役職は、役割があるだけで偉くはない

荒木博行氏(以下、荒木):「つながり」をすごく強調していただきました。いわゆる日本的な企業を阻害する要因は、階層というか、上下関係みたいなもの。上の人には自分をあまりさらけ出すのは失礼にあたるかもしれないし、ひょっとしたら評価としてマイナスがついちゃうかもしれない、ということもあると思うんです。

てんちょの会社って、ものすごくフラットじゃないですか。役割がある中でもフラットだというのは、どうやって実現できるのかを聞いてみたいです。

井手直行氏(以下、井手):そもそも日本の企業もそうですが、「偉い人が出てきた」とか言うじゃないですか。でも、役職って偉くなくて、ただ「社長」という役割があるだけです。うちでいうと、社長と部門のディレクター、あとはチームのディレクターと一般職があるんですが、役割があるだけで偉くはない。

だから、そもそも偉そうにすること自体がダメなわけですよ。ヤッホーブルーイングでは、誰も偉そうにしていないし、新入社員だろうが、パートさんだろうが、アルバイトさんだろうが、先輩後輩関係なく普通にしている。

ただ、日本人なので、年上の方には配慮を持つのは良いところだと思うんです。だけど、仕事の議論になったら、先輩だろうが僕だろうが関係なく、みんなビシバシ議論をしている。心理的安全性の担保のために。

うちは社長室とかなくて、ワンフロアが適当に割り振られています。僕も自分の席があって、普通にみんなのところで一緒に働いてるんですが、後ろの席に、去年入ってきたよくしゃべる女の子がいるんですよ。

席替えで、昨日からちょっと違うところに行った時に「後ろでよく話したから、僕がいなくなって寂しいだろ?」「いや、てんちょがいなくなって寂しいっすよ~。まあ、そんなことないっすけどね~」みたいなことを言っていて(笑)。

入社の2年目の女の子が、普通に僕を冗談でからかってくるわけです。こういう会話があれば心理的安全性が高くなるから、議論する時にも、偉いとか役職による忖度があるわけじゃなくて、てんちょに対しても普通に言う。

偉ぶらないし、役職はただの役割である。心理的安全性が高いコミュニケーションを日頃からとって、「対等だよ、フラットだよ」みたいなね。役職者は、役割があるから判子を押す。偉いって感覚をそもそも払拭しないとダメですよね。

荒木:なるほど。いや、わかっちゃいましたね。結局、「1人の人としてお付き合いする」ということなんですよね。

井手:そうです、そうです。

荒木:てんちょの会社って、究極的にはお客さんとか仕入れ先も人間としてのお付き合いになるじゃないですか。だから会社や立場の壁がなくて、「人としていかに付き合うか」なんでしょうね。

井手:そうです。セクショナリズムもないし、よくある「課長を通して話してくれ」とかもなく、自由な情報交換で、好きな人と好きなコミュニケーションがカオスみたいに入り乱れている。

島田由香氏(以下、島田):最高。

井手:最近は、「誰に対してもいろんなことを言うから情報が飽和していて、整理しないと氾濫してるよね」というのが、この2年くらいの新たな課題ですね。

荒木:そういう意味では、お二人が言ってることは本当に一緒ですよね。

井手:同じです。

島田:同じだと思う。すごくうれしい。

幸せな組織が持つ4つの要素

島田:あと、「フラット」という表現が出てきたじゃないですか。日立製作所の矢野(和男)さんの研究で、本当にすばらしいし、好きだし、とっても活用できるなと思っているものがあります。

矢野さんは二十数年、ご自分の体験からいろいろなことをやって、生体情報を採りながら「幸せな組織には何があるのか」というデータをずっととっているんですよね。言い換えたら、「何がどうだと、幸せな組織になるのか」ということを突き詰めてこられた。

今はハピネスプラネットという会社も作られて、矢野さんが開発されたアプリを使って、何万人という人たちが実証実験をしながら、幸せなチームや幸せな組織を現実にしていくことをやっているんですよね。

