「人を褒める」ことの効果とメカニズム

伊達洋駆氏(以下、伊達):まずイントロダクションということで、自己紹介からさせていただければと思います。

あらためまして、株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役の伊達と申します。私はもともと神戸大学大学院経営学研究科で経営学の研究をしていました。大学院在籍中にビジネスリサーチラボという会社を立ち上げて、現在に至っています。

ビジネスリサーチラボでは、「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、データの分析と研究の知見をもとに、サービスを提供しております。具体的には、企業人事向けには組織サーベイや社内データ分析。そしてHR事業者向けには組織サーベイや適性検査の開発支援、HRサービスのコンサルティングを行っております。

私自身、今までいくつか本を出させていただいています。直近ですと2023年の5月下旬に出した『60分でわかる! 心理的安全性 超入門』という本が近いのかなと思います。それ以外にも、人と組織を巡る幅広いテーマで情報発信を行っています。

多くの方に申し込みをいただいていますが、本日は「褒めること」がテーマです。この「人を褒める」ということについて、その効果とメカニズムを掘り下げられればと思っています。その上で、職場のマネジメントや同僚との関わり方について、含意を得られる1時間にできればと思っています。

本日は3つのパートに分けてセミナーを進めさせていただきます。本日のセミナーは、、当社のフェローの黒住も登壇させていただきます。それでは黒住さん、簡単でけっこうですので、挨拶をお願いします。

黒住嶺氏(以下、黒住):黒住です。本日1つパートを担当いたしますので、後ほどよろしくお願いいたします。

伊達:ありがとうございます。では、最初に黒住から講演を行わせていただいて、そのあとに私がもう一度講演を行います。そして最後に質疑応答の時間という流れで進めさせていただきます。それではバトンタッチしたいと思います。黒住さん、お願いします。

理想は「適切に」褒めること

黒住:私からは「『適切に』褒めるためのポイント ポジティブ・フィードバック研究から」と題してお話しさせていただきます。

まず簡単に自己紹介いたします。あらためまして、黒住嶺と申します。些細だけれど、多くの方が抱えるような日常の悩みの解決に、研究知見を活かしていきたいと考えております。当社ではこうしたセミナーやレポートによって、学術知見の発信を担当しております。

初めに、今日の「褒める」というテーマに関して、理想は「適切に」褒めることだと言えます。具体的には、実際に良いと思った点を、相手に合った伝え方で褒める。ただし、そこに関連する要素は多く、個別での対応も不可欠です。そこで、研究を通して、個別のケースに含まれる共通項を理解してもらい、適切に褒めるために工夫できるポイントを理解してもらえればと思います。

ではさっそく、「研究から見た『褒める』こと」というテーマで、最初のパートを始めていこうと思います。端的に言いますと、研究では、褒めることは「行動が良い」と伝えるもの、と言えます。定義としては、「言語によって伝えられる、対人的なポジティブ・フィードバック」と言われています。ポジティブ・フィードバックとは何かと言いますと、「対象となる行動を増加させることを意図して与えられる情報」です。

つまり、何らかの行動について、「こういうことをこのあとも続けてほしい」と伝える情報だと考えられます。

目標との差を認識するための3つの視点

黒住:そこでここからは、フィードバックとはそもそも何なのかという点を掘り下げていこうと思います。代表的な研究例として、達成する「目標」との関連から整理するアプローチがあります。

フィードバックというのは通常、なんらかの目標達成の文脈で行われるものと考えられております。例えば職場で考えると、個別に与えられた業務の目標とか、プロジェクトに関わる成果物ですね。こうしたものを達成しよう、完了しようというのが目標だと考えられます。

それに対して、現状と目標達成の差を縮める手段の1つが、フィードバックだと考えられています。では、その目標との差はどのように意識するかと言うと、次の3つの視点で認識できると言われています。初めに、「目標の再確認」です。つまり、取り組んでいる目標が何なのか、それを達成してどうなりたいのかを認識することです。

2つ目が、「やってきたことの振り返り」。過去どうやってその目標について取り組んできたのかという、過去の取り組みを認識すること。最後が「やるべきことの整理」。今までやってきたことを踏まえつつ、今後どういうことを具体的にやっていくべきなのかを整理する。この3つの視点で、目標との差を認識できます。

3つの視点に加えて注目すべきもの

黒住:こうした3つの視点に加えて、注目する内容の分類もあります。1つ目は「課題」です。これは目標の達成に関わる課題で、下位目標と言えます。例えば「資料を作成する」という目標であれば、その質や量はどうなっているか。あるいは、学習目標であれば、どこまで理解できているかなどです。

2つ目は「プロセス」です。こちらは、先ほどの「課題」をどのように進めるか、ということです。例えば、自分1人で進めていくのか、あるいは途中で人に聞きながら、チームで進めるのかが該当します。

3つ目は「自己評価」です。こちらは、先ほどのプロセス・進め方について、自分でどのように確認してきたか。あるいは、どうやって改善してきたか、ということです。職場の文脈で言えば、例えば「Todoリストで管理しながら進めた」とか、「このやり方だとこうなるだろう」と仮説を検証して自己評価する方法などです。

4つ目は、目標に対して、一個人として、どんなふうに進められているかという点です。「社交的なやり方で良かったね」とか「細やかに配慮しながら進められたよね」とか、その人個人に注目するということですね。

