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第1部 松波晴人氏 講演(全4記事)

顧客は「価値の仕様」ではなく、「洞察」にお金を払う 医師の診断と治療の違いに見る、「アブダクション」のプロセス

京都大学経営管理大学院に設置された「100年続くベンチャーが生まれ育つ都研究会」。同研究会が主催した寄附講座に、「行動観察」の第一人者で、大阪大学 共創機構の特任教授・松波晴人氏が登壇。松波氏が立ち上げた新しい価値を生む人の学校「フォーサイト・スクール」の内容や、新価値創造のために「リフレーム」をする際の組織の課題やマインドセットを解説しました。本記事では、「フォーサイト・クリエイション」における一番大事な考え方や、身近にある「アブダクション」の事例など、様々なトピックが語られました。

「2030年に必要とされる能力や知識」

松波晴人氏:混同するといけないので、2種類のリフレームについて説明をしておきます。1つ目は「インサイト(洞察)のリフレーム」。もう1つは「フォーサイト(提供価値)のリフレーム」です。

先ほどお話しした「天動説から地動説へ」というものは見方のインサイト、捉え方のリフレームですよね。高齢者に関するものもそうです。一方、「旭山動物園」や「ウォークマン」はフォーサイトのリフレームです。価値の軸が変わるものです。このリフレームの能力が、今後とても大事になってきます。

オックスフォード大学のオズボーン教授という人が、「2030年に必要とされる能力や知識」の1~100位を発表しています。1位は「戦略的学習力」です。「いい大学を出たからもう勉強は終わり」ではなくて、変化が激しい世の中では常に学び続けないといけないということです。

2位は「心理学」です。価値を作り出すのが難しいのは、主観という要素が入ってしまうからです。例えば私にとってすごく価値があっても、みなさんにとってはまったく価値がないものがあったりしますよね。つまり、主観という要素があるがゆえに、これまでアカデミアでも研究対象として取り扱いにくかった側面があります。新しい価値を産もうとすると、心理学を学ぶ必要があるんですね。

4位は「社会的洞察力」です。インサイトを出す力が必要だということです。5位は社会学・人類学。これも行動観察にかなり近い世界です。さらに独創性(8位)や発想の豊かさ(9位)といった、クリエイティブに関する能力が必要になるとされています。

ただ、こうしたことを教えてくれる学校がほとんどないんですね。それを整備しようとしたのが私の大阪大学における活動です。そもそもしっかりとした方法論がなく、きちんと整備する必要性を感じました。

新価値創造の方法論を教える「フォーサイト・スクール」

私たちのような、こういう分野で仕事をしている人間からすると、新価値創造・イノベーションはものすごく求められているのに、その方法論についての理論やメソッドがなかったんですね。もちろん、新価値創造には、言語化できないアートの部分もあります。でも、あまりにもアートとして放置されていて、サイエンスにできるところもサイエンスにされていないと思っていました。

正直に申し上げて「デザイン思考」なども、ものすごくふわっとしていますよね。だから、もう少しサイエンスにしようと整理したのが大阪大学と連携した「Foresight School」(フォーサイト・スクール)です。そして、デザイン思考や行動観察、creative thinking、U理論などあらゆるものを学び直して、「Foresight Creation」(フォーサイト・クリエイション)として統合・整理しました。

結局のところ、どの考え方も同じことを別の言葉で言っているだけだと分かりました。その結果、新価値創造の「プロセス」と「必要な能力(8つの玉)」を整理することができました。ドラゴンボールを集めるように、その8つの能力それぞれを「玉」(コンピテンシー)として、1個ずつ受講生に授けていく形でお教えすることにしました。それぞれの玉のトレーニング方法も開発しました。

デザイン思考で検索すると、だいたいこんな図が出てきます。一方、Foresight Creationはさらに整理されていて、このような図になります。デザイン思考では、まず「共感せよ」ということが出てきます。デザイン思考でいう「共感」を、Foresight Creationでは①着観力と②アブダクションの2つの玉で学びます。

「着観力」については、人間は心理学的バイアスがあるため、基本的には気付かないようにできているので、これを理解した上で乗り越えようというものです。気付きから、仮説を出すべく推論していくのが「アブダクション」です。この着観力とアブダクションをトレーニングすることで、デザイン思考の「共感せよ」に該当することを精緻に教えることができるようになりました。

「Foresight Creation」で、一番大事な考え方

そして大阪大学で教えた際には、学生が考えた案が実際の商品になりました。また3ヶ月学んだだけの学生が、文科省のEDGEコンペにて、デザイン思考の先生チームなどを向こうに回して優勝する、ということもありました。その結果、様々な大学や高校からリクエストをいただいてForesight Schoolを実施しました。もちろんビジネス界でもスクールを行いました。