その中で矢野さんが言っていた、「幸せな組織には4つのポイントがある」というのが「FINE」なんです。

Fが「フラット」で、全員が対等である。Iが「インプロバイゼーション」と言って、突発的な短い会話が多発する。これは雑談と一緒ですね。ちょっとちょっかいを出したり、冗談やったりとか、「ねえねえ」みたいなもの。

Nが「ノンバーバル」。話しながらも、身振り手振りやジェスチャーが出てきたり、肩を叩き合ったりすることもある。最後のEが「イコール」で、平等な発言の機会。これは「フラット」ともちょっと関係するんですが、誰でも発言できること。

「新参者は発言しちゃいけない」とかはなくて、FINEがあるということがデータでわかったんです。これはすごいことだと思っていて、もし今「それがうちにはあるな」と思えば最高だし、ないんだったら作れば良くて。

作り方のポイントも矢野さんは教えてくれているんですが、それが「三角形の関係」。これは「三角関係」ではないんですよ。だいたいの組織が「V字の関係」で終わっているんですが、例えば私が「荒木さんとてんちょを知っています」、だけで終わっている。

でも三角形の関係は、私もしくは何かのシステムやオートメーション、ここでテクノロジーを使えばいいんだけど、知り合って三角形の関係をいくつ持てるのかでFINEがどんどんと上がっていく。

それをデジタルでやっているのが、そのアプリ(「Happiness Planet」)なんです。これを知っていたら、自分でも動けるじゃないですか。たぶんお二人もそうだと思うんですが、私も好きな人同士をつなげるのが大好きなんですよ。自分の好きな場所に好きな人を連れていきたくなっちゃったり、たぶんそれをすごく無意識にしていて。

なぜなら、「好きな人同士は好きだから」と勝手に思っている。こういうことが、もしかしたら2023年のキーワードになるんだとしたら、すごく良くないですか?

井手:深いね。だけど、すごく共感します。

荒木:本当に良い話でした。

大きな面を作るための「点」作りの大切さ

島田:そのアプリを使うとわかるんですが、がんばってる様子とかを見て応援し合えるんですよ。「私は今日これをやります」と言うと、3人組になった人が「がんばって」「あれはどうだった?」と言ってくれる。また何日かするとその3人が変わっていって、1週間応援し合う。

そうすると、その場自体がみんな知り合いになっていくから、みんなで応援し合う。こんなふうになっていくと、そこに「FINE」が出てくると言っていました。

井手:すばらしい。

島田:これ、すばらしいんですよ。

荒木:そのポジティブな関係性をどんどん広げていこう、という話になるのかなと思います。企業のみならず、そういう活動を組織、国とどんどん広げられれば良いなと思います。最後にそういう話をしていきたいと思うんですが、スケールの大きな話ですよね。

チーム内でやっているポジティブな関係性を、どうやったらより広いところに届けられるか。社会運動じゃないけれども、どうやったらそんなふうにできるのかっていうのは、てんちょは考えたりされていますか?

井手:そこまでは考えていないですが、よく大企業の経営者とか、こういう機会で「どこから手をつけたらいいのか?」という相談をされます。それと似たようなテーマだと思うんですが、僕が今まで見て・やってきて、一気に全部をばーっと変えるのはやっぱり無理だと思うんですよね。

変われる人とか変われる組織を点で作っていって、点と点が線で広がっていって、面になっていく。それが栃木にできて、埼玉にはグループが3チームぐらいできてというふうに、日本中のいろんなエリアで発生していく。

僕と由香さんみたいな人が、3人、5人ぐらいとだんだん増えていくと、少しずつ日本が変わっていって、ぶわーっと上がっていく。やっぱり、どこかでブレイクスルーポイントがあると思うんですよ。

