2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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松波晴人氏:さっそく、みなさんにアブダクションをやってもらいたいと思います。アブダクション・ワークを1つだけ用意しました。みなさん、こんな光景を見かけたことはないでしょうか? コロナ前の話だと思ってほしいのですが、ある週末、レストランに行くと隣のカップルが食事をしていました。でも、この2人がまったく会話をしていないんです。
せっかくの休日に2人で会っているのに、まったく会話をしないという事実について、「どうしてこのようなことが起こるのだろう?」ということをアブダクションしてみてください。
先ほど、EDGEコンペで大阪大学の学生が優勝した話をしましたが、実はその発想のきっかけになったのがこのファクトなんです。彼らは「どうしてぜんぜん話をしないんだろう? これをなんとかできないか?」ということを深く考え続けました。
ファクトは先ほど言ったとおり「レストランに行ってもまったく会話をしていない」ですね。彼らは最初「他人に興味がないんじゃないだろうか」というインサイトを出しました。付き合っている相手ですら、ぜんぜん興味がないんじゃないかと。そこからさらに考え続けて、リフレームすることができました。最終的に出したインサイトは「自分自身への興味を失っているんじゃないか」というものでした。
自分自身に興味があれば、少なくとも「この前こういうことがあったんだけど、どう思う?」など、自分の話がしたくなるはずです。それすらしないということは、ひょっとすると自分自身への興味すら失っているんじゃないかと。そう考えると、メンタルを病んでしまう人が増えていることも説明できます。
それが、文部省のコンペで優勝した「Re:YOU」という発想につながりました。ファクトは「カップルがレストランでぜんぜん話をしない」。インサイトは「他人に興味がない」からリフレームした「自分自身に興味がない」。このリフレームされたインサイト「自分自身に興味がない」を用いると、フォーサイトはまったく違うものになります。
そこで考えたのが「Re:YOU」という、自己理解を助ける機器・サービスです。「Re:YOU」のコンセプトは「バーのママ」です。バーのママは、こちらの話を気持ちよく聞いてくれます。しかし「あなたはこうしなさい」とは言いません。
このバーのママと同じで、人間がモノに「最近こういうことがあって」と自己開示し、モノがバーのママのようにいろいろと反応を返してくれると、人間は内省をすることができて、自己理解を深めることができるのではないか、と考えました。
今はセンサーが発達しているので、「何時頃に元気だった」とか「何時頃に落ち込んでいた」ということもわかります。なので、家に帰ってきたときに、「Re:YOU」が人間に「10時頃にすごく元気だったけど、何があったの?」と聞いてくれると、人間側は「その時、●●さんがこんなこと言ってくれて、それがとてもうれしかった」という話ができます。
落ち込んでいるときも然りです。これによって「自分はこういう時に嬉しいんだな」「こういう時に元気がなくなるんだな」と、自己理解が進みます。この機器とサービスで優勝することができました。
みなさんはPayPalの創業者のピーター・ティールをご存知でしょうか? この人のスタンフォード大学でのイノベーションについての講義録が『ゼロ・トゥ・ワン』という本になっています。この本の中に「定説」と「解けない謎」の話が出てきます。「定説」とは、学校で教わるような、きちんと固まっている説のことです。そして、「定説」以外は「解けない謎」だと思っている人が、マジメな人にはけっこう多いのではないでしょうか。
この本では「定説」と「解けない謎」の間に「隠れた真実」というものがあり、その「隠れた真実」をもとに、偉大な企業が生まれていると述べられています。さらに、「隠れた真実は、実はみんなに見えているが、それを見つけることこそが大事だ」という記述もあります。また、「隠れた真実の存在を信じて、それを探さない限り目の前にあるチャンスに気付くことはできない」とも書かれています。
つまり新しい価値を産むためには、「定説と解けない謎」という枠組みではなく、その間にある「隠れた真実」を自ら見出さないといけない、ということです。
ピーター・ティールの言う「隠れた真実」と、シャーロック・ホームズが出す「意外な真相」は同じです。シャーロック・ホームズは事件の真相を説明する時に、意外なことを言いますよね。みんながAさんが犯人だと思っている時に、「犯人はBさんだ」と言ったりします。
最初は「え!? そんなことある?」と驚きますが、よくよく説明を聞くと「なるほど、確かにBさんが犯人と考えたほうがいろいろな事実が説明できる」となります。つまり、これが「意外な真相」です。「隠れた真実」と同じです。また、「インサイトのリフレーム」も同じ意味です。
つまり、「隠れた真実」を見出せたら、これまでの定説とは異なる「新しい価値」を生むことができます。
シャーロック・ホームズの物語には、ワトソンという相棒が出てきます。彼は医者なので優秀ですが、「普通に考えてAさんが犯人だよね」という発想しか出せない人物として描かれています。こうしたワトソンの考え方は「リニア思考」と言うことができます。「リニア」とはライン(線)の形容詞形です。定説をもとに真面目に考えたらこうなる、という思考のことです。
「リニア思考」はカイゼンにおいてはとても重要です。たとえば、お客さまからクレームがきた時に、「ファクトAが起こったから、それに対してはソリューションAという手を打とう」というかたちで課題を解決することは大事です。ただ、これではイノベーションは起きません。
一方、シャーロック・ホームズが取っているのは「リフレーム思考」です。その構造はこう(スライドのように)なっています。シャーロック・ホームズは、氷山の見えている部分だけではなく、隠れている部分にも気付いています。ホームズとワトソンは常に行動を共にしていますが、ワトソンは気付いていません。
隠れている事実に気付き、統合することで普通と違う、新規性と妥当性を持つインサイト(=意外な真相)を出してきます。ホームズは博識ですから、地質学などさまざまなナレッジを用いてアブダクションし、事件を解決していきます。
例えば、新しいドリンクを開発するとします。フォーサイトはドリンクという商品なので、ライバル会社はフォーサイトをいくらでも調べることができます。そのドリンクを買ってきて、成分を分析することもできます。でもそのドリンクが売れている理由であるインサイトは、分かりません。つまり、真似されにくい、という意味でもインサイトが重要なのです。
アインシュタインがすごくいいことを言っています。極端なシチュエーションですが、「自分の命がかかった問題を60分で解かないといけない時にどうするか」と。つまり「この問題を60分で解かないと殺される」というシチュエーションに陥ったとしたら、みなさんはその60分をどう使いますか?
