プロダクトマネジメントに携わる人たちの学びの場として開催された「プロダクトマネージャーカンファレンス 2024」。本イベント内で行われたセッション「プロダクトマネージャーの良い意思決定についてQuestする」の模様を全文でお届けします。本記事では、シリコンバレーに在住19年でLinkedInのシニアPMの曽根原春樹氏が、「とりあえず作ってから考える」というPMの思考が危険な理由を解説します。
「とりあえず作ってから考える」PMがやりがちなパターン
曽根原春樹氏:この2つに関連しているんですけども、「過去の努力やリソースの投入が、やはり自分たちの客観的な判断を妨げていないかどうか」という部分なんですよね。こうした部分を常々、みなさんが意思決定する時に冷静に考えてほしいんです。
これが自分たちの日々の行動にどういうふうに表れるかというと、やはり「問うことを常に諦めない・端折らない」ということなんですよ。
PMというのは、やはり日々、大なり小なり意思決定の連続なわけなんですね。今日の一貫したテーマであるとおり、やはり意思決定をする時に問うことをやめちゃうと、そこからバイアスが始まってしまうのはよくある話です。なので、ここは絶対に諦めないでほしいし、端折らないでほしいんですね。
冒頭のほうでお話ししたとおり、自分たちの意思決定レベル以上に、プロダクトのインパクトは上振れすることはありません。なので、ここを諦めたり端折っていたりすると、意思決定のレベルは下がってしまいます。
3つ目なんですけども、「とりあえず作ってから考える」というやつですね。例えばこんな状況があったとします。EMの人が「キックオフしてから2週間経ったんですけど、PRD(Product Requirements Document:プロダクト要求仕様書)がないのでエンジニアが浮いちゃっています。早くPRDを出してくださいよ」という話があって。
PMの方が「まずいな。このままだとできないPMと見られてしまうよな」ということで、「正確なPRDを作るのにあと2週間かかるんですけど、自分をブロッカーにしたくないので、いったんv1スコープとして出します」と。「とりあえずv1として出して、残りはv2でカバーしよう」というのもよくある話です。

これはプロダクトマネージャーだけの世界じゃないです。どっちかというとVCの人たちも言っているケースがありますけども、特にスタートアップの世界では「Move fast and break things(素早く動いて壊せ)」という話が出てくるじゃないですか。これに傾倒しすぎて、プロダクトに対する考えが浅いまま進んでいるという話なんですよ。
いくら動きが早くても稚拙なプロダクトは命取り
これをもうちょっと冷静に見ると何が起こっているかというと、この「Move fast and break things」は、もちろん(マーク・)ザッカーバーグが言った言葉ですので、たぶんみなさんご承知だと思います。これを言ったのは2009年なんですよ。もはや時代は変わって、実はザッカーバーグも2014年以降、一切使わなくなっています。

もっと大事なのは、特にAI周りやプロダクト開発手法、プロダクトマネジメント手法。やはりツールが進化した今となっては、いくら動きが早くても稚拙なプロダクトはかえって命取りになるんです。もちろん早いことは大事なんですけども、だからといって、プアーなプロダクトでいいのかという話なんですね。
あとは、リーンスタートアップ本も日本ではかなり影響力があって、「イテレーションこそすべて」と考えている人がけっこう多かったりするんですが。これは繰り返し言っていますけれども、リーンとアジャイルに速さを上げる力はあっても、方向性を加える力はないんですね。「どこに向かう」というのは、リーンスタートアップのテーマではないんです。
あくまでビジョンと戦略は、プロダクトマネジメントの世界でしっかり考えて、そこで初めてリーンとアジャイルを当てはめるから、速度(Velocity)が出るという意味なんですよ。

