かつては「個人の幸せ」と「組織の生産性」は相反するものだった

櫻井将氏(以下、櫻井):では、「フィードバックの場が変わる ミドルマネジメントの変容」についてお話をさせていただこうかなと思います。ご存知のとおり、私は「話を聴く」ほうがわりと多く考えてきていますし、専門性が高いので、「伝える」とか、フィードバックについてお話ししてどこまでお役に立てるのかなとちょっと不安ではあるんですけれども。私なりに考えているところをお話しできればなと思っています。

フィードバックは「ただ伝えればいい」というよりは、わりと「聴く」というあり方を持ちながら「伝える」ことをしないといけない時代に入ってきているような気がするので、そういう観点でお話しできるといいのかなと思っています。

私の40分のパートのゴールとしては、みなさんのコミュニケーションにおけるヒントを得ていただけるといいかなと思っています。1つは「個人」としてのヒントになります。ご自身がマネジメントをしている方がけっこう多いと思いますので、部下との関わり方とか、場合によっては家族や子どもとの関わり方みたいな話もあると思うんです。

あとは参加者のリストを拝見すると、たぶん人事の方や組織長の方もけっこういらっしゃっているので、「組織における施策」として何かヒントになることをお伝えできればと思っております。

初めての方もいらっしゃると思いますので、自己紹介をします。エールという会社で代表をやらせていただいております。コミュニケーションを専門にやってきていまして、ここに書いてあるんですけど、これまでの時代では、個人の幸せと組織の生産性って二律背反のように考えられてきたと思うんですよね。

個というものを画して、画一的になっていくというか。組織の歯車という言い方をしたりしますけど、組織の役割にはまることで生産性を上げていくというモデルで成長してきた国だと思っています。

ですが、そうじゃない時代に入ってきた時に、個人が幸せであるということと、組織の生産性が高い状態であること。今までだと二律背反しそうだったものを、どうやって統合して両立していくかにすごく興味があります。

なので、この話を聴くことで「個人が幸せになればいいじゃん」というコーチングだけの考えよりは、「個が幸せになりつつ、組織の生産性がどう上がるのか」に興味があって、探求している人間でございます。

マネジメントは、「聴く」だけでも「伝える」だけでも不十分

櫻井:このパートのアジェンダは3つぐらいに分けたいと思います。本を読んだ方は本の内容にプラスアルファで補足させていただく話になるかなと思います。

本を読んでいない方とか、手元にはあるけど「まだ積読だよ」という方もけっこういらっしゃると思うんですけど。そういう方にとっては初めての内容もあるかなと思いますが、1つ目のテーマである「フィードバック」について、まずはお話をさせていただきます。

2つ目は「聴く」ことについてお話ししようかなと思います。「フィードバック」というテーマで、「聴く」ことについてお話ししたいのは、やはりフィードバックする、「伝える」ことと「聴く」ことが、両立することで成り立っているというか。

マネジメントの現場では「聴く」だけでも「伝える」だけでもダメで、これをどうやって両立するかを考えた時に、「聴く」ことの定義が実はけっこう曖昧だなと思っています。「聴く」ことの定義をきちんとお伝えしておくことで、3つ目のパートの、「フィードバック」と「聴く」ことの両立についての話がきちんとできるかなと思います。

なので、いったんフィードバックについて話した後に「聴く」の定義をちゃんと整理をした上で、最後に3つ目の、「じゃあ『フィードバック』と『聴く』ってどうやって両立していくんだっけ」ということをお話ししていけたらなと思っています。

ご質問にもできるだけお答えしたいと思ったのですが、最初のチャットに書いていただいたものがかなりレベルが高く、多岐にわたった内容だったので。どこまでお答えできるかわかりませんが、僕がしゃべっている間に篠田さんがいろいろピックアップして、後半では良いパネルディスカッションができると思います。

