『ソース原理[入門+探求ガイド]――「エネルギーの源流」から自然な協力関係をつむぎ出す』の出版を記念して開催された本イベントでは、ソース原理・ティール組織専門家の嘉村賢州氏が登壇。新しいリーダーシップのあり方や、組織づくりについて語ります。本記事では、ヒエラルキーが強い組織で新規事業を進める難しさや、経営層より「全社員投票」が成功率が高まる理由について解説します。
離職率が低い=いい会社という前提を疑う
嘉村賢州氏(以下、嘉村):それこそ武井さんは(音楽を)やられていたじゃないですか。ソース原理はけっこう音楽に例えられるんですね。音楽チームでいろいろなところでちょっとセッションをやってみて、肌感を合わせて「一緒にやろうよ」とグループもできるし、方向性が違ったら離れることもある。音楽はそこまで仰々しくないじゃないですか。
むしろ違うことを抱えながらやり続けるほうが、お互いにとってハッピーではない。
このくっついたり離れたりというのは自然のメカニズムだし、悲しいことじゃないんだけど。私たちの組織間・チーム間で言うと、離れること自体がレッテルになったりするんですね。離れるとか終わるとかができないことによっての弊害は、けっこう多い気がします。
武井浩三氏(以下、武井):これがまさに旧パラダイムですよね。俺もいい会社作りを意識してやっていた時に、まず「離職率が低い会社がいい会社」という前提がありました。特に10数年前は当たり前にあった。
坂東放レ氏(以下、坂東):そうですね。
武井:だから俺もそれを目指したし、人が辞めていくたびにすごく傷ついていたし(笑)。でもある時、開き直るタイミングがあって、どんどん辞める仕組みを作っていったんですよ。
むしろ楽しく辞めていく、辞める人が気持ち良く次の仕事を探せる、一緒に次の仕事を探すという。だから本当にちょっとした転換点があれば、人間の認識なんて、けっこうすぐ変わっていくんじゃないかなと思うんですよね。
「兼業」に猛反対され、退職を選んだ女性
嘉村:変にこだわるから、もめるというのはありますよね。昔、ある女性が「兼業がしたい。兼業することは、元の組織にとっても絶対にいいと思っているんですよね」と本音で言ってくれたことがありました。
「いろいろな経験も増えるし、(会社に)還元できると思っている。だから1回(会社に)相談しようと思っているんです」という話だったので、そのあと「どうだった?」と聞いたら(会社から)「あり得ない」と猛反対されたと。
わかりますよね。経営者からすると、フルコミットが週2日外で働くのは「自分の組織に魅力がないのかな?」と思うじゃないですか。
坂東:いやいや、浮気されている気がする(笑)。
嘉村:浮気されている感じがするじゃないですか。そうすると「なんでなんだ」となって止めるから、結局はけんか別れで「もう辞める」となってしまって。
坂東:あ、辞める感じなんだ。
坂東:わぁ、もったいない!
嘉村:もったいない。もし応援していたら、兼業先のいろいろな経験をもとに還元されていたかもしれないのに。辞める・終わる・別れるは、どうすればいいのか……。
今、離婚しても仲のいい“元夫婦”が増えている
武井:本当に組織だけじゃなくて、これはちょっとアンタッチャブルだけれども家族や夫婦関係もまったく同じ社会構造だし、今までは「正」とされたソリッド(堅固)な社会構造、会社、家族、人間関係、そういうもの自体が、今、まるごと揺らぎ始めていると思っていて。
坂東:確かに。
武井:それを突き詰めると国家なんだけど。実際、最近俺の周りで多いのは、離婚している夫婦がめっちゃ仲が良いという。一緒に住んではないけれど子どもが行き来したり、お互いの家へ行ったり、旅行したり、不思議な家族が増えている。
嘉村:すごく多いです。がんばりすぎてもめる時間が長いと、「もう二度と会わない」になるけど、わりと早いうちに結論を出せた人たちは意外に仲良くて、かなりいい関係のコミュニティになっている。最近すごく増えていますね。
武井:それをDXOでも「適切な距離感」と呼んでいます。近しいだけがいいわけじゃないよね。最近、組織でもアルムナイがはやっていますよね。関係を持ちながら、お互いに仕事を振り合う。関係人口が増えるわけだから「お互いがハッピーじゃん」という話で。
でもグリーン組織的には「辞める人は裏切り者」という空気感がありますよね。
嘉村:関係性が二元論で「所属か・所属していないか」になってしまいますよね。人は出会ってしまった瞬間から、つながりは永遠に切れないじゃないですか。意識しないでおこうと思っても意識しちゃうから。
つながり続けているのが本来の関係で、常識的な感じで言うと、ブツっとなること自体がおかしな話で。絶対に耳に入ってくるし、Facebookでも流れてくるし。それが薄くて遠い時もあれば、深くて強い時もある。このグラデーションを「はっきりさせたい」となると難しくなっちゃいますね。
武井:なんかこの話、ずっと話せちゃう。もっとお酒が欲しいね(笑)。
坂東:欲しいですね(笑)。よかったら、なにか質問や感想もあればぜひ。はい。これ(挙手)もイニシアチブですね。
嘉村:そうですね、これもイニシアチブですね。
ピラミッド型の日本企業で新規事業を通す難しさ
質問者1:実はまだ本を読んでなくてすみません。たまたま会社でartienceから来たメールを見て「なんかおもしろそうだな」と申し込んだので、もし本に書いてあったら恐縮なんですけど。
