パンデミックになり、インバウンド客はほぼ消滅

柴田啓氏(以下、柴田):それでは、ここからはディスカッションに入りたいと思います。まず最初に太田さんに、楽天LIFULL STAYとしてのインバウンドに対する取り組みについて教えていただきたいです。

コロナ前にはインバウンドのお客さんも多少いらっしゃったんじゃないかなと思うんですが、コロナ前の時点でインバウンド客と国内のお客さんは、ざっくりどれぐらいの割合だったんでしょうか?

太田宗克氏(以下、太田):コロナ前は日本人旅行客が約6割で、外国人のインバウンド旅行客が約4割超だったんですね。パンデミックになって、当然インバウンドはほぼ消えてしまったんですが、おそらく2023年には同じぐらいの比率以上になるんじゃないかなと思ってます。

柴田:なるほど。今後、どういう比率に持っていきたいというのはおありなんですか?

太田:まずは、パンデミック前の6:4。ここはもう必須かなと思ってます。それは間違いなくできるだろうと思っていますので、できれば半々ぐらいの割合までには持っていけるといいなと思っていますし、マーケットを見ていても、そのぐらいには必ず戻ってくるだろうなとは思ってます。

柴田:なるほど。パンデミック前は6割が国内で、4割がインバウンドですよね。ということは逆に言うと、この4割という比率は一般的にけっこう高いんじゃないですかね。どう見ていらっしゃいましたか?

太田:高かったですね。我々がやっているほかのサービスの経験から見ても、民泊という商材に特化したことで、インバウンドのお客さんは最初からかなり多かったイメージですね。

コロナ禍になってからは「1棟貸切り型」の宿の需要が増加

柴田:なるほど。ということは、やはり国内の旅行者に比べると、外国から来られる旅行者の方のほうが民泊に対する需要や好みは高い・強いという感じだったんですかね。

太田:そうですね。我々もサービスとして始めた時、けっこう日本のお客さまからは「民泊にはドライヤーってあるんですかね?」「アメニティってありますか?」というご質問をいただいてたんですね。

文化的に、バケーションレンタルという土壌が日本はまだそんなに浸透していなかったなというのが、パンデミック前の印象だったんです。海外のお客さまは比較的慣れていらっしゃるので、長期滞在も含めて日本に来る時には、バケーションレンタルという選択肢が最初からおありになったんじゃないかなと思うんです。

柴田:なるほど。海外は、民泊というチョイスがもう当たり前になっていたと。

太田:そうですね。これは直結する話じゃないのかもしれませんが、物件タイプはアパートメントタイプが圧倒的主流だったんです。パンデミックになって、アパートメントタイプというよりは1棟貸切り型がガッと増えていったんですが、ここはかなり大きな変化があったなと思いますね。

これはまだデータの裏付けはとっていないんですが、アパートメントタイプの宿泊に関しては、外国の方々には最初から選択としては普通にあったんだろうなと思いますね。ですので、いわゆる日本で「民泊型」と言われる宿泊施設に対しての親和性は、外国の旅行者にはすごく高いものがあったなという印象ですね。

柴田:なるほど、わかりました。ありがとうございます。

ホテルもスキー場も「選ばれる時代」へ

柴田:じゃあ、次は片山さんにおうかがいしたいです。同じような質問になるんですが、ニセコ町に滞在するインバウンドのお客さまの比率は、僕が思うに国内でも屈指の高さじゃないかなと思っていたんです。具体的に、コロナ前はどのぐらいの割合の方がインバウンド客だったんでしょうか。

片山健也氏(以下、片山):コロナ前は35パーセントぐらいが海外のお客さまという割合で、今はもう99パーセント減っています。

柴田:なるほど。今はもう1パーセント未満、みたいな感じですね。

片山:そうです。本当に(一日あたりのインバウンド客が)何人、という世界が続いています。パンデミックになりつつある時から、ニセコの特徴として、海外のみなさんはほとんどがリピーターという状況になっていました。冬場でだいたい47パーセントぐらいの時もありますが、平均するとだいたい35パーセント前後というのがこれまでの状況ですね。

柴田:なるほど。もっと高いのかなと思っていたら、意外と35パーセントぐらいなんですね。ということは、国内のお客さまもけっこう来られているということですよね。

片山:スキー場ごとに特色がありまして、当然海外のみなさんが多いエリアもあります。ただ全体で出していくと、日本の方との比率はだいたいそのぐらいで落ち着いていますね。

柴田:なるほど。僕もよくニセコに行かせていただくんですが、アンヌプリとヒラフのスキー場を見ると、だいぶインバウンド比率が違うということなんでしょうかね。アンヌプリみたいなスキー場のほうは日本人の方が比較的多くて、ヒラフみたいなスキー場は外国人の方が多いとか、そういう違いがあるということなんでしょうか。