フィードバックのよくある手法では、うまくいかないことも

櫻井:では1つ目のパートですね。「フィードバックとは」というのをけっこういろんなWebページを見て調べてきたんです。

というのも、多くの管理職の方が「フィードバック」とか「伝える」ということを考えた時に、ネット検索をすると思いまして。学術的にというよりは、一般的に管理職の方がどう認知しているのかが非常に大事なので、それを理解するためにちょっと見てきました。

多くのサイトをピックアップすると、目的は4つぐらいに絞られていました。人材育成、モチベーション・エンゲージメントの向上、業務能力の向上、組織の目標達成。このあたりに絞られていて、あまり違和感はないかなと思います。

けっこう印象的だったのが、「行動・結果についてフィードバックしましょう」と明確に多くのサイトで書かれていたんですね。「それ以外のところは扱わないほうが逆に良い」と書いてあるサイトもあったぐらいです。

あと、フィードバックの種類にはポジティブなフィードバックとネガティブなフィードバックがあって、どちらも使い分ける必要がありますよね。これらをどう使い分けるかと言うと、最初にポジティブなことを言って、途中でネガティブなことを言って、最後にポジティブでまとめるといいよね、みたいなことがよく言われます。

「ネガティブの割合が2割ぐらいがいいよね」とか「3割ぐらいがいいよね」と書かれていたり。あとはSBI型とかペンドルトン型というのは私も初めて聞いたんですけど、いろんな手法があって、「フィードバックはこういうフレームでやるといいよ」ということが書かれていたんですね。

今日私が扱いたいのはここの2つで、「行動とか結果だけのフィードバックでいいんだっけ」という話です。近年これだけ「多様な人を扱いましょう」と言っている時に、フィードバックが行動とか結果だけでいいのか、ちょっと気になりました。

もう1個は、最初にポジティブに承認した後に、「ここを直したほうがいいよ」「がんばろうね」みたいなことをポジティブに伝える。確かにこういった手法はみんな試していると思うんですよね。

「すでに試しているんだけど、うまくいかないから困っているんだけどな」というのが、フィードバックというテーマでみなさんが来ていただいている理由だったりすると思います。なのでこのへんを扱えるといいのかなと。

フィードバックをする基準は「他者への貢献度」の高さ

櫻井:ポジティブフィードバック、ネガティブフィードバックって書かれていますが、ネガティブという表現よりギャップという言葉のほうが私は心地よかったので。本の中では「ポジティブフィードバック」と「ギャップフィードバック」という言葉を使いました。

ポジティブフィードバックが何について言われているかと言うと、他者にどれだけ貢献しているか。逆に貢献度が低いものに関しては、ネガティブフィードバックが行われているんだろうなと思っていました。

最近フィードバックについて書かれた本で、すごくうまくまとまっている本があるなと思ったんですけど。これに私なりの「事象の発生頻度」というものを入れると、けっこうフィードバックへの解像度が上がるかなと思い、この横軸に入れさせてもらったんですね。

「フィードバックマトリックス」という名前をつけて、本には出させてもらいました。ここのゾーンに1・2・3・4と名前をつけて、それぞれの領域に対して「どういうコミュニケーションやフィードバックをしていくといいんだっけ」ということを書かせてもらいました。

もう釈迦に説法というか、管理職研修で耳タコなぐらい言われている「ちゃんと褒めましょうね」「感謝を伝えましょうね」とかの話は、このゾーン1の貢献度が高いものについての話だと思うんですよね。

「良い仕事に対しては言葉にして感謝を伝えましょう」という話をしているんですけど、基本的には、発生頻度が高いものが選ばれがちだと思うんです。「いつもこういう良い仕事をしてくれている」ということに対して「ありがとう」とか「よくやっているね」という声掛けがされていると思うんです。

こんなことは本当に釈迦に説法だと思うので、もう言う必要がないぐらいだと思うんですけど、ここでのポイントは「きちんと言葉にしましょう」という話ですね。

フラットな関係性を作る「貢献を伝える」コミュニケーション

櫻井:最近で言うと、唯一「このへんだけ気にしたほうがいいかな」と私自身が思っているのは、褒めることと、感謝を伝えるとか貢献を伝えることは、概念としてはけっこう違う話だなと思っています。

