「行動観察」の第一人者・松波晴人氏が登壇

松波晴人氏(以下、松波):ではみなさん、よろしくお願いします。ご紹介いただきましてありがとうございます。私からも自己紹介をさせてください。

1年半ほど前まで大阪ガスという会社におりました。そもそも私は「行動観察」という方法論を日本で始めた人間です。コーネル大学というところで、今でいう「デザイン思考」を学び、「現場を観察して、そこからの気付きをもとに発想する」「観察での気付きとアカデミックの知見を統合する」といったことを日本で実践したんですね。

今ではだいぶ時代が変わって、どこの企業も「行動観察」によってお客さんのニーズを集めています。私はそのプロセスの中で、さまざまな企業と新しい価値を生むプロジェクトを行ってきました。また行動観察に関する本も書きましたし、行動観察そのものが『ハーバード・ビジネス・レビュー』で特集として取り上げられたこともあります。

そんな中で、人材育成の必要性を感じるようになってきたんですね。これからの日本には、ますます新しい価値を生む人材が必要になってくる。そういった人材を育成をするための方法論をきちんと整理する必要があると思いました。

実際に整理したところ、大阪大学が「教えていいよ」と言ってくれましたので、「Foresight School」というかたちで始めました。「fore」は「未来」で「sight」は「景色」という意味なので、「Foresight」とは「未来の景色」、さらには「未来の展望」ということですね。

Foresight Schoolを実施してみると、「3ヶ月教えた学生が文科省のコンペで優勝する」などのすごくわかりやすく成果が出たので、『ザ・ファースト・ペンギンス ー新しい価値を生む方法論』(講談社)という本にしました。また、京都大学を含めたいろいろな大学から「Foresight Schoolを大学で教えてほしい」とオファーをいただき、最終的には大阪大学に移籍することになりました。

ドラッカーが指摘した、「企業の基本的な機能」

今日は大きく分けて3つのことについてお話しします。1つ目は、私が整理した「新しい価値を生むための方法論」です。「クリエイティブなことって、勘と経験の世界なんじゃないの?」と思われることもありますが、きちんと方法論があるんですね。そうした「やり方」をメインにお話しさせていただきます。その方法論に「リフレーム思考」というものが出てきます。

2つ目は、新価値に取り組む時に必要なマインドについて。3つ目は、その時に必要な環境としての組織のありようです。新しいことに取り組むと、組織でどういうことが起こって、それをどうやって乗り越えていくかということです。

では1つ目の方法論から始めます。今、企業では何が起こっているのか。スタンフォード大学の教授が書いた『両利きの経営』という本がありますが、みなさんも聞いたことがあるかもしれません。「両利き」なので、取り組むことが2つあります。1つは「今やっている成熟事業をきちんと深めていくこと」。もう1つは「『知の探索』として、新規事業を生み出していくこと」です。この両方ができることが「両利きの経営」です。

成熟事業を深めることについては、多くの企業がコストダウンも含めてかなりやっています。しかし新規事業に関しては、特に大企業で苦戦しているのが実情です。ここ10年ぐらいの日本で、世界にまでスケールした新たな価値観があるでしょうか? 正直あまり思いつきませんよね。

一方、ドラッカーという経営学の著名な人を、みなさんもご存知だと思います。この人が「企業の基本的な機能は2つしかありません」と言っています。この2つ、何だと思いますか?

1つは「マーケティング」です。マーケティングと言っても、例えば「こういうドリンクを作ったから、これをどうやって売ろうか?」というものではありません。「そもそもお客さんはどういう欲求を持っているんだろう?」というところから考える、という意味でのマーケティングです。

もう1つは「イノベーション」です。「イノベーション」という言葉は、人によって意味がまったく違うのでまず定義させてください。この講義において、イノベーションとは「新しい満足を生み出す」ということとします。つまり「誰かに喜んでいただける、新しい価値を生み出す」ということですね。

ドラッカーは、「この2つが企業における基本的な機能である」と断言しています。ただ、この2つで上手くいっている企業が、日本からなかなか出てきていないのが実情です。

行動観察で、「現場」に行く理由

では「どうやって新しい価値を発想するか?」という方法論に入っていきましょう。最初に、私がこれまでやってきた「『行動観察』とはどういうものか」という話をします。まずは「高齢者への新しいサービス」に関する実例です。高齢者はたくさんいらっしゃるので、「何か高齢者に喜んでいただけるサービスで事業を」ということで依頼を受けました。

我々は、新たな事実を得るべく、まず現場に行くんですね。そして、高齢者の方に朝から晩まで密着させていただいて、その「実態」や「思い」を深く調べていきます。そして、そこで得られた膨大なファクトから何が言えるのかを洞察する。英語では「insight」といいます。つまり、仮説を打ちます。

この時、密着させていただいた方の家に行ったのですが、リビングにあった4枚の写真を見て驚きました。いずれも、犬がアメリカの大学を卒業したようなコスチュームを身につけているんですね。こんな写真です。「これは何ですか?」とお聞きすると、「犬の幼稚園」に通わせていたということでした。そういうビジネスが既にあるんですね。

この方は、朝起きると飼っている犬を車に乗せて、犬の幼稚園まで送っていきます。犬を預けると飼い主の方はいったん家に戻って、その間犬は様々なプログラムを受けます。で、夕方にまた迎えに行きます。これを繰り返して、無事課程を修了して犬の幼稚園を卒業できます。そして、卒業式の恰好をして写真が撮れます。

しかも写真が4枚あったということは、4匹卒業させたことを意味します。時間も手間もお金もかなりかかりますが、なぜこういうことをされるのでしょうか?