こういう「誰かがこういうことを言っていました」とか「あの本でこんなことを言っていました」ということで、「じゃあ我々もこうしよう」と盲目的にとらわれてしまうことを「バンドワゴン効果」と言います。
これによって本当にすべきことが見えなくなっていて、意思決定できない状態ですね。このバイアスにとらわれてしまっているから、意思決定のクオリティが下がってしまう。こういうことが起こってしまうという話なんです。
流行りや声の大きい人、VCに影響されていないか?
こんな声が社内で聞こえてきたら要注意というところなんですけども。例えば「この部分がちょっと使いづらいんだけども、デザイナーがいないのでリリースしてしまおう」とか。
「もう少し戦略部分を考えたいんだけど、目の前のタスクに追われていて時間が取れない」とか、「チーム全体がなんとなく賛成しているから、これはたぶん正しいんじゃないかな」。こういう声が聞こえてきたら、非常に注意してください。
まずはやはり、社内のビジョン・戦略のアラインを目指すのが先です。これはぜひ時間をかけてください。全体のスピードを上げるのは、これが決まってからで遅くありません。むしろビジョン・戦略のアラインがないままに走ると、普通に出戻りが起こります。
バイアスチェック項目というところで、3つほどお話ししたいんですけども。例えば「この意思決定は、誰かが言っている流行りやVCの意見に影響されていませんか? あるいは声の大きい人に引きずられていませんか?」とか。
あとは、「本当にこのアプローチがプロダクトのビジョンや戦略に合致しているんですか?」とか、「最適な方針を立てるために時間を確保できていますか?」という部分を、ぜひ冷静にとらえてほしいんですね。つまり、みなさんが日々耳にすることですね。
声の大きい人やトレンドに流されずに、やはり「プロダクトにとっての最善策って本当は何だろう?」と、ぜひ冷静に考えてほしいんです。
リスク分析をしたがらない人の思考
4つ目なんですが、「ロシアンルーレット」と書いています。バイアスの名前で言うと、「正常性バイアス」とか「Normalcy Bias」と言ったりするんですけど。例えばどんなふうに表れるかというと、「どうせそんなことは起こらないでしょ」という油断が引き金を引いてしまうという話です。

これは、どんなふうにみなさんの周りで表れているかという話なんですけども。例えば、「下半期はインフラ・セキュリティーには手をかけられないね。それ以上に、カスタマーにX、Y、Zの機能をリリースするのが先だ」という話が出てきたりとか。

あとは、これはどっちかというとチーム全体のカルチャーとかそういう話なのかもしれないですが、「大変でも楽観的であることがチームのバリューだ。どんな状況でもチームは楽しくあれ」とか「ポジティブに乗り越えていこう」と。だから、「悲観的なプリモーテム(Pre-mortem)はしたくない」と。初めて聞く方にちょっと解説しますね。
例えば今プランニングしていて、自分たちの施策が激しく失敗してしまう場合、「いったい何が原因で失敗するんだろう?」と考えることをプリモーテムと言います。びっくりすることに、会社やカルチャーによっては「そんなことはしたくない」という人がいたりするんですよ。
これは別に、自分たちのことを否定しているわけでも何でもないんですね。あくまで「今見えている状況で、顕在化しそうなリスクは何か?」ということを議論したいだけなんです。
その本質がわからずに、「いや、何を言っているんだ。自分たちの会社はこんなにつらい状況にあっても、明るく楽しく乗り越えるんだ」という筋肉質な会社は、そういうリスクアナリシスができなかったりするわけなんですよ。やはりこういう話があると、良い意思決定はできないんです。
他社と明確に「違う」ことは当たり前
あとよくあるのが、「このプライバシーコントロールには意味があるんだけども、OKR的にXをローンチするのが先だよね」という話だったりします。
このへんってやはり、ユーザーに見えないんだけども価値提供への影響が大きい部分とか、エッジケースに対する考慮がどうしても足りなくなってしまいます。これによって、下手をすると会社の信用を失墜させてしまうことすら起こり得ます。
これは完全にPMだけという話じゃないです。もちろん経営とかリーダー層の姿勢の表れでもあります。もっと言うと、組織の問題でもあります。「そうは言ってもプロダクトを作る時に差別化しないと駄目ですよね」という話が当然あるんですね。
特に現代みたいに、SaaSのプロダクトが世の中に行き渡っている。今回2,400人の方がここにいらっしゃっているんですけども、それだけプロダクトマネジメントが浸透してきていることの証左ではあるわけです。
当然、みなさん差別化をしているわけなんですね。なので、他社と明確に違うことは、もはや当たり前になってきています。その上で、「さらに良い」ということを目指さないと、もはや選ばれない時代になってきてしまっているんです。
こういう部分をおろそかにしていると、やはりプロダクトが高い価値として認識されないところに、今我々は来てしまっているということなんです。
こういったバイアスにとらわれていないかどうかをチェックするために、ぜひこの3つの質問を自問自答してほしいと思います。「最悪のケースに備えたリスク対策は十分か?」という部分。例えば、PRDをみなさんが書く時に、1回ちょっと冷静に振り返ってほしいんです。
LinkedInがやっている仕組みで解決する方法
あとは、「『今は問題ないから』という理由だけで重要なリスクを見逃していないかな?」とか。「エッジケースや隠れたリスクもちゃんと考慮に入れた上でPRDを考えているかどうか」という部分を、ぜひ自問自答してみてください。
例えば、今僕がいるLinkedInなんですけども。こういった部分は、先ほど「組織が絡んでいますよ」という話がありました。