子どもに「偉いね」という言葉を使われたりすると思うのですが、あれってやはり上下関係が前提ですよね。「よくがんばったね」とか「よくやったね」というのは承認力が非常に強い一方で、依存関係が生まれる可能性があるというか。

上司に褒められるために仕事をするということが生まれる可能性があるなと思いました。あと最近ですと、IT業界とかに行ったら、部下のほうがツールに詳しかったりして、優秀だったりすることがあるじゃないですか。

なので「褒める」だけだと上下関係を前提にしていないコミュニケーションをしようとした時に、なかなかうまく使えないことがあるんじゃないかなと。その時に右側の「感謝を伝える」はみなさん意識していると思うんですけど、「貢献を伝える」というフィードバックの仕方があると、すごくコミュニケーションしやすくなります。これは管理職の方によく伝えさせていただいています。

「感謝を伝える」はわかりやすくて、「ありがとう」ですよね。「貢献を伝える」っていうのは、「すごく助かったよ」とか「すごくうれしいよ」とか、自分自身が「うれしい」「安心した」ということですね。このコミュニケーションを持っていると、けっこう良いフィードバックになったりします。

これは横の関係なので、上下の関係じゃなくても使える言葉なんですよね。上司が部下に対して使えるのはもちろんなんですけど、部下の方が上司に対しても使える言葉がこの「感謝」とか「貢献を伝える」ということだと思っています。

なので、フラットな関係を維持しやすいです。逆に言うとデメリットもあって、やはり承認力は弱いですね。

「すごいよね」「偉いね」「よくがんばったね」と言われるよりは承認力が弱いので、承認をしてモチベーション上げたい時には左側を使ってもいいのかなと思いますが、ここは明確に使い分ける意識があると、効果が出やすいかなと思います。

部下への注意の仕方は4種類に分けられる

櫻井:ゾーン2のところは、みなさんすごく考えられていると思うんですけど、ちょっとだけ分類してみました。要は貢献度が低い仕事ですね。「何度言っても直らない」とか「いつも遅刻してくる」とか「よく寝ている」とか。ここに対してのフィードバックは4つに分けるとわかりやすいかなと思います。

「ギャップを伝える」。現状と理想にギャップがあるので、このギャップに対して指摘をすることと、「こうなってほしい」というゴールについて伝えることがわりと使われていると思います。それと、厳しく伝えるのか、やさしく伝えるのかという4種類に分けると、みなさんだいたいどれかやっているんじゃないかな。

自分の得意な伝え方があったり、工夫したりしているところは、この4つを行き来しているんじゃないかなと思っています。例えば仕事の納期がよく遅れる人で言うと、「お前、納期遅れんな」というのは厳しくギャップを伝えていますよね。「17時までに必ずこれをやりなさい」って厳しく伝えるのがこの右上の言い方ですよね。

これはアサーティブなコミュニケーションも一部入っていると思いますけど、「納期には遅れないように気をつけようね」「17時までにやってくれたらすごくうれしいな」といった言い方は、右下の伝え方になると思います。

というように、たぶんみなさんも部下や周りの人に対して、「どうやって伝えたらいいのかな」とすごく工夫をして、いろいろやっているんだと思うんです。

先ほど言った、ネガティブ、ポジティブ、ネガティブみたいな伝え方の順番にしてみたりとか、アサーティブなコミュニケーションを学んでみたりして、やり取りしているんだと思うんです。

もちろんいろいろと伝え方を工夫しているんですけど、「でも直らないから困っているんです」みたいな話が、フィードバックの困りごとかなと。あともう1個は「厳しく伝える」が使いづらくなってきているので、「そうは言っても、お前やれよ」みたいな気持ちの時に、「いやうるさいな、ちょっとやってみろよ」とか言えなくなってきていますよね。

ハラスメントと言われますし、(部下の)メンタル面の話が出てくるので、優しく伝えなきゃいけない。でも優しく伝えると変わらない、結局直らない。「直ってほしいところが直らないのは困るんだ」みたいな話をされるケースが多くあります。