「駆け込み乗車はおやめください」というアナウンスが逆効果になるわけ

櫻井将氏(以下、櫻井):実はこういう、「いろんな伝え方をして、いろんな工夫をしているんだけど、でも直らないんです」という方のために、マトリックスに発生頻度を置いてゾーン3を作ったんですね。ちょっと事例を出すんですけど、「駆け込み乗車をおやめください」と言われると、駆け込みたくなりません?

私はそうなるんですけど、階段を上っていて「駆け込み乗車をおやめください」って言われると、「まだ乗れるのかな」と思って行きたくなっちゃうと思うんです。なんでこれが起きるかと言うと、脳内に駆け込み乗車をしている時のイメージが浮かんでくるんですね。

実際にGoogleで「駆け込み乗車をおやめください」って入力すると、駆け込み乗車をしている映像が出てくるんですよ。これはよくある「プールサイドを走らないで」って子どもに言うと走りたくなるのと一緒です。「この箱は絶対開けないでね。絶対ダメだよ」と言われれば言われるほど、開けたくなるじゃないですか。

「(脳は)肯定語・否定語を区別できない」というような言い方もするんですけど、脳内でイメージしたものは実現したくなっちゃうのが人間の習性だったりするんですよ。

相手の「良い行動」の頻度を上げるには

櫻井:例えば、私は家で毎日食事をしているんですけど、週7回のうち週1回ぐらいしかお皿を洗わないんですよね。週6回は洗わずにすぐ仕事を始めたり、スマホを見たりしているんですよ。そんな状況で、「妻からどんな言葉をかけられると、行動が変わるか」という話なんですけど。

週1回、お皿を洗った時に「いつも手伝ってくれてありがとう」と言われるのと、週6回、お皿を洗わない時に「あなたはいつも食事の後にスマホを触ってゴロゴロして最低ね」と言われるのでは、どうなるかという話ですよね。

週1回お皿を洗うのと週6回お皿を洗わないのはファクトは一緒なんですけど、どっちに注目をするかということです。「お皿を洗う」ということについて声掛けされると意識が向きますし、そこに対して「ありがとう」って感謝・貢献を伝えられると、またやろうかなという気持ちになるわけですよね。

週6回、洗わない度に「あなたはスマホを触っている」と言われると、気持ちは良くはないですし、そっちに意識が向いていく。それで無理やり皿洗いを増やそうとがんばったりはするんですけど、人間の脳って、その言葉をかければかけるほどそっちに動いていっちゃうんですよね。

なので、このゾーン3はけっこうポイントがあって、ゾーン2で「厳しく伝える」「やさしく伝える」「不足を伝える」「理想を伝える」。いろんな使い方をしたけどうまくいかないなという時に、ぜひこのゾーン3というフィードバックの仕方を覚えていただくといいかなと。

例外的にうまくいっている時があるんですよ。例えば、今の話はゾーン2の「皿を洗ってくれない」という話じゃないですか。僕は頻繁には皿を洗わないんですけど、たまに皿を洗う時があるんです。この時に、「洗ってくれたらうれしいな」「もうちょっと洗ってよ」とかを最初に伝えたらいいと思うんですよ。

それで直らない場合は、洗っている時を見つけて声をかけると、その発生頻度が上がっていく。それが主観的な動物である人間のおもしろいところで、客観的な事実をもとに判断するよりは、主観的な認知で変わっていくので。(もともとの)発生頻度が低くても、貢献度が高いところを見つけて感謝や貢献を伝えていくと、その発生頻度が上がっていきます。

ミスを繰り返す部下を指導する時のポイント

櫻井:ここでやりがちなのは「良いところを褒めればいいんでしょう」「強みを伝えればいいんでしょう」ということなんですけど。そうではなくて、「増えてほしいところを指摘する」ということがポイントです。先ほどの例で言うと、遅刻をする部下がいたとします。

彼は戦略的で行動力があってよく気づくし、チャレンジ精神が旺盛なんですよ。「お前さ、遅刻すんなよ」と言っても直らない時は、みなさん他のことで気持ちよくおだててモチベーションを上げてなんとかしようと思うんですよね。でも「お前は戦略的だよね」「行動力があってよく気づくし、チャレンジするし、すごく良いよね」とか言っても、遅刻は直らないんですよ。

