『ソース原理[入門+探求ガイド]――「エネルギーの源流」から自然な協力関係をつむぎ出す』の出版を記念して開催された本イベントでは、ソース原理・ティール組織専門家の嘉村賢州氏が登壇。新しいリーダーシップのあり方や、組織づくりについて語ります。本記事では、従来の経営の常識を覆す進化型組織の可能性を解説しました。
ソース原理・ティール組織専門家の嘉村賢州氏が登壇
坂東放レ氏(以下、坂東):はい。それではさっそく賢州さん、よろしくお願いします。
嘉村賢州氏(以下、嘉村):では、あらためましてよろしくお願いします。嘉村賢州といいます。
(一同拍手)
嘉村:基本的に私はあまり社交性のない人見知りの研究者なので、ずっとこもっているんですけど。こうやって呼んでいただけると、それは喜んで……という感じなので。こうして引っ張り出していただいてありがたいなと思っております。
2024年10月にソース原理の第2弾として(
『ソース原理[入門+探求ガイド]――「エネルギーの源流」から自然な協力関係をつむぎ出す』)を翻訳本として出版しました。今日は幅広くソース原理の話をしたいと思います。せっかくなので、この場でしかできないやり取りができればいいなと思っています。
本当はセミナーだと90分コースなので、そこまで細かいお話はできないんですが、ちょっと触りを話しつつディスカッションしながら進めていければいいかなと思います。
簡単に私のプロフィールです。もともとは兵庫県明石生まれで、学生時代に京都に行った時に、京都が大好きになりました。それから京都市の町作りの活動をやっていたんですが、その中でファシリテーションという技術に出会います。

人と人の出会いはどうしても対立やしがらみになりやすい。そこが人間社会の難しいところです。そういうのをどう化学反応で変えていくのかというところで、ファシリテーション。特に私は大規模ダイアログに魅せられました。
要は地域作りだったら、市長、あるいは有識者会議や行政の企画部門が全体設計をして町を作っていくんですが、それではもったいないというか。そこに住んでいる多くの人たちが語り合いながら町の未来を育んでいくことができるんじゃないかと。
企業だったら一部の経営者や役員が、ビジョン・戦略を練ってやっていくよりも、その場にいる100人、1,000人が対話しながら未来を作ったほうがすばらしいと思うんですね。
でも「船頭多くして船山上る(指図する人が多すぎて物事がまとまらず、とんでもない方向に進んでいく)」という言葉があるように、どうしても大勢が集まると難しい。それが、この大規模ダイアログという技術で越えられることにすごく希望を感じて。そこからファシリテートへ移っていきました。
日本にティール組織を紹介するまでの経緯
嘉村:この新しい進化型組織に興味を持ったのは10年くらい前からなんです。そもそも組織構造がヒエラルキーのままだと、対話文化を作ってもなかなか変わっていかない。そんな中「人類は根本的に組織の作り方を間違えたんじゃないか」という問いがぱっと現れて……。
(当時)ちょっと先が見えなくなってしまって、お客さんにも仲間にも謝って1年間休ませてもらったんです。世界を放浪している中で、この一番左(資料)にある英語のタイトルが『Reinventing Organizations』という『ティール組織』に出合いました。「組織を再発明しよう」というコンセプト自体にすごく共鳴したんです。
「人類は組織の作り方を間違えたんじゃないか」というのが僕の問いだけだったんですけど、彼(本の著者フレデリック・ラルー)は世界中に新しい息吹を見つけていた。「もう世界は変わりつつあるよ」という希望を示してくれたので、「これは日本で紹介したい」と普及活動をしていった感じですね。
去年まで6年間、東京工業大学の大学院で教えていたんですが、去年娘が生まれ、娘との時間をたっぷり取りたいなと思って思い切って辞めました。
坂東:あ、そうなんですね。すごい!