この長い日本の歴史の中で、規制があったり、「日本人はチャレンジしない」と言われているので、一気に変わるのは難しいと思います。だけど、こういう機会で有志の人たちが1人から始めて、2人、3人、4人とだんだん広げていく。ちっちゃな渦みたいなものをたくさん作っていくのが大事だと思います。

一気に全体を変えるというか、こういうマインドを持った人たちを少しずつ増やしていく。普通は「自分たちは世の中を変えられない」なんて思っているんですが、僕は世の中を変えられると自分で思っているし、ビールを通して人を幸せにできると思っているんです。

10年前にそんなことを言ったら誰も相手にしなかったけど、今なら「なんかこいつ、やりそうだなぁ」みたいなね。でも、1人じゃできないから、共感したファンの方たちがビールを中心に地域でいろんなコミュニティを広げてくれていることと、同じようなことをやっていくのが大事かなと思いますね。

島田:なるほど。

ウェルビーイングにつながる、自分の「良い状態」の作り方

荒木:同じ質問ですが、由香さんいかがですか?

島田:もう、大共感。だって、てんちょの渦と私の渦があるとして、本当に一緒になったらすごいですし。荒木さんの渦も入って、みなさんの渦ができたら、本当にすごいよね。どの人にも渦があるんだということを知っていてほしい。

荒木:良いですね。

島田:あなたの渦は、唯一無二なんだと。でも、その渦を表現した時に、くしゃんって潰されてやられちゃったり、誰も無関心だと、渦の発揮ができにくくなっちゃう。「じゃあ、ちょっと黙っとこう」とか「静かにしとこう」となってしまうから、ぜひとも一人ひとりがそれをやめないでほしい。

あとできることは、渦が見えたんだったら、自ら応援することをやっていく。ある組織の中で、「自分のことをわかってもらえない」「自分しかいない」と仮に思ったとしても、今って超チャンスで、発信する場がいっぱいあるじゃないですか。

SNSもそうだし、さまざまなコミュニティがいっぱいあります。仮に、所属しているところじゃなかったとしても、つながりはいっぱい持てますよね。

それから、働き方だって変わってきてる。1社でずっと正社員として働くだけじゃなくて、興味があるプロジェクトや事業であれば、副業や業務委託契約をしてみたり。これからどんどん変わってくると、自分が「良いな」思っているものに、もっと積極的に関わっていく。このこと自体が、非常にポジティブな行動だと思うんですよね。

1個だけ勘違いがあったら残念だなと思うのが、「ポジティブが良くてネガティブがダメ」って思い込んでる人もけっこう多いと思っていて。そんなことはないんです。

「ポジティブじゃなきゃいけない」ということもない。ただ、「ポジティブである」ということを選んでいくことが、どこかのタイミングであるなら、やってみたら良いんじゃないかなと思う。

荒木:うーん。良い表現。

島田:ネガティブでもポジティブでも、両方とも大事な考え方だから。ただやっぱり、最後にここが絶対にウェルビーイングと結びつくんだけど、どういう自分が「良い状態」なのか。私だって、いろいろあるとすっごくネガティブになる時もいっぱいあるし、「もういい!」「ふんっ、もう諦めよう!」みたいになる時もあるんですよ。

「いつも明るく笑って『キャー!』てやってるよね」と言われるんです。別にそういう時も多いですが、いろいろあればシュンとなるわけです。でも、人間だからそれだって良い。ただ、ずっとその状態の自分が好きかって言われたら、それは嫌なんですよ。

じゃあ、良いなと思う自分は何かな? と思ったら、「前を向こう」と思えること。「自分の好きなものは何か」「自分を上げてくれるものは何か」とか、前を向こうと思えるきっかけになるものをいくつか知っていることが大事だと思うんですよ。

それはサーフィンかもしれないし、本を読むことかもしれないし、散歩かもしれない。何でも良い。そんなものに目を向けて、自分が良い状態でいること。ここから始まって、地域や日本に広がっていくのかなって思っています。