当然、LinkedInも非常に大きなプロダクトマネジメント組織ですので、イチPMでどうにかできるものではありません。なので、LinkedInでは「このへんは仕組みで解決しよう」という姿勢がちゃんと出ています。
どうやっているかというと、「Horizontal Initiative」という、社内では「HI」とよく言っているんですけど、必ず四半期ごとにHI枠を設定しているんですね。「これは全社的に取り組まなきゃいけないよね」と経営陣が判断したものは、HI枠に割り振られるわけです。
具体的にはどういうふうに何をやっているかというと、1四半期ごとに全エンジニアリングチーム、僕が所属しているチームだけじゃなくて、全部のPMチームに所属しているエンジニアリングが、10パーセントの枠を必ずHI枠に当てるというやり方になっています。
この10パーセントのワーク部分というのは、PMは不可侵で触れません。例えばみなさんが一緒に働いているエンジニアリングが10人いたとして、1四半期で一緒に働くわけじゃないですか。それが例えば100パーセントだとしたら、必ずPMは、90パーセントで稼働するというふうに物事を考えているんですね。
「10パーセントは完全にHI枠で、絶対不可侵です。その代わり、全社的に取り組む必要があるものを終わらせよう」という強い姿勢を持っているんです。
もちろん、何をHI枠に入れるのかは、PMとエンジニアリングとかデザイナーがタッグになって、いろいろ提案していくわけですよ。だからもちろん、必ずしも全部が全部、HI枠に選ばれるわけではないです。ちゃんとそこにセレクションプロセスはあります。
「縁の下の力持ち」を表彰する
もう1つ、LinkedInが実行するようになって大事にしているのは、「Hero」だけじゃなくて、「Unsung hero」。これは日本語で「縁の下の力持ち」と言うんですけど、これもちゃんと表彰します。
ヒーローは、例えば「非常に目立った新しい体験をユーザーに向けて作りました。それでメトリックが大きく改善しました」とか「伸びました」という話があったりしますけども。
一方で、例えばHI枠って何が入ってくるかというと、先ほど言ったようなセキュリティ周りの話とか、あるいはちょっと前になりますが、GDPR(EU一般データ保護規則)の話、プライバシー系の話とか、わりと目立たないやつですよね。
ワークとしては地味なんですけど、すごく大変なんですよ。HI枠で全社的なので、ちゃんとコンプリートしたら、そういう人も表彰する仕組みがあったりします。
HI枠とは別に、各PMに対して「Product Quality Bar」というものを設定します。各ビジネスユニット(BU)のPMチームに対して、プロダクトクオリティを向上させるための施策Top10を必ずリストにしろと義務づけています。
BUごとに「Product Quality KPI」を設定して、経営レベルでトップラインをモニタリングすることが必ず実行されているわけなんですね。
先ほど「プリモーテム」というお話があったんですけども、これによるリスクの洗い出しとリスク最小化の議論は、必ずPRDに載っています。これが書かれていないPRDは、そもそも「出直してこい」という話になって読まれません。
というくらい、例えばLinkedInでは、別にリスクを恐れているわけではなくて、「リスクを正しく取るために、我々は何を考えなきゃいけないか?」ということに対して、正直に向き合っているんです。
4つのバイアスの対処法まとめ
ということで、本日は4つ、バイアスのお話をしてきました。先ほど冒頭にお話ししたとおり、プロダクトマネージャーは、日々いろんな意思決定をしなきゃいけないんですね。
究極は、やはり自分たちの意思決定レベルで、アウトプットの高い・低いが決まってしまうし、その結果としてビジネスがうまくいったり、うまくいかなかったりというところに行き着いてしまうわけなんです。
なので、日々みなさんが意思決定する時に、どんなバイアスにとらわれやすいのかは知っておいたほうが絶対にいいです。知った上で、どうそのバイアスを回避するのかも、できるようになってほしいわけなんですね。