嘉村:3月で辞めたんですけど、教員会議で言ったら「じゃあ次は、どちらに行かれるんですか」と。「いや、どこにも行かなくてパパです」と言ったら、みんながあぜんとしていました。ソース原理の本にも「リスクを取る」と書いてあるので、僕もリスクを取ってパパ8割人生に。まぁ8割ではないですが、5割ぐらいかな。引きこもりパパ生活をし始めている感じです。
今、組織や働き方のパラダイムシフトが起こりそうな時代
嘉村:ソース原理の話にいく前にちょっとだけ、私のテーマについてお話しします。私は今、組織や働き方のパラダイムシフトが起こりそうな時代と言っているんです。
最近アニメの『チ。ー地球の運動についてー』がだいぶはやり始めていますね。要は天動説が主流だった時代は、そっちのほうが自然だった。どう考えても天のほうが動いているように見えますからね。星空は一枚絵のように動いている。これが天動説です。

でも説明のつかないものがいっぱい出てくるわけですよ。惑星は動き方が違う。これはいくら科学者が数式を作っても美しい答えがぜんぜんでない。そんな時に「いやいや、地のほうが動いているんじゃないの」ということを誰かが言い始めた。でも天動説をもとに宗教なども作られていますから、「いや、そんなことはあり得ない」と。
地面は一番底で汚いもので、天は美しい。その説明が全部つかなくなってくる。「そんな地動説なんかあり得ない」と迫害されたりしつつ、でも真理には近づいていくわけです。
例えば「地球が動いているとしたら……」と考えると、みるみるうちに説明がついてくるようになります。これがパラダイムシフトです。前の常識が未来の非常識であり、前の非常識が未来の常識であったりするのかなと思っています。
僕の師匠のボブ・スティルガーというアメリカ人は、もともとBerkana Institute(ベルカナ研究所)というリーダーシップ開発の組織にいたんですが、そこでパラダイムシフトの話が出たんですね。「Two Loops」という考え方なんですけど。
旧パラダイムとニューパラダイムがバトルしがち
嘉村:今のメインストリームというか主流の考え方が上のループ(資料)で、もう1つがニューパラダイムという新しいパラダイム。
ニューパラダイムが出始める頃は「異端児でよくわからん。ふざけているのか」という世界ですよね。考えている人も1人か2人ぐらいしかいないから、すごく孤独です。つまり主流ががんばっている時代なんです。
そんな中で新しい希望のニューパラダイムがちょっとずつつながり合いながら、小さな実験を重ねていくわけですね。だんだんとそれが名づけられたり、事例が実り始めたりすると、「あ、これも成り立つんだ」とわかってくる。
旧パラダイムのメインストリームの人たちもだんだんしぼんでいき、新しい時代に入っていくことを「Two Loops」と説明しています。
どうしてもこの旧パラダイムとニューパラダイムがバトルしがち。今の政治システムや組織のシステムを「あいつらが古い」とスクラップアンドビルドをしようとして、急に「じゃあ、今から新型の組織のやり方で」と言ったら、もう全部が成り立たなくなりますよね。明日からJRが時間どおり動かなくなるかもしれないし。
ある程度メインストリームもがんばっていただきつつ、その中でちゃんと実験をしながら「こっちでも成り立つんだよ」と示して移行していく。このストーリーが素敵だなと思っています。
そんな感じで私の役目は、世界中のニューパラダイムのいろいろな息吹をちゃんとつかみ取って、孤独に実験している人たちをつなぎあわせ「次のステージはこうじゃないか」と示すことかなと思って、コツコツとやっています。
進化型組織は「理想の絵空事」ではなくなってきている
坂東:その進化型組織という新しいかたちの組織は、(この資料の)どのあたりにいると思いますか?
嘉村:ようやくこの一番下ぐらいかな。「異端児たちが好きなことをやっているよね」「理想の絵空事だよね」というのではなくなってきていると思います。
坂東:なるほど。
嘉村:ただメインストリームにはほど遠い状況であることは間違いないです。
坂東:じゃあ道のりで言うと半分ぐらい?
嘉村:半分ぐらい来たかなという感じですよね。でも旅路としては、あと10年~20年のチャレンジだとは思っていて。そんなに簡単ではないです。

これ(資料)は見えにくくてすみません。私はマニアックにも従来型の組織論じゃなく、海外でユニークな組織論を語っている本を見つけたら、片っ端から年表に貼っているんです。
坂東:へぇ~。
嘉村:こんなことをするのは僕しかいないと思いますけど。
(会場笑)
坂東:近寄っても見えない(笑)。
嘉村:赤いのが『ティール組織』と図解版『ティール組織』で。2014年と2016年ですね。その横あたりにたぶんホラクラシーの本があると思います。こんな感じでいまだに増え続けていて。これを見ると「けっこう多いじゃん」と思うじゃないですか。海外ではけっこう出ているんですよ。オレンジゾーンが日本語訳されているやつです。
坂東:けっこうありますね〜!
