動で楽しくするために実践していることや、意識していることはなにかありますか? 及部さん、どうですか?

及部:あんまり自分では意識をしていなかったんですが、楽しそうだねとよく言われるのできちんと言語化しようと考えたときに思ったことがあります。

この仕事がおもしろいとかおもしろくないとか、今のプロジェクトは大変だから楽しくないとか、そうやって考えているときって、評価をして、批評をしている状態じゃないですか。 なので自分の場合は批評をするのではなく、基本的に「楽しんでいるだけ」なのかなと思いました。

僕はわりとプロレスが好きなので、面倒くさい仕事や面倒くさい人がいたとしても、「お、きた!」みたいな感じで、どうやってネタにしようかなと思っています(笑)。

平鍋:なるほどね。

及部:次の講演のネタにできそうだなと、その状況を楽しんでいると気持ちも楽になりますし、変に不安になって判断を間違えたりせずに、自分たちのできることをやっていこうと冷静なかたちで取り組めるので、結果的に楽しいことが増えます。

佐藤:なるほど。天然でやっているんですね。

及部:そうですね。僕も平鍋さんに今の質問を聞きたかったので、聞けるのが楽しみですね。

平鍋:え~(笑)。

佐藤:平鍋さんどうですか?

平鍋:僕はいつも本のサインを書くときに「仕事を楽しく変えていきましょう」って書くんですよ。普通に考えて、楽しそうじゃない社長なんて嫌じゃないですか(笑)。僕一応社長なんですが、社長室からは元気になって帰ってほしいという思いがすごくあるんです。

当然向こうはなにか悩みがあったり、なにかいいことがあって社長室に入ってくるんだろうけど、そこでガッカリさせて帰しては絶対いけないと思っています。自分が楽しむことは、ある意味社長の仕事だと思っています。

それとは別に、僕はちょっと工夫をするのがやっぱり好きみたいです。例えば、うちの家の庭に水仙が咲くんですよ。母親の家との共有の庭があって、そこに黄色い水仙が咲くんです。それをキレイだなと思って、花を刈って、いい花瓶がないかなぁと思ってよく探したら、キレイなピンク色の徳利があったんですよ(笑)。

それに水仙の花を挿して、僕の社長室に置いたら「めっちゃいいな」「めっちゃいい」となりました(笑)。これは例えですが、そういうちょっとした工夫で仕事は楽しくなるじゃないですか。

僕のチームとは違うけれど、看板を段ボールで作って、まな板立てを100均で買ってきてそれを立てるとか、そういうちょっとした工夫がすごくおもしろく感じるんですよね。

みんなに「うわ、おもしろいな」とちょっとインパクトを与えるのが好きです。そういうことを自分でもやろうとしているし、他人がそれをやっているのを見ると「お~、すごいなぁ!」「なにこれ!?」みたいなリアクションをするようにしているので、盛り上げ役にはなっていると思います。

佐藤:お2人に共通するのは「楽しい」ではなくて、「楽しみにいく」というか、能動的に関わっていくところが基本なんでしょうね。そうすると見え方が変わってくるんですね。

平鍋:楽しいとか楽しくないとかは自分の中にあるだけだもんね。

開発にいかにエモーションをいれるかが課題

佐藤:開発の中だとどうですか? 開発の中の事例で、アジャイル開発の中でこういうことをやったら楽しくなったよみたいなことはなにかありますか?

及部:自分は楽しいかもしれませんが、例えばバラバラで働いていると、ほかの人はもちろん感じ方が違うと思うし、つらくなってしまうこともあるじゃないですか。

アジャイル開発していないときと比べて、人と話す時間や、お互いの気持ちや意見を交換する時間がとても増えたなぁという感覚があります。

それこそ今回の第2版でプラクティスとして紹介しましたが、僕らのチームはもう4年くらいモブプログラミングというスタイルを取り入れていて、さらに話す時間が増えました。

仕事の中で大変なこともちろん起きてしまうことがあります。トラブルではないけれど、いろいろ起きたときに、その話をチームや一緒に働いている人たちと話すんですよ。

僕は変わらないので、「これが解決したらビールが飲めるんじゃないですか」みたいな感じで話していたら、みんな最初は「確かに(笑)」と苦笑いだったのが、だんだん僕と同じことを言うようになってくるんですよね。

平鍋:うつるんだ。

及部:同じ時間を過ごしていて、楽しむ人が周りに増えていくからうつるんですね。チーム全体として、楽しむ空気がどんどん醸成されていくのをけっこう何度も感じたことがありました。自分だけではなくて、ほかの人にも伝播していくところが、よりやりやすい感じですごく好きだなと思いました。

平鍋:わかる。

佐藤:ちなみにデンソーで金髪は大丈夫なんですか?(笑)。

及部:僕はいつもこんな感じで、だいたい1年の4分の3はTシャツと短パンなんですが、転職したてのときに刈谷にあるデンソーの本社に短パンで入ったらさすがに怒られました。工場があるから危ないんですよね。

平鍋:危険の意味でね。

佐藤:そういうことか(笑)。でも自分のスタイルでいって大丈夫なんですね。

及部:そうですね。けっこうみんながかまってくれるので、ちょうどいいかなっていう感じです。

平鍋:つっこまれビリティが高いよね(笑)。

佐藤:完全に及部スタイルですね。平鍋さんはどうですか? アジャイル開発の中で楽しくするためにやることはありますか。

平鍋:僕はもう開発者ではないですが、開発得意なときも一応はあったんですよ。10人近い人たちと一緒にやっているときに、お客さんとのコミュニケーションが得意だったからリーダー的なことをやっていました。

そのときは、組み込みシステムで、C言語を使っていました。技術のすごく細かい話になりますが、Makefileってわかりますか?

佐藤:わかります。

平鍋:技術系の人はたぶんわかると思うんですが、makeがキーボードで右左、右左ってなるのが大好きで、いつもやっていました。

Makefileには.includeという命令があって、テンプレートをきちんと読み込んでくれて、ターゲットや依存関係のある識別子などを読み込んでくれます。例えば$ make testって打つとテストが走って結果が出るとか、$ make treeでファイルの依存関係が出るとか、ターゲットを自分でいろいろと作れるんですよね。

そのときに、ちょっと仕掛けを入れようと思いつきました。$ make coffeeって入れると、コーヒーが運ばれてきて目の前に置かれて、注がれて、ホワホワホワと湯気が出て終わるというコマンドラインをMakefileの中に作りました(笑)。

めっちゃ自分で盛り上がったというしょうもない話ですが、そういうのって楽しいじゃないですか。もっと有用なものもきちんと作るんですが、そういうちょっとした遊び心は楽しいですよね。

誰にも別に宣伝せずにツカツカと近寄って、「英語でmake coffeeって言うよね。ちょっと入れてごらん?」と言って仕掛けたり、そういうふうに楽しんだことはあります(笑)。小さい小さい技術的な話です。

佐藤:最近だとSlackのbotがありますね。

平鍋:そうだね。

佐藤:おもしろいbotを作って、リアクションアイコンでもいろいろと楽しめるようになりましたね。

平鍋:ロジックではなくて、いかにエモーションを開発に入れるかは工夫の1つだと思っています。そういうものをけっこう偉い人がやるといいんですよね。そうするとみんなが「あ、やってもいいんだ」と思うと思います。くだけた言い方やメールをわざと偉い人がやるとね。

(次回へつづく)