この事実から、「我々は完全に間違っていたな」と気付きました。そもそも「高齢者の方々は『サービスを受けたい』と思っている」という前提からして間違っていたんです。そこで我々が得たインサイト(洞察)は何だったかというと、高齢者は「サービスを受けたい」のではなく「誰かにサービスを提供したい」のだと。現に犬を喜ばせようとしているわけですよね。

そう考えてみると、他の高齢者の方々も同じでした。例えば、近所に新巻鮭を配っている男性。自分は慎ましく暮らしながら、お孫さんにすごく高い飛行機代をどんと出してあげているおばあさん。このように誰かに喜んでもらうために、お金や時間を使っている事実が見えてきたんです。

このことをふまえて、どういう価値を提供すればいいのかを考えました。例えば、「高齢者が誰かに貢献することのできる場」をたくさん用意する。そして、そこに登録費用を払ってもらえば、すごく喜んでもらえるんじゃないかと。このように、場における一次情報からインサイトを出す方法論が行動観察です。

目に見えない「潜在ニーズ」の見つけ方

先ほど竹林(一)さんから、リフレームのご説明がありましたね。「サービスを受けたい」と思っていたけど、実は「サービスを提供したい」のではないかと考えたというこの事例が、まさにリフレームです。

新しい価値・サービス・商品を考える時に、従来はアンケートを取ったり、インタビューをしたりしてきました。もちろんそれも重要なことだと思います。ただ、それは氷山の見えている部分で、お客さまがニーズを自分で言語化できる「顕在化ニーズ」です。一方「潜在ニーズ」と呼びますが、お客さまが言語化できないニーズが氷山の下に膨大にあります。

だから我々は現場に観察しに行き、お客さまを深く理解することで、お客さまも言葉にできないようなニーズに、先回りして気付こうとしています。これが「行動観察」です。

ハーバード大学のビジネススクールの先生もだいぶ言うことが変わってきました。以前は、アンケート調査は「1万人に聞く」ということをやっていましたが、それは「もう要らない」と言っています。今は、新価値を考える時には、少人数、1人でもいいので、その人を深く掘り下げて本質的な仮説を得ることが重要だとしています。

IBMは、世界のCEO1,700人を調査しています。「業績の高い組織・企業は何が違うのか」というこの調査により、「3つの点で違う」ことがわかりました。これがそのグラフです。違いの1つ目は「Access to data」です。どういうことかというと、業績の高い組織は「いろいろな事実・情報を集めている」ことがわかりました。

違いの2つ目は「Draw insights from data」です。つまり、「データや事実を見て気付いたことから、インサイトを出しているか」です。3つ目は「Translate insight into action」。「インサイトをもとにして、アクションを取っているか」ということです。

みなさんお気付きのとおり、これは先ほどの「ファクト」「インサイト」「フォーサイト」とまったく同じ流れです。昭和に大きくなった日本の大企業の経営者も、みなさんこれを実行していたということがわかっています。「ファクトを得て、仮説を出して、それをもとに行動を取る」ということがベースになっているんですね。

「カイゼン」と「リフレーム」の違い

このプロセスを実施するうえで、先ほど竹林さんからご説明のあった「リフレーム」という概念が重要になってきます。旭山動物園の例がわかりやすいです。普通の動物園は「動物」を見せます。当然ですね。そんな中、旭山動物園は「動物の行動」を見せることをはじめました。そういう動物園は他にはないので、北海道の不便な場所にあるにもかかわらず、大人気になりました。

ここでリフレームについて説明をします。「フレーム」を「Re」すること。つまりビジネスにおいて、それまで常識とされていた解釈やソリューションの枠組み(フレーム)を、新しい視点や発想で前向きに作り直すことです。例えばみなさんに今アンケート用紙が配られて「オーディオ機器に求めるものは何ですか?」と聞かれたとします。みなさんは何と答えますか?

この質問に対する回答の1位は、何十年も前から今までずっと「音質」です。だから、音質を良くしていくことは重要なことです。ただ、これは従来の枠組みの中でさらに良くしていこう、という話なので「カイゼン」です。

そんな中、生まれたウォークマンはまさに新価値、イノベーションです。ウォークマンは、まったく新しい価値軸を作りました。「外で音楽を楽しもう」という縦軸です。ただ、アンケート1位の「音質」という観点でみたら、ウォークマンはどうでしょうか。一昔前は、リビングにオーディオが置いてあったものですが、それに比べるとウォークマンはカセットで、しかも屋外で聴くので音質は下がります。

このように、新しい価値、イノベーションというものは、従来の価値軸での100点を120点にすることではありません。たとえ従来の価値軸の100点が80点に下がったとしても、新しい価値軸において100点を取りにいくことがイノベーションです。

リフレームの例はたくさんあります。例えば、みなさんが学校で習った「天動説ではなく地動説のほうが正しい」というのもリフレームです。それまでの常識だった天動説から、完全にものの見方が変わりました。

長い間、人類は「すべての星は地球の周りを回っている」と思っていました。でも、「地球は太陽の周りを回っているだけ」と考えた方がいろんな現象が説明できるぞ、と。地動説のほうが新しいけど、妥当性が高いということですね。先ほどの高齢者の「サービスを受けたいんじゃなくて、サービスを提供したいんだ」というのもわかりやすいリフレームです。

また、「プレイステーション」は「リアルなグラフィックで遊べる」という価値軸でプレステ1、2、3と進化してきました。そんな中「任天堂Wii」は「家族みんなで遊ぶ」という、まったく違う縦軸を作ってきました。そしてグラフィックは劣るものの、プレステよりも市場を占めることになりました。これがリフレームです。