片山:そうですね。やっぱり国によってカラーや好みは相当ありまして、スキー場もホテルも「選ばれる時代」になってるんだなと思います。

「リピーター率を下げる」という、ニセコ町の狙いとは

片山:特に平均宿泊者を見ていると、本当に国ごとに特徴的なんですよね。アメリカ、特にオーストラリアのみなさんは、だいたい今でも普通に9.5泊ぐらいします。それから、私が今までお話ししている中で一番長いオランダの方なんかは、1ヶ月滞在していました。

柴田:1ヶ月。

片山:「1ヶ月間何をしてるんですか?」って、逆に質問したいぐらい(笑)。

柴田:でも、僕も毎年1ヶ月ニセコにいるのでよくわかります(笑)。

片山:今、海外100ヶ国を超えるみなさんが来られてますので、平均するとインバウンドはだいたい4.4泊ぐらいで、日本の方はだいたい1.5〜1.6泊ぐらい。やっぱり、インバウンドのみなさんのほうが圧倒的に長期に滞在されてます。

柴田:なるほど、そうですか。さっき(インバウンド客のリピーター率は)35パーセントとおっしゃいましたが、今と同じぐらいの割合に維持していきたいのか、それとももっとインバウンドを増やしたいのか、国内のお客さまを増やしたいのか。ニセコ町として、片山さんとしては展望はあるんですか?

片山:今回、ニセコ町では新たに観光ビジョンを作らせていただいたんですが、ほかの日本国内の観光地から見たら、インバウンド比率が圧倒的に高くて。いろんな調査をやってみると、8割近くがインバウンドなんです。そうすると当然、新規の方が来られる率が減っていきますよね。

これからの社会を考えると、世代交代もしていかなきゃならないので、目標としてはリピーター比率を10パーセントぐらい引き下げる計画目標なんです。

柴田:リピーター比率を下げる。

片山:それと併せて、延べ宿泊者数はこれから圧倒的に増やしていかなくちゃいけないので、全体の入り込み、特に宿泊にターゲットを絞って、とにかく来て泊まっていただくお客さまを増やす戦略をとっていきたいと考えています。

「施設の伸び」と「質の確保」、どうバランスをとるかが課題

柴田:なるほど。でも、ほかの観光地からするとうらやましいような目標ですよね。「リピート比率を1割下げる」とか、聞いたことないですよ(笑)。やっぱりすごいな。

片山:(笑)。いっぱい議論はあったんですが、固定客がずっといるのは美しいかもしれませんが、長期で考えていくと、私も含めて歳を取っていなくなっていくんです。そうすると、地域・リゾート地では順調に新しい人たちを開拓していく価値を持つべきだという議論もありました。

実はコロナ禍でも、ニセコ町の隣の倶知安町という大きなリゾート地区は、まったく投資が止まっていないんですよ。今現在もかなりいろんなコンドミニアムやホテルの建設が続いている状況です。

将来的な戦略として、そういった施設の伸びと受け入れる質の確保をどうバランスとっていくかは、地域にとっては大きな課題にはなっているんです。

柴田:なるほど。ちなみに僕、自分の自己紹介するのを忘れちゃったんですが、実は雪山大好き人間でして(笑)。当社はトラベルjpという旅行情報サイトを日本で20年やっているので、もしかしたら日本の僕らのブランドは知ってらっしゃる方もいらっしゃるかもしれないですが、ここシンガポールではTrip101という旅行情報サイトを運営しています。

それよりも、こっちが重要かもしれないんですが(笑)。僕は本当にニセコの大ファンでして。毎年、特にこのパンデミック下では、1シーズン4週間ニセコに住んでパウダースノーを楽しんだりしています。

去年は「もっとデジタルノマドになろう」と思いまして、夏に2ヶ月間ハワイでワーケーションしていました。(スライド)右側のシュノーケリングの写真は、その時のものです。

一泊4,000円から40万円の部屋まで、多様性の担保がカギ

柴田:片山さん、もう1個だけ聞かせてください。インバウンドのお客さんでオーストラリアの方は(特に滞在期間が)長いということでしたが、コロナ前の平均滞在日数はどのぐらいだったんですか?

片山:コロナ前は、だいたい6.5日前後が多かったですね。リピーターなんですが、コロナになってやっぱり全体的に落ちてますね。

柴田:なるほど。でも、これからデジタルノマドの時代になると伸びるんじゃないかなと思うんですが、ニセコに来られる外国人の方が滞在するにあたって、どういうふうになると思われますか? 例えば、6.5泊が8泊、9泊になる、10泊になると想像されていらっしゃいますか?