こうした2つの話をしていきましたが、ポジティブ・フィードバックをまとめると、先ほどの3つの視点と、この4つの内容を踏まえながら、行動を肯定的に評価する、ということです。この時点で、だいぶ「要因が多いな」という感じですが(笑)、もう少し掘り下げて端的に説明していきます。

ポジティブ・フィードバックで得られる効果

黒住:では2つ目のパートとして、「『何のため』に褒めるのか」という話を進めていこうと思います。「ポジティブ・フィードバックで、こういう効果があるんだよ」という点について、職場と関連する研究を紹介していきます。こうしたポジティブ・フィードバックの効果を掘り下げることによって、「何のために褒めるべきなのか」の参考になればと思います。

まず1つ目が、「パフォーマンスの向上」です。職場の上司・部下による調査を実施した研究から、上司のポジティブ・フィードバックが多いほど、部下のパフォーマンスが高いという結果が確認されました。このパフォーマンスは2つの点から測られています。1つ目が「日常業務の質」です。例えば、与えられた業務をきちんとうまくこなせているか、業務の直接の質を測っています。

もう1つは、「業務以外の望ましい行動」です。例えば、今までやってきた方法よりも、より良い方法を積極的に探している、などです。こうした、直接の業務のパフォーマンスではないプラスアルファの部分も、褒められた(部下の)ほうがより多かったということです。

一方、興味深い結果があります。こちらの研究では、訂正や修正の指摘をするネガティブ・フィードバックの効果も測っていました。そのネガティブ・フィードバックの効果は、先ほど見ていった2つのパフォーマンスのうち、日常業務の質は高かったんだけれども、業務以外の望ましい行動は多くありませんでした。なので、やはり指摘には少し注意が必要であり、逆に、褒めることの効果がはっきりと現れた、という結果でした。

フィードバックの頻度が高いほど、上司に対する信頼感が高まる

黒住:2つ目の効果として、「職場環境の改善」にも役立ちます。具体的には、職場での褒め合う文化が奏功して、うまく回っていくということです。具体的な企業の事例としては、メールによる称賛の共有がありました。例えば、「誰々さんが納期に向けて良い資料を作ってくれました」と、上司から部下にフィードバックする。そういった情報が、メーリングリストのようなかたちでほかの人にも共有される、という事例ですね。

こうした制度に対して、従業員の方々の満足度が高かったり、その制度を導入したことによって離職率が低下したという、良い効果が確認されていました。

こうした背景として、自分やほかの人が褒められることを見たり経験することによって、職場に受け入れられている感覚や、その所属先に貢献したいという意識が高まると指摘されています。このように、褒める文化が職場に良い影響をもたらすと言えます。

3つ目の効果は、信頼関係を高めたり、革新的職務行動を向上させるといった結果ですね。後者が小難しい言葉でもあるので、少しずつ説明していこうと思います。

まず信頼関係の部分ですが、建設的なフィードバックが行われていると、信頼関係が生まれます。部下による評価で、上司がフィードバックをくれる度合いが高いほど、上司に対する信頼感が高いという結果になりました。

信頼感が高まる理由は、上司が建設的なフィードバックをくれることによって、「成長させてもらっている」と恩を感じるためです。これは、専門的には「互恵性」と呼ばれ、与えてもらったことに対して何かを返す、恩返しとしての心的な反応だと考えられています。

さらに、信頼感が高まったことによって、イノベーションにつながる行動が増えたという結果が得られました。こちらを革新的職務行動と呼ぶんですが、新しいアイデアの生成や促進、その実施に関する行動が生まれたということです。

この革新的職務行動ですが、言ってみれば失敗するリスクがあります。例えば、今までと違うことを試すわけなので、良い結果が出ないリスクや、「今までの方法が良かったのでは?」と周囲から反発を受けるリスクがあります。

一方で、そうした失敗するリスクはあるけれども、上司との信頼があれば、「失敗も受け止めてくれるだろう」と考えることができます。なので、リスクがあっても挑戦できるという結果になっていました。

真実味のない褒め方は危険

黒住:ここまでをまとめますと、「褒めることの効果は確かにあるだろう」といえます。個人間のメリットとしては、信頼関係が得られますし、職場全体で見ても、部下の方の役割内/外のパフォーマンスが高まったり、離職率が下がる。さらには、イノベーションにつながるような行動も増える。こういった一定の効果は確認できています。

ただし、ここで1つ注意点があります。それは、効果がある褒め言葉でも、その「真実味」が重要という議論です。

どういうことかと言いますと、例えば、「褒められるようなことしてないんだけどな」と、褒められる側の自己評価と褒め言葉が一致しないことがあります。そのようにして、誉め言葉の受け手が疑念を抱いてしまったり、「真実ではないな」と感じてしまうと、その効果が得られにくい可能性が指摘されています。

このことを踏まえ、「褒めることによる効果を期待して褒める」という意図が見透かされてしまうと、危険だろうと言えます。

ほかにも実務に関わる注意点として、例えば「ネガティブ・フィードバックのほうが重要なこともある」とか、そもそも(上司は)フィードバックをしてあげたい、褒めてあげたいんだけど、(部下が)上司からのフィードバックを避けてしまうということも、確認されています。

こうした点は、本日は時間の関係で割愛しております。当社のコラムをご用意しておりますので、よろしければご覧ください。