おさらいすると、「固着バイアス」ですね。これは自分たちが取り組んでいる問題が、必要以上に大きく見えてしまうという部分です。大事なのでもう1回言いますけども、顧客の距離近くで問題について熟考していると、大局を見失っちゃう可能性があります。
なので、問題の定義は、十分なインパクトを導くのに適切な切り口で設定されているかと、まさにインパクトサイジングの部分ですよね。その問題の定義の仕方は、十分なインパクトを導き出すことができるだろうか?
できないんだったら、それはたぶん目指している問題が違います。もしくは、問題の定義の仕方を変えたほうがいいです。これは得てして、顧客の言っていることをそのまま問題に置いていると起こることがあります。
意思決定に対する振り返り方を自問自答する
2点目ですね。「IKEA効果」ということなんですけども、自分がやったことに対しては、非常に愛着が出てしまいますよという話です。やはりこのバイアスを乗り越えるためにも、常に問うことを諦めないでほしいです。端折らないということですね。
自分がやったことに対しては、うまくいったら当然うれしいですし。喜ぶことが駄目とかではないんですよ。もちろん喜んでいただいて、ぜんぜんいいんですけども。
そのインパクトが、本当にあるべきインパクトだったのかどうかを、ぜひ問うてほしいんです。そこを端折らないでほしいんです。これをするためにも、ぜひクリティカルシンキング力を常に磨いてほしいなと思います。
3点目、「バンドワゴン効果」ですね。「偉い人がこういうふうに言っていた」とか「あの人がこんなことをつぶやいていた」とか、「うちのVCがこんなことを言っている」というふうに言われたとしても、焦らないことですね。
まずは、我々が目指すべきところ。そして、そのビジョンに近づくための戦略部分をしっかり作るために時間を使いましょう。これができていないんだったら、非常に危ないです。
時間がないんだとしたら、どうすれば時間が取れるかをぜひ考えてみてください。昨年の「pmconf 2023」で僕も講演させていただいたんですけども、そこで紹介した「LNO Framework」があります。もし興味があれば、ぜひ昨年の僕の講演を聞いてみてください。
自分が直面しているタスクがいろいろありますけども、それに対してどう取り組むべきかを説いたフレームワークも一緒に見てほしいなと思います。
最後は「正常性バイアス」なんですけども、個人の努力ではどうにもならない部分はあります。
先ほども言ったとおり、これはどっちかというと組織全体の話でもあるので、こういう場合はやはり仕組みで解決するとしないと、見えないリスクとか、「もう大丈夫だろう」と高をくくった部分で足をすくわれかねないという話なんですね。
ということで、今日お話しした4つのバイアスと、意思決定に対する自分の振り返り方を自問自答していって、ぜひ良い意思決定をQuestして、より強いプロダクトをみなさんと一緒に作っていければと思っています。
最後にもう1回言います。プロダクトのインパクトは、自分たちの意思決定レベル以上に上振れすることは絶対にありません。なので、みなさんの意思決定レベルを上げることが、すべての基本になってくると思ってください。