英治出版を買収したカヤックが行った「会社の結婚式」
嘉村:でもまだ少ないし、ほとんどが英治出版という大問題があります。
坂東:大問題とは?
嘉村:その一出版社ががんばっていなかったら、「変わった人たちがやっている経営だよね」で終わっていたかもしれない。
だから、ここが私の使命の1つです。海外からではなく日本からも「絶対に新しいうねりを届けないと……」とは思うんです。でも海外にある英知も、せっかくなので紹介していきたいなと思っていて。
坂東:英治出版というと、カヤックの傘下に入ったんですよね? でもこの方向性は守られるのかな?
嘉村:そうですね。会社の結婚式という感じなので、たぶん大丈夫です。今までだったら買収といえば、いわゆる巨大資本が小さなものを吸収するイメージですが……。
もともと自分の引退が近づいてきた英治出版の原田英治さんが「大切な仲間を守りたいし、英治出版をどうしていこう」とすごく悩んでいた中で、カヤックの柳澤(大輔)代表と話したという。何株でしたっけ、黄金株だ。
武井浩三氏(以下、武井):そう、黄金株ですね。従業員が組成した社団法人に1株だけ持たせて、そこが拒否権を持っているという。
坂東:なるほど。
嘉村:パーパスを変えることはほぼ難しいやり方で会社の結婚式をやったので、私も祝電みたいなものを贈る役目をいただきまして。だからちょっと内情に詳しいんですけど。
坂東:なるほど。
嘉村:とはいえ編集者も次の世代に変わっていくので、進化型組織界隈に興味を持つ編集者がいたら続くけれど。あそこは(無理に)やらせることはしないので、今後も続いていくかはまだわからないと思います。
坂東:そうですね。おもしろいです!ありがとうございます。
社員の幸せを考えたら「離職率ゼロ」は目指すべきではない
嘉村:これが私のテーマです。そういう観点で海外を見て思うのは、日本はまだまだですね。前の常識は今の非常識。今まで経営の常識では、例えば「離職率が低い、またはゼロ」というのが経営者の自慢すべきことだと言われていました。「あぁしっかり経営されていますね」となりますよね。
だけど私の観点では「本当にそう?」と。本当に社員の人生や人生パーパスを心から応援するなら、夢は変わる可能性もあるし、「その事業体とは違うこともやりたい」となることもあります。その時に「それも全部やれる組織ですよ」と作るのか。または応援するならその組織を出ることがあっても、当然なのではないかと。
本当に会社が社員の幸せを考えたら、別に離職率ゼロは目指すべきでもなんでもない。もしそこで応援してあげたら、独立した人は「いや、俺はやりたいことが変わって独立したけど、古巣のあの会社は本当にすばらしくて、お前は前の俺の会社に合っていると思うよ」と、たぶん心から言ってくれる。
坂東:確かに。
嘉村:そうすると会社外に採用担当や営業担当がいっぱいいる感じになる。僕は「組織生態系」と呼んでいますけど。離職率にこだわった狭い組織よりも、ちゃんと応援して広い組織生態系を育むほうが、より豊かな未来が待っているんじゃないかなと思うんです。
前の指標で言うと「離職率は経営者の器だ」と言われるわけですね。ある組織では、上司に相談することなく異動できるんです。これを言うとびっくりしますよね。そんなんで会社が成り立つのかと。
でも好き勝手に異動できるほうが上司力は磨かれるわけです。上司がビジョナリーで人間力がなかったら、どんどん出ていきます。一方で権力があれば「嫌だったらやめればいいよ」となり、上司があぐらをかいていても組織が回る仕組みを作れます。
これはティール組織が……というわけじゃないんですけど、こういう組織も現れる。
あるいはティールではパーパスを明文化することを推奨しない。これも前だったら「ミッション・ビジョン・バリューをちゃんと定めましょう」という経営なんですけど。それとは違う方法もあるんです。ニューパラダイムは前とはぜんぜん違う風景が漂っている。それを私はいろいろな角度から探求しています。