遅刻が直らないと困るので指摘したい。でも遅刻を指摘して「お前さ、目覚まし時計買えよ」とかいろいろアイデアを出したりするんだけど、それでも直らない時にどうするか。ゾーン3を見つけて、例外的に遅刻せず時間どおりに来た時に声をかけるということですね。

「時間どおりに来てくれてすごく助かるよ」「安心してミーティングを始められる」という話をしたりとか。ゾーン2の「直ってほしいな」ということの、例外的にある「増えてほしいところ」を見つけて指摘をする。そして、(増えてほしいところの)発生頻度が高まっていくと、ゾーン2の発生頻度が減っていく。これをフィードバックのところでお伝えしています。

だいぶフィードバックのところが長引いちゃいました。予定より5分ぐらい引っ張っちゃったので、ここからサラサラいこうと思いますが、そのフィードバックと「聴く」ということをどう両立していくのか。

「聴く」と「聞く」の違いは、自分の解釈が入るかどうか

櫻井:今回セミナーが初めての方もいますし、本を読んでくださっていない方もいらっしゃると思うので、「聴く」の定義をしていきます。よく聞いている方はもう何度も同じ話で申し訳ないんですけど、無意識に耳に入るものを「聞く」、意識的に耳を傾けたものを耳へんの「聴く」と一般的には定義されています。

意識的に耳を傾けて真剣に聴いているのに、「あなた、話聴いてくれていないよね」って言われたことはありませんか。私はよくあるんですけど、ちょっと一般的な定義の実用性が低いなと思ったんです。なので現場で使いやすい定義に変えたほうがいいなと。私は次のように提唱しています。

意識的に耳を傾ける「聴く」を2つに分けます。どこで分けるかというと、自分の解釈が入るか入らないか、自分のジャッジメントが入るか入らないか。これを門構えの「聞く」と耳へんの「聴く」の境目にすると、すごく実用性が高いと思うんです。

例えば、友人に「やっぱり子どもには小さい頃から英語を学ばせるべきですよね」と言われた時に、「聞く」で言うと、「そうですよね」「私もそう思います」「いや、そうですかね」「私はそう思いませんが」というような聞き方になります。

これはこっち側のジャッジが入っていますよね。私がそう思うか思わないか、賛成・反対というジャッジが入っています。

一方で、ジャッジメントしないで聴くとはどういうことかというと、「やっぱり子どもには小さい頃から英語を学ばせるべきですよね」と友だちから言われた時に、「あっ、なるほどなるほど」「あなたはそういうお考えなんですね」「そう思った背景を教えてもらっていいですか」という聴き方になります。

賛成か反対かという(意見は)たぶんあるんですけど、そのジャッジメントを1回脇に置いて、「あなたはどう考えているんですか」「あなたは何を感じているんですか」ということを聴きにいく。これをwithout Judgementの「聴く」と言っています。

真剣に聴いているつもりでも「聴いてくれていない」と言われるわけ

櫻井:これをうまく使い分けられると「聴く」の幅がすごく広がりますし、「聴く」という定義がわかりやすくなるかなと思っています。なので、真剣に聴いているのに「あなた聴いてくれないね」って言われているのは、要はジャッジメントが入っているからなんですよね。

「私はこういうことで悩んでて」「ああでこうで」という話をした時に、「いや、それは違うんじゃない」とは言わないまでも、脳内で「それは違う」「それはそう」とか、「だからダメなんだよ」と評価しながら聴いている。

これはどっちが良い悪いではなくて、傾聴研修とかを受けると右側の「白紙で聴きましょう」とか言われるんですね。要はwithout Judgement、ジャッジメントなしに聞きましょうということだと思うんですけど、私はどっちも大事だと思っていますし、なんなら左側(with Judgement)は共感が強いんですよね。

「だよね」「そうだよね」「私もそう思う」って言ったほうが盛り上がるし、エネルギーが出るんですよ。なので同じ意見とか考え方の人たちに対しては、with Judgementでぜんぜんいいと思うんですよね。

でも仕事をしていると、やはり違う価値観や違う考え方の人がいるし、自分が営業で相手が開発の人だとしたら、前提が違うので意見がぶつかりやすいですよね。

そうなった時に「えっ、ちょっと待ってください」と、意見が違うとなったら、あなたは「それはどういう背景からその話をしているんですか」とか「もうちょっとその考えを聞かせてもらっていいですか」ということを、(自分の)考え方をいったん脇に置いて、聴く。それで相手も聴くことができると、コミュニケーションがうまくいきますよね。