企業で、このForesight Schoolをやらせてもらうと「新価値が生まれる」ことに感謝されるのですが、実はそれよりも感謝されることがありました。それは「共通言語ができて議論が速くなりました」ということです。先ほど言ったように、イノベーションという言葉ですら人によって意味の捉え方が違います。そんな中、「プロセス」を整理し、「言葉」を定義していったので、みんなが同じ枠組みと同じ言葉で議論ができるようになったのです。

Foresight Creationについては『ザ・ファースト・ペンギンス』という本にまとめたのですが、読んでくれたイノベーターの人たちからも、「確かにこうやっている」「立ち戻ることができた」と言ってくださいました。だから、けっこういい感じで整理できたと思っています。

詳しくは『ザ・ファースト・ペンギンス』を読んでいただくとして、概略を説明します。Foresight Creationにおいて一番大事な考え方は「学び続ける」ことです。新しい価値を生むためには、学び続けるしかありません。どうやって学び続けるかというと、まずは「ファクト」を集めることです。それも、できるだけ場に行って、場で起こっている一次情報から気付きを得ることが大事です。

そして、ファクトから「一体何が言えるのだろうか」という「インサイト」、洞察を導き出します。そして、その洞察をもとにした「フォーサイト」、すなわち「こんなことをやったらどうだろう」ということを考えます

その次は「アクション」、すなわち小さくてもいいので世に出すことが大事です。うまくいかないかもしれないけれど、アクションを取る。アクションを取れば結果が出ます。うまくいったり、うまくいかなかったりしますが、振り返り「リフレクション」を行います。このプロセスを何度も繰り返します。「このプロセスをまわす回数の多さ」が一番大事です。

企業でよくあるのが、「ファクト」「インサイト」「フォーサイト」を行って、新規事業について考えるんですけど、結局は「アクション」を取らない、つまり世に出さずに終わる、ということです。これは、学習理論的に言うと、残念ながら「学びはゼロ」になります。いろいろ考えても、結局アクションを取らなかったのなら、学びはゼロです。だから、たとえうまくいかなくててもアクションを取ったほうが学びがあります。

顧客は「提供価値」ではなく、「洞察」にお金を払う

Foresight Creationの全体のプロセスはこのようになっています。

8つの玉、それぞれの使いどころもこの図の中で整理されています。中でも、2つ目の玉である「アブダクション」がとても大事です。インサイトを出すためのキーとなるからです。

アブダクションのプロセスは、以下のような構造になっています。

まず、「場において観察されるファクト」という一次情報を集めます。例えば高齢者が犬を幼稚園に通わせているとか、そういった違和感のあるファクトが重要です。そして、そういったファクトを解釈するために、さまざまな知見や教養(ナレッジ)を用いることによってはじめてインサイト(洞察)を出すことができます。

そして、そのインサイトをもとにして、フォーサイト(提供価値)を考えます。新しい価値を考えようという時に、「こんなことをやったら、おもしろいんじゃないか?」とフォーサイトから考え始めることがよくありますが、これは非常に率の低いやり方です。

お客さまはフォーサイトの仕様にお金を払っているように見えますが、実はインサイトにお金を払っています。このように、ファクトとナレッジを合わせることで、インサイトを出すことを「アブダクション」と呼びます。

身近にある「アブダクション」の事例

みなさんは演繹と帰納という推論方法を勉強したことがあると思いますが、そのどちらでもない、3つ目の推論方法が「仮説的推論」です。みなさんの一番身近なアブダクションの例はお医者さんの治療です。「顔色がどうなっているか」「いつからしんどいのか」「血液検査のデータはどうか」など、お医者さんは患者さんのファクト、一次情報を集めます。まさにn=1ですね。

これらのファクトから、お医者さんは「診断」という名のインサイトを出します。病名を特定することですね。で、その診断をもとにして「治療方法」を決めていきます。もし診断が間違っていたら、その後いくらハイテクな医療技術を用いても治るはずがないです。つまり、インサイトが一番大事だ、ということです。

先ほど、行動観察という方法論が世の中にスケールしたと申し上げました。でも、残念ながら良いインサイトを出せるところはすごく少ないんです。みなさん現場に行ってファクトをたくさん集めることはしていますが、ナレッジを用いていないので、平凡なインサイトしか出せないケースが多いです。

医学知識がなければ、いくら血液データを集めても、そのファクトが何を意味しているのか解釈できません。さまざまな知見を駆使して初めて、良いインサイトが出せます。私が大阪大学に移った理由は、実はそこにあります。今私は、様々なアカデミックな知見をお持ちの大阪大学の4,000人の先生にアクセスできます。先生方の知恵をもとに、良いインサイトを出して新しい価値を生む活動を行っています。

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