実は成熟企業で事業開発の担当になっているんですが、まさしく今、自分が直面している問題があって。すでに多くの成熟企業、特に日本企業では階層型でピラミッド型で運営されていると思うんですよ。そういう中で、もし仮にソース原理を応用する場合、自分は一番ネックになるのは権限の問題だと思っていて。
結局、最終的に組織の中で新しいことをやろうとか、別に新規事業じゃなくても、新しい取り組みをやる時には、権限がある人たちを説得できないと一歩も前に進まずに、最悪「なに訳のわからないことを言っているんだ。解散だ」という事態になるなと。
そこでどう折り合いをつけていくのか。もしくはそもそもピラミッド構造ではできない原理なのかを、ちょっとおうかがいしたいです。
嘉村:ありがとうございます。これは海外のIBMの話をするといいだろうなと思います。シリコンバレーのああいうITベンチャーでは、エンジェル向けにピッチをしますね。なにかアイデアがあったらピッチイベントで口説いたりする。
断られても次のエンジェルを探して、またプレゼンをして、また無理でもへこたれずにどんどんやって、50人目、100人目でようやくシードマネーをゲットするという。何回もチャンスがあって、その中で磨かれていくんですけど。
ヒエラルキー構造では1回の役員層の会議で「ノー」と言われて、それで終わりになってしまう。その意思決定方法で「どんどん出てくる振興のベンチャーの勢いにどう勝てるんだ?」という話もあるんです。
いくらハイパフォーマーでも、上層部になると判断力が落ちる
嘉村:それからハイパフォーマーの経営層が新規事業の評価をするのと、全社員が1票を投じるのでは、どっちが成功するのかを検討したことがあります。そうすると見事全員が投票したほうが確率が高いという統計結果がある。
なぜなら(いくら経営層が)ハイパフォーマーだったりセンスがあったとしても、上層部になる時点で政治ゲームが始まっているので、判断能力が落ちちゃうんですね。
そこでIBMは何をしたかというと、年に数回アイデアソンをやって、300とか500のアイデアを出すことにした。全社員が地域通貨を持っていて、「このプロトタイプに入れたい」とすると、試作品を作るぐらいの費用はすぐに集まるわけですね。そこまでは階層の意思決定はなにもないんです。
机上の空論で上層部プレゼンをするのと、試作品でなにかテストした上で……では、ぜんぜん違うじゃないですか。そのままうまくいくのか、その後役員が検査するのかは、まだ調べが足りないんですが、ただ始まり方で雲泥の差ができています。そうやって新規事業を育んでいく方法が、今、世界では生まれつつあるんですね。
坂東:おもしろい!
嘉村:その中で日本のヒエラルキーが強い組織は、新規事業を育てる上でどうしていきますか。これが問われ始めているなと感じます。
質問者1:では試作品ができるまでは投票制でやって、そこから先、実際に量産する、もしくは発売する時に、初めてピラミッド型の意思決定を行うということですね?
嘉村:まあ、そもそもピラミッド型の意思決定をなしにする方法もあるけど、そこで(ピラミッド型の意思決定を)入れる方法もありますよね。本来はなしにしてしまうほうがいいと思いますけど、でもいきなり飛び込むのはシビアな意思決定だなと感じるので。そこまでなら「かろうじてやれるんじゃない?」という感じかな。
質問者1:日本で言うとディスコさんのような経営ですよね。今のは例えだと思うのですが、ほかにもやり方があるのかなと……。
嘉村:意識しないといけないのは、本当のイノベーションは8割ぐらいから反対されることが多いという事実です。多数決メカニズムはイノベーションじゃない。大企業では時代の0.1歩先ぐらいの確度の高いイノベーションなら通るけど、もっと先へ進んだやつは、だいたい反対意見が出てきて通らないという。
坂東:先ほどの話ですよね。
嘉村:まさにそうです。その事実とどう向き合うかということですね。
質問者1:ありがとうございます。
坂東:おもしろい。
事業を判断すること自体が難しい
武井:ちなみに組織規模は、どのくらいなんですか?
質問者1:自分はグループの中の1社なんですけど1,000人です。
坂東:経営陣より全社での投票のほうが確度が高いのは、これこそパラダイム転換というか、経営層は嫌ですよね。
嘉村:ええ、直視しづらいですから嫌だと思いますよ。
坂東:(経営層は)自分たちのほうが判断能力があるという前提じゃないですか。
武井:ヒエラルキーはそういうものですからね(笑)。
坂東:だけど実際はそうじゃないと。
嘉村:そうじゃない。日本ではガイアックスさんもそうですよね。木村(智浩)さんがよく話しているけど、ある時若手が新規事業をやりたいというので、お金を出してやらせてあげたら失敗した。
しばらくしたら、その社員が違う事業で「もう1回やりたい」と言い始めて、もう1回出してあげた。また失敗した。3回目にまた来たから「さすがに2社も失敗したんだから、もう無理じゃん」と断ると、(会社を)辞めていくわけですよ。そうしたら大成功を収めたりする。
武井:(笑)。経験値を積んでいるからね。
嘉村:やはり誰かが事業を判断すること自体が難しいんだろうと。
坂東:誰かがイニシアチブを持った人を判断するということですよね。
嘉村:そうそう。それはできないから。だから10社中1社でも上場すれば元を取れる仕組みを作って運用するとか、ちゃんと意思があるかだけは判断するとかね。そもそも先ほどの誰かがフィルターをかける仕組みで、イノベーションを育む組織を作るということ自体が……。それにガイアックスさんは気づいて、今でもわりと自由に立ち上げられるようになっています。
坂東:なるほど。ありがとうございます。