片山:私たちも基本的には、長期に滞在していただいて、地元でいろんな交流が進めばいいと思っています。そのためには、もう少し施設的にも多様な受け入れ環境にしたいと思っているんですよね。

4,000円ぐらいの宿泊から、もちろん40〜50万円の部屋もあって。もちろん富裕層も大事ですが、そうではなくいろんなみなさんに来ていただくことが大事だと思っていますので。多様性をどう担保して、そこに価値をきちっと位置づけしていくのかは大きな課題だと思います。

冬だけ考えると、ボーダーやスキー客のみなさんがたくさん来ていただいてるんです。そうすると、スキーコースのキャパシティとして、スキー場によってはオーバーツーリズムも見受けられます。

現在は「地球環境が大事だ」という時代ですので、いかに需要を満たしつつ、自然を壊さないようなかたちで、みなさんに癒しの地として選んでいただけるための質をどうやって確保していくかは本当に緊急課題だと思ってます。

今回のパンデミックで、そういう面について考える時間がありましたので、観光協会のみなさんも含めて、例えば今後の二次交通のあり方とか、圧倒的に冬場はレストランがないので、そういった需要をどうしていくのかといった議論が真っ最中という状況です。

片山:なるほど。僕もこの冬にニセコでレストラン難民になりましたから、よくわかります(笑)。ありがとうございます。

ライフスタイルの変化に伴い、旅行のスタイルも変化する

片山:じゃあ、次に浅生さんに聞きたいと思います。さっきも話したように、社会で変わりゆく人々のライフスタイルやワークスタイルが、旅行のスタイルも変えていくんじゃないかという仮説を持っていたと理解しています。

それをベースに、新しい宿泊の業態の創造に取り組んでこられたと思うんですが、ことインバウンドという意味でいくと、長期滞在やデジタルノマド現象というテーマで、今やりたいことや、やろうとしていることはあるんですか?

浅生亜也氏(以下、浅生):まず、片山町長のお話に感動しました(笑)。一自治体として、一デスティネーションとして、ここまでいろんな議論が進んでいるのはすばらしいなと思ってうかがっていたんですね。

私、実は15年くらい前から地方の宿泊施設の再生をずっと手掛けているんですが、どこへ行ってもぜんぜん楽な道ではないし、今日のパンデミックが始まるまでも、いろんな災害もあったりして大変だったんです。

7~8年ぐらい前に自分の中で漠然と「これからの地方って、どうやって観光のデスティネーションとして変わっていくべきなんだろうな?」と、いろんな海外の事例をリサーチしたりしていたんですね。

その中に、レイクタホのスキーリゾートの事例があったんです。事例というか、もう実際にあるんですが、スキーシーズンごとに会社がそのデスティネーションに移動してきて、そこで事業をやっているという事例を目にしたんですね。

会社同士がシェアするシェアオフィスがあったり、コワーキングスペースがあったり、非常に充実している状況が起こっていて。「こういうのは日本にも起こりえるのかな?」と思っていたんです。

インバウンドの誘致で大事なポイント

浅生:そう思いながらも一方で、私たちは宿泊事業者なので、実は宿泊事業者の地方で抱えるいろんな観光の課題を解決してくれるんじゃないかな、糸口になるんじゃないかな、という考えを巡らせていたんです。それは国内の人だけじゃなくて、インバウンドの滞在の仕方が変わることも含めてなんですけれども。

まさか、その5年ぐらいあとにパンデミックが来るなんて思ってもみなかったし、一気に国内のリモートワークが広がるともぜんぜん思ってなかったんです。地方に企業がサテライトオフィスを作ったり、それから二拠点生活者とか、HafHやADDressを使うようなノマドな人たちがすごく増えてきた。

インバウンドの誘致の話をする時にいつも大事だなと思うのは、国内需要にその土壌が耕せてるかだなと思っていて。先ほどのニセコの話も、海外の人がすごく来てるような印象を受けるんだけど、実はちゃんと日本人の滞在が裏付けられてるというか。

しっかりと満足を得られるデスティネーションになっていることが、海外の人を惹きつける1つの要因になってるだろうなと思っているので、まずはそこを開拓していくことがすごく大事だなと思っています。

今後、海外の長期滞在者が日本に増えていくというアスピレーションを持つのはすごく大事だと思ってるんですが、日本人に長期滞在の経験や体感があんまりないと、その市場はサプライヤーとして育たないんじゃないかなと思っています。

長期ワーケーションの足かせとなる「教育」の問題

柴田:日本人の長期滞在がちゃんと行われている土台ができてないと、いきなり「外国の人に長期滞在してもらう」といっても難しいよ、という話ですかね。

浅生:先ほど柴田さんがおっしゃったような28泊って、もう住んでるような状態じゃないですか。それって長期滞在者がそこで生活するとか、日常を送るという状況だと思うんだけれども、「日常に何が必要か」というところが、地方まで行くとまだ整っていないなと思ってるんですね。

柴田:確かにそうですね。

浅生:さっきの「ランチ難民」じゃないですが、食べに行くところがないとか、買い物が不便、キャッシュじゃないと買い物できないし、それでいてATMがないとか。

バスの乗り方がわからないし、レンタカーは数が足りてないし、レンタサイクルができる場所・できない場所があるとか。非日常だったら良いことが、日常になるとストレスになることがあるかなと思います。

柴田:確かに。あと、よく思うのは教育ですね。お子さんがいらっしゃるご家庭が、なかなか長期の滞在・ワーケーションができない1つの大きな理由は、やっぱり教育だと言いますよね。この話をするとまた長くなるかもしれないので、とりあえず1回ここまでとします。ありがとうございます。