普通は、その問題を解くために60分を使いますね。でもアインシュタインはこう言っています。「私はそのうちの55分を、その問題を定義することに使う。解くのは5分でいい」と。先ほどのEDGEコンペのメンバーも、まったく話をしないカップルに関して、「何が問題なのか」というインサイトを定義するためにほとんどの時間を使いました。
ドラッカーも似たようなことを言っています。「意思決定についての議論のかなりの部分が、問題の解決、すなわち答えを出すことに集中している。これは間違った焦点の合わせ方である」と。「重要なことは、正しい答えを見つけることではない」というのは衝撃的な発言ですね。
「重要なのは、正しい問いを探すこと」とドラッカーは言っています。「正しい問い」とは、まさにインサイトです。さらに、こうも言っています。「間違った問いの正しい答えほど手に負えないものはない」、と。つまり、インサイトが間違っていたら、そこから考えたフォーサイトはうまくいきません。診断が間違っていたらどんなハイテクを駆使してもダメだ、という話と同じですね。
「リニア思考」と「リフレーム思考」を比較してみましょう。リニア思考の一番わかりやすい例は受験です。受験で勝とうと思ったら正解を出さないといけない。しかもその正解は誰にとっても同じものです。だから、より短時間で正解が出せる人が勝ちという勝負です。正しさ重視で最短距離で考えることになります。クリエイティビティは要らないですし、真面目であるということが重要になります。
リフレーム思考で新しい価値を発想しようという時は、観察した結果を深掘りします。新規性があって、かつ妥当性のある説を出さないといけません。そういうことを成し遂げるにはクリエイティビティが必要です。で、真面目ではなく真剣にやらないといけない。「真面目」という言葉には「決まったルールの枠組みの中で考える」というニュアンスがありますよね。新価値創造のためには、「真剣」にやる必要があるんです。
「ビッグデータ」と「ディープデータ」という考え方があります。ここでは「ディープデータ」の話をします。「ビッグデータ」は、サンプリングではなく全数を計測する膨大なデータのことです。
しかしながら、ビッグデータはとても限定的です。みなさんが今日ここに来るまでに、「何時何分に何々駅の改札を通った」とか「何時何分にこのドリンクを買った」などは、ビッグデータとして残っているかもしれません。ただ、その間みなさんが「どんな思いを持って」「どういう経験をしたのか」ということは何も残っていません。
だから、一人ひとりを追いかけて観察することも必要なんです。サンプル数は5〜6件など少なくてもいいから、深く理解する。ビッグデータとディープデータのどちらが優れているという話ではなく、両方必要です。
MITのオックスマン教授が「価値創造創出の循環モデル」としてKrebs Cycle of Creativityというモデルを提唱しています。
(スライドの図の)左側に「Behavior(行動)」と書いてあります。で、この「行動」を「情報(インフォメーション)」に変えるのが「アート」です、と表現しています。これはまさに「行動観察」ですね。行動を観察をして、それを情報に変える、気付きに変えるのがアートだということです。さらにその気付きをさまざまな知見を用いて「ナレッジ」、私の言葉で言うとインサイトに変えるのが「サイエンス」です。
そのインサイトを「エンジニアリング」の力を用いて「ユーティリティ(有用性)」に変えます。つまり、インサイトを価値に変えるということです。で、価値が生まれたら「デザイン」の力で人間の行動変容につなげていきます。これが「Krebs Cycle of Creativity」というサイクルです。
私がここまで話してきたのはこの図の上の部分、「Behavior(行動観察)」を「インサイト」に変えるということです。その後、「エンジニアリング」や「デザイン」の力を使って実現していくことになります。この図の上の部分では、「我々は世の中をどう見て、どう持っていきたいか」という「世界観の形成」を行っています。これがまさに「問いを立てる」ということです。
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